第414話 魚籠の中身の取り扱い

 ライトがディーノ村であれもこれもと動き回っていた頃。

 レオニスもまたラグナロッツァでいろいろと動いていた。


 まずは朝イチでライトにも話していたように、マスターパレンへ報告するために冒険者ギルド総本部に向かう。

 いつものことながら、前もってアポイントメントなど入れていないレオニス。普通ならばギルドマスターにアポ無しで面会することなどあり得ないのだが、レオニスだけは例外だ。


 冒険者ギルド総本部に入ったレオニス、受付窓口に並び順番を待つ。首都ラグナロッツァにある総本部だけに、ここはいつも大勢の冒険者でごった返ししている。

 ようやく自分の番になったレオニス、受付嬢のクレナに声をかけた。


「よう、クレナ。昨日ぶり」

「あら、レオニスさん、こんにちは。本日も転移門を利用してどこかにお出かけですか?」

「いや、今日はマスターパレンに報告したいことがあってな。マスターパレンはいるか?」

「はい、おりますよ。今日は一日中書類整理三昧の予定のはずです」

「あー、総本部マスターってのは大変だな……今執務室に邪魔してもいいか?」

「多分大丈夫だと思いますよ」

「そうか、ありがとう」


 今総本部にマスターパレンがいることを確認したレオニスは、早速執務室に向かう。

 執務室の扉を二回ノックしてから入室するレオニス。執務室の中には、書類の柵に囲まれたマスターパレンがいた。


「よう、マスターパレン。邪魔するぞ」

「ンフォ? その声はレオニス君かね?」

「正解」

「すまんが、この机の上の書類が片付くまで少々待っててくれたまえ」

「了解」


 書類に囲まれていてレオニスの顔も全く見えないのに、声を聞いただけで入室者がレオニスだということに気づくパレン。さすがはマスターパレン、その聴力もかなり良い方らしい。

 マスターパレンに待機を求められたレオニスは、いつものように応接ソファに座りマスターパレンの仕事が一段落つくのを待つ。


 すると、マスターパレンの第一秘書シーマがレオニスに飲み物を出してきた。

 客人用の白磁の最高級ティーカップで出されたそれは濃茶色のホットドリンクで、芳しいカカオの香りが漂ってくる。どうやら昨日ライトとともにギルド売店で購入した期間限定のぬるチョコドリンクのようだ。


 温めても飲めるとは知らなんだ……火魔法で湯を沸かすような温め方するのか? それだと何だか焦げそうな気もするが……ラウルにも教えてやろう。そうすりゃラウルが上手い具合に料理に使うだろうし。

 レオニスがそんなことを考えながら、ぬるチョコホットドリンクをゆったりと飲む。


 その間に、パレンの目の前に聳え立つ山積みの書類がシュババババ!と勢いよく嵩が減っていく。そして二十分程度で机上の書類全てを片付け終えたパレン。

 ふぅ、と一息つきながら片手で肩を押さえつつもう片方の腕をぐるぐると回す。マスターパレンであっても、やはり書類仕事はそれなりに肩が凝るのだろう。


 椅子から立ち上がり、背伸びをしながら応接セットのソファに移動しレオニスの向かいに座るマスターパレン。

 本日のマスターパレンの衣装は、ショコラカラーを基本としたパティシエ風コスプレだ。

 濃茶色のベレー帽に濃茶色のスカーフタイ、濃茶色のロングエプロン。統一されたショコラカラーが真っ白な上着に映えてとても凛々しい。


 おー、今日は珍しく男性用の衣装か。バレンタインデーのコスプレってーとまたメイド系の衣装かと思ったが、こういう男性パティシエの姿ってのもなかなかに格好いいもんだな。しかしまぁ、こんなに筋骨隆々なパティシエもそうそういないだろうが……ぃゃ、ラウル曰く『菓子作りに必要なもの、それは筋力だ!』と力説していたが……もしかして、マスターパレンほどの立派な筋肉がなければ美味い菓子は作れん、のか?


 パティシエ姿のマスターパレンを、今日もレオニスはファッションショーの観客のような気分で眺めている。

 そんなレオニスの視線などどこ吹く風のマスターパレン、早速レオニスに要件を尋ねた。


「だいぶ待たせてしまってすまなかったね」

「いやいや、こっちこそ仕事を急かしたようですまんな」

「さて、そしたらレオニス君の話を聞こうじゃないか。……と、その前に。その大きな魚籠は一体何だね?」


 話の本題に入る前に、パレンがレオニスの座る椅子の横にどっかりと置かれた魚籠に目を遣る。

 さすがにこの大きな魚籠の持ち込みは異様過ぎて目を引くようだ。


「ああ、コレの説明はまた途中で話す。今日の要件、炎の洞窟の異変問題にも関係することなんでな」

「プロステス領主から直々に調査依頼を受けたという、炎の洞窟の件か。何か進展はあったかね?」

「ああ。炎の洞窟の異変の原因は、炎の女王の体内に穢れが埋め込まれていたせいだった」

「何だとッ!?」


 レオニスの報告に、パレンが驚愕する。

 パレンも穢れのことは知っている。それは、廃都の魔城の四帝が他者から魔力を搾取するための手段。世界中にばら撒かれたその罠を潰すべく、フェネセンが世界中を旅して回っているとレオニスから聞いたからである。

 冒険者ギルドもフェネセンの支援のために、彼が訪ねてきたら如何なる援助も惜しまぬようパレン全支部に周知させているのだ。


「穢れというと以前レオニス君から聞いた、四帝の悪辣非道な罠か。そんなものが炎の女王に埋め込まれていたとは……」

「炎の洞窟の主である女王に異変が起きていたせいで、洞窟内の全ての火の精霊は禍精霊【火】に変化した。これによりプロステスの異常気象が引き起こされていたんだ」

「火の精霊が全て禍精霊【火】に……それはプロステスがとんでもない熱波に包まれてもおかしくはないな」


 レオニスの話を聞き、パレンも納得した顔で頷いている。


「しかし……穢れが埋め込まれていたということは、炎の女王に廃都の魔城の四帝の毒牙にかかっていたということなのか?」

「ああ。炎の女王の話によると、女王に穢れを埋め込んだのは屍鬼将ゾルディスらしい」

「!!」


 ここでまたも廃都の魔城に関連する名を聞いたパレン、気の休まる暇もない。

 そのうちまた脳内回路がショートするのではないか、心配になってくる。


「……そのゾルディスというのは、先日の屍鬼化の呪いを仕掛けた張本人か?」

「そう、そいつだ。ゾルディスは四帝の【愚帝】配下だからな。屍鬼の頂点を名乗るくらいだ、奴にとっては穢れを植え付けるなど造作もないことだろう」

「うぬぅ……屍鬼将ゾルディス、放置しておくには危険過ぎる存在だな」


 パレンが渋い顔をしながら呟く。

 屍鬼化の呪いに穢れ、どちらも厄介な代物だ。それらを駆使して他者を攻撃し侵し続ける存在など到底許されるものではない。


「で、だ。その屍鬼将ゾルディス本体とも昨日炎の洞窟内でかち合ってな」

「!?!?!?」

「まぁ当然のように戦闘になって、一応倒すことはできた。奴は。散り際に『何時でも甦る』とかほざいてたがな」

「………………」


 パレンが被っているショコラカラーのベレー帽の隙間から、何やら煙がシュウシュウと漏れてきている。どうやらパレンの脳内回路がショートしてしまったようだ。

 しかし、パレンが全機能停止してしまうのも無理もない。今日のレオニスの報告には、何度も驚愕させられてばかりなのだから。


 糸目釣り眉に真夏の空に浮かぶ雲よりも真っ白な歯。にこやかな笑顔のままパレンは固まり続けている。

 レオニスはパレンの回復を待ちがてら、シーマを呼んで二杯目のぬるチョコホットドリンクを頼む。何気にこのぬるチョコホットドリンクが気に入ったようだ。


 二杯目のぬるチョコホットドリンクが運ばれたところで、パレンがハッ!と我に返った。


「……ハッ!今私の目の前で、筋肉をまとった天女がコサックダンスを踊っていた、気がする……」

「マスターパレン、おかえりー」

「えー、コホン……レオニス君、屍鬼将ゾルディスを倒した証、討伐証明部位のようなものはあるかね?」

「あー、霧のように霧散しちまったからな、特に拾得できたものは何一つないんだ」

「そうか、それは残念だ……討伐証明部位があれば、君の働きに見合うだけの報奨金を出したかったのだが」


 ゾルディスを討伐したという物的証拠、討伐証明部位がないことを残念がるパレン。

 如何に最強の金剛級冒険者レオニスであろうとも、さすがに自身の証言一つでは報奨金を出すのは困難なようだ。


「いや、報奨金のことは気にしないでくれ。そもそも屍鬼の討伐証明部位が取れたところで、それが屍鬼将ゾルディスのものであるという証明になるかどうかも分からんしな」

「そうだな……屍鬼将という存在自体が未だ謎も多いからな」

「ああ。マスターパレンのその気持ちだけ、ありがたく受け取っておくことにする」


 レオニスの働きに報いたい―――パレンがそう思ってくれているだけでも、レオニスにとってはありがたいことだった。

 そして、ふとここでレオニスが何かを思い出したような顔をした。


「……あ、そうだ。討伐証明部位ではないんだが。ゾルディスの側近? 直属の部下を捕まえたんだ」

「何ッ!? それは本当かね!?」

「ああ、それがコレなんだ」


 レオニスはソファの横に置いてあった大きな魚籠を手繰り寄せ、テーブルの上にドン、と置いてパレンに見せる。

 パレンにしてみれば、それはただの巨大な魚籠にしか見えない。パレンが不思議そうな顔をしていると、レオニスは魚籠の外に出しておいた縄の端を掴んでその中身を取り出した。


「これは……一体何だね? ミノムシか何かか?」

「いや、これはマードンという名の蝙蝠型の魔物で、自称『ゾルディス様の側近中の側近』だそうだ」

「ほほぅ……これは一応生きてはいる、のだよな?」

「ああ、寝ているだけだ。浄化魔法の呪符を貼り付けたら、それ以後ずーっとこの有り様でな」


 魚籠の中身、マードンは相変わらず寝こけていた。

 レオニスの手でプラプラと宙ぶらりんに吊るされている状態で、鼻ちょうちんを作りながらスピピピピー……と爆睡するマードン。どこまでも大物である。

 それにしても、浄化魔法の呪符を貼り付けてから一度も起きることなく爆睡し続けるとは。もしかしたらただ単に寝ているのではなく、仮死状態や昏睡状態に近いのかもしれない。


「呪符を剥がせば目を覚ますのか?」

「さぁな、それはまだやってないから分からんし、後でやってはみるが……なぁ、マスターパレン。コレをどうすべきだと思う?俺としては、こいつから屍鬼将ゾルディスや四帝の情報を得られれば、と思うんだが」


 レオニスはパレンに、このマードンの取り扱いをどうすべきか問うた。

 その問いかけに対し、パレンはしばし考えてから徐に口を開いた。


「ふむ……確かにこの蝙蝠型魔物から奴等の情報を引き出せれば、それが最善だとは思うが」

「だよな? だからこそ俺もこうして生け捕りにして、ここまで連れてきたんだが」

「情報を吐かせることはできそうかね?」

「それも早急に試みるつもりではいる。だが……こいつの保管場所?をどうしようか悩んでてな……」

「あー……」


 レオニスの言わんとすることを、パレンが察した。

 情報を引き出すために捕虜のように捕まえたはいいが、それをどこに監禁しておくかが問題なのだ。


「さすがにこのラグナロッツァ内に四帝由来の魔物を置いておく訳にはいかんな……」

「だよなぁ……かといって、カタポレンの森の家だと俺とライトの二人しか住んでないから、二十四時間監視できる体制じゃないし」

「うーーーむ……」


 しばし考え込むパレンとレオニス。

 先に言葉を発したのは、パレンの方だった。


「ここはやはり、カタポレンの森の方に置いておくべきだろう。万が一逃げられたりした場合のことを考えると、な」

「そうだな、やっぱそうなるか……カタポレンの森なら最悪逃げられたとしてもまだいいが、ラグナロッツァで逃亡されたら洒落ならんよな」


 やはり首都ラグナロッツァに魔物を置いておくのは、マスターパレンとしても許可できないようだ。

 国家元首の住まうお膝元で、もし万が一魔物を取り逃がしたら大騒動どころの話ではない。そんな騒動はラグナ教の悪魔潜入事件だけで十分だ。


「ふぅ……レオニス君に任せっきりになって本当にすまないが、もし何か新たな情報が得られたら教えてくれたまえ」

「ああ。だが情報が得られるかどうかは正直分からん。ダメ元くらいに考えといてくれ」

「分かった。引き続き調査を頼む」

「了解」


 パレンへの報告を一通り終えたレオニスは、ミノムシマードン入りの魚籠を肩に引っ掛けながらマスターパレンの執務室を後にした。





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 今回のマスターパレンの衣装。実に格好良い正統派パティシエ姿で、珍しく奇抜系ではありません。ぃゃ、冒険者ギルド総本部マスターが何故にパティシエの格好を?と問われれば答えに窮するのですが。

 しかし。立場的に仕方ないのですが、マスターパレンは報告を受ける場面がどうしても多くて現場で活躍させることがなかなかできないのが悩み。本当はもっと活躍させたいんですけどねぇ……

 まぁ現役を退いた人ですし、冒険や事件の現場でなくても息子の菓子屋や生誕祭の冒険者ギルドの出店などで大活躍してはいるんですけど。

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