第405話 浄化魔法の呪符

 ライトとレオニスの目の前に転がるイモムシ状態のマードン。

 これからコレをどのように扱っていくべきか、二人して大いに頭を悩ませていた。


 ライトとしてはとにかく病原菌やウィルスや呪いの類いが怖いので、それらをこのサイサクス世界に存在する浄化魔法で一気に消し去ることはできないかな?と考えてみた。


「ねぇ、レオ兄ちゃんは浄化魔法使えたよね?」

「一応浄化魔法も使えるには使えるが、初級しか使えんぞ……」

「初級だと病原菌とか呪いなんかには対抗できない?」

「ああ、汚れた水を飲めるくらいにまで浄化する程度なら初級でもできるが、呪いの類いはさすがに光属性を扱える上級の魔術師や魔導師、賢者なんかでないと無理だ……って、そういえば」


 ライトの言葉をきっかけに、何かを思い出したらしいレオニス。空間魔法陣を開いて、中から数枚の呪符を取り出した。

 レオニスが手にしている呪符は、大小様々なサイズで全て異なるもののようだ。


「こないだ魔物除けの呪符の追加注文を出した時に、ピースに勧められてこれも受け取ったんだった」

「それ、呪符?」

「ああ。ピース曰く『浄化魔法お試しセット』らしいが……」


 レオニスは、先日のピースとのやり取りをライトに語って聞かせ始めた。



 ……

 …………

 ………………



 炎の洞窟の調査のために必要なピース製の魔物除けの呪符三十枚を、魔術師ギルドのラグナロッツァ総本部で注文したレオニス。

 プロステスに行く前日の金曜日に、レオニスが魔術師ギルドに受け取りに行ったところピースのいるギルドマスター執務室に通された。

 執務室では相変わらずピースが書類の塔に囲まれて、ヒィヒィと小さな悲鳴を上げていた。


「よう、ピース。こないだ頼んだ品は出来てるか?」

「おおぅ、レオぽんでないの!やっほーぃ!ぃゃー、いいところに来てくれたねぃ!ささ、どうぞどうぞ、ソファに座ってくれたまい♪」


 ピースは書類の塔の執務机から抜け出し、レオニスから依頼された魔物除けの呪符三十枚を引き出しから取り出してレオニスの座るソファに移動する。


「ピィちゃん謹製の魔物除けの呪符三十枚ね、出来上がってるよー」

「お前も忙しいだろうに、無理言ってすまんな」

「いやいや何の何の!他ならぬレオぽんの頼みとあってはねー、最優先で作らせてもらったよ!」


 輝かんばかりにニッコニコのピース、とても上機嫌だ。

 それもそのはず、ピース指名の呪符作成依頼となれば堂々とデスクワークから離れられるのだから。

 それに、ピース製の魔物除けの呪符は一枚につき2000Gという価格が設定されている。これを三十枚ということは総計六万Gの売上となるので、魔術師ギルドにとっても大きな収入となるのだ。


「もうね、久々に執務室から離れられてすんげー楽しかったんだぁー♪ 小生ご指名で呪符依頼出してくれたレオぽんに、心から感謝感謝だよー!」

「そうか、お前の息抜きにもなったなら何よりだ」

「ホント、毎日息抜きしたい。ねぇレオぽん、一回と言わず毎日小生ご指名で呪符三十枚の注文を出してくれてもいいのよ?」

「バカ言え、そんなに大量の呪符を使う訳ねぇだろ。つーか、そんなんしてたら一年も経たずに破産しちまうわ」


 ピースは三十枚の呪符をレオニスに渡し、レオニスは枚数を数えて三十枚分あることを確認してから空間魔法陣に仕舞い込んだ。

 ちなみに呪符の指名依頼は全額前払い制なので、代金は注文時に支払い済みである。


「確かに三十枚受け取った。ありがとう、また呪符作成依頼を出すこともあると思うが、よろしく頼むな」

「うんうん、いつでも受けるよ!……あ、ところでさ。レオぽんに渡したいものがあるんだー」

「ン? 何だ?」


 ピースが空間魔法陣を開き、そこから数枚の呪符を取り出した。

 テーブルの上にずらりと並べられた呪符。それぞれ大きさが異なり、小さなものから大きなものまで様々だ。


「これは何の呪符だ?」

「これねぇ、全ーーー部浄化魔法の呪符なの」

「浄化魔法?」

「うん。えーとね、一番小さいのが梅でその次に小さいのが竹、中くらいの大きさのは松。これは浄化魔法の基本セット、いわゆる『浄化魔法お試しセット』ね!」

「浄化魔法のお試しセット? そんなもんがあんのか……」


 ピースの説明によると、中くらいから小さいもの合計三枚一組が浄化魔法の基本セットらしい。

 ランクは松竹梅、サイズが大きいほど効果が高いらしい。実に分かりやすい品だ。

 そして、その基本セットの最上位である松よりもさらに大きな呪符が数枚あった。


「それより大きいやつは何だ? これも浄化魔法なのか?」

「うん、小さい順から『特撰』『極上』『究極』ね」

「何やら効果もゴツそうだが……何故これを俺に?」


 松竹梅の松よりも一回り大きいのが『特撰』、その特撰よりも一回り大きいのが『極上』、それらを全て上回る最も大きいのが『究極』だとピースが解説する。

 だが、レオニスはピースに魔物除けの呪符の作成依頼は出したが浄化魔法の呪符は一切頼んでいない。

 一体何故ピースがこれらの呪符を出してきたのか、レオニスにはさっぱり分からなかった。


「んーとねぇ、小生の勘ではレオぽん、近いうちにこれらの浄化魔法が必要になる時が来ると思うのよ」

「浄化魔法を、か? 確かにまぁ俺は浄化魔法は初級しか使えないし、中級以上のものはひとつくらい持っていてもいいとは思うが……」

「でしょでしょ? ピィちゃん特製の呪符だからね、浄化作用もお墨付きよ? 墨で描く呪符だけにお墨付き、なんちって☆」

「…………」


 ピース渾身のダジャレが炸裂し、執務室の中に目に見えない吹雪が吹き荒れる。レオニスの体感温度も5℃くらい低下した気がする。

 だがこの目に見えぬ猛吹雪の発生源たるピースは、全く動じることなくテヘペロ顔をキメている。

 こりゃ突っ込んだ方が負けだ、と悟ったレオニスは別のことを問うことにした。


「……コホン。あー、ピースよ。俺にも確かに浄化魔法の呪符の予備があってもいいとは思う。だが、特撰に極上に究極? こんな大層なものまで必要になると言うのか?」

「うん」

「…………」


 レオニスからの尤もな問いかけに、ピースはレオニスの天色の瞳を真っ直ぐ見据えながら一言だけ答えた。

 ピースにしてはかなり珍しいその短い受け答えは、シンプル故にこれ以上ないほどの力強さも込められていた。

 予想外に真剣な答えに、レオニスは思わず言葉に詰まる。


「レオぽんも、小生の勘の精度は知ってるよね?」

「ああ……」

「師匠の予知夢ほどの明確さはないけれど、小生のこの勘というのも案外馬鹿にできない程度には当たるんだよねぇ」

「そうだったな……お前が『小生の勘』という言葉を口にして、それが外れたことはほぼないな」

「うん。何かの拍子に小生の勘が働いた時、小生は必ずそれに従い動くようにしてるからね」


 ピースの師匠である、稀代の天才大魔導師フェネセン。

 フェネセンは時折予知夢を見る体質だが、その弟子であるピースにもそれに類似した未来視を『勘』という第六感で捉える力があるようだ。

 フェネセン同様ピースともそこそこ長い付き合いがあるレオニスも、ピースのその体質のことは熟知していた。


「その小生の勘では、レオぽんは近いうちにこの『究極』が複数要ることになると思うんだよねぇ」

「一番効力の強い『究極』、それを複数枚も必要とすること……」

「うん、レオぽんにその心当たりがあるかどうかは分かんないけど。小生がレオぽんの依頼で魔物除けの呪符を作成している時に、どーーーしてもこの浄化魔法の呪符も描かなくちゃいけない気がしてさ」


 ピースが言うに、浄化魔法の呪符を描く必要があると突如感じたピースは松竹梅の基本セットや特撰、極上など思いつくままにひたすら描いていったという。

 それでも『浄化魔法の呪符を描かなければ』という猛烈な焦燥感は一向に拭いきれず、『究極』を何枚も描き続けて十枚目の完成でようやく収まったのだという。


 そして実はレオニスの方にも、浄化魔法を使うような事態の心当たりがあった。それは炎の洞窟内に仕掛けられているであろう、穢れという存在だ。

 もし運良くレオニスとライトだけで穢れを見つけることができても、今のレオニスにはそれを祓う術がない。穢れを祓えるフェネセンの行方が分からない今、フェネセンに頼ることができないのだ。

 故に、フェネセンを頼る以外の解決策をレオニスは独自で用意しなければならなかった。

 もしこのピースの勘が正しければ、この浄化魔法の呪符は今後の穢れ祓いに大いに役立つかもしれない。


 だがしかし、それはそれとして気になるのはそのお値段だ。

 これだけの枚数、しかも魔術師ギルドマスターであるピースが直接描いた浄化魔法呪符。その総額は一体いくらになるのか想像もつかない。

 というか、想像するだけで恐ろしい。先程のピースのダジャレの猛吹雪よりもさらに寒い、氷点下の豪雪がレオニスの財布を直撃しそうだ。


「いや、しかしだな……これ、全部で一体いくらするんだ? お前が直々に描いた浄化魔法の呪符ってだけでも高そうなのに、特撰やら極上やらだけでなく究極が十枚ってお前……今すぐ俺を破産させる気か?」

「あー、今日のところは代金はいらないよ、小生が描きたくて描いたものだし。今日のところは全部持っていって、半年以内に使った分だけそのお代を半年後に払ってくれればいいから」


 ピースは使った分だけ後払いでいいと言う。基本前払いが原則の魔術師ギルドにしては珍しいことだ。

 だが、全部を正規の値段で買ったら空恐ろしい金額になるであろう品を相手に、後払いでいいというのは正直レオニスにとってもありがたいことだった。


「そ、そうか……? それならまだいいか……つーか、参考までにこの『究極』の一枚の値段を聞かせてくれるか?」

「ン?『究極』のお値段? えーとねぇ、いくらだっけ……ちょっと待ってねぇ、メニュー表持ってくるから」


 レオニス呪符の値段を聞かれたピース、すぐには思い出せないらしい。描きたいものを好きなだけ描くが、売価まではよく覚えていないのだろう。

 そこら辺の無頓着さもまた、師匠に似て自由人なピースらしさである。

 ピースは執務室の引き出しからメニュー表なるものを取り出してきて「はい、これ。呪符の全ラインナップとその定価ね♪」とレオニスに手渡した。


 ファミレスのメニュー表のような分厚い冊子をパラパラと捲り、該当するページを探すレオニス。

 浄化魔法の呪符が載ったページに書かれた各種お値段を見て、レオニスの目が一気にまん丸&点になる。


「え? ちょ、待、おま、これッ……」

「ン? おいくらだった?」


 目が点のままメニュー表を凝視するレオニスに、ピースが不思議そうな顔で渡したメニュー表を覗き込む。

 レオニスが震える指で浄化魔法の呪符のカテゴリ内の『究極』の価格を指差してピースに示した。

 それを見たピース、あぁー……という顔をしたが、次の瞬間にはニパッ♪と明るい笑顔になる。


大丈夫だーいじょぶ大丈夫だーいじょぶ!レオぽんなら特別に、魔石と交換って手もあるから!」

「魔石との交換? 物々交換もありってことか?」

「うん。魔術師ギルドとしても、これからアイテムバッグの生産や開発にどうしても魔石がじゃんじゃか必要になるからねーぃ」

「ああ、アイテムバッグか……そういやそうだったな」


 十日ほど前にライトとともにピースに会いに来た時、アイテムバッグの生産に本腰を入れると言っていたことをレオニスも思い出す。

 良質な魔石の大量注文はレオニスにしかこなせないことだし、その代金を浄化魔法の呪符と相殺するのは魔術師ギルドにとって大きな利点となる。

 もちろんレオニスにとっても、現金払いせずに魔石との物々交換できるのはありがたいことだ。まさに両者Win-Winの関係がここに成立したのである。


「んじゃ、そゆことで。浄化魔法の呪符は使った分だけ魔石と交換ねッ♪」

「ああ、それで頼む」


 レオニスとピースは互いに合意し、その場で契約書を記してレオニスは魔術師ギルドを後にした。



 ………………

 …………

 ……



「魔術師ギルドでそんなことがあったんだね」

「ああ。ピースの勘ってのも昔から有名でな。あいつがそう言い出した時は素直に従っておいた方がいいってのは、魔術師はもちろん冒険者の間でも広く知られた話だ。この浄化魔法の呪符も、今回の穢れ祓いに使えということだろう」


 レオニスの話を聞いたライトも納得している。

 ピースの師匠がフェネセンであることを思えば、その一番弟子たるピースも特異かつ非凡の才を持っていても何ら不思議ではない。


「そしたら、このマードンにも浄化魔法の呪符を使ってみる?」

「そうだな……まずは一番弱いこの『梅』を使ってみるか」

「まさかとは思うけど、浄化魔法で綺麗になり過ぎて死ぬ、とかいうことはないよね?」

「屍鬼やアンデッドならともかく、こいつ自身は蝙蝠型の魔物だから浄化ですぐ死ぬってこたないだろうとは思うがな」


 レオニスは浄化魔法の各種呪符の中で最も小さい『梅』を手に取り、ぐるぐる巻きのイモムシマードンの額に貼り付けた。





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 今回初登場の浄化魔法の呪符についてちと補足。

 魔物除けの呪符のように、30分間有効といった短時間限定ではなく『瘴気などの悪いものを祓う』という作用で働くので、同じ呪符でも破かずにそのまま貼り付けたり置いたりします。まぁ、まんまお祓い札ですね。

 また『呪符に込められた効力の限界まで悪意を吸収して封じ込める』ので、永続的な効力はありません。言うなれば、箪笥に入れる防虫剤とか押入れに置く除湿剤みたいなもんです。

 箪笥の防虫剤や乾燥剤のように、呪符の色が変色してきたら換え時のサイン。効かなくなった呪符を捨てて、新しい呪符と交換します。

 祓う対象にもよりますが、松竹梅の基本セットでも通常半年とか一年以上は保ちます。


 そして今回の呪符の作成者はピースなので、その最上級の『究極』となるとそのお値段なんと一枚10万G。もちろん効力は抜群間違いなしですが、レオニスの目玉がまん丸になってどこかにコロコロと転げ落ちちゃうのも無理はないのです。

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