第394話 ライトの推測

 炎の洞窟から一旦退却し、プロステスの街に戻ったライトとレオニス。

 昼食の時間帯だったこともあり、二人は以前プロステスの街に来た時にも昼食を食べるために立ち寄った『迷える小豚亭』に入った。ここは冒険者ギルドプロステス支部の受付嬢クレサのイチ押しオススメの店でもある。

 そして今回も前回同様、プロステス名物の『豚のちゃんちゃか焼き』を早速注文済みだ。


 ライト達の座るテーブルに、豚のちゃんちゃか焼きが次々と届く。その数何と五人前、もちろんライトは一人前しか食べない。残りの四人前は全てレオニスの胃袋に直行予定である。

 レオニスは一皿目をペロリと平らげ、二皿目を食べながら今後の予定を語る。


「この後ひとまず領主邸に行くぞ」

「うん。まずは領主様に報告しないとね」

「ああ。お前の考察も含めて、さっきあすこで見たことを伝えなきゃならんからな」


 このプロステスいち人気食堂『迷える小豚亭』に入る前。ライト達はプロステスの街に戻る道すがら、街の外を歩きながら様々なことを話し合っていた。



 ……

 …………

 ………………



「ねぇ、レオ兄ちゃん。洞窟でも言ってたけど、炎の洞窟の魔物ってあんなに強くないよね?」

「ああ。禍精霊【火】はともかく、他の魔物はそこまで強くないはずなんだが」

「ていうか、禍精霊【火】が強い魔物なのは分かるんだけど。蜂型魔物のクイーンホーネットとか合成魔獣のマンティコアとか、絶対様子がおかしかったよね? 目も真っ赤に血走ってたし、殺気もすごかったし」

「俺も炎の洞窟に棲む魔物のデータを魔物図鑑で事前に調べたんだが、図鑑のデータの数倍は強くなってるとは感じたな」


 二人はゆっくりと歩きながら会話する。プロステスの街の中では堂々と話せないことも、街の外にいるうちなら人の耳目を気にすることなく話せる。

 炎の洞窟のことを誰憚ることなく話すなら今のうち、という訳だ。


「しかも、あんな入口のすぐ近くで禍精霊【火】に出くわすのも変だし……」

「全くなぁ。禍精霊【火】なんて、火の精霊千体のうち一体がなるかどうかってくらいに確率の低いもんなんだがな」

「ていうかさ、レオ兄ちゃん。ぼく、思ったんだけどさ……」

「ん? 何だ?」


 ライトが非常に不安そうな顔でおずおずと話を切り出す。


「まず最初にたくさんの魔物に囲まれた時あったでしょ?」

「ああ。クイーンホーネットに極炎茸、レッドスライム、マンティコアなんかがいたな。ここら辺は炎の洞窟を住処とする魔物達だが」

「その中にさ、普通の火の精霊は一体もいなかったよね?」

「…………」


 そう、ライトの記憶ではBCO内の冒険フィールド『炎の洞窟』には上記の魔物の他に火の精霊も通常モンスターとして出てきていた。

 このサイサクス世界では精霊の扱いは多少違うようだが、それでも例えば炎の洞窟のような火の多い場所には火の精霊が、暗闇に包まれた暗黒の洞窟には闇の精霊が住んでいる。

 地水火風光闇の六属性が強い場所には、それぞれの精霊が住み着きやすいのだ。これは魔物図鑑にも記載されている、歴とした事実である。


 だからこそ、ライトは不思議でならなかった。洞窟に入ってすぐに数多の魔物達に囲まれた時、炎の洞窟に普通にいるであろう火の精霊が一体も出てこなかったことに。


「まさかとは思うけどさぁ……火の精霊が全部禍精霊【火】になっちゃってる、とか……ないよね?」

「…………考えたくもないが、絶対にそんなことはないとも言い切れんな」


 ライトの言葉に、レオニスも顔を顰めながら呟く。

 レオニス自身は洞窟内では戦闘に集中していたから気づけなかったが、ライトに言われたことで思い返してみれば禍精霊【火】以外の火の精霊は確かに一体も出てこなかったことに思い至ったのだ。


「もしそうだとしたら……どうする?」

「んー……さっき禍精霊【火】と戦った感触としては、多少手間取るものの倒すこと自体はさほど難しくはない。ただ、禍精霊【火】がうじゃうじゃと大量に涌いて同時に襲いかかられたら、さすがに俺でも厳しいかもしれん」

「だよね……常に一対一で戦えるとは限らないもんね……」


 戦いは数だよ、レオ兄!とは果たして誰の名言だったか。

 レオニス程の猛者でも、禍精霊【火】が十体二十体と束になって同時に襲いかかってこられたらどうなるか分からない。


「これさぁ、もう正面突破は諦めて魔物除けの呪符を使って戦闘回避しながら、洞窟の中を探索する方がいいんじゃない?」

「確かにな……今回の依頼はあくまでも炎の洞窟の内部調査であって、魔物狩りがしたい訳じゃないしなぁ」

「うん。だからまずは魔物除けの呪符で襲われないようにして、洞窟内に何か異変の原因がないか隈なく探したり、一番奥にいるっていう炎の女王に会いに行く方が良さそう」

「そうだな、そうするか」


 ライトの提案に、レオニスも頷きながら同意する。

 そう、何もレオニス達は炎の洞窟の魔物を狩るのが目的ではない。一番の目的は炎の洞窟で起きている異変の原因究明であり、魔物狩りなど二の次以下なのだ。

 これがもし苦もなく魔物の波を倒せるなら、ついでに素材集めも兼ねるところなのだが。今の炎の洞窟ではそうはいかないだろう。

 故に、魔物との面倒な戦闘が避けられるならそれに越したことはないのである。


「レオ兄ちゃん、魔物除けの呪符は今何枚持ってるの?」

「あー、前にラウルに持たせたやつの半分が却ってきてるから二十枚以上はあるはずだが」

「二十枚というと、効果は十時間分だね。それで足りるかな?」

「んーーー……普通に考えれば、炎の洞窟の規模なら十二分に足りるとは思うが」

「じゃあ何回か調査に行って、足りなくなってきたら買い足せばいいね」

「だな」


 そんなことを打ち合わせしながら歩いていると、プロステスの門が見えてきたのだった。



 ………………

 …………

 ……



 プロステス名物豚のちゃんちゃか焼き六人前を食べ終えたライトとレオニスは、会計を済ませて店を出た。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 プロステス領主邸に到着したライトとレオニス。

 門番の守衛のいる場所に顔を出すと、特に止められることもなく中に通された二人。

 ウォーベック侯爵に通すよう、事前に通達があったのだろう。

 領主邸の玄関に入ると、執事のスヴェンが待っていてライト達を出迎えた。


「ようこそいらっしゃいました。旦那様が執務室にてお待ちしております」


 スヴェンは二人に向けて恭しく礼をすると、執務室に案内していった。

 二階の執務室の扉をノックし、ライト達を通すとスヴェンは中に入ることなく扉を閉める。

 執務室の窓の前にある執務机には、プロステス領主であるアレクシス・ウォーベックが座って仕事をしていた。


「おお、レオニス君にライト君!久しぶりだね!ようこそプロステスへ!」

「さあさあ、こちらにかけてくれたまえ」


 アレクシスが機嫌良くライト達を出迎える。

 長年の悩みであるプロステスの超温暖化問題が解決もしくは進展するかもしれないのだ、アレクシスが自然と期待の込もった笑顔になるのも無理はない。


「領主の仕事で忙しいところを邪魔してすまんな」

「いやいや何の!レオニス君に依頼した件は、このプロステスの命運がかかった喫緊の案件なのだ。何をさて置いても優先すべき事項だ、気にしないでくれたまえ」

「そうか。じゃあ早速本題の報告といこうか」


 一頻り言葉を交わしたところで、レオニスが早速炎の洞窟での出来事をアレクシスに報告する。

 炎の洞窟に入ってすぐに数多の魔物に囲まれたこと、その魔物達がこれまでの常識より数段強いこと、そして早々に禍精霊【火】に遭遇したことなど。

 レオニスの話を聞いていたアレクシスは、真剣に聞き入りつつ徐々に険しい顔になっていく。


「何と……問題となっている禍精霊【火】だけでなく、他の魔物まで強力になっているとは……」

「他にもう一つ、重大な懸念がある」

「ふむ、それは何だね?」

「禍精霊【火】と遭遇する前に、たくさんの魔物に囲まれたというのはさっきも話したが……その中に、普通の火の精霊が一体もいなかったんだ」

「何? それは一体どういうことだね?」

「もしかしたら、炎の洞窟に棲む火の精霊が全部禍精霊【火】に変化している可能性がある、ということだ」

「何だと!?」


 レオニスの言葉に、アレクシスが吃驚しながら思わず席を立つ。


「レオニス君、それは本当かね!?」

「まだ確信に至るほど洞窟内部に入ってないから、断言はできん。だが、その可能性を否定することもできん」

「それは……」

「そもそもこのプロステスの超温暖化問題の元凶は、禍精霊【火】が異常に増えているのが原因だとされているんだろ?」

「ああ、禍精霊【火】との遭遇がいくつも報告されているが、特に今冬はあり得ないほどの回数に上っている」

「そう、そもそも禍精霊というものは滅多に遭遇するもんじゃない。だが、炎の洞窟では常識的に考えられないほど頻繁に遭遇しているのは確かだ」

「…………」

「もし、さっき話した可能性―――通常の火の精霊が全て……いや、もし全てとはいかなくてもその大半が禍精霊【火】と化しているとしたら―――頻繁に遭遇する原因である異常増殖の説明がつく」

「ああ……何ということだ……禍精霊【火】とは、もとは火の精霊だったものに何らかの異変が起きて禍精霊になる、と言われてはいるが……まさか火の精霊全てが禍精霊【火】になっているなどとは……」


 レオニスが順序立てて解説していくにつれ、アレクシスの顔色がどんどん悪くなっていく。

 本来ならば、炎の洞窟に棲む火の精霊が全て禍精霊【火】になるなどと荒唐無稽にも程がある説だ。

 だが、実際プロステスでは禍精霊【火】との遭遇率が近年異常に高くなっていることは紛れもない事実。レオニスの語る説は、一笑に付せない程の説得力があった。


「ねぇ、レオ兄ちゃん。ぼく、それについて一つ思ったことがあるんだけと」

「ん?何だ?」


 ライトは昼食の豚のちゃんちゃか焼きを食べている時に、ふと思い浮かんだことを思いきってこの場で伝えてみることにした。


「えーと、禍精霊というのは常に狂乱という状態異常にかかっている、ぼくが読んだ魔物の図鑑にそう書いてあったんだ」

「うむ、精霊が狂乱状態になったものが禍精霊であると言われているな」

「禍精霊【火】だけでなく、他の魔物も通常ではあり得ないほどの強さだったのは、もしかして炎の洞窟の魔物全部が狂乱状態になっているんじゃないかな?」

「「……!!」」


 ライトはゲームシステム由来のアナザーステータス機能を用いて魔物達のステータスを実際に見たから、それらが狂乱状態であったことを知っている。

 しかし、まだジョブ持ちでもない子供のライトには本来鑑定ができるはずがないのだ。

 だが、魔物達が狂乱状態であることは重要情報としてレオニス達にどうしても知らせたい。それ故に、あくまでも断定ではなく推測という形でライトは提言したのだ。


「確かに……本来なら弱い部類のクイーンホーネットやレッドスライムなんかの魔物が異常に強かったのも、状態異常にかかってるなら納得できる」

「だからね、炎の洞窟全体に状態異常をかけている何かがあるんじゃないかと思うんだ」

「そうだな。とても自然に起きた現象とは思えんことだらけだもんな。まるで呪いをかけられたような……」


 ライトの言葉にレオニスも頷きながら納得しているようだ。


「禍精霊【火】がたくさん増えたり、普通の魔物が異常に強くなる原因をまず探すべきじゃないかな。ただ禍精霊【火】を退治しただけじゃ、炎の洞窟の異変は多分解決できないと思う」

「ああ。炎の洞窟全体に異常を来たす何かがあるとしか思えん。それを取り除かなきゃ解決には至らんだろう」


 ライトとレオニス、二人の冒険者としての会話を聞いていたアレクシスが、おそるおそる問うた。


「レオニス君、ライト君……私は冒険者ではないので分からないのだが、解決方法はあるのかね?」

「それを見つけるためにも、再度調査に向かう。今日はもう時間的に遅いから、明日また炎の洞窟に入るつもりだ」

「そうしてもらえれば、私としてもありがたいが。どこかの宿に泊まるのかね?」

「ああ、そうだな……いちいちラグナロッツァに戻るのも手間だから、今日はプロステスに宿泊するか」


 いつもなら、どんな依頼でも必ず日帰りで帰るレオニス。

 だが、日を置かずに翌日もまた同じ場所に調査入りするとなると移動の手間が惜しい。

 それに、今回はライトも伴っていることもあり、無理に帰らずとも良い状況だった。

 そんなレオニスの思惑に、アレクシスがひとつ提案してきた。


「ならば是非とも我が家に泊まってくれたまえ」

「ん?いいのか?」

「良いも悪いもない、レオニス君達はこのプロステスのために依頼を引き受けてくれたのだ。プロステスで一番安全な領主邸に泊まっていただくのが筋というものだ」

「ならばここは領主のお言葉に甘えるとするか」


 アレクシスからの提案に、レオニスは乗ることにした。

 レオニスとしては宿代や移動の手間が省けるし、アレクシスにとってもレオニスに礼を尽くす良い機会だ。


「では執事に二人の泊まりの用意をさせるので、少々待っていてくれたまえ」

「承知した」


 アレクシスが執事のスヴェンを呼び出し、ライトとレオニスの宿泊の支度をするように伝える。

 こうしてライト達はプロステス領主邸に宿泊することになった。





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 ライトとレオニス、初のお泊まり冒険です。言ってみれば林間学校や修学旅行みたいなもんでしょうか?まぁそんなお気楽極楽旅行じゃないですけど。

 まぁ転移門使ってラグナロッツァに帰ってもいいんですけどね、土日を使ったお泊まり回があってもいいかなー、と作者的に考えた結果がプロステス領主邸でのお泊まり会という訳です。


 つか、アレクシスが『プロステスで一番安全な領主邸』と豪語していますが。悪魔の痕跡がうっすらとでも残っている時点でダウトなんですよねぇ( ̄ω ̄)

 それを知るのはライトとレオニスのみですが。

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