第372話 聖遺物の銘
翌日の日曜日。
昨日は一日がかりで職人の街ファングに出かけたので、ライトとレオニスは休養を取るべくカタポレンの森の家の中で一日過ごすことにした。
二人して朝十時過ぎまでたっぷり寝て、十一時頃に遅めの朝食兼早めの昼食を摂る。
昨日のラグナ教ファング支部での出来事を話しながら、もっしゃもっしゃと昼食を食べるライトとレオニス。
「ファングにもやっぱり聖遺物があったんだね」
「ああ、これがファングにあった聖遺物の腕輪だ」
レオニスが空間魔法陣から聖光の腕輪を取り出し、テーブルの上に置いた。
黄金色に輝く見事な腕輪に、ライトも「ぉぉぉ……」という感嘆の声を洩らす。
「じゃああと二つ、聖遺物手に入れればいいんだね!」
「ああ。だがここから先は、より慎重に行動しなきゃならん。何しろあの亜空間はかなり危険な場所だということが分かったからな」
「そうだね……魔法もアイテムも使えない空間なんて、冗談抜きで洒落になんないもんね……」
「全くな。今回あの亜空間から抜け出せたのは、本当に運が良かったとしか言いようがない」
レオニスが大きなため息をつきながら零す。
あの異様な亜空間で四帝と対峙したのは二度目だったが、一度目の【賢帝】との対峙の時にはまさかそんな危険な空間だとは思ってもいなかった。
それもそのはず、【賢帝】とは会話しただけで直接戦闘には至っていない。レオニスが司教杖とともに現実世界に戻ってこれたのは、【賢帝】がレオニスに司教杖をくれてやると宣言して亜空間を自ら解除したからに他ならない。
一度目は【賢帝】の気まぐれ、二度目はカイに作ってもらった八咫烏のブローチのおかげでレオニスは助かったのだ。
昨夜のうちにそのことに気づいたレオニスは、再び空間魔法陣を開き司教杖を取り出して腕輪の横に置いた。
「ライト。この腕輪と杖、二つの聖遺物をお前のアイテムリュックにしばらく入れといてもらえるか?」
「え?いいけど、何で?」
「俺が聖遺物を持つことに異存はないんだが。万が一俺の身に何か起きた場合、俺の空間魔法陣に入れたままだと誰も取り出せなくなるからな」
「……え、それって……」
レオニスの突然の申し出に、ライトは戸惑いを隠せない。
レオニスの空間魔法陣に入れた物は、確かにレオニス自身にしか取り出せないものだ。それ故、もし万が一レオニスの身に何か起きて聖遺物が取り出せなくなったら困るというのも理屈として分かる。
だがその万が一という言葉の指す意味は、あまりにも不吉で言葉にするのも憚られるものだった。
「いや、別に俺もそう簡単にくたばるつもりはないがな?ただ、今回のように魔法を封じられた空間にもし俺が再び閉じ込められた場合、四帝を倒す手段に繋がる聖遺物も封じられたままになるだろう?」
「それは……そうだけど……」
「そんな最悪な事態は避けなきゃならん。何があろうとも、この世界から聖遺物を失わせる訳にはいかないんだ」
「…………」
レオニスの言うことは、全て正しい。
聖遺物が聖なる状態で人類側に受け継がれれば、いつかは四帝の本体のもとに辿り着いて殲滅させることができるだろう。だが、その聖遺物が受け継がれずに消失してしまえば、人類は長年の仇敵である廃都の魔城と四帝を討ち滅ぼす機会を永久に失うことになる。
ましてやそれが、一個人の空間魔法陣に入れられたまま取り出せなくなりました、なんて愚かしい失態を犯すなど絶対にあってはならないのだ。
「ま、そう深く考えんでいい。空間魔法陣とは別個に、聖遺物や貴重な品を収納できる俺用のアイテムバッグを一つ持とうと思ってな。それが出来上がるまで、少しの間預かってもらいたいだけだ」
「うん……」
「完全に個人で操作する空間魔法陣と違って、アイテムバッグなら使用者権限を三人まで設定できるからな。権限は俺とライトの他に、オラシオンかグライフあたりにでも頼むつもりだ」
「……分かった。レオ兄ちゃんがそう言うなら、しばらくぼくのアイテムリュックに入れとくね」
あっけらかんとした口調で話すレオニス。
だが、そんな万が一のことがもし本当に起こったら……そう思うと、ライトの表情は自然と暗く沈む。
そんなライトの心配を打ち消すかのように、レオニスは言う。
「冒険者の仕事なんてのは、常に危険と隣り合わせだからな。最善を尽くしながら、最悪の事態にも備える。そうでなくちゃこの稼業は務まらん」
「時には縁起を担いだりもするが、先の先を読んで行動するのが基本だ」
「とりあえず一週間くらいで俺用のアイテムバッグを作るから、それまで預かっといてな」
レオニスの言葉にライトはただただ無言で頷くだけだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
遅めの昼食を済ませた後は、各自自分の部屋で好きに過ごす。
レオニスは先程言っていたように、早速自分用のアイテムバッグの作成に取り掛かるようだ。
一方のライトは、自室で先程レオニスから預かった二つの聖遺物を眺めていた。
「これが、あの【深淵の魂喰い】と同じ性質を持つ聖遺物なのか……」
「ゲームのストーリーでは【深淵の魂喰い】しか出てこなかったが、まさかそれが四帝に対応した討伐フラグだったとはなぁ……」
「今は光の状態だから、触っても問題ないだろうけど……分かってても怖いもんは怖い!」
「……そうだ、とりあえず鑑定してみるか」
かつてライトはラグナロッツァの神殿で【深淵の魂喰い】と遭遇し、丸三日も寝込んでしまった苦い経験がある。そのため、【深淵の魂喰い】と同種だという聖遺物に対してもどうしても心理的抵抗が拭えないライト。
しばらく聖遺物を睨みつつブチブチと呟いていたが、クエストイベントの報酬で『詳細鑑定』スキルを得ていたことをふと思い出す。
早速二つの聖遺物をスキルで鑑定してみると、次のような表示が出てきた。
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【聡慧の賢杖】
光と闇を行き来する狭間の杖。
聡明叡知を象徴している。
廃都の魔城の四帝【賢帝】の本体のもとに辿り着くために必要なアイテム。
四帝のもとに辿り着くには、光の聖なる状態でなければならない。
闇の状態【晦冥の侵蝕】と表裏一体。
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【ウロボロスの腕輪】
光と闇を行き来する狭間の輪。
不老不死を象徴している。
廃都の魔城の四帝【女帝】の本体のもとに辿り着くために必要なアイテム。
四帝のもとに辿り着くには、光の聖なる状態でなければならない。
闇の状態【女媧の
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「おおお、聖遺物の聖魔両方の銘や詳細まで分かるとは……さすが『詳細鑑定』、すごいな!」
「でも、肝心の『光と闇を行き来する』条件が分かんないんだよなぁ……それが分かれば、闇堕ちリスクも今後回避できるんだけど」
「今まで魔族側が、人族に対して魔力搾取のため?に、悪魔達をラグナ教の各支部に潜入させて使っていた訳だから……それを食い止めて人類側に持ってこれれば、光の状態になるってことなんだろうか?」
「んーーーーー……よく分からん!」やこわままゆにた「」(
鑑定によってアイテム詳細が出てきたことに、ライトは素直に感心した。
だが、聖遺物の共通点である『光と闇を行き来する』、この条件が何なのかは全く書かれていなかった。
今は光の状態を維持しているが、何かの拍子に魔の状態に様変わりしたら困るどころの話ではない。
だが、一つだけ確かなことがある。それは、この僅かなアイテム情報だけでは聖遺物の全貌を知ることは不可能だ、ということだ。
残り二つの聖遺物も、何としても人類側に引き込まねばならない。
一つはラグナロッツァの神殿、水晶の壇の後ろに祀られてすある【深淵の魂喰い】、もう一つは港湾都市エンデアンのラグナ教エンデアン支部内のどこかにあるのだろう。
いずれ対峙せねばならないが、その日が来るまで少しでも力をつけておかねば―――ライトは決意を新たにしながら、聖遺物の杖と腕輪をアイテムリュックに仕舞い込んだ。
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レオニスがまたも不吉なフラグを立てていますが、まぁこれは妥当なリスクヘッジです。
作中でも言及していますが、レオニスが使う空間魔法陣はレオニスにしか開けることができません。レオニスに万が一にも不慮の事態が起きた場合、聖遺物が取り出せないという最悪の事態に陥る訳ですね。
言い方はアレになりますが、『廃都の魔城を完全に殲滅させる』という使命は、レオニスでなくとも他の人が受け持ったり引き継ぐこともできます。ですがそれは、人類側が聖遺物を所持していてこそできる御技です。
それは裏を返せば『聖遺物無しには成し遂げられない』ということで、聖遺物を消失するリスクは何が何でも絶対に回避しなければならないのです。
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