第340話 ラウルの使命

「では私はこのまま冒険者ギルドに戻りますが。レオニスさんはどうなさいますか?」


 レオニスとともにスミスを見送ったクレハが、この後どうするかをレオニスに尋ねた。

 レオニスの今日のツェリザークでの主な目的は三つ。

 一つ目は、ルティエンス商会で大珠奇魂30個を交換入手すること。

 二つ目は、ラウルとともにツェリザーク近郊や氷の洞窟周辺の雪を採取すること。

 三つ目は、ラウルが愛してやまないぬるシャリドリンクを購入させてやること。その布教活動は+αのオマケ。


 二つ目と三つ目はラウルが主体なのだが、そのラウルは只今冒険者ギルドツェリザーク支部内にてぬるシャリ雑煮の試食会を絶賛開催中だ。

 それに、三つ目のぬるシャリドリンク購入は帰る間際でもできる。

 今の時刻は午前の11時を回ったところ。この時間ならもうルティエンス商会も店を開いている頃だろう。

 昼飯前にルティエンス商会の用事を済ませて、午後にまたラウルの雪採りに付き合ってやるか―――レオニスはそう考えた。


「俺はちょいと野暮用があるから、それを先に済ませてくるわ」

「そうですか。朝いっしょにいらしたお連れ様は、そのままでよろしいので?」

「あー、ラウルね……あいつ多分まだ冒険者ギルド内で使命を果たしている最中だろうから、よほど迷惑をかけなければそのまま放置しといてやってくれ」

「分かりました。使命に燃える方の邪魔をするほど、私も野暮ではありません。ですが―――」

「ん?何か問題でもあるか?」


 少しだけ顔を曇らせたクレハに、レオニスは不安そうに問うた。


「酒場の食堂で果たす使命って、一体何なのですか?私には想像もつかないんですが……」

「あ、ああ……俺からしたら、そんな大したことじゃないんだがな……でも、ラウルのやつにとっては大事な使命なんだ。……多分」

「そうなんですかぁ……よく分かりませんが、レオニスさんがそう仰るならばよほど大事な使命なのでしょうね」

「おう、是非ともそういうことにしといてやってくれ……」


 クレハがラウルの使命とやらを理解できないのも無理はない。そもそも冒険者ギルドの酒場食堂で行う大試食会が大事な使命だとか、クレハでなくとも訳が分からないにも程がある。


「野暮用が済んだら、ラウルの回収に俺も冒険者ギルドに立ち寄る。また後でな」

「分かりました。ではまた後ほど」


 レオニスとクレハは軽く挨拶を交わした後、別々の道に分かれていった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 お目当てのルティエンス商会の前に到着したレオニスは、早速店の中に入っていく。

 扉の内側の鈴がカラン、コロン、と軽やかな音色で来客を知らせる。しばらく待っていると、店主が奥から出てきた。


「いらっしゃいませ。……おや、大珠奇魂のお客様ですね。ようこそお越しくださいました」

「おう、覚えてくれてたとは光栄だな」

「それはもう。大珠奇魂を一度に30個もお買い上げくださるお客様なんて、長らくここで商売をしてきた私でも初めてのことでございますから。忘れようにも忘れられませんよ」

「まぁそうだろうな」


 当たり障りのない挨拶や会話を交わしていく、レオニスとルティエンス商会店主。

 その話の流れで、早速レオニスが本題に入る。


「今日は前回交換できなかった残りの分、大珠奇魂30個を交換しに来たんだが」

「おお、残りの分の素材も集まったのですね。では早速素材の方を拝見してもよろしいですか?」

「もちろんだ」


 レオニスはそう言うと、ラキ達オーガ族から預かった高原小鬼の牙や毒茨の花粉、蒼原蜂の前翅などを次々と出していく。

 店主はそれらを鑑定用ルーペを使いながら、じっくりと見定めていく。


「御入用の30個分を満たしておりますので、こちらの素材類と15万Gの手数料で交換いたします」

「ああ、よろしく頼む」

「奥から大珠奇魂30個を持ってまいりますので、少々お待ちくださいませ」


 店主はそう言うと、30個分の交換用素材類を籠にひとまとめにして入れて店の奥に引っ込んでいった。

 レオニスは店主が戻るのを待つ間、店内に並べられている様々な品物を眺めることにした。

 前回ライトとともに来た時に見た『ハデスの大鎌』も変わらず展示されている。相変わらず圧倒的かつ強烈な存在感を放つ両手武器だ。

 他にも『紅龍偃月刀』やら『精霊術師の外套』など、レオニスですら見たこともないような珍しい武具類が所狭しと並べられている。


 この店、何気にすげぇよな?置いてある品々も逸品揃いで、おそらくファングの街で作られる武具類に勝るとも劣らない品々ばかりだ。

 だがそれ以上に……鍛冶に必要な特殊素材を、原材料と僅かな手数料だけで交換してくれるってのがとにかく驚きだ。儲けなんてほとんどないんじゃなかろうか。

 つーか、交換してもらう側の俺がこんなこと考えるのも何だが……大珠奇魂なんて特殊素材を60個以上保有してて常時交換可能って、冗談抜きでとんでもなくね?

 ホンット、ここの店主って一体何者なんだろうな?只者ではなさそうだが……


 レオニスが逸品を眺めつつそんなことをつらつらと考えていると、奥から店主が戻ってきたようだ。


「お客様、大変お待たせいたしました。こちらが大珠奇魂30個です。どうぞご確認ください」

「…………ああ、確認した。前回交換してもらったのと全く同じだ」

「では、交換手数料15万をいただきますが、よろしいですか?」

「ああ、この革袋に15万G入っている。確認してくれ」

「……お買い上げいただき、ありがとうございます」


 レオニスが求める大珠奇魂30個の交換が無事成立したようだ。

 入手した大珠奇魂を、レオニスは早速空間魔法陣を開いて収納する。


「世話になったな。また何か交換とか買い物で立ち寄ることもあるかもしれんが、その時はよろしくな」

「こちらこそ、お客様とのご縁に感謝しております。またお会いできる日を、心よりお待ち申し上げております」


 レオニスは店主と軽く挨拶を交わし、ルティエンス商会を後にした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 今日のツェリザークの主目的のひとつを達成したレオニスは、ぬるシャリドリンク伝道師と化したラウルを回収するべく冒険者ギルドに向かった。

 建物の中に入り、ラウルが一大デモンストレーションを繰り広げていた酒場食堂のある方を見ると、相変わらずそちらの方が何やら騒がしい。


 ラウルのやつめ、まーだ大試食会やってんのか?と思いながら食堂を覗く。だが、パッと見ではラウルの姿が見当たらない。

 はて、ラウルはここにいねぇのか?どこに行きやがった?とキョロキョロと見回すレオニス。

 酒場食堂をよく見てみると、冒険者達が何かをもらうために行列を作って並んでいるようだ。

 レオニスはその行列の末端にいた冒険者に声をかける。


「なぁ、この行列は何だ?」

「ん?これはな、よく分からんけど今日はこの酒場食堂で何か旨いもんを作って配ってるって話でな。俺もさっき仲間から『あんな旨い味噌汁は初めてだ!今日一日だけの限定品らしいから、お前も並んでこいよ。絶対に食っておいて損はないぜ!』って猛烈に勧められたんだ」

「旨い味噌汁……」


 その話を聞いただけで、レオニスはほぼ全てを察した。

 おそらくラウルが食堂の設備を使って、ぬるシャリドリンクを使った味噌汁を振る舞っているに違いない。

 レオニスはここでわざわざ並んでまでラウルの手料理を食べる気などないので、並ばずに先頭のさらにその先の厨房の様子を見に行く。するとそこにはやはり、ラウルが料理の腕を揮っているのが見えた。

 そして食堂のテーブルには、ラウルの料理を食べている人達で溢れていた。


「うおおおお、この『ぬるシャリあら汁』すんげー旨ぇな!」

「何でもあのぬるシャリドリンクを出汁に入れてるらしいぜ」

「マジ!?あのネタドリンクがこんな旨いもんに化けるってのか!?」

「おう、厨房で作ってるイケメン料理人がそう言ってるのを聞いたぞ。普通の味噌汁やスープ類なんかに、ぬるシャリドリンクをちょこっと垂らして混ぜるだけでもすんげー旨くなるってさ」

「へええええ、そりゃすげぇなぁ。そしたら俺も帰りに売店でぬるシャリドリンク一本買ってみるかー」


 ラウルの料理とぬるシャリドリンクを絶賛する声が、あちこちのテーブルから聞こえてくる。どうやらラウルの熱心な布教活動は順調かつ大成功のようだ。

 この様子なら、レオニスがラウルに成り代わってぬるシャリドリンクの布教活動をせずともよさそうなことに、レオニスは安堵する。


 だがしかし。ラウルのデモンストレーションが終わるのを待っていたら、いつになるか分からない。

 かといって、今ここで中断させて不完全燃焼になっても可哀想だしなぁ……ここで存分に布教活動させてやらんと、後でまた俺の方に布教しろってお鉢が回ってきても敵わんし。

 とはいえ、今日はツィちゃんへの御礼のために自分も雪採りする予定だし、あまり遅くなっても困る。

 ……しゃあない、ラウルはこのままここに置いて俺だけ雪採りにいくか……


 レオニスはそんなことを考えながら、ツェリザーク近郊の雪を採取するべく再び北側城壁門を一人出ていった。





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 今日もラウルの料理無双が炸裂しています。つか、試食実演販売を副業にして全国行脚しそうな勢いだ……

 でもまぁそんな中でも大珠奇魂、オーガの里の結界作りも順調に進んでいっています。本編に書かれていないだけで、そちらの方もちゃんと並行して作業しているのです。

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