第338話 今後の未来とその存亡をかけて
「レオニスさん、先程ぶりですぅ。邪龍の残穢の出現の報告は既に聞き及んでおります。ご帰還をお待ちしておりましたー」
レオニスとラウルがツェリザークに戻り、すぐにその足で向かった冒険者ギルドで二人を出迎えたのは受付嬢のクレハだった。
討伐の成否を全く聞かないあたり、レオニスが間違いなく仕留めてくることを確信していたのだろう。レオニスへの信頼が厚いことの証左である。
「おう、クレハも朝っぱらからお勤めご苦労さん」
「いえいえ、これも仕事ですから。それより、邪龍の残穢の討伐報奨金の申請はすぐになさいますか?」
「ああ、そうしてもらえると助かる」
「ではそのように手続きしておきますねぇー」
クレハがテキパキと仕事をこなしていく。さすがクレア十二姉妹の一員である。
「戻ったばかりのところを申し訳ありませんが、発見者のスミスさんとともに現地の検分にもお付き合いいただけますか?」
「もちろんだ」
「今ギルド側の検分の同行者を選定中ですので、少々お待ちください」
「あー、そしたら俺達はギルドの売店で買い物してるから、同行者が決まったら声をかけてくれ」
「分かりましたー」
冒険者ギルドツェリザーク支部内は、思っていたより騒がしくもなく日常レベルの平常運転だ。
邪龍の残穢の出現の報が届いているのに、これ程落ち着いていられるのは先に駆け込んだスミスが『レオニス・フィアがその討伐に向かった』ときちんと伝えたおかげであろう。でなければ、今頃は緊急依頼発動やら討伐のための派遣部隊の手配などで壮絶にバタバタしていたに違いない。
「さ、んじゃ売店に行くか……って、ン?ラウルのやつ、どこ行った?」
クレハと話をしている間に、ラウルの姿が見えなくなっていることに気づくレオニス。
ラウルめ、さっきまで物珍しそうにキョロキョロとしていたのに、どこ行きやがったんだ?とレオニスが周囲を見回すと、何やら売店の横にある食堂兼酒場の方が騒がしい。
何事かと見に行くと、そこでは何とラウルが冒険者達相手に何らかの料理を振る舞っているではないか。
数多の冒険者達に囲まれながら、ニッコニコの笑顔で料理を配るラウルにレオニスは呆気にとられている。
「ラウル…………お前、何してんの?」
「おう、レオニス。今希望者に『ぬるシャリ出汁の激ウマ雑煮』を試食してもらってんだ」
「試食会かよ……」
聞けばラウルは自前の寸胴に、ぬるシャリドリンクがベースの出汁汁を空間魔法陣に入れて保存していたらしい。
ちなみに餅は角形の聖なる餅を小口に切って焼いてあり、容器は二口程度で食べ切れる量が盛れる小皿を食堂から借り受けているようだ。
何とも突飛かつ奇っ怪な行動だが、それもこれも全てはツェリザーク限定品『氷蟹エキス入りぬるシャリドリンク』の存続を守るためであろう。
「おお、この雑煮すんげー旨いな!」
「だろう?こいつの旨味のもとはな、ここツェリザークの名物『氷蟹エキス入りぬるシャリドリンク』を使ってるんだぜ!」
「何だと!?あの罰ゲームくらいにしか使われないぬるシャリドリンクが、か!?」
「おう、そうだぞ。お前らこんなに旨いもんを罰ゲームに使うとか、罰当たりにも程があると思わんか?」
「た、確かにそうだな……」
さぁ、お前らにもぬるシャリドリンクの素晴らしさを教えてやるぞ!
その至高の旨さをお前らも存分に味わえ!
ぬるシャリドリンクの旨さを身を以て知れば分かる!
今こそ皆でぬるシャリドリンク廃版の危機から救おうではないか!
ラウルの魂の叫びが聞こえてきそうな光景である。
ただしそれは、傍から見ればTVショッピングの凄腕バイヤーが繰り広げるパフォーマンスのようにしか見えないのだが。
ラウルの料理人パフォーマンスは大盛況となり、冒険者達が良い匂いにつられてひっきりなしに寄ってくる。
そんな面白おかしい光景を半ば呆れながらレオニスが眺めていると、ようやくクレハが来た。
「レオニスさん、お待たせいたしましたぁ」
「お、誰が行くか決まったか?」
「はい。本日はこの私、クレハが検分させていただきます」
「ん?クレハだって人気受付嬢で窓口仕事が忙しいだろうに。大丈夫なのか?」
「あらまぁ、レオニスさんてばお上手ですねぇ。私が人気受付嬢だなんて、そんな本当のことを……」
今回の邪龍の残穢の検分には、クレハ十二姉妹の八女クレハが同行するという。
レオニスも言った通り、クレハは人気受付嬢にして有能な窓口担当だ。窓口業務中に検分など担当して席を外しても大丈夫なのか?というレオニスの疑問はもっともなところだ。
レオニスの気遣いに、クレハは照れながらも自分が人気受付嬢だという箇所は否定しない。そこら辺はやはりクレアの妹である。
「でも心配はご無用です。先程も支部長に、邪龍の残穢の出現とレオニスさんが討伐に向かわれたことを報告したんですが」
「『おおそうか!ならば即時討伐は約束されたも同然だな!今回の検分も私が行こう♪』などと、それはもうウッキウキで言いやがりまして」
「ですが、支部長に堂々と仕事をサボらせる訳にはいきませんので。ここは私が同行することにしました」
「お、おう、そうか……」
フンス、と可愛らしい鼻息とともに語るクレハ。
邪龍の残穢の討伐検分とて一応立派な仕事のはずだが、検分だけならクレハ他一般職員でも認定の判を押せる。
そのような仕事に、組織の長たる支部長が自ら出向かなければならないほどのことではないのもまた事実だ。いや、むしろそこでわざわざトップが出張る方がおかしい。
故にクレハはそれを『サボり』と断じたのであろう。なかなかに手厳しい受付嬢である。
「では早速行きましょうか。……お連れ様はあのままでよろしいので?」
「ああ、あのままでいい。あれもまたあいつの立派な仕事っつーか、使命?なんでな」
「そうなんですか?よく分かりませんが、大変そうな使命ですねぇ」
レオニスが連れてきたラウルのいる方をクレハがちろりと見遣るも、レオニスはそちらを見ることもなく放置を伝える。
ラウルは一口雑煮を振る舞いながら、片手にぬるシャリドリンクを掲げて只今絶賛演説中である。そう、ラウルが愛してやまないぬるシャリドリンクの今後の未来、その存亡がかかっているのだ。
突如現れたラウルのために、小皿を貸し出しつつ洗ってはラウルにまた差し出す酒場食堂の職員達には申し訳ないが。これもラウルの望みを叶えるためだ、巻き込まれ賃は後でラウルからむしり取ってくれ。
ぃゃー、それにしても今日はラウルを連れてきてホンット良かったわ。俺じゃここまで徹底した布教活動できんしな!ラウルよ、ぬるシャリドリンクの未来のためにもここで一発頑張れよ!
レオニスはそんなことを思いながら、クレハやスミスとともに冒険者ギルドツェリザーク支部を出ていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「間違いなく邪龍の残穢の魔瘴気痕ですね」
討伐現場に到着したクレハが、誰の目にも明らかな邪龍の残穢の痕跡を認め、必要書類にスラスラと何事かを書き込んでいく。
「スミスさんはどのあたりで邪龍の残穢と遭遇したんですか?」
「ここよりもう少し北にある冷晶石の生成装置場所だ。やつはそこからさらに北側からやってきたんだ」
「そうですか。生成装置の方は無事ですかね?」
「どうだろう……これだけの魔瘴気を浴びてはまともに動くかどうかも分からんし、もし運良く動いたとしても回収業務にも向かえん」
「ですよねぇ。その周辺もしばらくは魔瘴気が抜けないまま残ってしまいますし」
「多分当分は稼働できんと思う……他の場所に設置し直さないとならんだろうな」
「分かりました。報奨金申請とともににそちらの損害計上も報告しておきますので、スミスさんも魔術師ギルドへの報告をお願いしますね」
「了解した」
二人の話を聞くに、スミスは魔術師ギルドに所属している職員のようだ。
冷晶石の生成装置は、魔石生成の魔法陣を低コスト化して運用している。故にその運営管理も魔術師ギルドの管轄なのだ。
そして確かにここまで辺り一面黒ずんでしまっては、冷晶石の生成装置もまともに作動しないだろう。それどころか回収業務すら常人にはできなくなる。これだけの濃い魔瘴気が残る中に、常人が足を踏み入れ長く留まるのはかなり危険な行為だからだ。
だが今が冷晶石生産の最盛期だ、一ヶ所稼働不能になるだけでかなりの損失になってしまう。そうしたことからも、新しい生成装置の早急な再配置は重要事項なのだ。
「ではあともうひとつ。邪龍の残穢の発生場所を特定しなければなりませんので、お二方ともお付き合いください」
「了解した。近寄れるようなら生成装置の状態も見ておきたいが、無理そうなら後日魔術師ギルドの方で改めて出向くことにする」
「俺も異存はない。日を跨がない程度ならいくらでも付き合うぞ」
「ありがとうございます」
そう言うと、三人はさらに雪原の奥へと進んでいった。
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ああ、イケメン万能執事のラウルが、今度は見た目は深夜のTVショッピングの凄腕バイヤー、やってることはスーパーの試食コーナー調理人になってしまいました……_| ̄|●
そういえば、スーパーの試食コーナーってこのコロナ禍で消えたもののひとつですよねぇ。コロナ禍前は、有人無人問わず試食台が必ず二つ三つはスーパー内であったものですが。感染予防ですっかり消え去ってしまいました。
コロナ禍で失ったものって、コロナが落ち着いてきてもそのほとんどがきっと戻ってはこないんでしょうね……そう思うと寂しいものがあります。
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