第334話 グライフの復帰
ラグナロッツァの屋敷で朝っぱらから勃発した、非常に大人気ないレオニスとラウルの口喧嘩。それを見事に仲直りさせることのできたライトは、ご機嫌でラグーン学園に向かう。
午前の授業を終え、食堂でいつものように皆で昼食を食べる。
ちなみに本日の食堂のメニューは
『A:パイア肉の赤ワイン煮込みシチュー』
『B:マリモウニと砂浜エビのクリームパスタ』
『C:狗狼の竜田揚げ』
『D:草原蟹の天ぷら』
『E:高原爪鷲の炒めもの』
『F:黄大河蛇の味噌煮』
以上の六点で、ライトのチョイスはDである。
皆それぞれにメニューを選び、定食の乗ったトレイを持ってテーブルの席に着く。
「あー、午後の体育憂鬱ー。校庭マラソンなんてつまんなーい!」
「だねぇ。僕も体力なくて持久走なんて苦手だし。できることなら体育だけサボりたいよ」
「あら。いつも真面目なジョゼさんが、今日は珍しいことを仰りますのね」
「ホントホントー、ジョゼがサボりたいなんて言うの初めて聞いたわー」
「僕だってたまにはそんな時もあるよ?」
今日もライトの周りは賑やかだ。
「ライト君は走るの早いよねー、何か鍛えてるの?」
「あ、うん。ぼく毎日カタポレンの森でジョギングしてr……たからね」
「……カタポレンの森って、ジョギングとかするところでしたっけ?」
「ぃゃー、ジョギング以前にそもそも人が住める場所じゃないよ?」
「ライト君ってホントに面白いよねー!」
実はライトは、今でもカタポレンの森での早朝ジョギングを欠かさず行っている。これも将来立派な冒険者になるための修行の一環なのだ。
だが、今でもカタポレンの森でジョギングしている、なんてことは言えない。故に慌てて『してた』と過去形に言い換えたのだ。
そんな何気ない日常的な会話を楽しみつつ、全員昼食を食べ終わり食器類を下ろし始める。
「ライトさん、今日も図書室ですか?」
「うん、ちょっと調べたいことがあるんだ」
「そうですか、午後の授業に遅れないようにお気をつけくださいね」
「あ、体育着に着替える時間も必要だもんね。ありがとう、少し早めに教室に戻るようにするよ」
ハリエットと一言二言言葉を交わしたライトは、いつものように図書室に向かっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「んーーー……やっぱりここの図書室にはなさそうだなぁ」
ライトは図書室にずらりと並ぶ本の背表紙を眺めながら、目当てのものがなさそうなことに内心落胆する。
ライトが今探しているのは、水神アープと湖底神殿に関する資料だ。
先日目覚めの湖の湖底で神殿を発見し、その神殿の祭壇に安置されていた卵を孵化させたライト。その後の【詳細鑑定】スキルで見たデータからも、卵から生まれたのは水神アープであることに間違いはない。
だが、このサイサクス世界での水神アープとはどのように伝えられているのか気になったのだ。
そしてライトが全く知らなかった湖底神殿についても、何か言い伝えのようなものがあるなら知っておきたかった、というのもある。
また、【詳細鑑定】スキルで見たアープの解説にあった『条件が整えば人型や天使など変幻自在に姿を変えて陸地での活動も可能になる。』という一文。
何をどうすればアープが変幻自在に姿を変えることができるようになるか、その手がかりがあれば得たいとライトは考えたのだ。
だがここは、初等部と幼等部用の図書室。もともとそんなに難しい専門書籍などあまり置いてないのだ。
そうした難しい知識や専門的な事柄を調べたいのならば、少なくとも中等部以上の者達が使う図書室に行くべきだろう。
『一度中等部や高等部の図書室にも行ってみたいんだが……初等部の子供である俺がそんなところに入りたがるってのは、さすがにどう考えてもおかしいよなぁ……』
『ここで変に怪しまれて目立ちたくないし……』
『しゃあない、図書室で調べるのは諦めて帰りにグライフのところに寄ってみるか』
ライトは小さなため息をつきながら、図書室を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ラグーン学園での一日が終わり、皆それぞれに帰宅の途に就く。
ライトもまた昼休み中に思いついた計画、スレイド書肆に寄り道していく。
もともと今日はラウルがレオニスとともにツェリザークに出かけているはずなので、今ラグナロッツァの屋敷に帰っても誰もいないだろう。
スレイド書肆の前に辿り着いたライトは、その重厚な扉を開いて中に入っていった。
「こんにちはー……」
「いらっしゃいませ。……おや、ライトではないですか」
「ご無沙汰してます、グライフ。……あ、遅くなりしたが。あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ、ご丁寧な挨拶痛み入ります。あけましておめでとうございます、本年もよろしくお願いいたします」
互いに遅ればせながらの新年の挨拶を交わす。
まず先にライトがペコリと頭を下げ、それに呼応してグライフも背筋を伸ばした美しい所作で頭を下げた。実に生真面目な二人らしい光景である。
ライトがグライフに会うのはフェネセンの門出を祝う食事会以来で、実に三ヶ月ぶりのことだ。
本当に久しぶりに会うせいか、ライトの目には何だかグライフの印象がそれまでと違って見えた。
「……グライフ、何か変わりました?」
「ん?変わった、とは?今までと違って、どこか変化して見えましたか?」
「ええ……何というか、前より痩せたような、全体的に引き締まってるように思えたんですが。違ってたらすみません」
「いいえ、違ってはいませんよ。少し前から冒険者稼業に復帰するようになりましてね」
「そうなんですか!?」
何と驚いたことに、グライフが冒険者としての活動を再開したのだという。
グライフの話によると、グライフのように一度は引退して冒険者資格を返上したものの再び舞い戻る者も結構な割合でいるらしい。その場合、引退前の階級にそのまま戻ることはまずないとのこと。
まずは冒険者ギルドにて再登録試験を受け、それに合格した上で引退前の階級や休業期間の長短などを加味されて新たな階級から再出発するのだそうだ。
ちなみに今回再登録したグライフは、黄金級からの再出発だという。黄金級とは、かつてのグライフが所持していた聖銀級から二段階下の階級だ。
グライフの休業期間は約三年らしいので、三年間のブランクがあってなお二階級程度の降格で済んでいるのはグライフの抜きん出た優秀さを表していると言えよう。
「今はどんな活動をしているんですか?」
「冒険者を引退してからというもの、長らく運動らしい運動もしてきませんでしたからねぇ。今は感覚を取り戻すリハビリ期間とでもいいますか、ラグナロッツァ周辺の魔物退治を中心に週に一回か二回程度こなしていますよ」
「そうなんですかぁ……でも、どうしてまた冒険者に復帰したんです?」
ライトは疑問に思っていたことを、グライフに素直に聞いてみた。
グライフは根っからの本好きで、書物の守護者とも呼ばれるスレイド一族の者として使命を全うするのが本望、と言っていた。そんなグライフが、週に一回二回の頻度とはいえ何故冒険者の世界に戻ってきたのか、不思議でならなかったからだ。
そんなライトの素朴で真っ直ぐな疑問に、グライフは柔らかな笑みを浮かべながら答える。
「以前、フェネセンの門出を祝う食事会がありましたでしょう?その時フェネセンに『運動不足とかイカンザキねぇ。運動不足解消のために、週一くらいで冒険者復帰したらどう?副収入にもなって一石二鳥よ?』と言われましてね」
「確かに運動不足なんてよろしくないですし、副収入はスレイド書肆の維持費や新しい書籍の購入費にも繋がりますし」
「フェネセンの言は全てがもっともで納得できるものだったので、その助言を受け入れることにしたんですよ」
「おかげさまで、良い運動と良い収入になってましてね。一石二鳥の妙案を出してくれたフェネセンには、心から感謝しなければなりません」
そう、あの日レオニス邸で繰り広げられたラウル vs フェネセンの激しいフードバトル頂上決戦。
料理を出すインターバル時間の間に、フェネセンはアイギス三姉妹やクレア達と会話の交流も楽しんでいた。もちろんグライフもその一人であり、その時にフェネセンから受けたアドバイスを聞き入れての冒険者復帰だったようだ。
まだ冒険者としての資質が十分にあり、これからだってバリバリに活躍できるであろうグライフが再び冒険者の世界に戻ってきてくれたことは、ライトとしても素直に嬉しい。
だが、グライフとの会話にフェネセンの名が出てきたことでライトの顔は急激に曇る。
そんなライトの沈んだ様子に、グライフが怪訝そうな面持ちで問いかける。
「おや、どうしました?私が冒険者稼業に復帰するのがそんなにおかしいですか?」
「あ、いえ、そんなことはないです!……けど……」
ライトが沈んでしまったのは、フェネセンが未だに行方不明であることを思い出したからだ。
そのことを知るのは、今のところライト、レオニス、ラウル、そしてクレアの四人だけだ。
そのことをグライフにも話すべきかどうか迷うライト。だが、意を決してグライフに打ち明けることにした。
グライフもまたライト達と同様に、フェネセンの長き旅路を見送り無事を祈る仲間なのだから。
「実は……フェネぴょんが行方不明なんです」
「行方不明?フェネセンが糸の切れた凧のように、あちこちフラフラとしていてなかなか捕まえられないのは昔からですよ?」
「いえ、そうではなくて……」
ライトはフェネセンが本当に行方不明になったと断じる経緯を掻い摘んで話していく。
ラグナロッツァから旅立つ前に、レオニスのもとに通信用魔導具を置いていったこと。それにより、本来ならいつでもフェネセンと会話連絡ができるようになったこと。
その後廃都の魔城の四帝【愚帝】が関わる事件がカタポレンの森の一部で起きたこと。それをレオニスが通信用魔導具でフェネセンにも伝えたこと。
それを受けたフェネセンが、その事件の詳細を聞くために一度ラグナロッツァに戻ると言ったこと。そして戻ると言った日に姿を現さなかったことだけでなく、それ以後約二ヶ月経過しても何の音沙汰もないことなど。
「ぼく、知ってるんです。レオ兄ちゃんは何も言わないけど……あの日から今でも毎日ずっと、朝や晩に必ず一度は通信用魔導具を使ってフェネぴょんに連絡を入れ続けてること……」
「それでも未だに一度も返信がないようで……通信用魔導具の動力を切る度に、レオ兄ちゃんが寂しそうにため息をつくんです……」
俯きながら語るライトの話を静かに聞いていたグライフだったが、話が進むにつれてその表情もだんだんと険しくなっていく。
「……確かにそれはおかしいですね。如何にフェネセンが日頃から自由気ままな風来坊気質と言えど、その手の約束をすっぽかす訳などないのですが」
「ええ、レオ兄ちゃんもそう言ってました……」
「ましてや四帝が関わる事件となれば何が何でも、それこそ這いずってでも戻ってくるはず」
「…………」
グライフもレオニス同様フェネセンとの付き合いもそれなりに長く、彼の性格もよく熟知している。故にレオニスと全く同じ見解であった。
「そうなると……あの時と同様、フェネセンですら容易には戻ってこれない場所に閉じ込められた可能性が高そうですね」
「……!!」
グライフの言う『あの時』とは八年前の廃都の魔城の反乱のことを指しており、彼もまたレオニスと同意見のようだ。
現役金剛級冒険者であるレオニスと、元聖銀級冒険者のグライフ。フェネセンをよく知る二人の意見が一致したとなると、もはやそれが真実なのだろう。
大好きな親友フェネセンが、どこか異空間のような場所に今もひとりぼっちで閉じ込められているかもしれない。
そう考えるとライトの胸は締めつけられるように苦しくなり、今にも泣き出しそうな顔でグライフを見つめる。
そんなライトの不安と悲しみに満ちた表情に、グライフはライトの頭をそっと撫でながら優しく語る。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。フェネセンなら、どんな罠が待ち構えていようとも必ず打ち破ります」
「でも……」
「八年前のあの時もそうでした。四帝の悪辣な罠に嵌められ、行方不明になってから何年も過ぎて……彼を知る人々は、もうフェネセンは生きてはいまい、と……そう思っていました」
「…………」
「ですが、彼は戻ってきた。三年もの月日の間、一度たりとも諦めることなく悪辣な罠と戦い続け―――ついにはその罠を正面から食い破って打ち勝ち、四帝の奸計を見事退けたのです」
グライフも知る八年前の出来事を、ライトに向けて静かに語り聞かせる。だがそれは、ライトに向けてだけではなく己自身にも言い聞かせているようだ。
「私も冒険者稼業に復帰したことですし、これから行く先々でフェネセンの痕跡が何か残っていないか注意深く観察してみることにしましょう」
「!!……お願いします!!何か手がかりとか見つけたら、ぼくやレオ兄ちゃんにも教えてください!」
「もちろんですよ。真っ先にお知らせしますね」
「ありがとうございます!!」
グライフという頼もしい味方が、フェネセンの捜索に協力してくれる。ライトにとってこれほど心強いことはない。
今日はスレイド書肆に寄り道して本当に良かった!心からそう思ったライトだった。
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久しぶりに冒険者階級が複数出てきたので、ちょいと補足。
サイサクス世界の冒険者階級については初期の初期、第4話にて一応解説済みなのですが。改めて解説しちゃいます。
レオニスの持つ金剛級が冒険者階級における最高峰ですが、以下聖銀、白金、黄金、白銀、黒鉄、青銅、石、木、紙となっています。
これをアルファベットに置き換えると、金剛SSS、聖銀SS、白金S、黄金A、白銀B、黒鉄C、青銅D、石E、木F、紙Gとなります。
今回グライフが冒険者復帰して黄金級からの再スタートとなりましたが、聖銀SSから黄金Aでの再開ということになる訳ですね。
今はまだスレイド書肆の経営との兼ね合いもあって、冒険者稼業は週一週ニ程度の活動ですが。そのうちグライフも冒険者として活躍できるといいなー。
よし、何とかしてグライフの見せ場を作ろう!どこで出番が作れるかは未定ですが。
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