第328話 三月期の始まり

 ラグナ歴813年1月8日、月曜日。

 今日はラグーン学園の三月期が始まる日である。

 制服の上に温かいコートを着た学園生達が、続々とラグーン学園に登校していく。

 ライトもいつも通り、のんびりと歩きながら貴族門を潜りラグーン学園に入る。


 1年A組の教室に入ると、そこにはもう大勢の同級生達が既に教室にいた。

 ライトも決して遅い時間に登校した訳ではない。だが、同級生達は久しぶりに友達に会える喜びや嬉しさからか、いつもよりだいぶ早い時間に登校した子が多いようだ。

 そこかしこでお土産の交換したり、楽しそうに会話する同級生達。学校における長期休暇明けの光景そのものである。


 ライトは自分の席につき、鞄を定位置に置いたりしていると周りの机の子達がライトのもとに集まってきた。


「ライト君、おはよー!」

「あけましておめでとう、今年もよろしくねー」

「あけおめことよろちゃーん!」

「ライトさん、おはようございます」

「皆、おはよう!あけましておめでとう、今年もよろしくね!」


 イヴリン、ジョゼ、リリィ、ハリエットがそれぞれライトに向けて挨拶をし、ライトも皆に挨拶を返す。


「ねぇ皆!早速だけどこのリリィちゃんとの約束、覚えてる?」

「もちろんよ!リリィちゃんが年末年始におうちのお手伝いで稼いだお小遣いで、私達に何か奢ってくれるって話よね!」

「いやーん、イヴリンちゃんの鬼ー!」


 にこやかな笑顔でさらりと鬼畜なことを言うイヴリンに、リリィが >< になりながら両の拳でイヴリンの肩をポコポコと叩く。

 もちろん本気で叩いているのではなく、あくまでも軽いジェスチャー程度だ。二人にとってはお約束の流れ、というやつである。


「うふふ、イヴリンさんとリリィさんは本当に仲良しですね。私は家族でプロステスで過ごしたので、予定通り皆さんにお土産買ってきました。よろしければ受け取ってください」


 ハリエットはそう言いながら、四人にプロステス土産を渡していった。

 それぞれに可愛らしいラッピングがされており、中身は見えないが大きさで渡す品と相手をきちんと把握しているようだ。


「えッ、ハリエットちゃん、本当に私のためにお土産買ってきてくれたの!?」

「私にもくれるの!?嬉しーい!」

「僕までもらっちゃっていいの?でも、僕も嬉しいな」

「え、ぼくの分もあるの?」


 四人は受け取ったお土産をその場で開き、中身を確認する。

 リリィには小ブタのポーチ、イヴリンには小ブタのポシェット、ジョゼには小ブタのペン、そしてライトには小ブタの栞がそれぞれ入っていた。


 ライトはプロステスでハリエットとともに市場で土産を買い歩いた仲なので、よもや自分にまで改めてお土産をもらえるとは思っていなかった。

 だが、ライトはプロステスの市場での買い物ツアーの際に、自分からのお土産と称して小ブタのブレスレットというプチサプライズプレゼントを渡していた。

 これにとても喜んだハリエットが、その御礼として後日改めてライトへのお土産をプロステスで購入したのだ。


「わあっ、可愛いー!」

「これ、今人気の小ブタよね!」

「僕のも小ブタだけど、ペンなら使いやすくてありがたいな」

「「ハリエットちゃん、ありがとう!」」


 イヴリン達がお土産を見て、とても大喜びしながらハリエットに礼を述べる。

 その直後に、この流れを逃してなるものか!とばかりにライトが口を開いた。


「あのね、実はぼくも冬休み中に日帰りだけどプロステスに出かけたから、皆にお土産買ってきたんだ」

「「えっ、本当!?」」

「う、うん、よかったら使ってね」


 さらなるお土産の出現に、イヴリンとリリィが目をキラッキラに輝かせてライトを見る。そんなパワフルな女子達の勢いに、ライトはタジタジになりつつも鞄からそれぞれへの土産を出して手渡していく。

 こちらもシンプルなラッピングされていて、それぞれに渡すべき名前『リリィさん』『イヴリンさん』『ジョゼ君』が袋の隅に書かれている。


 ライトの方のお土産ラインナップは、リリィに小ブタの小銭入れ、イヴリンに小ブタのペンポーチ、ジョゼに小ブタの文鎮である。

 皆それぞれにまた自分への土産の中身を確認しては、歓声を上げている。


「あーっ、こっちも小ブタだー!可愛いー!」

「見て見て、私のは小ブタのペンポーチよ!」

「僕のも家で使いやすい文鎮にしてくれたんだね」

「「「ライト君、ありがとう!」」」


 三人がライトにも礼を言う中、イヴリンがふと気づいたようにライトに問うた。


「……あれ?ハリエットちゃんにはお土産あげないの?」

「あー、ハリエットさんとはプロステスの市場で偶然会ってね。せっかくだからハリエットさんのお兄さんもいっしょに皆でお買い物したんだ。その時にハリエットさんにも渡したよ」

「そうだったんだ!プロステスで会うなんて、すごい偶然だね!」

「それってもしかして『運命の出会い』ってやつ!?」

「ブフッ!!」


 ライトの答えに納得するイヴリンの傍らで、リリィがワクテカ顔でとんでもない発言をした。

 あまりにも突然爆弾を投げつけられたライトは、思わず盛大に噴き出しながら咳き込んでしまう。


「ゲホッ、ゴホッ……あのね、リリィさん。そんな誤解を招くような言い方しちゃダメだよ?」

「えー、誤解って何ー?」

「ぼくは普通の平民だからいいけどさ?ハリエットさんはちゃんとした伯爵家のお嬢様なんだから、これからきっと貴族同士の婚約……えと、結婚の約束をしたり、いろいろとあるんだよ」


 ライトが懸命に誤解を解こうとリリィ相手に丁寧に解説していると、横で聞いていたジョゼが納得したように頷く。


「あー、そうだねぇ。僕の家は万年平子爵だから、子供のうちから婚約なんて絶対にないけど。ハリエットさんのウォーベック家は本家が侯爵家の伯爵家だから、いつ婚約してもおかしくないよね」

「でしょ?ぼくは何言われても全然平気だけど、ハリエットさんは女の子だからもし変な噂立っちゃうと傷ついたら可哀想だし」

「……私も全然平気ですけど……」


 ライト達の会話に、当事者であるハリエットがものすごーく小さな声でぽそりと呟いた。

 その顔は少しだけ―――本当にほんの少しだけ、口を尖らせていて眉も微妙に顰めている。ハリエットがこのように不満を顔に出すことは、本当に珍しいことだ。

 ハリエットの横にいたリリィが、不思議そうな顔でハリエットに尋ねる。


「ン?ハリエットちゃん、何か言った?」

「いいえ、何も言ってませんよ?」

「えー、何か怒ってなかった?」

「そんなことはありませんよ?」


 瞬時にいつもの穏やかな笑顔に戻るハリエット。さすが正真正銘の貴族のご令嬢、取り繕うのが非常に上手い。


「それよりですね。私が婚約云々なんて、当分ありませんから。私どころかお兄様だってまだ婚約なんてしていませんし」

「そうなんだ?ウォーベック家ほど有力な家なら、婚約の申し込みなんていくらでも来てるんじゃない?」

「私のお父様もお母様も、私やお兄様の意思や考えをちゃんと聞いてくださいますから。子供が嫌がることを無理にさせない、とも常日頃仰ってくれていますし」

「ハリエットさんのお父さんもお母さんも、とっても優しくて子供思いの良い人達なんだね!」


 ハリエットが婚約なんてまだまだ先の話だ、と否定する。

 それに対し、ジョゼが意外そうな顔で会話に混ざる。自称万年平子爵家の嫡男だが、それでも貴族の端くれとして貴族的な常識やルールなどをちゃんと教え込まれているのだろう。

 一方でライトは、子供の意見を尊重してくれるというハリエットの父母、ウォーベック家当主夫妻のことを手放しで褒めている。


 実際有力貴族の子供達は、このサイサクス世界でも政略結婚の駒として使われることが多い。家同士の縁を結ぶのはもちろんのこと、借金帳消しのために自分の娘を借金相手や大商家の跡取り息子を結婚させたりなどの経済的な策略や思惑も絡んだりする。


 そんなドロドロとしたお家の事情を全く感じさせることなく、息子や娘を守りながら平民との交流もできるラグーン学園に入学させたウォーベック伯爵家というのは、本当に新進気鋭で先進的な家風なのだ。

 もっともそう思うのはライト他一部の者達のみで、貴族の中では常識に反する非常識人、つまりは変人扱いになるのだが。


 とはいえウォーベック伯爵家はプロステスのウォーベック侯爵家の流れを汲む、由緒正しい大貴族の家系だ。婚約の申し込みなど山のように押し寄せて引く手数多に違いない。

 これからのハリエットの人生を思うと、きっといろいろと大変なんだろうなぁ……とライト達は思う。


「ハリエットさんも貴族社会で大変だろうけど、ラグーン学園では皆と同じ一人の学園生だからね」

「そうそう!ハリエットちゃんと私達は友達だもんね!」

「うんうん、皆ズッ友よ!」

「ハリエットさんも、ラグーン学園でいっぱい楽しんだらいいよ!」


 ジョゼにイヴリン、リリィにライト。皆ハリエットに輝かんばかりの笑顔を向ける。

 貴族社会での上辺だけのお付き合いや愛想笑いとはマップ違う、心からの歓迎の笑顔。

 そこに身分や階級などの垣根は一切なく、一人の対等な人間として分け隔てない友への声援があった。


 もしかしたら、この友情は幼い子供のうちだけかもしれない。子供が成長すれば大人になり、大人になればいろいろな事情や柵なども絡みつくようになる。

 だが今はそんなことを考えず、ただただ友を信じたい。ハリエットは友と同じく心からの笑顔を向ける。


「皆さん……ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたしますね」

「うん!私もよろしくね!」

「ハリエットちゃんは頭良いから、たまに私の勉強や宿題もいっしょに見て教えてね!」

「リリィちゃん、本当に君は図太いね……」


 ハリエットに勉強の指南を堂々と乞うリリィに、ジョゼが苦笑しながらツッコミを入れる。

 すると、ジョゼの横にいたイヴリンが突如プンスコと怒りだした。


「ちょっと、ジョゼ!女の子に太いとか何て失敬なこと言うの!?」

「イヴリン、その太いとこの太いは違うよ?」

「え、そなの?」

「私もね、多分違うと思うわ」

「え、リリィちゃんまでジョゼと同じ意見なの!?」

「だって私太ってないもん!」

「リリィちゃん、違うと思う理由がそこなの?」


 イヴリンとリリィ、ジョゼの仲良し三人組のコントか漫才のようなやり取りが繰り広げられる。

 ハリエットを囲んでの賑やかな会話に、ハリエットはもちろんのことライトも笑いながら楽しく皆を見守っていた。





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 70話に渡り続いた冬休みも終わり、三月期が始まりました。

 プロステスで買ったお土産類も無事渡せて、ほっと一安心のライト&作者。

 ラグーン学園での学園生活、下町トリオやハリエットとの交流を書くのもなかなかに楽しいんですが。やっぱりどうしてもラグーン学園の出番そのものがあまり作れないんですよねぇ…( ̄ω ̄)…

 むしろライトの隠れ蓑やら諸々の言い訳として使われる出番の方が、これから圧倒的に増えそうという(´ω`)

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