第325話 ゲーマーの性

「ンぬーーーーーぅ……」


 クエストイベントの6ページ目の四つの報酬を受け取ったライト。新たに入手した各種アイテムやスキルのチェックを終え、また改めてクエストイベントの最新ページに戻る。

 その中で、唯一まだ達成できていない28番目のクエスト『黄泉路の池の水3個』をじーっと眺めながら、長いこと唸っていた。


「黄泉路の池って、こないだツェリザークに蒼原蜂を狩りに行った時に教えてもらった温泉だよなぁ」

「くっそー、あん時に水の一杯も汲んでくればよかった……レオ兄といっしょに行ってたから無理だけど」

「黄泉路の池の場所をウィカに覚えてもらったから、行こうと思えばいつでも行ける、んだ、けど、も……」

「今日は何が何でもゴロ寝する!って決めたしなぁ……」

「ンぬーーーーーぅ……」


 このループを、ライトは先程からもう三回は繰り返していた。

 今から黄泉路の池に行こうと思えば、ウィカの力を借りてすぐにでも行ける。だが、念願のゴロ寝の誘惑にも抗い難い。何と言っても今日は冬休み最後の日なのだ。

 しかし、冬休みが終わるということはラグーン学園への通学の日々が始まるということでもある。そうなれば気軽に遠出できるのは土日祝日に限られ、クエストイベントの進行もまた嫌でも滞りがちになってしまうのだ。


「あとひとつ、この黄泉路の池の水を汲んで来さえすれば、クエストイベントも次のページに進められる……つーか、逆に言えばこれをクリアしないと先に進めん……」

「…………しゃあない、ゴロ寝は諦めて今から行くかぁ」

「うん、そうしよう。場所も分かってることだし、黄泉路の池に行けば水だけじゃなくてツェリザークの雪もついでに持って帰れるし」

「よし、ラウルも誘って二人で行こう!ツィちゃんのお土産たくさん採らなくちゃね!」


 散々悩んだライトだったが、どうやら黄泉路の池に行くことにしたようだ。

 そう、この28番目のお題を完了させなければ次のページに進められないのだ。あと一つ、これさえクリアすればイベントを進められる!その思いだけが、ライトの重たい腰を動かしたのだ。

 クエストイベント進行への意欲は、怠惰の誘惑を断ち切りゴロ寝への執着をも捨てさせる。ゲーマーの性とは、斯くも熱き情熱で人を突き動かすものなのである。


 そうと決めたら話は早い。ベッドからガバッ!と起き上がり、ツェリザーク行き用の完全防寒仕様に着替えたライトは転移門でラグナロッツァの屋敷に向かった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ラウル、いるー?」


 いつものように、この屋敷内のどこかにいる万能執事ラウルの名を呼ぶライト。

 そしてラウルもまたいつものように、どこからともなく音も立てずにライトの目の前に現れる。


「おう、ライト。どうした?」

「ねぇラウル、今からぼくといっしょにツェリザークに行ってくれる?」

「ツェリザーク?もちろんお供しろと言われりゃいつでも行くが、何でまたツェリザークなんてところに?」

「えーとね、まずは黄泉路の池の水が欲しいのと、あとはツィちゃんのため!」

「ツィちゃんのため、か?」


 ライトの要望はいつでも快く引き受けてくれる、心優しくも頼もしいラウル。

 だが、その目的はまだ今ひとつ伝わりきっていないようだ。


「そう!こないだツィちゃんのところでね、巌流滝の水とかツェリザークの雪解け水を味見してもらったの。そしたら、ツィちゃんが一番美味しいって言ってくれたのが、ツェリザークの雪解け水だったんだ」

「そうだったのか。ツィちゃんが美味しいと言った水なら、俺も確保しておかなきゃな」

「でしょでしょ?ラウルならそう言ってくれると思ってたんだ!」


 ようやくライトの目的を理解したラウル。

 ラウルにも、神樹ユグドラツィに祝福を授けてもらったという恩がある。そのユグドラツィの好物であるというツェリザークの雪解け水を確保することは、ラウルにとっても恩返しに繋がるのだ。


「あ、あとね、ツェリザークの雪には氷の洞窟から出ている魔力が含まれているんだって。だからその水は飲み水や料理に使っても美味しくなるし、夏に氷代わりに飲み物に入れると夏バテ防止にもなるって聞いたよ」

「何ッ!?それは本当か!?」


 ライトからの耳寄り情報を聞いたラウルが、俄然食いついてきた。『料理がより美味しくなる水』『氷代わりに使えば夏バテ防止にもなる』―――食に関してこんな素晴らしい効能があると知れば、料理一筋のラウルにとって見逃せる訳がないのだ。


「う、うん、前にツェリザークに護衛としてついてきてくれたクレアさんがそう言ってたよ」

「そうか、そうだよな!ツィちゃんが一番美味しいと言うほどの水ならば、世界屈指の名水であってもおかしくはないよな!」

「そ、そうだね」

「よーし、そしたらツェリザークの雪をごっそり全部いただくくらいに持って帰るぞ!」


 天高く掲げた拳にグッと力を込めて握りしめながら、高らかに宣言するラウル。その姿はまるで、どこぞの覇王もしくは拳王を彷彿とさせる世紀末的オーラを感じさせる。

 最近ラウルが覇王になる回数、増えてきたなぁ……ま、料理に関することなら仕方ないよね。だってラウルだもん。

 ライトは内心でそんなことを思いながら、やる気満々のラウルに気圧されている。


「そしたらラウルもツェリザークに行く準備をしてくれる?」

「おう、着替えてくるからちょっと待っててくれ」

「今のツェリザークはとんでもなく寒いからね、とにかく温かい格好してね!」

「了解ー」


 ラウルはツェリザーク行きの準備をするために、音もなく消え去る。

 ラウルが支度している間にライトは風呂場に出向き、浴槽内に張られた水に向かってウィカを呼び出す。

 浴槽の水面に気泡が一つ二つ浮かんできて、その直後にしなやかな黒猫姿の水の精霊ウィカが現れた。


「うなぁん♪」

「ウィカ、こんにちは!今日も連れていってもらいたいところがあるんだけど、お願いできる?」

「うにゃぁーん♪」


 ウィカを腕の中に抱っこしながら、その場で待つライト。

 しばらく待っていると、分厚いコートを着込んだラウルが現れた。


「待たせたな、ライト。……おっ、ウィカも久しぶりだな。今日もよろしく頼むぜ」

「うにゃっ」


 ウィカの姿を認めたラウル、ウィカに向かって挨拶をする。

 今から行うツェリザークへの移動がウィカを介した水中間移動であることを瞬時に理解したようだ。

 ラウルから挨拶を受けたウィカも『任せといて!』と言わんばかりの快活な返事をする。


「じゃあウィカ、黄泉路の池に連れてってね」

「うにゃぁーん!」


 ライトは浴槽の水の上にウィカを下ろし、片方の手でラウルと手を繋いでからもう片方の手でウィカに触れる。

 一匹の黒猫精霊と一人の人族の子供、そして一人の妖精は瞬時に水面に吸い込まれてその場から消え去っていった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ラグナロッツァの屋敷の風呂場から消え去った、一匹と一人と一体。その数瞬後には黄泉路の池に到着していた。

 この池は人族でも入れる温泉なので、極寒の外気に晒された湯煙がものすごい勢いでもくもくと湧いている。冬景色に満ちた露天風呂は、前世のテレビ画面でよく見るような絶景シーンそのものだ。


 温泉として入ったらさぞかし気持ちいいだろうなぁ、とは思いつつも、この極寒の外気の冷たさを考えたら準備無しに入るのは自殺行為だよなぁ、とも思うライト。事前に念入りに準備しておかなければ『黄泉路の池』という名に相応しい結末を迎えることになるであろう。


「ラウル、ここの水を巌流滝の時と同じようにバケツに汲んできてくれる?その間にぼくは、ラウルが持ち帰りやすいようにバケツに雪を詰め込んでおくから」

「了解ー」


 黄泉路の池の水汲みをラウルに任せたライト。本当ならライト自身が水を汲みたいところだが、一番低い岩場からでも池の水面はかなり離れていてライトでは手が届かないのだ。

 ウィカとの移動中は水に濡れる心配は全くないが、到着後はその限りではない。今ここで黄泉路の池に落ちたら、飛べないライトは確実にずぶ濡れになってしまう。

 故にライトは水汲みをラウルに託したのだ。


 ラウルがふよふよと飛びながら木製バケツに水を汲む間に、ライトは早速周囲の雪をスコップでサクサクと掬いバケツに詰めていく。

 人や獣、魔物もほぼ立ち入らない場所のせいか、綺麗なままの新雪が積もっていていくらでも取り放題だ。

 ライトの小さな手で、真っ白な新雪を救い取っては木製バケツにひたすら入れる。新雪が満杯に詰め込まれた木製バケツが五杯出来上がった頃に、ラウルがライトのもとに来た。


「ライト、黄泉路の池の水30杯分汲み終えたぜ」

「ありがとう、ラウル!」


 ライトは早速黄泉路の水入りバケツのもとに向かい、ラウルに手伝ってもらいながらアイテムリュックに収納していく。

 毎回毎度水場で木製バケツ30杯分を汲んでいくライト、手持ちの木製バケツ数はこれで90個に上る。今回は雪も詰めていくので、優に100個は超えるはずだ。

 ラグナロッツァのバケツ屋にとって、もはやライトはVIP客間違いなしである。


「さあ、あとはこのツェリザークの雪をツィちゃんとラウルのためにたくさん採るだけだね!」

「ああ、俺はこのツェリザークの雪というものを今回初めて見たが、確かに普通の雪や水と違って魔力が微量に含まれているな。口に含むとまろやかで癖がなく、水としても良質で極上だ」

「氷の洞窟に近いほど含まれる魔力が高くなるらしいよー」

「氷の洞窟の魔力が含まれているってことなら、洞窟に近い方が高魔力になるのは道理だな。だが、ここら辺にある雪でも十分な効果が期待できる。ラグナロッツァの普通の水には魔力なんて一切含まれねぇからな」


 ライトにはいまいち分からないが、ラウルにはこの雪に含まれる極僅かな魔力が感じ取れるらしい。やはりそこは妖精ならではの感性の鋭さか。


「じゃあ、今からお昼になるまでとことん雪集めしよーぅ!」

「万が一にもはぐれないように、なるべく池の近くでお互いの姿が目に入る範囲で取ろうな」

「うん!ぼくは地面の雪を採るから、ラウルは樹の上の雪を集めてね!」

「了解ー」


 空を飛べないライトは地面の雪を集め、飛べるラウルには樹の上に積もった雪を採らせる。実に合理的な住み分け収集である。

 さらに言えば、今この場にはライトとラウル、ウィカ以外の者は一人もいない。他者の目を気にする必要も全くないので、心置きなく存分に採取に没頭できるのだ。


 クエストイベント進行のため、料理のため、そして何より二人にとって大切な友である神樹ユグドラツィのため。

 ライトとラウルはそれぞれに雪集めに励んでいた。





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 第321話にて、ライトがラウルの料理に対する情熱を見て『熱中できるものがあって羨ましい、自分も趣味とか見つけたい』的なことを考えていましたが。実はもうライトは既にそれを手に入れてるんですよね。

 ライトにとって夢中になれるもの、それはゲーム。今世ではゲーム機器や画面越しでなく、VRのような実感を持って現実世界で実現できる訳ですからね。そりゃクエストイベントにも熱が入るというものです。


 そして、後半でライトが雪を採取するために使っているスコップ。

 その大きさは、園芸用として植木鉢に土を入れたり子供が砂場で穴を掘って遊ぶ用の、小さな手持ちサイズのそれをイメージしているのですが。スコップとシャベル、その呼び方が東日本と西日本で逆というのは結構有名な話。

 私個人としてはどちらでもいいのですが。普段どちらも生活の中で使う場面が全くないので、はて、ここら辺ではどっちをどう呼んでたっけ?と思い出せず_| ̄|●

 今度ホムセンに出かけたら、園芸用品売場で確認してこようと思います!

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