第311話 カイの激昂
「レオちゃん、今度は炎の洞窟に行くの?」
「ああ、プロステス領主から直々に受けた個人依頼でな。洞窟の内部調査に何度か出向くことになったんだ」
「レオちゃんのいつもの装備にも、防火や耐熱の付与魔法ついてるわよね?」
「もちろんついているさ。だが、今の炎の洞窟は異常事態が起きているらしくてな」
「異常事態?」
カイのもっともな疑問に、レオニスが答える。
「炎の洞窟の内部で禍精霊【火】が異常なほど増えているんだと。そのせいで、ここ近年のプロステスの夏がとんでもない暑さになってるらしい」
「まぁ……私達はプロステスには一度も行ったことがないけど、そんな大変なのね……」
「ああ。熱中症による死人も三桁超えるというし、普通の冒険者や調査隊じゃ最奥どころか洞窟の中間地点にもたどり着けんって話だ」
「そんな酷い暑さなら、普段の装備よりもさらに対策が必要ってことなのね」
「そういうことだ」
普通の冒険者では洞窟の半分にも到達できないということは、にかなり厳しい状況であることがカイにも察せられる。
そしてその調査を遂行できるのは、尋常ならざる能力を持つ者のみ。つまりは現役冒険者最強のレオニスが最も適任であることをも意味していた。
「そんな訳で、とにかく耐熱に特化した装備を追加したい。今ある装備に新たに追加するとしたら、どんなことができる?」
「そうねぇ……この間ライト君からツェリザークのお土産でもらった凍砕蟲の糸を使った織物生地があるから、これでアンダーの上に羽織るベストにアームカバー、ネックカバーなんかを作りましょうか」
「そうだな……先に羽織ると洞窟の中に入る前までかなり寒そうだが、炎の洞窟に入る前に着用すればいいな」
以前ライトが初めてツェリザークに行った際に、アイギス三姉妹への土産として買って渡した凍砕蟲糸の織物生地。
凍砕蟲とは氷の洞窟に住む魔物の一種で、その蟲が吐き出す糸はまさしく氷の如き低温を保つ効果がある。
その織物で作るは、主に夏向けの服に使用されるくらいだ。
さすがにアンダーやレギンスなどの直接肌に触れる下着類にすると、真夏ならともかく今の時期だとそれだけで身体が凍りつきそうだ。
だが、ベストやアームカバー、ネックカバーなどの脱着しやすいものにすれば運用も難しくないだろう。
「それでもまだ暑さが和らがない時用に、ポンチョ式のマントもあった方がいいわね」
「そしたらフード付きにしてくれ。頭が煮えるのが最もマズいからな」
「そうね、フードなら頭の防御にもなるわね」
「それと、ベストやポンチョの内側にポケットをいくつか付けといてくれ。念の為に氷の魔石を入れる場所が欲しいんだ」
「魔石用のポケットを内側に複数箇所ね、分かったわ」
「あとは……そうだな、ネックカバーの替えを二枚、合計三枚で頼む」
「了解」
レオニスがどんどん要望を出し、カイが手元に用意していたメモ用紙に必要事項をスラスラと書き込んでいく。
レオニスの忌憚ない要望に、いとつも否やを示すことなく全て受け入れるカイ。やはりアイギスという店を率いるカイの服飾技術はすごくレベルの高いものなのだ。
「……で。俺と同じ仕様のものを、ライトの分も作ってくれ」
「……え?レオちゃん、今何て言ったの?」
レオニスの言葉に、それまで穏やかにレオニスの話を聞いていたカイが思わず問い返す。
炎の洞窟の内部調査はレオニスの仕事の話で、まさかライトも連れて行く話だとは夢にも思わなかったのだろう。
「ライトも炎の洞窟の調査に行くんだ。だからライトの分の装備も必要なんだ」
「レオちゃん、一体何考えてるの!?ライト君はまだ冒険者にもなっていない子供なのよ!?」
「ああ、分かっている」
「そんな危険な場所に連れて行くなんて、冒険者ギルドも黙っていないでしょう!?」
「さっきも言った通り、この仕事はプロステスの領主から俺個人に直接来た依頼だ。だから冒険者ギルドが関与することはない」
いつも穏やかでのんびりとしたカイが、珍しく声を荒げてレオニスに詰め寄る。
その剣幕に、ライトだけでなくセイやメイまで唖然としている。こんなに激しく怒るカイの姿など、実の妹であるセイもメイも今まで一度も見たことがなかったからだ。
だが、レオニスだけはカイの動じることなく静かに答える。
「だからって!何故ライト君まで炎の洞窟に連れて行かなきゃならないの!?冒険ならライト君がもう少し大きくなってからでもできるでしょう!?」
「それに、炎の洞窟は今異常事態になっているって、さっきレオ言ってたじゃない!そんな危ないところにライト君を連れて行くなんて、どうかしてるわ!」
激昂するカイに向かって反論したのは、レオニスではなくライトだった。
「カイさん、レオ兄ちゃんを責めないでください。炎の洞窟にいっしょに行こうって言ったのは、ぼくなんです」
「ライト君……!」
「偶然というかタイミングが悪いというか……プロステスの領主様から依頼される前に、レオ兄ちゃんもまだ炎の洞窟には入ったことがないって話を聞いて……」
「それでぼく、お屋敷に飾られていた炎の女王の肖像画を見ながら『いっしょに行こうね!』って話をして……」
「レオ兄ちゃんは、ぼくとの約束を守ろうとしてくれただけなんです」
ライトが必死にレオニスを庇う。
それでもまだカイは納得しきれていないようだ。
「だからって、それは今すぐ叶えなければならない約束なの?ライト君がもっと大きくなって、冒険者登録して資格を得て、冒険に慣れてからでもいいことよね?」
「レオちゃんが炎の洞窟に行くことでさえ、心配でたまらないのに……ライト君にまで何かあったらと思うと……私……私……」
カイがライトの両肩に手を乗せながら、懸命に問いかける。そのつぶらな瞳にあっという間に涙が溜まり、ポロポロと零れ落ちていく。
俯きながら震えるカイの肩を、セイとメイが抱き抱えて支える。
「そうよ、レオ。カイ姉さんの言う通りだわ。ライト君の身に何か起きたらどうするつもり?」
「いくら何でも冒険者は基本的に自己責任を負う稼業だからって、こんな小さな子に全ての責任を負わすつもり?冒険バカのレオニスでも、それはないんじゃない?」
カイだけでなく、セイとメイまでもがレオニスを非難する。
親しい者の身を案じるあまり、危険極まりない場所に赴こうとしていることに強い抵抗があるようだ。
それは早くに両親を亡くした三姉妹のトラウマのようなものなのだろう。
「セイさんもメイさんも、お願いだからレオ兄ちゃんを怒らないでください」
「レオ兄ちゃんは、一番奥まで連れて行けるかどうか分からないし、約束できないって言いました」
「でも、準備を万全にして入口付近とかくらいなら連れていってやれるって言ってくれて」
「今の炎の洞窟が危険なことも全部教えてくれて、その上でついていくかどうかをぼく自身に選ばせてくれたんです」
ライトは懸命にレオニスを擁護しながら、三姉妹に理解してもらおうと必死に訴えかける。
その訴えを、三姉妹は無言のまま聞いている。
「それに―――ぼくは、レオ兄ちゃんを信じています。何があってもぼくのことを守ってくれるって」
「だってレオ兄ちゃんは、世界一強くて、世界一格好良くて、世界一頼もしい、最強の冒険者だもの!」
ライトの言葉に、アイギス三姉妹は大きく目を見開く。
三姉妹にとってのレオニスは、いつまで経っても孤児院時代のやんちゃ坊主のままだ。
だが、今のレオニスはそれだけではない。伝説級の金剛級冒険者としてサイサクス大陸中に名を馳せる、紛うことなき最強無比の現役冒険者なのだ。
ライトの言葉はそのことを、アイギス三姉妹の胸中にまざまざと思い出させたようだ。
「そして、そこにアイギスの特製装備が加わればもう絶対に無敵ですよね?だってぼく、カイさん達の作るものは世界一すごいってことも知っているもの!」
「廃都の魔城ならともかく、レオ兄ちゃんとアイギスの装備が組み合わされば炎の洞窟くらいへっちゃらです!」
ライトはレオニスだけでなく、アイギス三姉妹の作る装備をも信じる、と言い切った。
そして暗に『魔城に比べたら炎の洞窟程度じゃ全然余裕、びくともしないから心配しないで!』ということも伝える。
しばらくの静寂が続く中、最初に口を開いたのはカイだった。
「……そうね。レオちゃんは今世界で一番強い人だったわね」
「レオちゃんなら、炎の洞窟くらい余裕で攻略できちゃうでしょうね」
静かな部屋に、カイの声だけが響く。先程までの激昂した時とは違い、いつもの穏やかなカイの声だ。
カイはレオニスの方に向かって、静かに語りかける。
「……でも、油断しちゃ駄目よ?世の中には絶対なんてことはないんだから」
「ああ、分かっている」
「レオちゃんがとっても強いってことは、姉さんも知っているけど。レオちゃん一人だけじゃ心配だから、
「「……!!」」
カイが二人分の装備を作ってあげる、と言った。
それはカイがライトの炎の洞窟行きへの反対を取り下げた証。
カイの言葉に、ライトもレオニスも目を大きく見開いた。
「んもう、こうなったら炎の洞窟の中でも『寒い!』って震えるくらいに、キンッキンの冷えっ冷えの装備にしちゃうからね!二人とも、覚悟なさい!」
「え、いや、その、カイ姉?炎の洞窟で寒さに震えるって、それで洞窟の外に出たら俺ら即凍死するんじゃね?」
「あら、それは困るわね?……じゃあ、炎の女王を氷の女王に変えちゃうくらいに抑えとくわね」
「え、いや、その、カイさん?それさっきよりもっと酷くなってないですか?」
珍しく激昂した後のせいか、カイの言動が勢い余ってとんでもなく酷いことになっている。
ライトやレオニスが知る女性達の中で、カイが一番優しくてで物腰が柔らかくておっとりとした、数少ない常識人だったのに。どうしてこうなった?
その原因はもちろんライト達にあるのだが。
だが、カイ達も心の奥底では分かっていたのだ。レオニスはもとより、ライトの中にも冒険者の血が巡り滾っていることを。
それを言葉のみで止められる者など、この世界には一人としていないのだ。
止めることができないならば、せめて怪我をせず無事に帰還するための助力や力添えをする他ない―――カイの珍しい暴走?の裏にはそうした決意が含まれていた。
「な、カイ姉、俺達が凍傷とかならない程度に頼むよ、な?」
「そそそそうですよ、カイさん、カイさんが本気を出したらぼく達炎の洞窟に入る前に凍えちゃいますよ?」
「そ、そうだ、セイ姉にメイもカイ姉に何とか言ってくれ!」
「あー、そんな無茶言わないで。私達がカイ姉さんに逆らえる訳ないでしょう?」
「そうそう。もとはと言えば、カイ姉さんに心配させるレオが悪いんだからね?」
「え、悪いの俺だけ?」
「ライト君の保護者は誰?」
「はぃ、俺です……」
ぷくー、と頬を膨らませながら『姉さん起こってるんですからね!』というポーズを崩さないカイに、セイもメイも助け舟を出す素振りすらない。
ライトもレオニスもひたすら焦りながら、三姉妹を宥めるために必死に声をかけ続けていた。
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カイ姉さんが珍しくプンスコ怒る回です。
そりゃねぇ、装備作ってもらうにはライトの同行も告げなければならない訳で。炎の洞窟に子連れで行くと聞いたら、普通の人は反対しますよねぇ。
レオニスとライトはもはや人外ブラザーズですが、それでもカイ達にとっては二人とも家族にも等しい身近な存在。
どれほど強くて無敵であろうとも、やはり心配なものは心配なのです。
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