第308話 クレア姉妹へのご挨拶
【Love the Palen】での買い物を無事終え、冒険者ギルド総本部に着いたライトとレオニス。
建物の中に入ると、人は片手で数えられる程度しかいない。
ラグナロッツァはアクシーディア公国の首都、その中心部にある総本部なのでいつもなら大混雑するくらいに人が集まるのだが。さすがに正月は閑散とするらしい。
そして、今日も受付窓口に座っているクレナを見つけたライト。
この受付窓口も、いつもならクレナ目当ての冒険者達がたくさん並ぶのだが。今日は窓口には人っ子一人並んでいないので、クレナのもとへ直行で駆け寄る。
「クレナさん、こんにちは!新年あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!」
「よう、クレナ。正月も変わらずお勤めご苦労さん。今年もよろしくな」
ライトが元気いっぱいにクレナに新年の挨拶をした。
レオニスも大雑把ではあるが、ライトに続いて同じく新年の挨拶をする。
「ライトさん、レオニスさん、こんにちは。こちらこそ旧年中はお世話になりました。本年もどうぞよろしくお願いいたしますぅ」
ライトやレオニスけらの挨拶を受け、クレナも新年らしく少しだけ畏まりつつ頭をペコリと下げて挨拶を返す。
「お正月もお仕事なんて、本当に大変ですね。これ、ぼく達からクレナさんへのお年賀です。よかったらお家の方といっしょにどうぞ」
「あらまぁ、ご丁寧にありがとうございますぅ。……ああっ!これ、【Love the Palen】のお年賀セットですか!?」
「あ、はい、さっき【Love the Palen】に寄って買ってきたんです」
「これ、正月三が日のみの期間限定販売なんですよねぇ。しかも数量限定の超人気商品で、正月も仕事がある私はいっつも買えなくて諦めてたんですぅ」
ライトが差し出した【Love the Palen】のお年賀Aセットを見たクレナ、目を輝かせるどころか頬までほんのりと赤らめて大喜びしている。
確かにライト達も【Love the Palen】の店頭で『期間限定品』『数量限定』『お一人様各1セットのみ』という売り文句につられて買ったクチではあるが。そんなに超人気商品だったとは知らなかった。
「喜んでもらえたなら嬉しいです」
「はい!とっても嬉しいです!本当にありがとうございますぅ!」
花が咲いたかのような満面の笑みのクレナに、手土産を渡したライトも嬉しくなる。
いつも冷静沈着なクレナが、ここまで喜ぶのは珍しいことだ。いや、一切笑わない鉄面皮ということではないのだが、クレナの場合笑うにしても静かに微笑むことが多いのだ。
故に、その花咲く笑顔は本気で喜んでいることが手に取るように分かる。
「というか、【Love the Palen】に行ったならギルドマスターにはお会いしましたか?」
お年賀Aセットが入った手提げ袋を、いそいそと机の下に大事そうに仕舞い込みながらクレナが問うた。
「あ、はい。お店の行列の一番後ろに案内する看板を持ってました」
「今日はどんな出で立ちでした?」
「神主さんの格好してましたよ」
「神主ですか。それならまだマシというか、全然普通に見れる方ですね」
「そ、そうなんですか……?」
「ええ。明後日の冒険者ギルドでの仕事始めには絶対に巫女服着てくると思いますが」
クレナもレオニス同様、パレンの仕事始めの衣装は巫女服を着てくると断言する。
二人して口裏合わせした訳でもないのに一致するとは、この推測の信憑性がますます高まるばかりである。
「でもまぁ、ギルドマスターがそうやって休暇中にご家族のお店の手伝いができるのは良いことです。ギルドマスターが直々に指示を出さなければならないような、事件事故や災害などの緊急事態が起きていないという証ですからね」
にこやかに微笑むクレナに、ライトもレオニスも全力で頷く。
そう、お正月くらいは平和に過ごしたいと誰もが願うことだ。
もっとも、緊急事態等その手の事象は人族の都合など考慮してくれないものだが。
そしてここでふとレオニスが何かを思い出したようで、クレナに問いかける。
「あ、クレナ、冒険者ギルドの仕事始めは明後日からだよな?」
「はい、そうですが」
「仕事のことでマスターパレンに話したいことがあるんだが、明後日会えるかな?」
「明後日ですか?第一秘書のシーマさんからマスターパレンの年末年始の予定表を預ってますので、少々お待ちくださいね」
レオニスの問いにクレナはそう答えると、何やら机の引き出しを開けて一枚の書類を取り出す。
「えーと、何ナニ……明後日のマスターパレンの予定は……」
「午前4時半にギルド内にて仕事始めの挨拶、午前9時にラグナ宮殿にてラグナ大公へ年始のご挨拶。その後午前中はそのままラグナ宮殿に滞在し、近衛騎士団の初稽古に参加」
「午後は正午から午後3時まで全ギルドマスター親睦会、午後5時からは冒険者ギルド各支部長を全員集めた懇親会兼新年会、となっておりますね」
「おおぅ、そりゃまたとんでもなく多忙だな……」
クレナは楕円形の眼鏡をクイッ、と上げて、その手に持ったマスターパレンの予定表を読み上げる。それによると、仕事初日なだけあってたくさんの仕事が入っているようだ。
その予定の過密さに、聞いているレオニスも驚きを隠せない。
「マスターパレンも、ああ見えてとても有能な御方ですからね。仕事始めに限らず、年中いつでも引っ張りだこなんですよ」
「そうなんだよなぁ、見た目はアレだが仕事はものすごく出来る人だからな」
「ええ。人は見た目ではない、ということを世界で一番体現しておられる人ですからね」
「だなぁ。見た目よりも中身で勝負だ!ってことを常に教えてくれる人だよな」
クレナもレオニスも、お互いにうんうんと頷きながらマスターパレンの有能さを絶賛する。その絶賛の前に見た目云々がもれなく付随するのも、もはやお約束事項のようだ。
ぃゃ、見た目もそれなりに大事だと思うんだけども……でもこの二人がここまで認めるんだから、マスターパレンという人はすごく有能なギルドマスターなんだろうな、とライトは内心で思う。
「そしたら、ラグナ宮殿に行く前ならマスターパレンと会って話もできるか?」
「そうですね、明後日のうちにお会いしたいならそれが一番確実かと」
「分かった、そうするわ。マスターパレンにも俺が朝7時頃に話に行くことを伝えといてくれ」
「分かりました」
「よろしく頼むな」
レオニスの依頼に、クレナが手元にあったペンで予定表にスラスラと書き込んでいく。
あ、そこはいつものベレー帽内に仕込んでいるペンを取り出して書くんじゃないのね。つーか、君らでも普通のペン使うことあんのか……などとレオニスが何気に失敬なことを密かに考えている。
「クレナ、今日も転移門借りるぞー」
「あら、どこかにお出かけですか?では転移門の部屋に行きましょうか」
「お前が窓口離れるとか珍しいな」
「さすがに今日はまだ三が日の中日ですからね、勤務人数が少ないんですよ」
「そうか、そりゃご苦労さん」
転移門のある部屋は事務室の奥にあり、普段は誰かしら居るのだが今日は年末年始の休暇で人がいないらしい。
そのためクレナが転移門の管理も兼任しているのだそうだ。
「お正月からお忙しいですねぇ。どちらにお出かけですか?」
「ディーノ村の出張所にな、ちょいと野暮用だ」
「あら、クレア姉さんのところにも挨拶に行くんですか?」
「おう、ライトのたっての希望でな」
「んまぁ……レオニスさんが新年の挨拶とか、これまた何て珍しいことを、と思ってはいましたが……ライト君の指導だったのですね?」
「ん?ああ、それはまぁ、な……」
大広間から転移門のある部屋に移動しながら、雑談する三人。
その中でレオニスが何気なく言った言葉で、クレナは今日の挨拶回りのからくりを目敏く見破る。
どうやらレオニスは今まで新年の挨拶回りなど一度もしたことがなかったようだ。
クレナにちろりと見遣る視線を向けられたレオニス、若干バツが悪そうだ。
「あ、いえ、それはぼくが本当にクレナさんやクレアさんに会いたかっただけですから」
「そうですか、それはまた嬉しいことを言ってくださいますね。レオニスさんもライト君を見習うべきですね」
「うぐっ、そ、それは……」
「でもまぁ指導者が誰であろうと、レオニスさんがそうやって社会性を身に着けていくのは非常に良いことだと思います。お二方とも、これからも頑張ってくださいね」
「「はいッ」」
クレナの励ましに、ライトだけでなくレオニスまで背筋を伸ばして元気よく応える。
二人は軽く手を振る笑顔のクレナに見送られながら、冒険者ギルド総本部の転移門でディーノ村に移動した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「クレアさん、こんにちはー!新年あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いしまーす!」
「よう、クレア。お勤めご苦労さん。今年もよろしくな」
ここはディーノ村にある、冒険者ギルドディーノ村出張所。
転移門の部屋から広間に移り、クレアの姿を見つけたライト達は早速声をかける。
「あら、ライト君にレオニスさん。あけましておめでとうございますぅ。今年もよろしくお願いいたしますぅ」
今日も受付窓口でピンと背筋を伸ばし座るクレア。
ライト達の挨拶を受け、丁寧に頭を下げて新年の挨拶を交わす。
もちろん受付窓口には人っ子一人いない。というか、窓口だけでなく出張所内にクレア以外の人の姿は全く見受けられない。
ただでさえ閑古鳥パラダイスのディーノ村、正月ともなるとさらに静けさが倍増マシマシである。
「お正月もお仕事お疲れさまです」
「お気遣いありがとうございますぅ。これも冒険者ギルド受付嬢の勤めですからね、当然のことです」
「冒険者ギルドが年中無休だとレオ兄ちゃんに聞いて、いつもお世話になっているクレアさん達にご挨拶しに来ました!」
「んまぁぁぁぁ、ライト君ってば何て立派なんでしょう。レオニスさんもライト君を見習うべきですね!」
「お前ら姉妹って、ホントに言うこと同じだよね……」
先程クレナに言われたことを、クレアにも言われてしまうレオニス。
「で、今日はクレアさんにお土産というか渡したいものがありまして……」
「私に渡したいもの、ですか?はて、何でしょう?」
ライトは自分のリュックからラッピングされた小袋を出して、クレアに差し出した。
「これ、ぼくが編んだブレスレットです。良ければもらってくれませんか?」
「まぁ、そんな素敵なものをいただいてもいいんですか?」
「もちろんです!クレアさんには本当にいつもお世話になってますから!」
「袋を開けて中を見てもいいですか?」
「どうぞ!」
クレアが小袋を開けると、中にはラベンダー色の小花模様が編み込まれたミサンガがあった。
外枠は白銀色で、小花は濃淡二色のラベンダー色で交互に編まれている。なかなかに高度な編み込み模様だ。
「んまぁぁぁぁ、何て可愛らしい……!」
「これ、フェネぴょんにあげた御守と同じ銀碧狼の毛で作った毛糸なんです。もちろんその銀碧狼はアルとシーナさんの毛ですよ!こないだ素材集めのためにツェリザークに行った時に、アル達ともまた会ってブラッシングさせてもらったんです」
「えっ!?そんな貴重な品をいただいていいんですか!?」
ブレスレットの原材料を聞き、クレアが心底びっくりする。
このブレスレットに使っている白銀の毛糸。それは先日ライト達が大珠奇魂の材料をツェリザークに集めに行った際に、アルとシーナにも会って毛繕いしてきた時のものである。
そして小花模様のラベンダー色は、カイに頼んで染色してもらったものだ。
カイへの注文の際に『いつもクレアさんが身につけているラベンダー色』と説明したのが功を奏したのか、クレアが着ている衣装やベレー帽の色にかなり近い仕上がりとなっている。
「これはクレアさんのために作ったんだから、もらってくれないとぼく泣いちゃいますよ?」
「ライト君に泣かれては私も困りますね……ですので、ありがたく頂戴することにしますね」
「はい!このラベンダー色が気に入ってもらえるかどうか分かりませんが、よかったら使ってくださいね!……あ、あとですね、シーナさんからクレアさんに言伝を預っているんですが……」
「ライト、ちょっと待て」
「ン?レオ兄ちゃん、何?」
それまで二人のやり取りを静かに見守っていたレオニス。
ライトがクレアにシーナからの伝言を伝えようとした時に、突如ライトに待て!をする。
そして受付窓口のカウンターをヒョイ、と軽く飛び越えてクレアの背後に立ったレオニス。
「さ、ライト、シーナからの伝言伝えていいぞ」
「??あ、うん、えーとですね、シーナさんから『美味しいお土産をたくさん作ってくれたお礼に、この毛でクレアにも何か作ってやってくださいね』って言われたんです。シーナさんもアルも、クレアさんからもらった肉まんボールをすっごく美味しそうに食べてて。とても喜んでいました」
「だからこのブレスレットは、ぼくからのお礼だけじゃなくてシーナさんからのお礼も含まれてるんです」
「……って、え?クレアさん?」
ライトの話を聞いたクレアが、何やら白目を剥いて後ろに仰け反っている。どうやら感激のあまり失神したようだ。
そんな絶賛気絶中のクレアを、床に倒れ込まないように背後に立っていたレオニスがしっかりと受け止めている。
レオニスがライトに待ったをかけてクレアの背後に回ったのも、クレアが失神することを見越しての行動だったのだ。
「あー、そっか。クレアさん、感激し過ぎて失神しちゃったんだね」
「だろ?俺達が予想した通りだったな」
くったりと気絶しているクレアに、くつくつと笑うレオニス。
シーナの心遣いに感動し過ぎて失神してしまったクレアにとっては、この失神は災難どころか昇天ものの歓喜なのだろう。
クレアさんって、可愛くて仕事もできて魔物も倒せるくらい強いのに、シーナさんの言葉に気絶しちゃうくらい感動するとか本当に面白い人だなぁ……とライトも二人を眺めながらくすくすと笑っていた。
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あああ、今回も何だか文字数多くて6000字近くなってもた……
ボリューム的には二話に分けてもいいくらいなんですが、新年の挨拶回りだけで二話も使うのはどうかと思うのでそのまま一挙に詰め込み強行してしまいました。
そしてようやくクレアの失神予想実現しましたが。ライト達が素材集めでツェリザークに出かけてアル達に会ったのが第250~253話、実に50話以上も前の話でしたよ……時系列としては10日くらいしか経過してないんですが。
何はともあれ、予定通りクレアを歓喜のKOに導くことに成功した作者。とりあえず満足というかほっと一息しております。
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