第291話 プロステス領主との面談
ハリエット達ウォーベック伯一行の馬車とともにプロステス領主邸に入ったライト達は、ハリエット達とは別の場所に案内された。
ライト達が案内されたのは領主邸二階のとある部屋で、おそらくは領主の政務室と思われる。
広くゆったりとした空間に、豪華な応接用ソファが置かれている。部屋に通されたライト達は、そのふかふかのソファに座り待機していた。
「ライト、何か感じたり反応とかはあるか?」
「うーん、今のところほとんどないんだけど……なーんかちょーっとだけ、薄ーっすらと、ピンが反応している、と、思う、んだよねぇ……」
「最近はないけど、かなり前に悪魔が出入りしていた可能性があるってことか?」
「多分そんなところだと思う……」
ライトとレオニスは、お互いにしか聞こえない程度の小声でゴニョゴニョと会話している。
反応云々とは、ウエストポーチに着けてきた八咫烏の羽根のラペルピンのことである。
ラペルピンの着用目的は、プロステス領主邸内に悪魔の発した邪気があるかどうかの判別のため。そしてウエストポーチに着けたのは、悪魔判別機であるラペルピンの存在をなるべく目立たないようにするためだ。
そしてライトが実に自信無さげに『ラペルピンが反応している』といった旨のことを言っているが、確かにラペルピンは平常時より薄く発光していた。
しかしかなり注視して見ないと分からないレベルなので、反応としては『痕跡があることには違いないが、かなり薄い』という状況だ。
本来なら領主邸内に悪魔の痕跡があること自体問題なのだが、プロステス領主邸ともなると陳情やら使節団やら日々多数の来客があることも容易に想像がつく。
反応のもとが領主と関わりの深い内部の者か、それとも不特定多数の来客に紛れていたものなのか、それによってレオニスの対応や判断も全く変わってくる。
現時点では判別できない以上、まだしばらくは慎重に観察せざるを得なかった。
そんなことをライト達が超小声で話していると、執務室の扉がノックも無しに開いた。
ノック無しでこの執務室への出入りが許されるのは、唯一人。執務室の主にしてプロステス領主、アレクシス・ウォーベックである。
執務室の主が現れたことで、ライトとレオニスは席を立ち軽く一礼する。
「クラウスとともにいらした客人は貴方方か。待たせてすまなかったね」
「私はウォーベック侯爵家当主、アレクシス・ウォーベックだ。この商業都市プロステスは我がウォーベック家が代々領主を務めている」
アレクシスがライト達の向かいの席に立ち、ライト達に手で着席を促しながら自分も着席し自己紹介する。
中肉中背の背丈に、ハリエット兄妹と同じ、勿忘草色の髪に藤色の涼やかな瞳の整った顔立ち。この勿忘草色と藤色の組み合わせが、ウォーベック家の者の証にして鉄板カラーなのだろうか。
四十路の大人としての余裕と貫禄に満ちたアレクシスが、ライトに向かって改めて穏やかな声で話しかける。
「今日は私の可愛い姪の依頼で訪ねてきて来てくれたようだね。」
「あ、はい、初めまして。ぼくはハリエットさんのラグーン学園の同級生で、ライトと言います。よろしくお願いします!……こちらはレオニス・フィア、ぼくの保護者です。ぼく、プロステスに来るのは初めてなんですが、今日は偶然レオ兄ちゃんもプロステスで仕事があるというのでいっしょに来てもらいました」
「……レオニス・フィアだ。今日はここには冒険者としてではなく、ライトの保護者として来た。よろしく」
相変わらず貴族階級に対しては無愛想極まりないレオニスに、ライトが慌ててフォローする。
「あー、えーと、何だかうちのレオ兄ちゃんがすみません。冒険者としてはすっごく優秀な人なんですが……」
「ははは、君が気にすることはない。冒険者というのは寡黙な者も多いのだろう?私も仕事柄冒険者と顔を合わせることも結構あるが、君の保護者という人はきちんとしている方だと思うぞ?」
「そう言ってもらえるとありがたいです……」
アレクシスの心遣いがひしひしと感じられる言葉に、ライトは恐縮しながら感謝する。
レオ兄ちゃんの場合、寡黙じゃなくてただ単に貴族が苦手なだけなんですけどね……とライトは内心で呟く。
だがアレクシスの言う通り、ライトに続いてきちんと自己紹介しただけでもレオニスにしたらだいぶ進化した方なのだ。その自己紹介も本当に最低限のものしか口にしていないが。
「もうすぐ姪達がこの部屋に来ると思うが……おお、噂をすれば来たようだ」
「どうぞ、入りたまえ」
アレクシスの言葉の途中、執務室の扉が数回ノックされた。
部屋の主の許可の言葉の後、扉が開いてハリエット達ウォーベック伯爵家一行が入ってきた。
「兄上、ご無沙汰しております。今年も正月を我が故郷にて過ごさせていただきますこと、一家全員感謝しております」
「お義兄様もご健勝のことと存じます。今年も一家でお世話になります」
「伯父上、お久しぶりです!ウィルフレッドです!」
「伯父様、ハリエットです。お会いできて嬉しゅうございます」
ウォーベック伯爵家の面々が、まずはこの領主邸とウォーベック本家当主であるアレクシスに挨拶をする。
皆とても綺麗な所作で、彼らが正真正銘由緒正しい貴族であることを実感させられるライト。
「皆よく来てくれたね。ラグナロッツァからプロステスまで移動するのに、毎年大変だろうに」
「いいえ、そんなことはありません!伯父上にお会いできるのを、皆毎年楽しみにしております!」
「ははは、そう言ってもらえると嬉しいよ」
「ウィルフレッドの言う通りですわ。この温暖なプロステスでお義兄様とともに新年を迎えることは、私達一家にとって本当に楽しみにしてますよの」
「ティアナさんも本当にお上手だな。お世辞でも嬉しくなってくるよ」
「伯父様、お世辞ではありません!私も伯父様にお会いできるのを、心から楽しみにしていましたのよ!」
「おお、ハリエットも大きくなったなぁ。これほど美しく可憐な娘だと、クラウスもさぞや嫁には出したくなかろう?」
「あ、兄上!ハリエットはまだ八歳です、嫁に出すような歳では……」
クラウス達弟一家から挨拶を受けたアレクシスは、穏やかな笑顔で迎え入れる。
挨拶とともに和やかな会話が目の前で繰り広げられているのを、ライトはほっこりとしながら眺めていた。
仲の良い親兄弟や家族っていいな、いつも賑やかで楽しそうだ。俺の今世は親兄弟は縁が薄くて恵まれなかったが……レオ兄がいれば十分だ―――
ライトがそんなことを考えていたら、ハリエットの視線がライトの方に向いた。
「ライトさんも、ご機嫌よう。約束通り来ていただけて嬉しいですわ」
「いえいえ、ハリエットさんのおかげでぼくもプロステスに来ることができて楽しいです!プロステスの街は初めてですが、すっごく賑やかで大きな街なんですね!」
「ええ、私達ウォーベック家の故郷であるプロステスはとても良い街でしょう?」
「はい!冬なのにとても暖かくて過ごしやすそうですよね!食べ物も美味しいし、ラグナロッツァに負けないくらい素敵な街だと思います!」
気候も良く食べ物も美味しい!と絶賛するライト。
実際に昼食でプロステス名物『豚のちゃんちゃか焼き』を食べた直後なだけあって、お世辞ではなく本心から来るものなのでその言葉にも力が篭もる。
そしてこのプロステスが冬でも温暖な気候なのは、実は理由がある。
プロステスの郊外には【炎の洞窟】と呼ばれるダンジョンがあり、そこには『炎の女王』と呼ばれる高位の存在がいるのだ。
洞窟内は炎の女王を頂点として、炎の精霊やその他炎にまつわる女王の眷属や魔物が数多くおり、その影響で周辺地域は冬でも温暖なのだ。
言ってみれば、氷の洞窟とそこに近い城塞都市ツェリザークと寒暖が真逆の同類といったところか。
「おお、未来を担う若者達に我がプロステスを褒めてもらえるとは、光栄の極みだ」
「うん、ライト君、僕は君に会うのは市場以来二度目だが。君には見る目があるね!価値あるものを正しく認識できるというのは、とても素晴らしいことだ!」
「兄様ったら……もう」
ライトのプロステス絶賛に、領主であるアレクシスだけでなくハリエットの兄ウィルフレッドまでもがライトを褒め称える。
若干上から目線だが、快活でハキハキとしたその物言いは堂々としていて、何故か不快さは感じさせない。いっそ清々しいとさえ思えるくらいだ。
不思議なことではあるが、これもこのお兄さんの人徳なんだろうな、とライトは思う。
そんなウィルフレッドの横で、ハリエットは相変わらず申し訳なさそうにしているが。
「……あ、そういえばライトさん。お約束の品は……」
「あ、はい、持ってきていますよ!レオ兄ちゃん、出してくれる?」
「おう」
ハリエットの言葉を受けて、ライトがレオニスに『お約束の品』を出すように頼む。
早速レオニスはその場で空間魔法陣を開き『お約束の品』であるラウル特製アップルパイをひょいひょいと取り出し、テーブルの上に次々と積み重ねていく。
高級木箱に入れられたアップルパイのその数、実に十個。
プロステス領主邸で『アップルパイタワー』が出来上がった瞬間である。
「ま、まぁ、こんなにたくさんいただけますの?」
「うん、うちのラウルが張り切って用意してくれてね。領主様へのお土産に持っていきたい、なんて言われたもんだからラウルも喜んで用意したんだと思うよ」
「ありがとうございます。そしたらラウルさんへのお礼として、何かプロステスのお土産を買ってお渡ししなければなりませんね」
レオニスの空間魔法陣から出し終えたと同時に完成した『アップルパイタワー』を眺めながら、ハリエットがその数に困惑しつつも嬉しそうにラウルへの土産を買うと宣言した。
「料理人相手にプロステス土産を用意するならば、豚肉をおいて他にはなかろう」
「あっ、それいいですね!ラウルは超一流の料理人なので、食材や調味料なんかの料理関連には目がなくて。新鮮で絶対に美味しいプロステス特産豚肉なんてお土産にあげたら、すっごく喜びます!……って、すみません、失礼しました」
「いや、そんなに畏まらずともよい。君は可愛い姪っ子の友達で客人だ、気楽にしてくれたまえ」
土産話の流れで豚肉を候補に提案したアレクシス。
その超絶ベストチョイスに、思わず興奮気味に肯定したライトだったが。相手が商業都市プロステスの当代領主であることを思い出し、咄嗟に謝る。
そんなライトにも気さくな態度で接してくれるアレクシスは、ハリエットの父であるクラウスと同様にフランクな人柄のようだ。
「そうだな、そしたら客人方も今夜は我が屋敷で食事をしていかれたらどうだ?クラウス達のお連れした客人だ、プロステス領主としてろくにもてなさぬまま帰す訳にはいかん」
「兄上、よろしいのですか?」
「もちろん。それにまだ日も高い今ならば、市場で土産も買えよう」
アレクシスのさらなる提案に、ハリエットがパァッ、と明るい顔になる。
「伯父様!そしたら私がライトさんのプロステス案内として、市場のお買い物に同行してもよろしいですか?」
「ああ、ハリエットとライト君だけじゃ心配だからウィルフレッドもついていきなさい。他にうちからも護衛を二人つけよう」
「僕も行っていいんですか?ありがとうございます!」
プロステスのお土産買い物ツアーがとんとん拍子に進んでいく。
ハリエットは冬休み入り前に同級生のリリィにお土産を買う約束をしていたし、ウィルフレッドも友達に買っていきたい土産があるのかもしれない。
「では、日が暮れないうちに行っておいで。市場での買い物の代金は、全てこのプロステス領主の名義で購入するといい」
「店の者にはこの紋章を見せて、明日代金を領主邸に受け取りに来るように言いなさい」
「はい、ありがとうございます!」
アレクシスは執務机の引き出しから何かを取り出し、三人の中で一番年長者のウィルフレッドに渡す。ウォーベック家の紋章が彫られた、ブローチのようなものだ。
それを見たライト、おお、印籠みたいなもんか?と内心でちょっぴりワクワクする。
実際そのブローチはウォーベック家の関係者であることを明確に提示するものなので、その効果は時代劇では必須アイテムである印籠と同等である。
「ライト、気をつけていってこいよ」
「うん!」
子供達だけの市場へのお出かけに、特に異を唱えることなく送り出すレオニス。
ウィルフレッドやハリエットとともに、意気揚々と執務室から出ていった。
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いよいよプロステス領主邸の極秘調査です。
ハリエット達のお土産買い物ツアーもありますので、そちらもまた後日。
そして作中でプロステスという土地柄に触れましたが、冬でも温暖な気候で避暑地ならぬ避寒地として冬は人気のスポットです。
ハリエット達が一家でプロステスに移動するのも、当主クラウスの故郷への帰省というだけでなく年末年始を温暖なプロステスでのんびりと過ごしたいという二重の意味合いがあるのです。
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