第281話 スライム飼育場見学

 ドラグエイト便の御者シグニスからとんでもない耳寄り情報を聞いたライト、早速スライム飼育場に向かう。

 一度ドラグエイト便の牧場から出て、その横にある小道をひたすら進んでいく。

 すると、ドラグエイト便の牧場のターミナルと似たような建物が見えてきた。そこがスライム飼育場のターミナルなのだろう。


 早速建物の中に入ると、入口左側に受付嬢が座る窓口があった。

 ライトは窓口正面に行き、柚葉色の髪をポニーテールにまとめ、凛とした黄浅緑の瞳が美しい見目麗しい受付嬢に声をかけた。


「こんにちは」

「いらっしゃいませ。本日のご用件は何でしょう?」

「えーと、ここでスライムを飼育してるって聞いて、どんなふうにスライム達が飼われているのか見学したくて来ました」

「飼育場見学ですね。ではこちらの用紙にお名前、ご住所、年齢等ご記入ください」


 受付嬢が机の引き出しから出してライトに差し出した書類に、必要事項をスラスラと記入していくライト。

 書き終えて受付嬢に渡し、受付嬢は書類にさっと目を通して問題ないことを確認していく。


「ご記入ありがとうございます。本日のご見学はライトさんお一人ですか?」

「はい、ぼく一人です」

「お子様連れでの見学の場合、お客様の安全確保のために案内人を一人お付けする決まりになっております。また、飼育場の奥の方も同じく安全確保のために案内不可になりますが、それでもよろしいですか?」

「はい、大丈夫です」

「では案内の者を呼んでまいりますので、あちらのお席に座ってお待ちください」


 受付嬢の案内に従い、ライトは椅子のある場所に座りしばし待ちながら建物内を観察する。

 入口から見て右側奥の方に、何やら明るくきらびやかなエリアがある。そこそこ広くて、人が何人かいるのが見える。あそこがシグニスの言っていた併設の土産物屋だろうか?

 後で見に行こう、とライトが考えていると、先程の受付嬢が案内人と思しき者とともにやってきた。


「お客様、お待たせいたしました。本日はこちらの者がご案内させていただきます」

「案内人を務めるロルフです。……よろしく」

「ぼくはライトといいます。こちらこそよろしくお願いします!」

「では、こちらへお越しください」


 受付嬢の案内で、入口とは別の出入り口がある方へ向かう。

 出入り口の扉の前で、受付嬢が見学上の注意事項を述べる。


「当飼育場のスライム達はおとなしく、人に危害を加えるようなことはございません。とっても可愛い子達です」

「ですが、それでも一応魔物であることに変わりはありません。不用意に触ろうとしたり、大声を出したりしてスライム達を刺激しないようにしてください」

「案内人はスライムの解説や設備の案内をいたしますが、護衛も兼ねております。施設内では案内人の指示に従って行動してください」

「ではどうぞ、ごゆっくりとスライム見学をお楽しみください」


 受付嬢は注意事項を一通り言い終えると、出入り口の扉を開けた。

 案内人が出入り口に入っていったので、ライトは受付嬢にペコリと頭を下げて一礼してから案内人の後をついていった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 まずは外の広い牧場?を通路越しに見学していく。

 外にはイエロー、グリーン、オレンジなどの色とりどりのスライム達がそれぞれのエリアで寛いでいる。


「グリーン、イエロー、オレンジ、レッドなどの明るい色のスライムは日光を好むので、日中は外に解放している」

「それぞれの色ごとに集まっているみたいですけど、スライムって仲間同士で集団行動するものなんですか?」

「スライムはもともと群れを作る習性があるが、ここでは色違いのスライム達が混ざらないように結界で区分けをしてるんだ」


 通路越しからは分からないが、目に見えない結界でスライム達の居住スペースを区分けしているらしい。

 確かに色違いのスライムが混ざると、管理面で大変なことになりそうだ。


「ちなみに、スライム同士で色が混ざるとどうなるんですか?」

「まだら模様や水玉模様とかの変ちくりんなスライムが生まれる」


 まだらや水玉なスライム、それはそれで面白そうだな、とライトは考える。


「そういう新種のスライム開発?はしないんですか?」

「そういった二色以上の混合スライムは、何故かぬるぬるやねばねばが採れないんだ」

「自然のものじゃないからですかね?」

「そうかもしれんな。愛玩用にはいいかもしれんが、あいにくここは素材採取用の飼育場だ。素材にならんものを飼育する必要はないし、混ぜものがどういった性質のものかを研究する余裕もない」

「そうなんですかぁ……でも、まだら模様や水玉模様のスライムってのも一度見てみたかったなぁ」


 きっと前世でいうところのウミウシみたいな、カラフルなスライムなんだろうな、とライトは想像する。

 それと同時に、開発研究に余裕がないというのも頷ける話である。

 そもそも単色ですら十種類以上ものスライムが存在するのだ、色違いを掛け合わせようと思ったらものすごい数のカラフルスライムが生まれるに違いない。

 それらの品種改良スライム?の特性や欠点、注意事項などを調べ上げようと思ったら途方もない時間と費用がかかるのは明白である。


「他の色のスライムはどこにいるんですか?」

「ブラウンやブラック、ホワイトなど日光による変色を嫌うスライムは、日の当たらない地下室で飼育している。アクアやブルーなどの水系スライムは、人工池を作って室内飼いしている」

「そちらも見学できるんですか?」

「ああ。どちらも窓越しから見るだけだがな」

「窓越しでもいいから見たいです!」

「分かった」


 案内人はそう言うと、別棟の方に向かって歩いていく。

 このロルフという名の案内人、解説は丁寧だし聞いたことにはきちんと答えてくれるがそれ以外の雑談は一切しない寡黙系の人である。

 分厚いコートを着込んではいるがいわゆる細マッチョ系で、鍛え抜かれた身体ということが服越しからも分かる。

 見た目は三十路手前といったところだろうか。


 涼やかな切れ長の目と、会話の時に垣間見える犬歯のような牙がどことなく爬虫類を彷彿とさせる顔立ちだ。

 深碧色の短髪に梔子くちなし梔子色の瞳も、爬虫類特有のクールなイメージと重なって見える。

 その冷ややかで端正な出で立ちをじっと眺めていたライトだったが、その視線に気づいたのか案内人が口を開いた。


「……俺の顔に何かついているか?」

「あ、いえ、カッコいいお兄さんだなぁ、と思って……失礼ですが、お兄さんはただの人族ではない、ですよね?」

「…………竜人族混じりだ」

「竜人族!?……すごい!カッコいい!」


 ライトの不躾な質問に、少しだけ顔を歪めながら答えた案内人。

 だが、案内人のそんな反応を余所に、ライトは『竜人族』という言葉に興奮気味に反応した。


「……カッコいい?俺が、か?」

「はい!ぼく、竜人族って今まで一度も会ったことがなくて、お兄さんが初めてなんです!」

「……俺は純血の竜人族じゃない。父が竜人族で母は人族の、いわゆる混ざり者だ」

「それでも!竜人族の血を受け継いでいるんでしょう?だったら立派な竜人族ですよ!」


 ライトの言葉に、思わず目を見張る案内人。

 本人が『混ざり者』と言った通り、ロルフのこれまでの人生はどっちつかずで中途半端なものだった。

 純血の竜人族からは混血と蔑まれ、人族からは強い種と混ざった異能の異端者と怖れられ、どこにもロルフの行き場所はなかったのだ。


「受付嬢のお姉さんもお兄さんと同じ雰囲気ですけど、あのお姉さんも竜人族なんですか?」

「ああ。ここの職員は竜人族や蜥蜴人族が多いんだ」

「そうした人達が集まりやすい、何かがあるんですか?」

「スライム達は本能的に竜を怖がるんだ。それ故に、竜の血を引く者は優先的に職員採用されるんだ」

「なるほど、そういう理由があるんですね」


 竜人族はもとより、蜥蜴人族にも竜人族ほどではないが遠い祖先に竜の血が入っていると聞く。

 見た目や姿形が竜そのものでなくとも、その血を引く者には問答無用で怖れを覚えるのだろうか。


「例えば何らかの手違いでスライムが本来の居住区から出てしまった場合なんかで、俺達竜人族や蜥蜴人族が連れ戻しにいくと素直に従うんだ」

「同じことを人族がしようとしてもダメなんですか?」

「ああ、前に人族の職員が逃げたスライムを捕まえようとして走り回ったが、スライムはずっと逃げ回って結局その職員では捕まえられずに俺が捕まえたこともあったな」


 そういった実例があるということは、やはりスライムは竜の血を引く者を本能的に怖れて付き従うようだ。

 スライムのそうした性質を利用して、より安全な運営管理を心がけているのは賢明な方針と言えるだろう。


「自分の特技?を活かせる職場があるってことは、とても素晴らしいことですよね!」

「羨ましいなぁ、ぼくにもそういう特技があればいいんだけど」


 ライトが心底羨ましそうにロルフを見つめる。


「何だ、将来スライム飼育員にでもなりたいのか?」

「あ、いえ、ぼくは将来冒険者になりたいんですけど。でも、人に誇れる特技はいくらあってもいいですもんね!」

「人に誇れる、特技……?」


 スライム飼育員への道はシレッと却下されてしまったが、それでもロルフの目は大きく見開かれる。

 己の中に流れる竜の血を誇れるものだとは、これまで一度も考えたことがなかったからだ。

 だが、その性質を活かして働ける場があるということは、確かに幸運なことでもあることにロルフは気付かされる。


「……そうだな。そう考えれば俺は結構幸運に恵まれてる方なのかもしれないな」


 こんな小さな人族の子供に、己が考えもしなかったことを気付かされるとは―――

 ロルフは独りごちながら、小さく微笑んだ。





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 サイサクス世界の新たな住人、竜人族と蜥蜴人族の登場です。

 基本的にこのサイサクス世界の人族も排他的で、あまり積極的に異種族と交流を持とうとしませんが、獣人や竜人などのいわゆる人型の姿形をしていて異形さの薄い者にはまだ寛容なところがあります。

 要は見た目が許容範囲ならOKということですね。

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