第261話 翼竜籠の空の旅

 ライト達は青色の籠の中で、飛び立つのを今か今かと待っていた。

 この青色の籠、外見は箱馬車の車体部分に似ていて乗り降りや窓の作りもほぼ箱馬車のそれだ。貴族用の箱馬車のような華美な飾りや絢爛豪華さこそないものの、作りはかなりしっかりしている。

 内装の方もきちんとしていて、座席もクッション性があり柔らかい。これなら長時間座っていてもお尻が痛くなったりはしなさそうだ。

 広さも大人四人が対面でゆったりと座れるくらいの余裕があり、何なら寝転んで本当に寝ても良さそうである。


 ライトとしては『翼竜が運ぶ籠の便』だから、てっきり熱気球のようなバスケット型のゴンドラなのかと思っていた。

 だが、よくよく考えたらそんな屋根もない籠ひとつに複数の人間を乗せて長時間の飛行移動する訳がない。

 屋根もないから雨風の一切を凌げないし、翼竜がちょっとバランス崩しただけですぐに籠から放り出されそうだ。

 同じゴンドラでも熱気球のゴンドラではなく、箱馬車や観覧車の方の丈夫な箱型ゴンドラで良かったー、とライトは外を眺めながら思う。


 しばらく待っていると、御者との連絡ボタンのあたりからシグニスの声が聞こえてきた。


『じゃ、今から出発するぞー。今日は快晴で風もないから、安定した空の旅になるはずだ』

「はい、よろしくお願いします!」


 ライトも席側の扉内側にある連絡ボタンを押し、シグニスに返事を返す。

 それから数瞬もしないうちに、ふわりと浮いた感覚がライト達の身体にも伝わる。翼竜プテラナが籠の外側天井部にある持ち手を掴み、飛行を始めたようだ。


 こうしてライト達の空の旅が始まった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 その後空の旅は順調に進み、あっという間に10時のトイレ休憩時間になった。

 見渡す限り何もない、荒涼とした岩場だけが広がる荒野。ここは南レンドルー地方という名がつけられている。


 岩しかない開けた場所だからといって、油断してはいけない。このサイサクス世界では、人族が築き上げた街以外はどこにでも魔物は潜んでいる。

 とはいえ、翼竜が横にいれば大抵の魔物は本能的に近寄りもしないのだが。


 ライト達は籠から一旦降りて、背伸びをしたり外の空気を吸ったりしながら休憩時間を楽しむ。

 一応トイレ休憩ということになってはいるが、翼竜籠の出発前にトイレは済ませてきたので誰もこの荒野で雉撃ちの必要はなかった。


 一方シグニスは、プテラナに何かおやつのようなものを与えている。遠目から見えたそれは、太い木の枝のようなものだ。

 その木の枝のようなおやつ?を、プテラナうは実に美味しそうに食べている。

 まるで水族館のイルカやシャチへの餌やりのような光景に、ライトは興味津々でツツツー、とシグニスに近寄る。


「シグニスさん、それはプテラナちゃんのおやつですか?」

「ん?ああ、これは干しビッグワームだ。生のビッグワームは嵩張るからな、仕事中のおやつやご飯はこうして干したものを食べさせてやるんだ」

「……干しビッグワーム……そんなものがあるんですね……」


 太い木の枝のように見えた茶色のそれは、何とビッグワームを干して乾燥させたものらしい。冒険者御用達の干し肉のようなものだろうか。

 確かに今朝見たプテラナの朝ご飯のような、プリップリの生ビッグワームは持ち運びするには嵩張り過ぎて不向きだろう。

 その点乾燥させれば嵩を減らせて持ち運びが容易になるし、日持ちも良くなり多分旨味も凝縮されているはずだ。ビッグワームに旨味成分があるのかどうかは定かではないが。


 何はともあれ、翼竜の主食を干すことで良いこと尽くめになるのは間違いないだろう。

 要は干し椎茸や干し貝柱のようなものであり、翼竜飼いにとって『乾物は大正義!』なのだ。


 ちなみにこの干しビッグワーム、ドラグエイト便自らが生産している特製品らしい。あの広大な発着場の一角で干しているのだろうか?

 でも、それだと翼竜が勝手に食べてしまいそうなものだが。きっと何か生産の秘訣があるのだろう。


 ライトもプテラナに何かおやつをあげようかと思ったのだが、普段食べ慣れないものを与えて混乱させてもいけないかな、と思い直しやめておいた。変に口が肥えてビッグワームを食べ付けなくなった!なんてことになったら、シグニス達にも迷惑をかけてしまう。

 それはライトとしても本意ではない。


 その代わり、自分が冒険者デビューしたらビッグワーム狩りをじゃんじゃかこなしてプテラナちゃんにプレゼントしよう!と密かに決意するライト。

 8歳にして女の子に喜んでもらえるプレゼントを考えることのできるライト、将来は超モテ男になれるかもしれない。

 唯一惜しむらくは、その女の子とは人間ではなく翼竜ということなのだが。


 おやつとトイレ休憩の時間が終わり、ライト達は再び空の旅を再開した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 時は瞬く間に過ぎ、12時の昼食休憩で再び地上に降りる。

 場所は地図で言うところの北レンドルー地方、先程の南レンドルー地方よりもかなり北に位置する。

 景色は先程の荒涼とした殺風景な岩だらけではなく、結構な木々が生い茂っている。それはこの北レンドルー地方が、地理的にカタポレンの森の一歩手前だからだろうか。

 実際レンドルー地方と一口に言っても北と南と中央があり、それぞれの景色は全く違うくらいに広大なのだ。


 シグニスは再びプテラナに干しビッグワームを与え、ライト達も籠から降りて昼食を摂ることにする。

 ラウルが空間魔法陣からちゃちゃっと椅子やテーブルを出し、食事も四人前を用意する。


「シグニスさんも、ぼく達といっしょにお昼ご飯食べませんか?」

「お、いいのか?プテラナの餌やりが終わったら、ありがたくご相伴にあずかるか」


 ゴンドラの後部の収納スペースからたくさんの干しビッグワームを出し、プテラナにお昼ご飯として与えるシグニス。

 先程のトイレ休憩時間に与えていたおやつも、この後部収納スペースから出していたようだ。

 シグニスは好物の干しビッグワームをもきゅもきゅと食べるプテラナの身体を撫でてから、ライト達のいるテーブルに来た。


「お待たせ。オレまでご馳走になっていいのか?」

「もちろんです!さすがに翼竜のプテラナちゃんのご飯まではあげられませんけど」

「ハハハ、そりゃそうだな。翼竜の好き嫌いなんて普通は知ることもないしな」


 シグニスが人懐っこい笑顔で笑う。

 そしてラウルが提供した昼ご飯、大きなハンバーガーとサンドイッチを頬張りながらぽつりと呟く。


「それにしてもお客さん、ラウル、だっけ?空間魔法陣持ってるんだな、羨ましいなぁ」

「オレも空間魔法陣が使えたら、プテラナ達翼竜にいつでもどこでも好きなだけ生のビッグワームを食わせてやれるんだが」

「あれは相当高い魔力持ちでないと使えないもんなぁ……」


 ふぅ、とため息をつくシグニス。

 確かにシグニスが空間魔法陣を使えたら、どんなに仕事に役立つことだろう。翼竜達のご飯だって、わざわざ乾物にせずともプリップリの新鮮なビッグワームその他を与えられるに違いない。

 ラウルの空間魔法陣を羨望するシグニスの気持ちはよく分かる。

 そんなシグニスに、ライトは話しかけた。


「シグニスさん、知ってます?少し前にアイテムバッグが発見されたって話」

「ん?アイテムバッグって何だ?」

「空間魔法陣と同じ働きを持つ袋のことです」

「……!?そんなすごいものが発見されたのか!?」


 そう、これはレオニスとフェネセンが共同開発したアイテムバッグのことだ。

 今から二ヶ月半ほど前に、旅に出たフェネセンがマルクト地方のアドナイという町の冒険者ギルドにアイテムバッグを遺跡からの出土品として提出したのだ。

 そのことは、冒険者ギルドはもとより多数のギルドで話題沸騰らしい、と当時のレオニスから聞いている。


 故にその話をシグニスにしたのだが、どうやらシグニスはアイテムバッグのことを知らなかったようだ。

 翼竜籠便の所属ギルドはおそらく商業ギルドだが、御者として働くシグニスにはその手の事務的な業務はあまり関わらないのだろう。

 そしてシグニスは、はたと何かを思い出したように呟いた。


「……あ、待てよ?そういやちょっと前に、商業ギルドに出入りしてるじいちゃんが興奮しながら何か言ってたな?何とかがあれば、翼竜の餌やりにものすごく役立つって……そうか、それのことか!」

「うん、それ多分アイテムバッグのことですね」

「そうかそうか、どこかのギルドがそのアイテムバッグ?を再現できれば、いつかはオレでも空間魔法陣を使えるようになるってことだな!」

「ですねー。ただし、見つかった袋はそこまで大量のものは入らないらしいですけど。でもぼくもその話を聞いて、いつかはアイテムバッグ持ちたいなーって思ってるんです」


 ライトが伝えたかったことが、シグニスにもようやく理解できたようだ。

 そしてライトは既にアイテムリュックを持っているが、そこは話を合わせて持っていない体で会話する。


「にしてもお前さん、ライト、だっけ?そんな情報知ってるなんてすげーな!」

「うちのレオ兄ちゃんが現役の冒険者ですから。そういう話も結構聞くんですよね」

「ああ、今回の翼竜籠便を予約した人か。オレは冒険者じゃないからよく分からんが、何だかその世界ではすげー人らしいね?」

「はい、すげー人なんです」

「発着場で受付嬢をしているオレの妹も『あの有名人のレオニスさんが翼竜籠の予約に来たの!?うわーん!その日だけ本社の受付嬢したかったー!』とか騒いでたもんな」


 シグニスと似た雰囲気の発着場の受付嬢、やはりシグニスの妹だったようだ。


「でも、そんな夢のようなアイテムが本当にあるんだなぁ……いつかオレ達平民にもその恩恵が受けられるようになるといいな!」

「そうですね、いつかきっとそういう日が来ると思いますよ!」


 果たしてそれが何年後に実現するかは分からない。

 だが、レオニス達が撒いた種はいつか必ず実るだろう。例えその技術解析が遅かろうとも、さすがに数年も待てば市井の人々にも少しづつ恩恵が受けられるようになるに違いない。


 レオニスやフェネセンの努力が、一日でも早くたくさんの人達の役に立つ日が来ることを心から願うライトだった。





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 今回ラウルが空間魔法陣を堂々と使ってしまっていますが、普段市場で買い物などをする時には控えています。

 ですがまぁ、旅の恥は掻き捨てよろしく翼竜籠での長時間移動時くらいいいだろう、と開き直って使っています。旅路の最中と言えど、食事を疎かにするのはラウルのポリシーに反することですので。


 そして、野外などでトイレに行く時の隠語。女性の場合は『お花を摘みに行く』ですが、男性の場合は『雉撃ちに行く』と言うのですねー。お花摘みは知ってても男性バージョンは知らなかったので、今回検索して調べちゃいました。

 お花摘みと雉撃ち、どちらも登山時に用を足しに行くときに使われた言葉だとか。何とも風流というか、風情を感じさせていいですよねぇ。いやー、私だったら普通に「野ションしてくるね!」とか言っちゃいそうですが。

 よし、これからはおハイソ意識高い系目指してトイレ行く時には「お花摘みしてきまーす♪」と言うことにします!

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