第251話 シーナの密かなおねだり

『して、本日は何用でこちらにいらしたのです?また私達の毛を所望ですか?』


 クレアからの美味しいお土産を、アルとともに一頻り堪能したシーナがライト達に今日の目的を問うた。


「あ、えーとですね、今日は狗狼を狩りに来たんです」

『ああ、あ奴らですか。あれらはここら一帯にたくさんいますし、狩っても狩ってもすぐにまた増えますからね。存分に狩っていっても問題はないでしょう』

「そうなんですね!」

『……で?今回は本当に私達の毛は要らないのですか?』


 今日の目的を告げたライトに、シーナが再び毛の要否を問うてきた。

 心なしかそわそわしたように、チラッ、チラッ、とライトを見るシーナ。

 その如何にも怪しい言動に、ライトは内心で『ははーん、これは……』と察する。


「もちろんいただけるものなら欲しいです!」

『そうですか。では前回のように、私達の毛を梳るとよいでしょう』

「ありがとうございます!」


 シーナの許可を得たライトは、パァッと明るく眩しい笑顔を浮かべた後ペコリと頭を下げた。

 その愛らしくも律儀な姿に、思いっきり胸を射抜かれるシーナ。

 仰け反るシーナの、はぅッ!という小さな呻き声とともに、ズギャーーーン!という効果音がどこからともなく聞こえてきた、気がする。


「はぁ、はぁ……貴方方といると、毎回何かしら心臓に悪いような気がするのは何故ですかね?」

「えっ!?シーナさん、大丈夫ですか?」


 若干前屈みになり胸を押さえるシーナを、心配そうに覗き込むライト。

 そう、ライトは自分がシーナの胸を見えない矢で射抜いていることに気づいていないのだ。

 それ故に、元凶たるライトが顔を覗き込むのは追撃になりかねないことも全く理解していない。その追撃はシーナの心臓にマジモンのトドメを刺しかねないので、やめて差し上げるべきである。

 幸いにしてその時シーナは目を閉じていて、懸命に呼吸を整えようとしている最中だったので図らずもトドメの追撃を回避していたが。


「とりあえず、ブラッシングでリラックスしましょうか!」

『そ、そうですね……』

「今日も人手が二人あって良かった!んじゃ、ぼくはアルをブラッシングするから、シーナさんの方はレオ兄ちゃんよろしくね!」

「『……ンァ?』」


 ライトはアイテムリュックから最高級ブラシを二つ取り出し、そのうちの大きめの方をレオニスに渡す。


「俺がかーちゃんの方のブラッシングするのか?」

「うん。だってレオ兄ちゃんなら背も高いし、シーナさんの大きな身体を隅々までブラシかけてあげられるでしょ?」

「う゛っ、そりゃそうだが……」

「じゃ、レオ兄ちゃんよろしくね!ゆっくり丁寧にブラシしてあげてね?」


 ライトの言い分に、レオニスは反論もできず肯定するしかない。

 確かに体格的な問題からすると、ライトがアル、レオニスがシーナを担当するのは理に適っているからだ。


 ライトはすぐに「アルー、こっちおいでー!ブラッシングするよー!」とアルのいる方に駆けていってしまった。

 置き去りにされた格好の、レオニスとシーナ。双方ともにポカーンと口を開けたまま、しばし放心している。

 かろうじてレオニスの方が先に我に返ったようだ。


「……ったく……アルのかーちゃん、すまんな。そういう訳で今日は俺がブラッシング担当だそうだ」

『……い、いいえ、別に私はどちらに梳られても構いませんよ?』

「そっか、じゃあ今からブラッシングかけるからゆったりしながら座ってくれ。痛かったり痒いところがあったら遠慮なく言ってな」

『……分かりました』


 レオニスは早々に立ち直ったが、シーナはまだ何となくぎこちない。

 だが、照れ臭そうにしながらもレオニスに言われた通りに座るシーナ。

 少し離れたところから、ライトとアルのキャッキャとはしゃぐ声が聞こえてくる。

 子供達の明るく楽しそうな笑い声を聞きながら、レオニスとシーナのブラッシングが始まった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『んふぅ……こうして人の子の手で毛を梳られるのは二度目ですが、何とも心地良いものですねぇ』


 目を閉じながら、実に気持ち良さそうにうっとりとしたため息を洩らすシーナ。

 レオニスのゆっくりとした丁寧なブラッシングは、シーナにも好評のようだ。


「そうか、そいつは良かった。アルを預かっていた頃にもライトと交代でよくブラッシングしてたからな」

『そうでしたか。あの子も野に暮らすだけでは決して経験することのできない、貴重な体験を数々させてもらって良い糧になったことでしょう』

「俺達も良い経験させてもらったよ。銀碧狼とひとつ屋根の下で暮らすなんて、滅多にできないことだったからな」

『そうですか。ならばお互いに利がありましたね』

「そうだな」


 ブラッシングしながら、ブラシに溜まっていく抜け毛を都度こまめに取っては空間魔法陣に入れていくレオニス。

 うなじの辺りをブラッシングされていたシーナが、思わぬことを口にした。


『そういえば、前回ライトとともにここに来たフェネセンという者。今日はいっしょではないのですか?』

「ああ、あいつはまた旅に出ててな。もともと風来坊でな、ひとつところに腰を下ろすようなやつじゃないんだ」

『あら、そうなのですか。では先日ここに一人で立寄ったのは、旅の途中だったのですかね』

「……何?フェネセンがここに来たのか?」


 何と、今どこにいるか分からないフェネセンが一人でここに来たという。

 レオニスは思わず身を乗り出しつつシーナに尋ねる。


「フェネセンが来たというのは、いつの話だ?」

『あらあら、お手手が休んでますよ?』

「あ、ああ、すまん」


 シーナの口から飛び出した思いがけない情報に、ブラシを動かす手が止まっていたレオニス。シーナからの催促で慌ててブラッシングを再開するレオニスに、シーナがのんびりとした声で答えた。


『そうですね、あれは何日前のことでしたか……かなり前のことですが……』

『40日か50日くらいは前でしたかね?』

「そうか……その次はどこに行くとか、何か言ってなかったか?」

『……確か、『次は天空島に行くんだー!』とか言ってましたねぇ』


 レオニスがフェネセンの作った魔導具で会話をしたのは、今から約一ヶ月とちょっとくらい前のことだ。

 ということは、フェネセンがこの地に訪れたのはレオニスと話す少し前のことだと思われる。

 行方不明の原因が何か分かるかと思ったが、レオニスと話した時にいたと思われる天空島に行く直前のことならば、あまり手がかりにはならなさそうだった。


「そういやフェネセンは何しにここに来たんだ?」

『何でも氷の洞窟を調べるために来た、と言っていましたよ。あとは『氷の女王ちゃんにも会っていこーっと!』とか何とか』

「ああ、そうか、氷の洞窟調査か……」

『聞けばあの者、当代の氷の女王と友達なんだとか。人の身でありながら、全く規格外もいいところです』


 シーナが半ば呆れたように、でもそこに反発や敵対心などはなく―――どこか納得もしているような様子で呟いた。

 そしてレオニスは、シーナの話を聞いてフェネセンがこの地を訪れたことに納得していた。


 フェネセンは廃都の魔城の四帝が意図的に他者から魔力を搾取していることを知り、大陸の隅々まで調べなきゃならないと言っていた。

 特に氷の洞窟のような、強力な魔力を放出している場所は搾取の対象になっている懸念も高い。

 フェネセンとしては、穢れの有無の調査も兼ねて旧友に会いに来た、というところだろう。


『氷の洞窟に入るなど、普通の人間ならば自殺行為以外の何物でもないのですがね……あの者ならば問題なく入れるでしょう』

「そうだな。あいつはああ見えて人族最強の、本物の天才大魔導師だからな」

『そうですね。私達銀碧狼は地に住まう者。翼持たぬ故に、天空島などといういと高き場所に行くことなどできませんが……人族最強の大魔導師ともなれば、天空島へも行けてしまうとは。私達と同じく翼を持たぬ者なのに、何とも羨ましい限りです』


 気位の高い銀碧狼のシーナが、フェネセンのことを率直に羨ましいと言う。

 確かに空を飛べぬ者からしたら、はるか高き空にあるという天空島を訪れるというのは夢のまた夢だろう。


 そんなシーナの身体をブラシで梳かしながら、レオニスは一人静かに思う。



『フェネセン……お前は今、一体どこにいるんだ……』

『お前のことだから、絶対に帰ってくると信じているし……ある日突然、ひょっこりと出てくるだろうとは思うが』

『何でもいいから早く―――無事に帰ってこいよ』



 思わぬところでフェネセンの名を耳にしたレオニスは、依然として姿を現さないフェネセンの無事を改めて願っていた。





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 レオニスがシーナのブラッシング担当を振られた時に放心したのは、まさか今回も銀碧狼の抜け毛採取をするとは全く思っていなかったからです。

 その点はライトも同様なのですが、当のシーナさんにチラッチラッと見られたら、ねぇ?そりゃもらえるもんならもらいます!ってなもんでしょう。そうでなくても貴重な素材なんですから。


 ちなみに作者ももらえるもんはもらう主義です。伯父等の親戚から「野菜たんとえるから持ちこーし!」とちょくちょくお呼ばれするのですが、その都度「おーい、○○も持ってくけー?」と言われれば、返事はもちろん「うん、もらうー!」一択です。

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