第234話 報酬交渉

 翌日、ライトとレオニスは再び神殿を訪れた。

 約束の時間である午前10時より少し早めに到着したが、別棟の執務室には既にエンディとオラシオン両名が待っていた。


「理事長先生、大教皇様、おはようございます」

「おう、皆おはようさん」

「ライト君、レオニス卿、おはようございます」

「昨日に続き、今日もお越しいただきありがとうございます。お二方のご協力、心より感謝いたします」


 皆それぞれに朝の挨拶を交わす。

 レオニスだけ手抜き感満載だが、神殿嫌いのレオニスにしてみればこれでもかなり譲歩している方、らしい。

 ふとライトが昨日いた場所を見ると、昨日はなかった椅子が置いてある。どうやらライトのために用意されたもののようだ。


「あの椅子は、ぼくのために用意してくださったんですか?」

「ええ、昨日は椅子もないままずっと立たせてしまいましたからね。さぞ疲れたでしょう、緊急事態とはいえ本当に申し訳ございませんでした」

「いえ、お気遣いありがとうございます」


 ライトは内心ホッとした。今日も一日立ち仕事はさすがにキツそうなので、レオニスに頼んで空間魔法陣に椅子を一脚入れてもらって持ってきていたくらいだ。


「ではそろそろ各支部の面談を開始します。皆様よろしくお願いいたします」


 エンディが一礼し、各自それぞれに自分の居るべき配置場所につく。

 世界中にある全支部を対象に面談していくのだから、その数はかなりのものだろう。

 今日も長い一日になりそうだ―――ライトはそんなことを考えながら、開かれる執務室の扉を眺めていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ところで、今回の報酬についてだが」


 時刻は正午を少し過ぎた頃。休憩も兼ねて四人で執務室で昼食を摂っていた時のこと。

 レオニスが唐突に報酬について話を切り出した。


「え、レオ兄ちゃん、報酬を要求するの?」

「そりゃそうだろう。むしろこれだけこき使われといて、タダ働きで済ませる方がおかしいと思うぞ?」

「んー、そりゃまぁそうだけど……」


 確かに昨日からの成り行き上で、ラグナ教内部に潜む悪魔の炙り出しを手伝ってはいるが、本来なら依頼料と引き換えに請け負う正規の仕事でもおかしくはない。

 しかもその内容や難易度からしても、高額な依頼料を積まなければ誰も受けないような仕事だ。

 エンディ達もそこら辺は自覚しているようで、ライトのように特に驚愕することもなく口を開いた。


「もちろん私達で出せるものでしたら、ご要望に添えるよう出来る限り尽力いたします」

「まずはレオニス卿やライト君のご要望をお聞かせ願えますか?」


 ご要望は何か?と問われたライト、全く何も考えてなかったので答えに詰まる。

 一方のレオニスは予め考えてきていたようで、すぐに回答した。


「これは今すぐじゃなくて、当分先のことになるが」

「ライトがジョブ適性判断を受ける時が来たら、水晶の壇のある間ではなくこの部屋で大教皇直々に執り行ってもらいたい」

「ライト君のジョブ適性判断を私が、ですか?」

「ああ。本来ならそれは十歳になってから行うものだ。だが先日の神殿訪問で倒れたことからも分かる通り、水晶の壇のある空間はライトにとってかなり相性が悪いことが判明している」

「そうですね……ジョブ適性判断はあの水晶の壇で執り行うものですから、今のままではライト君にはかなり厳しいでしょうね」


 オラシオンも考え込むようにして考えを述べる。


「だろう?というか、あの水晶の壇のある空間そのものじゃなく、どうもあの聖遺物を見て倒れたらしいんだが」

「聖遺物というと、水晶の壇の後ろに奉られている大剣【深淵の魂喰い】ですか?」

「ああ。その物騒な名前のやつだ」

「確かにあれは今は負の力を纏った魔剣ですが……」


 エンディが意外そうな顔で聞き返す。


「エンディ。以前からジョブの適性判断結果に対して、神殿が強く介入して聖職者の道に半ば強制的に進ませていたことはお前も知っているね?」

「はい、私自身がそうでしたし……今はそのようなことはしないよう、神殿の者達にも周知させてはおりますが」

「実はライト君のように、あの水晶の壇のところで体調不良を来す子が十年に一人出るかどうかという頻度で現れるんだ」

「そうなのですか?私がこのラグナ神殿にいるようになってからは見たことがなく、ライト君が初めてでしたが……以前にはそのようなことも何度かあったのですね」

「そう。そして水晶の壇の間で具合が悪くなった子というのは、総じて魔力がかなり高い子だということが分かっているんだ」

「……!!」


 オラシオンの話すことにどういう意図があるか、エンディは兄の言わんとするところを汲み取ったようだ。


「つまり……ライト君のジョブ適性判断時にも、数多の稀少なジョブが提示される可能性が高い、ということですね?」

「ああ、そういうことだ」


 この世界で示される、ジョブの適性判断。

 提示されるジョブも1つだけの時もあれば、両手でも足りない程の数のジョブが示される場合もある。

 どんなジョブがいくつ提示されるかは完全に運頼みで、まさに神のみぞ知る領分だ。

 だが、ジョブの数や種類の多さに関してはある程度の傾向が知られている。それこそが『魔力量の多寡』である。


『魔力量が多いほど、提示されるジョブの数が多い』

『魔力が少ない者は、魔力がなくても務められるジョブが出てくる』

 ここら辺はもはや世の人々にも周知の事実である。

 そして、提示されるジョブの数が多いということは、それだけ稀少なジョブが示される可能性も高くなるのだ。


 ただでさえライトは魔剣【深淵の魂喰い】に近寄れない体質、ジョブ適性判断で水晶の壇の間に無事辿り着けるかどうかも分からない。

 そこへきてさらに稀少なジョブが数多く示される可能性が高いとなれば、さらに厄介なことになるのは目に見えている。

 ライトのジョブ適性判断は、出来る限り最小限の関係者だけで秘密裏のうちに適性判断を済ませたい。レオニスがそう考えるのも当然のことだった。


「先日の神殿訪問であんな目に遭った以上、こちらとしてはなるべくリスクを減らしたいんだ」

「ライトのジョブ適性判断は、できればあの魔剣の見えないところで受けさせたい。その方が倒れる危険性も減るだろうし」

「さらに大教皇直々に密室で執り行ってもらえれば、万が一稀少性の高いジョブが出てきたとしても騒がれずに済みそうだしな」

「だが、普通ならそんなことはできんだろう?だから、今回の手伝いの報酬代わりに特例措置ということで二年後に請け負ってもらえたらありがたいんだが」


 レオニスの話を聞き、エンディはしばし無言で考え込んでから口を開いた。


「分かりました。レオニス卿のご要望を承りましょう」

「!!受けてくれるのか?」

「ええ。今回の件に関してご協力いただいている御恩に比べたら、むしろ報酬として少ないのでは?と思うくらいです」


 ダメ元で言ったつもりの要望があっさりと受け入れられたコトに、レオニスは若干驚いていた。


「ただし、私は今回の件が片付いたら大教皇の座から退くつもりでおります」

「ああ、そういやそんなことを言ってたっけな」

「ええ。数百年にも長きに渡り、ラグナ教内部に獅子身中の虫を飼っていたことの責任を取らねばなりません」

「エンディ、それは決してお前一人のせいでは……」

「それでもです、兄上」


 オラシオンがエンディを慮って擁護するが、その言葉をピシャリと遮るエンディ。


「歴代大教皇だけでなく、私もまたその奸計を見破ることのできなかった一人なのですから」

「……そうか」


 己の非を静かに語るエンディに、オラシオンもそれ以上の言葉は出てこなかった。

 エンディは改めてレオニスの方に身体を向き直す。


「二年後となると、私は大教皇の地位にはおりません。この件が片付き次第、私はただの一聖職者としてサイサクス大陸全土にあるラグナ教の教会全てを回る旅に出ようと思っています」

「ですが、今日のこの約束は必ず果たすと誓います。ライト君がジョブ適性判断を受ける頃には、何があろうと必ずやこのラグナロッツァに戻ってきます」

「そして私自らがライト君の担当となって、全てを見届けましょう」


 レオニスの目を真っ直ぐに見据えながら、力強く宣言するエンディ。

 その姿を見たレオニスにも、エンディの真摯な思いが伝わったようだ。


「……そうか。なら俺はあんたのその言葉を信じよう」

「信じていただき、ありがとうございます」

「私からも改めて礼を言わせてください。レオニス卿、エンディの言を信じてくださり本当にありがとうございます」


 エンディだけでなく、その兄オラシオンもレオニスに頭を下げて礼を述べた。

 そんな二人の生真面目でそっくりな言動に、レオニスも小さく笑う。


「オラシオン、あんたとは元同業者のよしみというのもあったから今回の件を引き受けたが……」

「良い弟を持ったな」


 レオニスの言葉に、オラシオンは目を大きく見開いた。

 レオニスという人間は、もはや神殿アレルギーと言っても差し支えないくらいにラグナ教神殿のことを毛嫌いしている。そんな根っからの神殿嫌いのレオニスが、神殿絡みの事案に関わることなど滅多にない。

 今回の件に関しては、養い子であるライトが絡んでいることも大いに影響しているが、それでもかなり異例のことと言えるだろう。

 そして、そんなレオニスが神殿の人間を良き者として認めたこともかなり意外なことだった。


 生粋の神殿嫌いのレオニスに、弟であるエンディが認められた。ラグナ教の聖職者であるにも拘らず、だ。

 それは好悪の壁を超えて、一人の人間として高評価を得たということである。

 いつも温和で冷静沈着なオラシオンが、いつになく破顔しつつその口を開いた。


「ええ、そうでしょうとも。我が弟は世界一可愛くて優秀ですからね」

「……ま、うちのライトだって負けちゃいないがな?」


 それまで和やかだった空気が一転、レオニスの対抗心を機にブラコン二大巨頭の大突撃に様変わりした。

 それはさながらどこぞの大怪獣対決映画を彷彿とさせる。『アンギャアアアア!』『GYAOOOO!』という猛獣の如き雄叫びがどこからともなく聞こえてきた、気がする。


 瞬時にして二大巨頭の代理戦争の旗頭にされた、レオニスの養い子ライトとオラシオンの義弟エンディ。

 それぞれの兄達の喧騒に、二人して乾いた引き攣り笑いしか出てこなかった。





====================


レオニスvsオラシオン、ブラコン二大巨頭の大突撃。それこそゴジラvsキングギドラですね。


 というか、オラシオンもこんなキャラじゃなかったはずなんですが。弟登場でどんどんおかしなことに……どうしてこうなった?


 我が子達には、生みの親の手綱なんてあってないようなものなのです_| ̄|●

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