第224話 市場のイケメンアイドル
『ルティエンス商会』ーーーそれは城塞都市ツェリザークにある、ライトも一度訪れたことのある店である。
前回訪れたのは、ツェリザークから程近い氷の洞窟周辺に出かけた時。旅立つフェネセンに贈る御守を作るために必要な素材、フェンリルの抜け毛の代わりに銀碧狼親子のアルとシーナに会いに行った時に立ち寄ったのだ。
ルティエンス商会自体は訪れる予定は全くなかったのだが、レオニスへのお土産探しのために入店したあの時。
ぃゃー、あのお店なかなかにマニアックで珍しい品物扱ってたもんなー。商品そのものより、壁一面に掛けられたお面の大群がものすんげー怖かったけど!
ペレから思いがけない商会の名を聞いたライトは、訪問当時のことを回想しながら考えていた。
「ルティエンス商会に強化素材を製作するのに必要な基材を直接持ち込めば、僅かな手数料だけで強化素材と交換してくれる」
「基材を持ち込めない場合は、それなりの金額を払うことで購入も可能じゃ」
「大珠奇魂を作るための基材は分かるか?分からなければ教えてやるが」
「いいんですか?お願いします!」
ペレからの提案に、ライトは一も二もなく頷く。
大珠奇魂を作るために必要な素材はヴィヒトから聞いてはいたが、人族が扱う同名の強化素材も同じものかどうかはまだ分からない。
それを判断するには基材の内容を聞くのが最も良い方法だ、とライトは考えたのだ。
ライトの願いを受けたペレは、紙とペンを取り出してサラサラと書き記していく。
渡してもらったメモのその内容は、狗狼の呪爪や高原小鬼の牙などヴィヒトが言っていたものと全く同じものだった。
「ペレさん、ありがとうございます!」
「何の、いいってことよ。それにしても、大珠奇魂で一体何を強化するんじゃ?」
「えーと……それはレオ兄ちゃんが必要らしくて、何に使うかまではぼく聞いてないんです。ごめんなさい」
ライトは申し訳なさそうに言葉を濁す。
本当の目的『カタポレンの森に住むオーガ族のために、ナヌス族の【加護の勾玉】を大量生産するため』とは明かせないからだ。
「いや、謝ることはない。わしが過ぎた好奇心から問うただけのことよ」
「いえ、ペレさんのお話はすごくありがたかったです!本当にありがとうございます!」
ライトは改めて礼を言いながら、ペコリと頭を下げた。
「お前さんとこのラウルの兄さんには、ここ最近ずっとご贔屓にしてもらっておるしの」
「こちらこそ、ラウルがお世話になっているようで……」
「いや、ラウルの兄さんの使い込まれた包丁を見れば、どれだけ大切にしてきたかがよく分かる」
ペレが目を閉じ、うんうんと頷きながら話し続ける。
「道具は大事に使ってもらってこそ活きるもの。ラウルの兄さんのこれからの料理道に貢献できるなら、わしとしても鍛冶屋冥利に尽きるというものよ」
「その言葉、ラウルが聞いたらとても喜ぶと思います」
「そうか。今後ともご贔屓に、と伝えといてくれ」
「はい!」
ライトは改めてペレに頭を下げてから、イヴリンとリリィとともに店を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ライト君って、鍛冶屋とか鍛冶仕事に興味あるのー?」
「ん?まぁね、ぼくもいつかレオ兄ちゃんや父さんのように、立派な冒険者になりたいからね!」
「あー、確かにねー。うちのお店にも冒険者の人達が食べに来てくれるんだけど、武器や防具の手入れは欠かせないってよく言ってるわー」
ペレ鍛冶屋を出た後の三人での帰り道。
三人してのんびりと歩きながら、イヴリンやリリィとも他愛ない会話が続く。
まさしく両手に花を体現しているライト、いつもと違う帰路にちょっとだけウキウキしている。
しばらく歩いていると、向かい側から来た誰かに声をかけられた。
「……ライト?」
「あれ?ラウル?」
「僕もいますよー」
「あっ、マキシ君も?」
声をかけてきたのは、ラウルだった。
そのラウルの背後から、マキシがぴょこっと顔を出す。
「どうした、こんなところで」
「イグニス君とこのペレ鍛冶屋さんに寄ってたのー」
「おお、奇遇だな。俺も今からペレ鍛冶屋に行くところだ」
「そうなんだ。包丁研ぎに出しに行くの?」
「ああ、前に出した包丁を受け取りついでにまた別の包丁を出すんだ」
ラウル、一体何本包丁持ってんの?とライトは思ったが、あえて口には出さない。きっと食器類同様にたくさん所持していて、それらの種類を聞いたところでライトには理解しきれないだろうから。
「ていうか、もうライトが学園から帰ってくる時間か」
「今日はいろんなお店回ったから、かなり時間かかっちゃったねー」
「すまんなライト、俺達もペレ鍛冶屋で包丁の受け取りと研ぎに出したらすぐ戻るから」
「ううん、別に気にしなくていいよー、ぼくものんびり歩いて帰るから」
「そうか、気をつけて帰るんだぞ」
ラウルはそう言うと、イヴリンとリリィに身体を向け直した。
「愛らしいお嬢様方。これからも我が小さなご主人様と仲良くしていただけますよう、よろしくお願い申し上げます」
執事らしく紳士的な恭しい礼を二人にすると、颯爽とペレ鍛冶屋の方にマキシとともに去っていった。
それまでぽかーんとしながらラウル達を眺めていたイヴリンとリリィ、数秒の後我に返り顔を赤らめながらキャーキャーと騒ぎ出した。
「キャー!ついにあのヨンマルシェ市場最強のイケメンアイドルラウルさんに話しかけられちゃったー!」
「リリィちゃん、前々からラウルさんの大ファンだったもんねぇ、良かったね!」
「うん!!おうち帰ったらお母さんとお姉ちゃんに自慢しちゃおーっと!」
「いやーでも本当にラウルさんってイケメンよねぇ、皆が夢中になるのも分かるわー」
二人の様子から見るに、特にリリィの方がラウルの大ファンのようだ。
イヴリンも色恋沙汰には疎い方だが、それでもラウルレベルのイケメンを間近にすれば眼福らしい。
ジョゼが見たら、涼しい顔の下で激しい嫉妬の炎を燃やすかもしれない。
賑やかな会話をしているうちに、リリィの家に着き、イヴリンの家に着き、それぞれ別れていく。
もとは強化素材である大珠奇魂の情報収集のためにペレ鍛冶屋を訪れたライトだったが、思いの外楽しい帰り道になって嬉しくなるライトだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そうか、大珠奇魂はヴィヒトの言っていた物と全く同じなんだな」
「しかも、鍛冶屋で買ったり他の店で材料と交換してもらえるのか、そりゃ便利だな」
「だがしかし、材料拾わずに買うとなると1個で5万Gすんのか……なかなかにいい値段だな」
晩御飯時にライトがペレ鍛冶屋で聞いたことを話すと、レオニスは話を聞きながらその感想を口にする。
「レオ兄ちゃん、どうするの?【加護の勾玉】30個分てことは、大珠奇魂も最低30個はいるんでしょ?」
「そうなんだよなー。5万Gを30個っちゃあ150万Gだよなー」
晩御飯を食べ終えたレオニス、頭の後ろで手を組みながら考え込むような仕草をする。
そしてそのまましばらく目を閉じながら考え込み、考えがまとまったのか、ふと目を開いて話し始めた。
「とりあえず一個だけ、大珠奇魂の現物を買ってみるか。それをヴィヒトに見てもらって、彼らの勾玉作りにもそのまま使えるかどうか判定してもらわなきゃ分からんし」
「そうだねー。名前や材料は全く同じでも、本当に勾玉作りにも使えるかどうかは実際にヴィヒトさん達にやってもらわないとね」
「そういうことだな。人族のものでも使えるならそれに越したことはないし、ダメならダメでまた普通にいちから素材集めすりゃいいことだからな」
ライトも晩御飯を食べ終えて、自分の食器類を下ろしながらレオニスに問うた。
「大珠奇魂はどっちで買うの?ペレ鍛冶屋?それともツェリザークのルティエンス商会?」
「1個だけなら高くてもペレ鍛冶屋で買うさ。その鍛冶屋にはラウルも世話になってるらしいしな」
「うん、そうだね。それに、ペレ鍛冶屋さんとこのイグニス君はぼくの友達だし」
「そっか、ならますますペレ鍛冶屋で買うこと決定だな。ラウルに明日買ってくるよう、学園行く前に朝イチで頼んでおいてくれ」
「分かったー」
ライトの言葉を聞き、レオニスも笑顔になる。
ライトの口からラグーン学園での友達の話は滅多に聞かないため、ライトにも学園で友達ができている様子が伺えて嬉しいのだ。
ここでふとレオニスが、思い出したようにライトに言った。
「あっ、そういや今日フェネセンにも連絡してな。明後日にはこっち来るぞ」
「えっ、そうなの!?フェネぴょん帰ってくるの!?」
思わぬ話にライトが身を乗り出してレオニスに聞き返す。
そんな嬉しそうなライトに反して、レオニスの表情はいまいち浮かないようだ。
「ああ。今日クレアに屍鬼化の呪いの事件の顛末を話してきたんだ」
「人類が一丸となって屍鬼化の呪いに対処するためにも、大陸中の各ギルドに報告を上げて広く周知してもらわなきゃならんのだが」
「話の流れでエリクシルのことを『オーガ族の秘薬』ってことにして伝えたんだ」
「で、オーガの里に秘薬のサンプル寄越せとか無理難題言うなよ?とクレアに釘を刺したら、フェネセンのことを指摘されてな……」
「もし魔術師ギルドで『オーガ族の秘薬』なんて言葉を、フェネセンが聞きつけたらどうなるか……ライトも想像つくだろう?」
レオニスに問われ、ライトは「あぁー……」としか言いようがなかった。
確かにそれはフェネぴょんが如何にも大好きそうな、パワーワード以外の何物でもないよなぁ。
そんな大好物ワードを聞きつけたフェネぴょん、絶対に嬉々としてオーガの里に直行して暴走モード突入しそうだ……
レオニスが皆まで言わずとも、おおよそのことを察してしまうライト。
「フェネセンの寄り道を防ぐために四帝の【愚帝】の名を出しといたから、真っ直ぐここに来るはずだがな」
「【愚帝】……そうだね、フェネぴょんには絶対に聞き捨てならない言葉だね」
「ま、そういう訳で明後日にはこのカタポレンの家に来るはずだ。ラウルやマキシにもそう伝えといてくれ」
「うん、分かったー」
風来坊のフェネセンを確実に引き寄せるために【愚帝】という名を使わねばならなかったレオニス。
ライトとしても、そこら辺に思うところが全くない訳ではない。
だが、どんな事情や経緯であろうとも久しぶりにフェネセンに会えることに変わりはない。
そのことがとても嬉しいライトだった。
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――翌日のイヴリンとリリィの登校時の会話――
リ「そういえばさ、昨日ラウルさんに話しかけられたじゃん?」
イ「うん、リリィちゃん大喜びだったよね!」
リ「てゆか、ライト君とこの万能執事ってラウルさんのことだったのね」
イ「うん、そういうことだよね」
リ「そしたらさ、ライト君のおうちに遊びに行ったらラウルさんにも会えるってことじゃない!?」
イ「そうだねー。じゃあ今度皆でライト君ちに遊びに行っていいか聞いてみよっかー」
リ「賛成ー!」
ラウルのアイドル化驀進が止まりません。
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