第152話 考えることは皆同じ
「……ラウル、あのね?食事会はフェネぴょんの門出を祝うのが一番の目的だからね?」
「マキシ君の全快祝いも兼ねてるんだし、そもそも勝負する場じゃないんだから」
「お料理の準備もほどほどに、ね?」
今朝も早々に、料理の下準備に燃えているラウルを心配そうに宥めるライト。
そんなライトの声も届いているのかいないのか、ただただひたすら一心不乱に食材の仕込みに打ち込むラウル。
その背後には昨晩同様、いや、昨晩以上に灼熱の火焔が渦巻いているようだ。
「……だめだ、こりゃ」
ライトは小さなため息をつきながら、学園に向かうためラグナロッツァの屋敷を出た。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その日の授業も無事終えて、ライトは急ぎ足でアイギスに向かう。
昨日依頼しておいた、銀碧狼の抜け毛を毛糸に仕上げてもらった品が出来上がっているはずだ。
どれくらいの長さになったかな?どんな綺麗な糸になっているだろう?考えるだけでもワクワクするライト。
アイギスの店の前に到着し、その扉をいつものようにそっと開ける。
「こんにちはー…………あれ?」
いつもなら、扉を開けてすぐに接客担当のメイが出てくるのだが。今日は何故か誰も出てこない。
おずおずとライトが中に入っていくと、何やら奥の作業場の方から騒がしい声が聞こえてくる。
何事かと訝しがりながらライトがそっと奥の部屋を覗くと、そこにはキャンキャンと言い合うセイとメイとフェネセン、三者の間でおろおろとするカイの姿があった。
「あのー……皆、どうしたの?」
ライトはその様子にたじろぎながらも、おずおずと部屋の中の面々に向けて声をかける。
「あっ、ライト君!ちょうどいいところに来てくれたわ、この分からず屋を何とかして!」
「あっ、ライトきゅん!聞いて聞いて、セイにゃんとメイにゃんが酷いんだよ!」
「ヒョエッ」
メイとフェネセンが、ほぼ同時にライトにズズイッ!と迫る。
双方のド迫力に、ライトはますますたじろぐ。
「えーっと、二人とも、ちょーっと落ち着いて?まずは話を聞かせてくれる?」
「◇★♭△♯◎≠&▼□ッキョィェァァァァ!!」
「■☆♪〓Å▽↑÷∞○ッキエェェェィッ!!」
あまりの興奮状態に、二人が何と言っているのか全く聞き取れない。
こりゃダメだ、と早々に諦めたライトは、そそくさとカイのもとに行き話を聞くことにした。
「カイさん、これは一体何の騒ぎなんです?」
「ああ、それがねぇ……」
カイの話によると、どうやら原因はライトの依頼品である銀碧狼の抜け毛から作られた毛糸にあるらしい。
ライトの依頼通りに、今日の午前中に銀碧狼の抜け毛を見事な毛糸に仕上げたのはいいが、その毛糸をお昼頃に店にやってきたフェネセンに見られたのだそうだ。
その美しく艷やかに煌めく銀碧狼の毛糸を見たフェネセン、見事に一目惚れしたそうで、どうしてもその毛糸が欲しい!売ってくれ!と言って聞かないらしい。
だがしかし、いくらフェネセンの頼みと言えどカイ達も、ハイそうですか、と承諾する訳にはいかない。何しろその毛糸の製作依頼主は、他ならぬライトなのだから。
しかも、この毛糸を使ってフェネセンに贈る御守を作りたい!というサプライズな目的も控えている。
それだけに、カイ達もこの毛糸の持ち主がライトであることを明かそうにも明かせず、ただひたすら駄目!とにかく駄目なものは駄目!と断り続けるしかなかったらしい。
ようやく事情を把握できたライトは、フェネセンの近くに寄った。
「フェネぴょん、カイさん達を困らせちゃダメじゃないか」
「……だって……どうしても吾輩、あの毛糸が欲しいんだもん……」
「それだって、カイさん達がお客さんの依頼で作った特別品なんでしょ?それをフェネぴょんが横取りするようなことしちゃダメなのは、フェネぴょんにも分かるよね?」
「ううう……」
唇を噛みしめながら、一生懸命に何かを堪えようとしているフェネセンに、なおもライトが静かに語りかける。
「どうしてフェネぴょんはその毛糸が欲しいの?毛糸なら他にもいくらでもあるでしょ?」
「…………ったの……」
「ん?ごめんね、よく聞こえなかった、今何て言ったの?」
小さな声で何かを呟いたフェネセンに、小声過ぎてよく聞き取れなかったライトが詫びながらも問い返す。
「その毛糸で、吾輩から皆に御守を作りたかったの……」
「毛糸なら、少しの量でいろいろと作れるから、皆の分も作れるし」
「それに何よりあの毛糸、すっごく綺麗で魔力も高くて。素晴らしい品ができるのは絶対に間違いないし……」
「ライトきゅんやレオぽん、ラウルっち師匠、カイにゃん達にクレアどん……吾輩、皆にお世話になったから……」
「長い旅に出る前に何か、手元に残しておけるもので恩返しをしたかったの……」
俯いたまま、寂しそうな顔で駄々をこねた原因を語るフェネセン。
そんなフェネセンの心情を聞いたライトは、胸が締めつけられる思いになる。そしてそれはカイ達も同じようで、困ったような悲しげな表情を浮かべている。
「……考えることは、皆同じなんだね」
「……え?」
ライトがぽつりと零した言葉の意味が分からず、フェネセンは思わずライトの顔を見る。
カイが持っていた銀碧狼の毛糸を、ライトは自分に渡してもらい、フェネセンに見せる。
「この毛糸を作ってってカイさん達にお願いしたのはね、実はぼくなんだ」
「えっ、そうなの!?この毛糸の持ち主って、ライトきゅんだったの!?」
「うん……」
カイ達が守秘義務その他諸々により、その事実を明かせずに困りながらも守り通した秘密を、ライトはあっさりとフェネセンに明かした。
それを聞いたフェネセンは、びっくりした顔になる。
「これね、こないだフェネぴょんとクレアさんに護衛してもらって氷の洞窟近くまで行ったでしょ?」
「その時に会ったぼくの友達母子、アルとシーナさん。彼らの銀碧狼の毛で作ってもらったんだ」
「ていうか、あの時の日帰り旅行の目的も、実はアル達の毛が欲しくて行ったんだよね。この毛糸を作るための、素材採取だったの」
ライトは今度こそ包み隠さずに、あの時の目的をフェネセンに明かし続ける。
「そ、そうだったんだ……それなら吾輩にもそう言ってくれれば良かったのに……」
「うん、黙っててごめんね。でも、フェネぴょんにだけはナイショにしときたかったんだ」
「えッ、吾輩にだけナイショなの!?え、仲間外れ!?何でッ!?」
フェネセンがその顔面中に『ガビーン!』と書かれたようなショックな顔で固まっている。
「だって……フェネぴょんにナイショで御守作って、驚かせたかったんだもん……」
「えッ、えッ、そうなの?え?御守?」
さっきまで萎れていたフェネセンに代わり、今度はライトが萎れていく。
その様子に、フェネセンはおろおろと慌てるばかりだ。
「だって…………」
「レオ兄ちゃんはヒヒイロカネの足輪を全部譲ってあげて、ラウルは空間魔法陣に収納できる美味しい食べ物をたくさん作ってあげて」
「旅に出るフェネぴょんにいろんなことをしてあげられるのに、ぼくだけが何もできない。お金も力も何も持っていない、本当に何もできない子供だから」
「そんなぼくでもできそうなことを、ずっと探してて……それが、銀碧狼の毛を使った毛糸で御守を作ることだったの」
「フェネぴょんのために、ぼくが手作りしてプレゼントしたかったの」
「ナイショにしててごめんね……」
ライトが己の幼さ故の非力さ、無力さを嘆き、悔みながら、それでも何とかして自分のできる限りのことをフェネセンにしてあげたい。
自分に対するライトの真摯な思いを知ったフェネセンは、ガバッ!とカイ達の方を見る。
カイ達は、フェネセンに対して静かに頷いた。
改めてライトの方に身体を向き直したフェネセンは、俯いてしょんぼりとするライトの小さな手を両手で包み込むように握った。
「そんな……吾輩の方こそごめんね」
「ライトきゅんが吾輩のためにそんなことを考えてくれていたなんて、ちっとも気づかなくて」
「それどころか、ナイショの計画を暴くようなことになっちゃって……本当にごめんね」
「吾輩、ライトきゅんが作ってくれる御守、とっても楽しみにしてるから!」
「カイにゃん達も、我儘言って困らせてごめんね!お詫びに何か必要な付与魔法あったら今すぐ言って!アクセサリーにつけるから!」
ライトの真意を知り、フェネセンは周りに謝り倒す。
カイに頬ずりしながら涙目で謝罪するフェネセンに、困ったような顔でフェネセンを宥めるカイ。
そして、カイにへばりついたフェネセンを何とか引き剥がそうとするセイとメイに、梃子でも動かずカイにしがみついて離れないフェネセン。
ライトがフェネセンに内緒で採取した、銀碧狼の毛糸の美しさが招いたひと騒動。その毛糸で御守を作って、フェネセンをあっと驚かせるというサプライズこそ消えたものの、フェネセンと皆の仲はさらに深まることとなった。
フェネセンとカイ達の、騒がしくも賑やかな光景を眺めながら、これもきっとあの本に書いてあったように、銀碧狼の毛には開運厄除け効果があるに違いない―――そう思うライトだった。
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「ダメだ、こりゃ」、偉大なる某コメディアンを彷彿とさせるこの名台詞。
それを一日のうちに二度も味わうことになったライトの気苦労は、なかなかに大変そうです。
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