第136話 銀碧狼母子との再会

 ライト達は休憩を終えて、再び氷の洞窟のある方向に歩き始めた。

 30分ほど歩いたところで、一行は一旦足を止める。


「そろそろ吾輩が探知魔法かけてみるねーぃ」

「フェネぴょん、探知魔法ってどこまで探知というか調べられるものなの?」

「ンーとねぇ、今から使おうと思ってるのは、魔力の大きいものがいるかどうか、いるなららどの辺にいるか、だねーぃ」

「それで分かるの?」

「うん、探すのは銀碧狼の母子でしょ?銀碧狼なら間違いなく強い魔力持ってるからね!しかも母子なら二点くっついて行動してるだろうから、別の銀碧狼や魔物と間違うこともないだろうし」


 ライトの質問に対し、フェネセンが論理的かつ適切な方法を解説する。

 さすが大魔導師フェネセン、魔法や魔術に関しては超一流のエキスパートである。


「ンじゃ、ちゃちゃっとやってみるねーぃ」


 フェネセンはその手に持っている魔杖を高く掲げ、直立不動の姿勢で目を閉じ静かに佇む。

 そのまま数秒経過しただろうか、フェネセンが目を開けたかと思うと西の方を向いた。


「あっちにそれらしき反応がある。というか、向こうの方からこっちに向かってきてるみたいだよ?」


 フェネセンがそう言い終わるか終わらないかのうちに、ライトにも大きな魔力の塊が自分達のいる方に来ているのが分かった。

 そしてこの大きな魔力は、ライトもよく知るものであった。


 また、魔力を感知したのはライトだけではなく、クレアやクー太もまた西の方を見据えながら少しだけ身構えていた。


 ライト達一行はそのまましばらくそこに待機する。

 すると、上空から何者かがふわりとライト達の前に降り立った。

 その何者かとはもちろん銀碧狼の母子、シーナとアルである。


『強大な魔力を感じて、何事かと思い来てみれば……』

「ワォン!ワォン!」

『ライト、貴方もいっしょにいるとは思いもしませんでしたよ』

「ワゥワゥ!」


 シーナの話もそこそこに、アルがライトに会えた嬉しさで速攻ライトに飛びかかり抱きつく。

 アルは前に会った時よりまた身体が大きくなっており、飛びつかれたライトは思わずよろけてそのまま後ろに倒れ込んでしまった。

 幸い後ろには積もった雪があり、雪原に寝転んだ格好になって怪我などはしなかったが。


「きゃっ!……アル、久しぶりだね!」

「ワォワォン!」

「アル、元気にしてた?」

「ワゥワゥ!」


 アルが嬉しそうに、雪の中に倒れ込んだライトの顔を舐め回す。


『これ、アル。ライトはまだ小さな人の子なのだから、そんな勢いで飛びついたらいけませんよ。怪我を負ったらどうするんです?』

「ワゥ!?キュゥーン……」


 母親のシーナに窘められて、アルは途端にしょげる。

 ライトはそんなアルを身体いっぱいに抱きとめながら、その艷やかで美しい毛並みを存分にもふ撫でしている。


「ぼくは大丈夫ですよ。シーナさんもお久しぶりです」

『そうですね、一ヶ月半ぶりくらい、ですかね』

「またお会いできて嬉しいです!」

『私達もですよ。ところで今日は、どうしてこんなところに?』


 シーナがライト達の来た目的を問うてきた。

 それもそうだろう、もうすぐ本格的な冬になるというのにわざわざ氷の洞窟周辺に来る人間など、よほどの酔狂としか思えないのだから。


「あ、えーと、一応目的もあるんですが……その前に、ここまでいっしょに来てくれた、こちらにいるぼくの友達を紹介してもいいですか?」

『ええ、もちろんいいですよ』


「では、まずこちら……フェネセンさん、人間界一の天才大魔導師です」

「やほーぃ♪只今ライトきゅんよりご紹介に与りました、フェネセンと申しまーす!愛称はフェネぴょん、気軽にフェネぴょんと呼んでねッ♪」

「こちらの女性は、クレアさん。ディーノ村の冒険者ギルドの看板受付嬢さんで、クレアさんの横にいる幼体のドラゴンは、クレアさんのペットのクー太ちゃんです」

「初めまして、クレアと申します。今日はライト君の護衛としてついてきています。それにしても……んまぁぁぁ、何とも綺麗で素晴らしい毛並みの、立派なもふもふ親子さんですねぇ」

「グルァァァァ」

『…………』


 ライトから紹介されたフェネセンとクレア、二人の濃いい言動とその強烈なオーラにシーナが若干顔を引き攣らせながら無言でたじろぐ。

 シーナとて陸の王者と呼ばれた銀碧狼だ、多少のことで臆したり怯むような弱者ではない。

 だが、強大な魔力を持つ銀碧狼だからこそ、相手の技量を瞬時で見抜く目も持っている。

 シーナは本能的に、フェネセンとクレアが只者ではないことを察知していた。


「フェネぴょん、クレアさん、今ぼくに抱きつきてきたのがぼくの友達のアル。そしてこちらの大きな銀碧狼は、アルのお母さんのシーナさん」

「ほええ、ライトきゅん、名前まで教えてもらってるんだぁ。真名じゃないだろうけど、それでも十分にすごいことだよ?」

「そうですねぇ。うちのクー太ちゃんは私が卵から育てた家族も同然の子ですが、野に生きる神格も誇りも高い神獣がその名を人間に教えるなんてことは、滅多にないことだと思いますよ」


 フェネセンとクレアが、シーナとアルの名を聞き素直に感嘆する。

 一方ライトは、本来の目的である『銀碧狼の毛を入手する』をどうやってシーナとアルに伝えようか、内心で悩んでいた。

 その毛はフェネセンに贈る御守を作るために必要な素材だが、できればフェネセンには内緒で作って渡す時に驚かせたい。

 そのためには、今目の前にいるフェネセンにバレないようシーナに伝えなければならない。さて、どうしたものか……


「あっ、フェネぴょん、そういえばアルやシーナさんに渡すお土産は?」

「あ、そだねー、そこら辺は吾輩の空間魔法陣に預ってたねぃ」

「それを出すついでに、せっかくだから皆でお茶とおやつにしない?」

「うんうん、いいねぇ♪」

「そしたらフェネぴょん、皆でお茶できるような広くていい場所が近くにあるか、探してきてくれる?」

「うぃうぃ、吾輩に任(まッか)せてーぃ!」


 ライトがお願いすると、フェネセンは機嫌も上々にバビューン!と駆け出し遠ざかっていく。

 よし、これでシーナさんに話ができる!とライトは内心で会心のガッツポーズをする。


「シーナさん、今のうちにお願いがあるんですが……」

『ん?改まって一体何ですか?』

「実は……ゴニョゴニョ……」

『ふむ……なるほど……』


 ライトは屈んで座ったシーナに、こっそりと耳打ちをする。

 おとなしくその耳打ちを聞いていたシーナは、ライトからの話を聞き終えると少しだけ考え込んでから目を開いてライトを見つめる。


『いいですよ。そしたら貴方の持ってきたブラシ?なるもので、アルと私の毛を梳ると良いでしょう』

「ありがとうございます!」


 そう、ライトは今日の目的のために、以前アルとカタポレンの家で暮らしていた時のブラッシング用のブラシを持ってきていた。

 それを使えば、銀碧狼の毛を最も自然な形で入手することができる、ライトはそう考えたのだ。

 シーナの快諾を得たライトは、まずアルを呼んだ。


「アルー、久しぶりだからブラシで毛を梳かしてあげるよ!」

「ワォン!」


 アルがとても嬉しそうに、ライトの傍に駆け寄ってくる。

 早速地面にお座りをして、その身をライト委ねるアル。ライトの手でゆっくり丁寧にブラッシングされて、とても気持ち良さそうだ。


「ライトきゅん、あっちにお茶できる場所見つけて用意してきたよー!……って、いいなぁー……吾輩も銀碧狼もふもふしたぁーい」

「おお、何という尊い光景……うちのクー太ちゃんも紛うことなき天使ですが、さすがにもふもふブラッシングはできませんからねぇ……」


 帰ってきたフェネセンとクレアが、ライトとアルのブラッシング光景を見てそれぞれ羨ましそうに呟く。


「そしたら、フェネぴょんとクレアさんは交代でアルのブラッシングする?」

「えッ、いいの?」

「うん、アルは人見知りしない子だし。ぼくはシーナさんのブラッシングするから、二人はこのブラシ使って仲良く交代でブラッシングしてね」

「私もアルちゃんのブラッシングをさせてもらえるとは、嬉しい限りですぅ」

「あっ、ブラシに溜まった毛はそこら辺に捨てないでね?貴重な素材だから後でぼくにちょうだい」

「「はぁーい」」


 ライトはアルの毛を捨てないよう二人に言い含めて、手に持っていたブラシに取れたアルの毛をササッとまとめ取って鞄に仕舞い、改めてそのブラシをフェネセンに渡す。

 そして自分の鞄からもうひとつブラシを出して、シーナの方に向かう。


「シーナさん、もし痒いところやブラシかけてほしいところがあったら、遠慮なく言ってね」

『ふふふ。私も長らく生きてきましたが、人の子に毛を梳ってもらうなんて初めてのことですよ』

「そうなんだー、じゃあぼくが初めてシーナさんの毛を梳かすんだね。緊張しちゃうなぁ」


 アルとシーナは楽しそうに会話を交わす。

 シーナは小さなライトが動きやすいように、少しでも身を低くするため地に伏せる。

 ライトもかつてアルの毛を散々梳かしてきた腕の見せ所!とばかりに、懸命に手を伸ばしゆっくり丁寧に梳かしていく。


 思っていた以上に心地良いのか、シーナがうっとりとした表情になっていく。

 しかし、まだ背の低いライトには巨体のシーナの背骨に沿った中央ラインに手が届かない。

 本来の目的である毛の採取だけでなく、どうしても完璧なブラッシングでシーナを気持ち良くさせてあげたいライトはシーナに相談する。


「シーナさん、ぼくの背丈じゃどうしても背中に手が届かないの。もっとゴロンと横になってもらうか、大魔導師であるフェネぴょんに少し宙に浮いてもらって梳かしてもらうかすれば可能だけど……シーナさんはどっちがいい?」

『そうですねぇ……では寝転びましょうか』


 そう言うと、シーナはライトに言われた通りに横になって寝そべった。やはり初対面のフェネセンに身を委ねるのは、少し抵抗があるようだ。

 しかし、これならライトにも十分梳かせるだろう。ライトは張り切って再びブラッシングを再開した。

 ゆっくり丁寧に梳かしつつ、時折ブラシに溜まった毛をまとめ取っては鞄に収納していくライト。


『ブラッシングというものを初めて体験しますが、何とも気持ちの良いものですねぇ……』

「アルもカタポレンの家にいた時は、お風呂上がりには必ず毛を乾かしてからぼくが梳かしてあげるのがとても大好きでしたよ」

『その節は世話になりましたね。それにしても、アル……あの子、少し人の子とその習慣に慣れ過ぎですねぇ』

「ハハハ……アルに変なこと覚えさせちゃってごめんなさい……」


 ため息をこぼしながら呟くシーナの言に、ライトは恐縮する他ない。


『いいえ、そもそも貴方方にあの子を預けたのはこの私ですし。人の子に慣れてはいても、私とともに野で暮らしていけてますから大丈夫ですよ』

「そう言ってもらえるとありがたいです」


 シーナの身体に一通りブラシをかけ終えたライトは、アルの方を見る。

 そこにはフェネセンとクレア、実に楽しそうにブラシをかけたりアルの背を撫でたりしている。

 もちろんアルも、それはそれは気持ち良さそうに寝そべっている。


『さて、所望の量は取れましたか?』

「ええ、これだけいただければ十分だと思います」

『そうですか、それは良かった』

「シーナさん、本当にありがとうございます」


 フェネセンに聞かれぬように、小声でこしょこしょと会話するライトとシーナ。

 シーナは寝そべっていた身体を起こし、伸びをした。


「フェネぴょん、クレアさん、アルのブラッシングはどう?」

「ライトきゅん、もうすぐ終わるよ!ぃゃー、アルきゅんは実にもっふりもふもふしてて触り心地良いねぇ!」

「私も存分にアルちゃんをもふり倒させていただきました。私達二人のブラッシングにより、アルちゃんの毛艶も100割増しになったと思います!」


 フェネセンとクレアが若干興奮気味に、その成果を語る。


「そしたらフェネぴょんが用意してくれたお茶を飲みに、皆で移動しよっか」

「「はぁーい」」


 ライトの一声により、全員で移動を始めた。





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 クレアの言う100割増し、これは誤字ではありません。数字通りの主張です。

 つまりですね、100割=1000%、即ち10倍はツヤツヤになったぞ!とクレアは主張しておるのです。

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