第118話 それぞれの役割
レオニスもラウルも、フェネセンの口から語られた衝撃的な内容に言葉が出てこなかった。
フェネセンのそれは、現段階では彼個人の推察に過ぎない。
だが、これまでの廃都の魔城と人類との長い闘いの歴史を考えれば、これ以上腑に落ちる解答はない―――そう思えるほどにその推察には強い説得力があり、十分納得できるものだった。
「八咫烏の彼も、その被害者だね。今回彼がここに来てくれたおかげで、それが判明したことは僥倖だったよ……もっとも、彼にとってはそんなの不幸中の不幸でしかないし、僥倖なんて絶対に言われたくないだろうけど」
「そして、吾輩が見た予知夢でレオぽんを通してここに導かれたのはきっと―――八咫烏の彼の身体に埋め込まれた穢れを察知して祓うことで、廃都の魔城の奴等の狡猾な奸計を看破するためだったんだ、と思う」
フェネセンは、ふぅ、と深いため息をつく。
「彼が穢れを介して、長年魔力を奪われ続けていたように……他にも穢れを埋め込まれて苦しんでいる者が、世界中にたくさんいるはず」
「そしてそれは多分、人や魔物に限らない。大樹や土地といった、自力では動くことのできないものに対しても仕掛けられているだろう。……いや、むしろそっちの方がより他者に気づかれにくく逃げられもしない、奴等にとっては好都合だろうな……」
努めて冷静に話すフェネセンだが、その身の内に途轍もない怒りが渦巻いているのがレオニスにもラウルにも伝わってくる。
「そんな訳で。吾輩、一日でも早く世界中の穢れを探して祓わなきゃならない。それは即ち、廃都の魔城の奴等の動力源を潰すことに他ならないから」
フェネセンのただならぬ決意に、レオニスもラウルも言葉を失ったまま動くこともできない。
「でも、マキシんぐのリハビリ?足輪を全部外すまでは、ここにいるよ。そこら辺の微調整は、吾輩じゃないとできないからね」
「ただし、日程は相当早めさせてもらうけど、いいかな?」
「実はこの間レオぽんからリハビリの日程を問われた時、すぐに答えられなかったのはこの【女帝】の件が吾輩の頭の中にあったからなんだ。ごめんね」
「本当なら、三日に一個づつ外していこうと思っていたんだけどね。それくらいのペースなら、彼の身体への負担もかなり少なくなるだろうから」
目を伏せながら、静かに語り続けるフェネセン。
日程を早めることに関して、「いいかな?」という、一見周囲の同意を得てからするような形にはしているが、その実有無を言わさず実行するであろうことは、レオニスもラウルも理解していた。
「しかし、あの穢れの大元、その黒幕が廃都の魔城の四帝【女帝】であることが分かった以上、吾輩もあまりのんびりしてはいられないんだ」
「本当なら、ここでもっとラウルっち師匠の料理指南受けたり、レオぽんの空間魔法陣付与研究にもとことん付き合ってあげたいんだけどね」
ここにきて、初めてフェネセンが寂しそうな笑みを浮かべた。
「……いや、それはこれからも、いつだってできるだろう?」
それまで黙っていたレオニスが、寂し気なフェネセンに向かって語りかける。
「お前がこれから立ち向かおうとしていること、やり遂げようとしていることが、どれだけ大変で―――気が遠くなりそうなくらいの長い月日がかかるだろうってことは、学のない俺でも分かるさ」
「だが、一分一秒の隙も許さず、休むことも許されない訳じゃないだろう?」
「そりゃ確かに、一日でも早く奴等の魔力補給源を潰せればそれに越したこたないが」
「……だがな、フェネセン」
レオニスは、フェネセンの目をじっと見つめながら、ゆっくりと口を開く。
「世界の命運を、お前一人が一身に背負うことはないんだ」
レオニスからの思いがけない言葉を聞いたフェネセンは、目を見開いて息を呑んだ。
「だいたいだな。何事においてもそうだが、何でもかんでもギュウギュウに詰め込みゃいいってもんでもないんだぞ?」
「考えが煮詰まったら、一休みすれば新しいアイディアや解決策が見つかるかもしれない」
「走り続けるのに疲れたら、ゆっくり歩けばいい。何なら一度完全に立ち止まって、座ったり寝転んだりして休んだっていいんだ」
レオニスが口をへの字に曲げながら、徐に手を伸ばし―――フェネセンの額に、ビシッ!と強めのデコピンを放った。
「ふぎゃッ!レオぽんてば、いきなり何すんのさ!レオぽんのデコピンって何気に痛いんだからね!?」
「うるせー、お前の目を覚まさせるにゃこれが一番なんだよ」
デコピンの次は、ほっぺたムニムニの刑である。
しかも刑を執行しているのはレオニスではない、ラウルである。
「
「お前がまた一人で突っ走ろうとするからいけないんだぞ?」
ムニられて赤くなった頬をさすりながら、涙目になるフェネセン。
そんなフェネセンに向かって、レオニスは諭すように言葉を紡ぐ。
「そりゃ確かにな。あの穢れを見つけ出すのも、祓えるのも、おそらくはこの世界でお前ただ一人だろう」
「俺達凡人には、その役割は担えない。だが、役割ってのはそれだけじゃないだろう?」
「お前が疲れた時に、休憩するための場所。それくらいなら、俺達にだって担えるじゃないか」
頬に手を当てながら、目をぱちくりとさせるフェネセン。
その手をパッパッと払い除けながら、ラウルが再びフェネセンのほっぺたをムニムニする。
「
「そうそう。ゆっくり眠れるベッドが恋しくなったら、この屋敷に泊まりに来たっていいんだぜ?」
「そしたら、お前の料理の師匠であるこの俺が、腕によりをかけて美味いもん食わせてやるぞ?」
「
「ホントホント、俺は料理のことに関しては絶対に嘘はつかんぞ?」
再度ムニられて、さらに頬が赤くなったフェネセン。
その瞳に滲む涙は、痛みからくる涙ではないようだ。
「またそんなこと言ってぇー……吾輩まるっと信じちゃうよ?」
「おう、いくらでも信じろ。本当のことだから」
「そしたら、ラウルっち師匠の貯め込んだ食材……吾輩がまた全部食べちゃうよ?」
「おう、いくらでも食っていいぞ。世界を救う大魔導師様の胃袋と魔力を満たす、この栄誉を得られるってんならお安い御用だ」
「ホントのホントに、スッカラカンにしちゃうもん……ラウルっち師匠、また泣いちゃうよ?」
「おう、いくらでも空にしろ。食材なんざ、お前がまた出かけた後にすぐにでも補充できるさ……つーか『また』とは何だ『また』とは。俺は泣いてなんかいねぇぞ?」
泣き虫扱いされてお冠のラウルに、三度目のほっぺたムニムニの刑に処せられているフェネセンの目から涙がポロポロと零れ落ちる。
お前には、帰る場所がある。いつでも、どこにいても、疲れた時や帰りたい時には、ここに帰ってきていいんだ。
レオニスやラウルは、フェネセンに向けて言外にそう伝えているのだ。
「だいたいお前、転移門なしでも転移門のあるところに移動できるだろう?」
「うん……吾輩天才大魔導師だから、楽勝でできちゃう……」
「だったら、世界中どこにいたって、このラグナロッツァの俺の屋敷に来れるだろう?」
「うん……いつでもどこでも、魔力さえあれば瞬時に来れちゃう……」
「なら、何も心配することはねぇさ」
「うん……うん……そうだね……」
溢れ出る涙を、両の手でぐしぐしと拭い続けるフェネセン。
「ま、お前のことだから?標的の穢れ探しに夢中になり過ぎて、気がつけば数年経過してましたー、キャハッ☆……なんてことにもなりかねん気はするが」
「ぅぐっ、そっそれは否定できない……」
「つーか、せめて半年に一度くらいはここに戻ってこいよ?そもそも次回の幻の鉱山の採掘には、お前も行きたいんだろう?」
「ぁぃ、吾輩も是非とも一度は幻の鉱山に行きたいれす……ううッ……」
レオニスが何気なく言い放った『ここに戻ってこい』の言葉に、フェネセンの涙腺の崩壊は止まらないどころか更に加速し続ける。
「ただなぁ……フェネセンはいつでもここに来れても、俺らの方からフェネセンへの連絡手段が全くないってのが一番の問題なんだよなぁ。天才大魔導師様よ、そこら辺何とかならんか?」
「ンー、そしたらねぇ……今から何とかするー」
「今から?」
「そ、今から。マキシんぐの足輪の取り外しを終えるまでには、何か作るー」
「おう、そうか……さすがは天才大魔導師様だな……」
その場ですぐに作る宣言を発したフェネセンに、レオニスは内心で恐れ入る。
他の者ならば口から出まかせにしか思えないような言葉でも、名実ともに世界一の大魔導師フェネセンができる、する、やる、と言うのならば、それは本当に実現可能なことなのだ。
フェネセンという大魔導師の偉大さを、改めて思い知るレオニスとラウルだった。
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稀代の天才大魔導師フェネぴょん。普段どれ程おちゃらけているように見えても、彼には周囲からそう呼ばれるだけの実績と実力、そして類稀なる洞察力があるのです。
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