第96話 カラスの正体

 八咫烏ヤタガラス―――

 日本神話に登場する烏で、導きの神としても信仰されている有名な霊鳥である。

 某国の某蹴球組織のシンボルでもあり、ゲームやファンタジーでもよく聞く名前だ。

 前世でゲーム好きだったライトも、当然その名は知っている。


「八咫烏か……まぁた神格の高い霊鳥じゃねぇか。そんなのとラウルが友達だったとはなぁ」

「そいつも集落の中では、俺同様変わり者でな。中に篭もるより外に出たいタイプで、俺の集落とやつの集落がわりと近かったこともあってよく集落の外で落ち合って遊んでたんだ」

「八咫烏の集落っちゃあれか、カタポレンの森とシュマルリ山脈が接している麓の最北のところか」

「そう、そこだ。つーかレオニス、お前よく八咫烏の集落の場所まで知ってんな?」

「そりゃあな?カタポレンの森の生態系、特に希少種の分布図はほぼ把握してるぞ?もちろんお前がいた集落だって知ってるぞ、八咫烏の集落から南西に10キロくらい離れたところだろ?まぁ確かに近所っちゃ近所だわな」

「ご主人様よ……お前、本当に人間か?」


 レオニスの、カタポレンの森やそこに生きる者達の生態の博識ぶりに、若干ドン引き気味のラウル。

 今日もラウルの無遠慮さと口の悪さは絶好調である。


「お前、本ッ当に失敬なやつだね……そもそもボロ雑巾で死にかけだったお前を俺が拾ったのも、シュマルリ山脈とカタポレンの森の境目だったろうがよ?」

「ん、まぁな……その節は世話になった」


 眉を顰めてジロリとラウルを睨みつけるレオニスに対し、若干バツの悪そうな顔で礼を口にするラウル。

 とはいえ、レオニスも本気で怒っている訳ではないし、ラウルもそこら辺は承知しているようだが。


「しかし、八咫烏ってのは三本足だよな?」

「ああ。それこそが八咫烏の最大の特徴だからな」

「確かに、あのカラスは普通の二本足、だったよなぁ?」


 まだ意識の戻らないカラスを包んでいるバスタオルを、レオニスはそっと捲る。ライトとラウルもカラスの傍に寄り、レオニスとともにカラスの身体を眺める。

 ライトはふと何の気なしに、もし三本目の足があるならここだろうという箇所、二本の足の間にそっと手を伸ばした。


「……!!レオ兄ちゃん、これ……多分、足だ……ここに、足がある……!!」

「何?本当か?」


 ライトは驚愕しながらも、カラスがびっくりして起き出さないように、声を抑えながら伝える。

 そう、見た目には二本足のみでその間には何かあるようには全く見えないのだが、そこに手を伸ばしてみると何か棒きれのような、物質的な感触が確かにあるのだ。

 レオニスもライトがそうしたように、二本の足の間の空間にそっと手を伸ばしてみる。


「……本当だ……まさかこれは……部分的に隠蔽魔法を使ってるのか……!」


 レオニスも、確かにそこに実在する足のような物体の感触を確認し、驚愕の表情を見せる。

 普通、隠蔽魔法といえば基本的には物質全体にかけるものであり、このように一部分を隠したりするようなものではない。

 だが、果たしてそれが可か不可で問われれば、絶対に不可という訳ではないのだろう。

 非常に稀なことではあるが、現に目の前のカラスの身体にはそれが施されているのだから。


 二人の様子を見て、ラウルは動揺していた。


「ちょっと待ってくれ、じゃあそいつはやっぱり八咫烏なのか?」

「ああ、おそらくは八咫烏最大の特徴である三本足を隠して、普通のカラスになりすましてここまで来たんだろう。デカさ的にはちょっとアレだが……」

「なら、お前は……マキシ、なのか?」


 ラウルはカラスに向かって、独り言のように問いかける。

 まだ目を覚ましていないカラスがその問いかけに答えるはずもないが、それでもなお口にせずにはいられなかったのだろう。


「マキシってのは、お前の友達の八咫烏の名か」

「ああ……」

「そのマキシだと一目で特定できるような、他の八咫烏とは決定的に違う特徴とか何かないのか?」

「もしマキシなら、真ん中の足の後趾を見れば分かる。その後趾だけ、爪が深紫こきむらさき色なんだ」

「……現状では、肝心のその真ん中の足が全く見えんぞ?」

「「……んむぅぅぅぅ……」」


 カラスを眺めつつ、しかめっ面をしながら唸るレオニスとラウル。

 しかし、どれほど大の男二人が唸りながら睨みつけようと、カラス自身の意識が戻らないことにはどうしようもない。


「いずれにしろ、この八咫烏が目を覚まさないことにはどうにもならんな……」

「……いつ目が覚めるんだろう……」

「さすがにそれは俺にも分からん。今すぐかもしれんし、明日かもしれんし、三日後とかかもしれん。さすがに一ヶ月以上も目覚めないなんてことはないと思うが……万が一そうなったら、また改めて何らかの対処をせにゃならん」

「……そうか……なぁ、ご主人様、頼みがあるんだが」


 ラウルは、思い詰めたようにレオニスを真っ直ぐに見つめながら言う。

 それに対して、レオニスはというと―――


「おう、いいぞ」


 ラウルがまだ何を頼むのかさえ、口に出していないうちから了承するレオニス。

 ラウルは少しびっくりしたような顔をした。


「俺、まだ何も頼んでないぞ?」

「ん?お前のことだ、どうせこのカラスをここに置いてくれ、とかいう話だろ?」

「あ、ああ……まさしくそう頼もうと思っていたんだが……」

「そんなもん、頼まれなくたって了承するさ。つーか、この状況で追い出す方が人としておかしいだろ。俺はそんな鬼畜でもなければ薄情でもないぞ?」

「ああ、ご主人様の寛大さに心から感謝する」

「…………」


 レオニスに謝意を示したラウルに、レオニスは心底驚愕した顔をする。

 その顔は、かつてライトが初めてクレア嬢と会った時の顔以上の驚きっぷりかもしれない。


「……おい、ご主人様。何だその顔は」

「いや、だって……お前が俺に素直に礼を言うなんて、とんでもなく珍しいことだろ?」

「……このご主人様も大概失敬だよな」


 この主人にしてこの執事あり、といったところか。

 だが、お互い悪い気はしない。主従関係だとか雇用云々に関係なく、互いに気兼ねなく軽口を叩き合えるこの関係が心地良いのだ。


「ま、そのカラス、マキシだっけ?そいつのことは心配するな。目が覚めるまでお前がつきっきりで看病してもいいし、目が覚めた後のことはまたその時に考えよう」

「ああ、そうしてもらえると助かる」

「部屋は空いてるところなら、どこでも好きな部屋を使え。ただ、やはりカラスを寝かせておけるベッドがある部屋の方がいいだろうから、さっきの寝室をそのまま使っても構わんぞ」

「何から何まですまない、感謝する」


 先程まで絶好調だった、いつもの無遠慮や口の悪さはどこへやら。レオニスからの提案に対し、再び謝意を示すラウル。

 だがレオニスは、感謝するほどのことでもないとばかりに、ラウルに言葉をかける。


「気にすんな。ラウルだって、俺やライトの家族も同然なんだから」

「うん、そうだよ。ラウルはぼくとレオ兄ちゃんの、大事な家族だよ!」

「…………ッ!」


 レオニスの言葉を聞いたライトは、すぐにレオニスの言を力強く肯定する。

 二人から思いがけない言葉をかけてもらったラウルは、目を見開き驚きの表情を隠せないまま息を呑む。

 その言葉に何と返事をしてよいものか分からず、ラウルはしばし無言のままだった。

 だがその表情は、驚きだけでなく歓喜もまた滲みでていた。


「……さて、時間的にももう晩飯時だな。だが、さすがに今からカタポレンに帰って飯を用意する気にはなれん……カラスの様子も気になるしな」

「すまんがラウル、何か簡単なもんでいいから俺とライトの分の晩飯も用意してくれるか?」

「了解ー」


 ラウルは我に返り、皆の食事を用意すべくすぐに台所に向かって消えていった。

 その顔は若干赤味を帯びており、照れ隠しも兼ねてこれ幸いとばかりに早々に台所に消えた、というのもあるだろう。


 はぐれ妖精だった自分を、ここまで受け入れてくれたレオニスとライト。そして今、かつてのラウルの唯一無二の友だったマキシに対しても、その手を惜しみなく差し伸べてくれる。

 その温情、その慈愛、その心。全てがラウルにとってとても温かく、ありがたかった。


 二人の恩に報いるべく、この屋敷を守り、いつでも美味しい料理を用意しよう―――

 口にこそ出さないが、ラウルは心の中で固く誓うのだった。





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 南西10kmをご近所扱いする、相変わらず距離感覚がアレなレオニス。

 それ、カタポレンの森の東西全長に比べたらその割合は些少かもしれないけど、絶対にご近所じゃないですからね?

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