第86話 図書室訪問

 ライトとジョルジュは食堂を出て、二人並んで歩いていく。

 のんびりとした足取りで歩きながら、ライトはジョルジュに話しかけた。


「ミラネージさん、お昼休みに案内してもらうなんて、本当にすみません」

「ああ、気にしなくていいよ。理事長先生からも、君の様子を時々見るように言われてるし」

「そうなんですか?」

「うん、幼等部や初等部には生徒会はないしね」

「でも、初等部と中等部って教室の建物も全く別なのに、わざわざミラネージさんにこっちに来てもらうのも申し訳なくて……」


 ジョルジュの貴重な昼休みの時間を、自分の世話をするために費やさせる。そのことがライトには、本当に申し訳なくて仕方がなかった。

 そんなライトの意に反し、ジョルジュはふふっ、と軽やかに笑う。


「それは大丈夫だよ。そしたら、僕からひとつライト君にお願いがあるんだけど、いい?」

「……?何でしょう、ぼくにできることでしたら」

「僕のことは、ジョルジュと呼んでもらってもいいかな?ミラネージなんて姓の方で呼ぶ人、僕の周りにはいないからさ」


 ジョルジュは本当に気さくな人柄のようだ。

 ライトは思わず顔を上げて、ジョルジュの顔を見ながら返事をした。


「ミラネージさん……いえ、ジョルジュさんがそう仰るのでしたら、そう呼ばせていただきます」

「ふふっ、ライト君は本当に初等部1年生らしからぬ子だねぇ」

「えっ、そっ、そうですか?な、何で?」


 なぬっ、1年生に見えない、だとぅ!?

 こんなに懸命に愛らしい少年を演じているというのに!何故だ!

 何だ、一体何がまだ足らんというのだ、俺の努力がまだまだ足りないってのか!?


 ジョルジュにそう言われて、目に見えて狼狽えるライト。

 その様子を見ていたジョルジュは、たまらず噴き出す。


「ふふっ、そういうところだよ。あまりにも礼儀正しくて、とても8歳の子供とは思えないよ。実は君が高等部の生徒だとか、あるいは新人の先生だと言われても僕は信じるね」

「…………!!」


 ああ、何てこった、畏まり過ぎて駄目なのかッ……

 しかし、こんなもん今更どうしようもないじゃないか、どうすりゃいいんだ俺。

 え、俺もしかしてピンチ?結構な大ピンチ?


 頭の中でぐるぐる考えていたら、どうやら図書館に着いたらしい。


「ほら、ライト君。お目当ての図書室に着いたよ」

「あっ、ありがとうございます」

「僕もここに来るのは久しぶりだから、中をゆっくり見たいな」

「1年A組の教室への帰り道案内もちゃんとするから、昼休みの終了10分前に図書室入口集合、でいい?」

「分かりました」


 食堂同様、図書室も初等部と幼等部は共用で、中等部は別の図書室があるそうだ。

 確かに中等部ともなれば、本の内容もそれなりに高度なものになるだろうし、分けた方がいろいろと都合良いのだろう。


 図書室に入った二人。

 ジョルジュは懐かしそうな顔をして、本棚を眺めながら奥に歩いていく。一方のライトはというと、初めての図書室に感動していた。



『おおお、お高い本の山が!まさにここは宝の山か!』

『いくらレオ兄が何でも買ってくれるからって、お高い本ばっか買ってもらってたらさすがのレオ兄も破産しちゃうかもだし』

『ここで少しでもこの世界の知識を取り入れなくては!』



 前世では、ついぞ図書室通いなんぞしたことはなかったが。本数冊で新品自動車とほぼ同じ値段の世界にくると、本というものがどれだけ有り難く貴重な物かを思い知るようになったライト。

 蔵書数やその質はさすがにスレイド書肆の方が上のようだが、それでも本を好きなだけ閲覧できるというのはやはり魅力的だ。


 ライトは司書のいるカウンターに行き、利用方法をレクチャーしてもらう。

 貸し出しは休日含めて一週間。生徒の名を記したカードに、貸し出し記録と返還記録を記入する方式らしい。

 学園外に持ち出すことは禁止。よって、図書室内や教室などで読むことが前提である。


 そして、もし破損したり紛失したり等あれば、本の弁償が必要。

 ものによってはウン十万Gの弁償請求もありえるので、平民の子は図書室に近づかない傾向が強いそうだ。

 確かにその気持ちは分からないでもないが、平民の子こそ積極的に知識を得て己の将来に活かすべきなのに、こういう金銭的問題がその障害となるのは実に残念なことだ。


 利用方法を一通り聞き、貸し出しカードも新規に作ってもらったライトは、その後は近くの本棚からざっと見ていく。

 幼等部と初等部用の図書室だけあって、童話の絵本や絵物語などが多いようだ。

 でも、こういう童話って教訓めいた内容も案外多いもんな。この世界の常識を知るのにも役立つかも。などとライトは考えながら、本棚を眺めていく。


 しばらく本棚に並ぶ背表紙を眺めていると、もうすぐ集合時間になることに気づいたライトは急いで入口に向かう。

 すると、ちょうどジョルジュも入口に来たところだった。


「時間通りだね。僕も今日は久しぶりにここに来れて、懐かしくて楽しかったよ」

「それは良かったです。では、1年A組の教室までまた道案内お願いします」

「もちろん。さ、行こうか」


 今日は何かの本借りたの?いいえ、まだ眺めただけで今度借りたいと思ってます。

 そんな会話を交わしながら、二人は廊下を歩いて1年A組の教室に向かうのだった。





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 実は私、学生の時分は図書館という場所も若干苦手な部類でした。

 え、何故かって?そりゃもちろん、本を借りたら返却期日を忘れて延滞しちゃうからですよ!

 『返すのがめんどいから借りない』という、何ともお粗末にして酷い理由で近寄ることはほぼありませんでした。


 ……こうして書くと、私ってろくな学生時代送ってませんねぇ……?

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