第83話 反省とお片付け
それまでの緊張の糸が切れたのか、復元魔法の完了宣言と同時にレオニスの身体が後ろに蹌踉めいた。
ライトは慌ててレオニスの背中に回り、後ろからレオニスの身体を懸命に支える。
復元魔法行使の直前まで、レオニスの後ろには椅子があったのだが。先程までのポルターガイスト並みの激しい気流で、椅子などの簡易的な家具類は軒並み部屋の隅までふっ飛んでしまっていたのだ。
とはいえ、8歳児に大人のレオニスの身体を支えきれるはずもなく、二人はぐずぐずと崩れ落ちそのまま床にベタ座りになった。
「レオ兄ちゃん!大丈夫なの!?」
「……ああ、大丈夫だ。全く疲れてないと言ったら大嘘になるが……それでも前回のように、一週間も寝込む羽目にはならずに済みそうだ……」
「本当に?……レオ兄ちゃんが無事で、良かった……」
先程まであまりにも凄まじい光景が目の前で繰り広げられたため、ライトはものすごく不安で仕方がなかった。
それ故に、レオニスの無事を確認できたことでライトの緊張の糸もぷっつりと切れたのか、心底安堵すると同時に涙がポロポロと零れてきた。
「……お、おい、ライト、泣くな、泣かんでくれ。お前にそんなに泣かれたら、俺どうしていいか分からん」
「ううっ……そんなこと、言われたって、む、無理ぃ……うぐっ……ふえぇ……」
ライトの涙と泣き顔を見て、途端にアワアワと慌てだすレオニス。
泣くなと言われても、ライトとしてももう涙が勝手に溢れてきて止めようがなかった。
レオニスは辺りを見回し、手近なところに落ちてきていたハンカチを見つけて、パッパッ、と軽く払ってからライトの顔の涙をそっと拭う。
ライトはそのハンカチをパッ、とレオニスの手から奪い取り、ズビビビー!と勢いよく鼻をかむ。
そんなやり取りをしばらくして、ようやく二人とも気分が落ち着いてきた頃、レオニスが口を開いた。
「とりあえず、あの本の復元はできたと思うが……確認してみるか」
そう言いながら、重たい身体を引き摺るようにして立ち上がるレオニス。
本を手に取り、パラパラと捲っていく。
「…………よし、最後のページまで解けたぞ」
ひとまず安堵といった表情で、その隣の魔石の籠の中にふと視線を移す。
籠の中の魔石の半分くらいはその輝きを失い、ただの水晶へと戻っていた。
「うへぁー……この魔石の山の半分近くの魔力を持っていかれたんか……こりゃ洒落にならん」
「持ってて良かった魔石ちゃん。ホントにありがとう、魔石ちゃん。そしてカタポレンの森様々、この御恩は一生忘れませんんんん」
何故か魔石の入った籠に向かって、何やら手を合わせて真剣に拝み始めたレオニス。でもまぁ、その気持ちは分からないでもない。
カタポレンの森の魔力を存分に吸い込ませた魔石は、小指の先ほどの小さな欠片一粒でもかなりの魔力を凝縮して溜め込んでいる。
その魔石の山の半分近くが、あっという間に消費されたのだ。この魔石がなければ、レオニスの命すら本当に危うかっただろう。
「ホントだよ、もう。魔石様々だよ。レオ兄ちゃん、もうこんな無茶なことはしないでね?」
「ああ、分かってるさ。俺だっていつもそんな無茶ばかりしてる訳じゃないぞ?」
「ダウト」
「なッ、おまッ、えッ、ダウトだとぅ!?…………なぁ、ダウトって、何だ?」
ライトはダウトの解説することなく、プイーンッとそっぽを向く。
この世界には、トランプゲームのダウトは存在しないらしい。そもそもトランプ自体あるのかどうかも定かではないが。
「レオ兄ちゃん、本の中身の確認はまた後日、でいいよね?ぼく、今日はもう疲れちゃった……」
「ああ、もちろんいいさ。さすがに俺も、今からあの本の中身の検分をしようとは思わん。つーか、そんな気力も考える余力もない……」
「……じゃ、今日はもうこのまま寝ちゃおうか……」
「そうすべ……」
「あ、レオ兄ちゃんは着替えなきゃダメだよ、その格好で寝る訳にはいかないでしょ?」
「ぐぬぬぬぬ……」
「本も一応レオ兄ちゃんの空間魔法陣に入れといてね、あすこなら時間停止でまたくっついちゃう心配もないから」
「了解ー」
脱ぎ着もひと手間かかりそうな戦闘用衣装だが、こればかりは致し方ない。
散々吹き荒れた部屋の片付けも明日以降に回すとして、ライトはふらふらと寝室に行き、そのままベッドに倒れ込むように入り即座に寝てしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝、ライトが目を覚ました時には、レオニスもまだベッドの中で寝ていた。
いつもならライトより早く起きて、朝食の支度をして待っているレオニス。そのレオニスがライトよりも遅くまで寝ていることなど、かなり珍しいことだ。
よほど昨夜の復元魔法実行で、心身ともに疲弊しきっているのだろう。
ライトはまだ寝ているレオニスを起こさないように、ベッドからそっと抜け出た。
顔を洗ってさっぱりしてから、食堂に向かう。
食糧庫を覗き、卵やパンを取り出して朝食の準備をする。
フライパンで目玉焼きを作り、その後にまたフライパンでパンを軽く温める。
間違っても電子レンジのような便利家電はないが、火を扱う料理やフライパン、やかんなどの簡単な調理器具は普通に普及している。
お湯も沸かし、レオニス用の珈琲を淹れる手前まで準備した時、ちょうどレオニスが起きて食堂に来た。
レオニスは欠伸をしながら、寝惚け眼を擦る。頭もボサボサのままだ。
「ふあぁぁぁ……おはよう、ライト」
「レオ兄ちゃん、おはよう。今ちょうどレオ兄ちゃん用の珈琲淹れるところだよー」
「ああ、すまんな……さすがに昨日のあれは、この俺でも疲れたわ……」
レオニスは若干ふらつきながら、自分の席につく。
しばらくして、ライトが淹れた珈琲をレオニスの前に置く。ライトには珈琲ではなく、冒険者ギルド特産名物の『橙ぬるぬるリポペッタンコアルファDX』である。
オレンジジュース代わり兼昨夜の疲労回復のための、ライトなりの秘策なのだ。
ちなみにレオニスの珈琲にも、こっそりかつ少しだけ茶色のぬるぬるを混ぜてある。もちろんそれは疲労回復のためのものであり、もともと茶色のぬるぬるは珈琲味なので、味も損なうことはない。その名の響きがどうにもアレなのと、原材料のことさえ考えなければ実に素晴らしいものなのだ。
もっとも、回復剤代わりといっても気休め程度にしかならないだろうが。それでもライトなりに、レオニスの身体を考えての気遣いだった。
朝食の支度を全て終えてライトも席につき、二人して手を合わせて
「いっただっきまぁーす」
の挨拶とともに、朝食を摂る。
もくもくと朝食を食べながら、ライトが口を開く。
「レオ兄ちゃん、昨夜は本当にお疲れさま」
「ああ……ライトにも心配かけてすまなかったな」
「うん、本当だよ、全くもうレオ兄ちゃんてホント無謀だよね」
「え、ちょ、おま、そこは『ううん、そんなことないよっ』とか言うところじゃねぇの?」
「うん、安心して。絶対にそんなこと言わないから」
ツーン、とそっぽを向くライトに、ガビーン!とショックを受けるレオニス。
「でもさぁ、レオ兄ちゃん。ぼく、今朝になって思ったんだけどさぁ」
「ん?どうした?」
「復元魔法、やるなら休みの日の前日にやるべきだったよねぇ」
「………………」
ライトの言に、レオニスがピシッ、と音を立てて石のように固まる。
「ぼく、今日も学校あるんだよね」
「………………」
「しかもまだ二日目だから、休みたくないし」
「……すみませんでした」
ライトのもっともな言葉を聞き、本気で愕然となり項垂れるレオニス。ライトが言葉を重ねる度に、レオニスはどんどん小さくなっていく。
言われてみれば、確かにそうだ。
復元魔法なんて、もとより一筋縄ではいかないことなど明白なのだから、実行するならせめて翌日は完全に休める日に行うべきだったのだ。
唯一の救いは今日が金曜日で、あと一日通えば土日休みになる、ということか。
「ううん、レオ兄ちゃんのせいばかりじゃないから、謝らなくてもいいよ。あの時止めきれなかったぼくにも、その責任はあるし」
「ううう……本当にすみません……」
「まぁでもさ。もし次に、例えば復元魔法じゃなくても、何か大掛かりなことをしようとなった時には、曜日とかなるべく選ぶようにしようね。ぼくも気をつけるようにするからさ」
「はい……」
レオニスは、目に見えてしょんぼりしている。
あまりにも萎れたその姿は、何故かお母さんのシーナに怒られたアルを彷彿とさせる。
もっとも、アルは怒られた三秒後にはすっかり立ち直れるという特技を持った、真性の金剛級メンタルの持ち主だけども。
朝食を食べ終えたライトは、席を立ち食器を片付ける。
レオニスはというと、未だに項垂れたまま萎れている。
さすがにその姿が憐れになり、ライトは努めて明るい声でレオニスに話しかける。
「ほら、レオ兄ちゃん、元気出して。いつものレオ兄ちゃんらしくないよ!」
「うん……本当にすまない……」
「もういいって。それより、ぼくもう学校行くからね。レオ兄ちゃんは、今日はあの荒れまくった部屋のお片付け、お願いね?」
「あ、ああ。分かった」
沈みきっていたレオニスの気分も、少しは上昇してきたようだ。更に気分を上昇させるため、ライトはとっておきの殺し文句をレオニスに放つ。
「今日もラウルに頼んで、おやつ作ってもらうから。だから、レオ兄ちゃんも三時までにはラグナロッツァの家に来れるように、お片付け頑張ってね?」
「……!!ああ、そうだな、今日もライトといっしょにラウルのおやつ食べられるように、俺も片付け頑張るぞ!」
「ふふっ、でも無理はしないで。休み休みやってね?」
レオニスも、ライトの心遣いに気づいているのだろう。パッ、と明るい顔になりライトの提案に元気良く返事をした。
その姿にライトも安堵して、学校に行くべくラグナロッツァの屋敷に向かった。
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食糧庫は、氷の魔石を用いた氷室みたいなものです。
フライパンなどの調理器具は一般家庭にも普及していますが、食糧庫は普及していません。何故なら、氷の魔石自体がものすごく高価なものなので、一般家庭にまで普及しないのです。
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