第77話 復元魔法
幻の鉱山で採掘した後は、早めの入浴で汗を流してからゆっくりと過ごすことにしたライト。
採掘物の選別や仕分けは、レオニスが空間魔法陣から取り出す際に物質名を唱えるか頭の中で名称を浮かべるだけで、その物質だけが取り出せるのでさほど手間がかからないからだ。
他にすることがあるとしたら、せいぜい大きさの振り分けくらいか。
なので、午後の余暇は他のことにしようとライトは考えた。
さて、そうなると何をするか悩むところだ。
あれこれ悩んだところで、ふと自室の本棚に目がいった。
『そういや、こないだレオ兄に買ってもらった本、まだ全部読んでないな』
『学園生活が本格的に始まったら、ゆっくりと読む暇もなくなるかもしれない。今のうちに少しでも読み進めておこう』
そう考えながら、本棚の前に立つライト。
先日購入した本は、以下の通りである。
【近代魔法大全】
【古代遺跡調査とその考察】
【サイサクス大陸の歴史と変遷】
【アクシーディア公国旅行記】
表題のない本
【全世界植物大全/最新版】
【魔物のいろは】
【動物図鑑/サイサクス大陸編】
近代魔法大全から表題のない本までの5冊はライトが選んだもので、他の3冊はレオニスが選び買い求めてライトに与えたものだ。
植物大全や魔物のいろは、動物図鑑などは、いずれ役立つことは間違いないが、今すぐ得なければならない知識でもないので、しばらくは後回しにする。
近代魔法大全とアクシーディア公国旅行記は、ほぼ読み尽くした。他の2冊は触りだけ少し読んだだけで、まだ読み終えてはいない。
そして、ふとライトの目に留まる表題のない本。
『そういやこの本は、まだ何も手をつけていないな……』
『内容は、確か魔術師の魔法陣開発手記だったよな』
『今日はこの本をじっくりと読んでみるか……』
ライトは、表題のない薄い本を手に取り、徐に開き読み始める。
その内容は、確かに魔法陣開発の記録と覚書であった。
出だしには『ラグノ歴528年』と書かれている。
ラグノ暦?はて、今の暦はラグナ暦812年のはずだが……?
ライトはこの時点で、若干ではあるが違和感を覚えた。
『さて、このへばりついて読めない部分はどうしたものか』
『無理矢理ひっぺがして毀損して、読めなくなっても困るし……』
『相当に古い書物っぽいからなぁ。歴史的価値もありそうだから、慎重に扱わないと……』
ライトは、おそるおそる本の後半のページを触りながら、ふとあることを思い出していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
実は以前、ライトはレオニスにこの本を復元できるか、聞いてみたことがある。
そしたら何と、物質の時間を巻き戻す時空系魔法があるというではないか!
その魔法は『復元魔法』といい、レオニスがその昔とある島のダンジョンで得た戦利品の書物から習得した古代魔法だという。
ならば、それを表題のない本に施してもらいたいところなのだが。レオニスは言う。
「時間を戻すってのは時の流れに逆らう、つまりは世の真理に真っ向から逆らうってことだから、あらゆる魔法の中で最もリスクが高いんだ」
「俺が前に確認のために行ってみた時は、焼き芋一本を焼く前の生の状態に戻すってのをやってみたんだが」
「いやー、ありゃキツかった。成功することはしたんだが、そりゃもう見事なくらいに魔力をごっそりと持っていかれてな。その後丸々一週間寝込んだからな!アハハハッ」
レオニスは、あっけらかんとした様子で笑い飛ばす。
しかし、レオニスよ。何故にそこで、焼き芋などという代物を復元しようと考えた?
「焼き芋一本でそれじゃ、到底割に合わん。もしそれよりもっとすごいことをしようと思ったら、それこそ本物の死を覚悟せにゃならん」
「ありゃ魔力をごっそりと持っていかれるってよりも、魂を削られるような感覚すら覚えたからな」
確かに、焼き芋一本でそれは果てしなく割に合わないどころの話ではない。
レオニスほどの魔力持ちが1週間も寝込むとは、よほど根こそぎ魔力を奪われたのであろう。労力と対価が完全に見合っていない。
だが、時の流れに完全に真っ向から逆らうということは、それだけのエネルギーを犠牲にしなければならないのだろう。
そう、それは対価などという生易しいものではなく、犠牲そのものだ。
「それに……例えばの話、それを極めれば―――もしかしたら、死者を蘇生したり人間を何十歳も若返らせることも可能になるかもしれん」
それを聞いた時、ライトはハッとした。
言われてみれば、確かにそういうことになる。
治癒魔法も復元と言えば復元の範疇だが、時間を戻すこととはそもそも定義が違う。
この世界における治癒魔法やポーション等それ関連のアイテムは、怪我や病気をした人の生命力や抵抗力などの元来持っている力を増幅させることで、回復を促進するものだ。それは時の流れを早めるような要素はあっても、決して逆行させるものではない。
その証拠に、手足が千切れた時などその場で手足と本体が無事ならば繋ぐことができるが、魔物に食われたりぐちゃぐちゃに潰れてしまった場合は治癒魔法やポーション類では完全に治すことはできない。
せいぜい、千切れた箇所の止血や応急処置をするくらいが関の山だ。
「だが、たかだか焼き芋一本でその有り様だ。もし年老いた人間を何十歳も若返らせようと思ったら、どれほどの魔力が要ることか」
「死者の蘇生とて、屍霊魔法ではなく既に死を迎えた身体に再び生命活動を取り戻そうとなると、一体どれほどの犠牲を強いられるのか想像もつかん」
「それこそたった一人の人間の肉体を蘇らせるのに、何千人何万人、何十万人もの生命や魂を吸い取りかねん」
「それに、肉体的には蘇らせることができても、死者の生前の魂まで引き戻せるものかどうかも全く分からんしな」
ライトにも分かりやすく、理論建てて説明するレオニス。
そのおかげで、それが如何に恐ろしい可能性を含むかを容易に想像できる。
「だが、人の心というものは時に……理論や理性だけでは、どうにもならん」
「夫や妻、我が子、親兄弟や恋人、親友、そういった身近にいる大切な人が死に際したら―――何をしても、何としても、生き返ってほしい。戻ってきてほしい。そう思い願ってしまう」
「俺だって、今まで何度そう思ったか、知れやしない」
レオニスは寂しそうに笑う。
それはきっと、グランやレミ、他にも親しい冒険者など、幾度もそういう場面があったのだろう。
「一対一の等価交換ならまだいい。自分一人を犠牲にして大事な人を救えるならば、誰もが本望だろう」
「だが、そうじゃない。そうじゃないんだ」
「だから、復元魔法なんて中途半端で危険なものは、人に知られない方がいいんだ。決して望む結果にはならないのに、下手に希望を持っちまうとどうしてもそれに縋りつきたくなるから」
悔しそうな顔で、呻くように語るレオニス。
確かにそうだろう、とライトも思う。
例えばもし、今レオニスの身に何らかの重大な異変が起きて死んでしまったとしたら。ライトとて、何が何でも生き返ってほしい、自分の命と引き換えにしてもいいから、戻ってきてほしい。絶対にそう考えるに違いないのだから。
「あと、権力者に目をつけられたらもっと厄介だからな。富も地位も名誉も全て手にした者が、最後に望むものは不老不死と相場は決まっている」
「力のない平民なら、死者蘇生や若返り、不老不死などを望んだところで何もできはしないが。これが大貴族や国の王となると、話は俄然変わってくる」
「多数の犠牲を他者に強いることができる立場の者に、この手の話題は禁句だ。絶対に目の色変えて食いついてくるからな」
「食いついてくるだけならまだいい、中には強権を揮って強引に他人を従えようとする者だっている。己の目的や欲望を満たすためならば、手段を選ばずいくらでも卑怯な手を使ってくる輩とかな」
苦虫を噛み潰したような顔をするレオニス。
今までにも、そういった貴族などに散々絡まれてきたのだろう。
ライトから見たら、この世界は基本的に何でもありの世界だ。
魔法もあるし、魔物やドラゴン、天使やアンデッドなんかもいるし、現代日本に比べたらそりゃもう何から何まで違う。
もっとも、こちらの人間があちらの世界の飛行機や自動車、鉄道や巨大なビル群、テレビや映画の画像などを見たら、同じことを思うのかもしれないが。
だが、そんな何でもありな世界でも、越えられない壁や一線というものはあるのだ、ということをその時の会話でライトは思い知る。
死んだらそこで終わり、というのはどの世界でも同じなのだ。
焼き芋一本から始まった復元魔法の話は、最後にはとんでもなく壮大かつ大層複雑な話になってしまった。
だが、ライトにとっては改めてこの世界のことを考える、良い契機にもなった出来事であった。
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ラ「レオ兄ちゃん、何でそこで焼き芋を元に戻そうと思ったの?」
レ「さぁなぁ、何でだろ?復元魔法を試そうと思った時に、ちょうど手近にあって目についたのが『出来たてほやほやの焼き芋』だった、とかじゃないか?多分そんなだった気がする」
ラ「そうなのね……」
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