第62話 川の字+1本の線

「おぉおぉ、こりゃまたすっかり寝てるねぇ」

『ええ、本当に……よくもまあここまでぐっすりと……それにしても、双方何とも気持ち良さそうな顔をしていること……』


 先に寝室に向かったライトとアルの様子を見に向かった、レオニスとシーナ。

 案の定既に、ぐっすりすやすやすぴぴぴぴーと可愛い寝息を立てて寝ているライトとアルの顔を、それぞれに覗き込む。

 二人でじゃれ合っていたのか、布団が少しはだけている。


「んじゃ、俺達も寝るか」

『…………!?!?』


 シーナがレオニスの言葉に吃驚する。

 レオニスの言葉に吃驚させられるのは、今日だけでもう何度目のことだろう。その数の多さに、もはや数える気も起こらないシーナ。


「ん?アルのかーちゃん、どうした?」

『ね、ね、ね、寝るって、わわ私はどこに寝ればいいのですか?』

『床?台所?居間?それとも、この部屋の外の廊下?』

『いえ、外、家の外ですね?私が外に出て寝ればいい、ということですね??』


 シーナは何やら、パニックを起こしかけている様子だ。

 本当に今から外に出ようとするシーナを、レオニスは慌てて腕を捕まえて引き止める。


「ちょ、ちょっと待て、待つんだ、かーちゃん」

『ちょ、あ、貴方こそ待ちなさい、私は貴方のかーちゃんではありません!』

「いや、そりゃそうだが、いくら何でも今から外で寝るこたないだろう、アルだってここで寝てるってのに」

『いいえ、私達はもともと森とともに生きる野生の銀碧狼です、外で寝て当たり前なのです』

「それもそうだけども、何でそこまで慌ててる?」

『…………』


 シーナは、はたと我に返る。

 その動きが止まったので、レオニスはその隙に!とばかりに話を続ける。


「ほら、見ての通りこのベッドは特注の巨大サイズでな。ライトとアル、それに俺達大人が加わって雑魚寝しても十分寝返り打てるほどの大きさだ」

「アルのかーちゃんはアル側、俺はライト側に寝ればいいだけだろう?」

「俺だって、アルのかーちゃんに襲いかかるほど節操無しでもなければ見境無しでもないが」

「それでも心配だ、同じ部屋で寝るのが嫌だってんなら、俺が居間に移動してあっちのソファで寝るから」

「だから、外で寝るなんてこと言わないでくれ」


 レオニスは懸命にシーナを説得する。


「とにかく、だ。俺は男で、アルのかーちゃんは女だ」

「異種族といえど、女性を床だの外だので寝かすほど俺はろくでなしじゃあない」

「それに、母親は子供の傍で寝るもんだ。朝起きた時に、かーちゃんいなくて寂しい!なんて思いをさせちゃならんからな」


 そこまで一気に話してからシーナの様子を改めて伺うと、だいぶ気分も落ち着いてきたようだ。


『……え、ええ、そういうことでしたら……四人でこの部屋で寝ましょう、私はアルの後ろに、貴方はライトの後ろに』

「あ、ああ、分かってもらえたなら助かる」

『私とて、家主を差し置いて子供と温かいベッドの中でぬくぬく寝るなどと、そんな恥知らずではありませんし』

「いや、もちろんあんたがそんな厚顔無恥だとはこれっぽっちも思ってないぞ?」

『ええ、それも分かっています』

「なら良いが」


 ひとまず話がついたようなので、シーナがそそくさとアルの背後に回り布団の中に入り込んだ。

 アルはすぴすぴと鼻を鳴らしながら、ぐっすりと眠りこけている。目覚めの湖での水遊びや、各種寄り道がよほど効いているのだろうか。

 その愛らしくも若干間の抜けた、安らぎに満ちた寝顔を眺めながら、シーナがぽつりと呟く。


『本当に……この子のこんな姿を見るのは、初めてです』


 その言葉を聞きながら、レオニスもライトの背後に回り布団にもそもそと潜り込んだ。

 ライトもアルに負けないくらい、ぐっすりすやすや眠り込んでいる。今日はグランとレミの墓参りの他にも、旧教神殿跡地訪問やその往復の空の旅等々たくさんの出来事があった。それらが相当効いているに違いない。


「そうか?それだけこの家で寛いでくれているってことだから、俺としては嬉しいがな」

「でもまぁ、森の中で生きる野生の種族としてはな、心配この上なかろうとも思うが」


 レオニスは、若干苦笑しながらシーナを気遣う。

 シーナも、小さくため息をつきながら、子供達を起こさないように小声で答える。


『そうですね……ですが、今宵だけは―――いえ、この子とライトが仲睦まじくしていられる限りは―――このようなひと時があっても良いでしょう』

「そうだな。俺はもとよりライトが好きなように生きられればそれでいいと思ってるから、アルのかーちゃんがアルを許してくれるなら、それが一番ありがたい」


 互いに大事な我が子の顔を見つめながら、語り合う。

 レオニスの場合は実子ではないが、それでもレオニスはライトを我が子同然に扱い、実の親以上に愛を注いでいる。


「じゃ、ぼちぼち寝ようか。俺も結構疲れたし、アルのかーちゃんも話に聞く限りじゃ今日は相当に疲れたろう?」

『ええ、本当に……今日はいろんなことが起き過ぎました……』


 心なしか、ヘトヘトに疲れきったような声を出すシーナ。

 レオニスも、あくびをしながらライトに布団を掛け直す。


「お疲れさん。あ、明日は黙って出ていかないでくれよ?朝起きたらあんた達母子はとっくに去っててもうこの家にはいませんでした、じゃうちのライトが悲しむからな」

『ええ、分かっていますよ。出立の挨拶くらいきちんとしてから出ますとも』

「そっか、じゃ、そういうことでよろしくな。おやすみ、また明日な」

『おやすみなさい』


 子供2体と大人2体、4体がひとつのベッドに眠る。川の字に1本の縦線を足したような図になる。

 それは人族と銀碧狼族の確かな絆を示すかのような、何とも壮大で平和な寝姿だった。





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 大人二人と子供二人?が余裕を持って寝返りをうてるベッド。サイズ的にはもはやキング云々とかいうレベルではなく、救助マットの方が近いかも。

 レオニスに言わせれば『大きいは正義!雑魚寝も正義!寝返りし放題万歳!』という理論でゴリ押しされそうです。

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