第3話 軌跡(side:ライト/橘 光)

 【サイサクス大陸】のほぼ中央に位置する超大国、【アクシーディア公国】と、その北に位置する中堅国家【ハイロマ王国】。

 これの意味するところは何か。それは―――


『サイサクスというゲーム会社の運営するゲームが一同に集まった世界』


―――ということである。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 アクシーディア公国とは、前世のメインゲーム【ブレイブクライムオンライン】における、始まりの地の名称である。

 俺の生まれ故郷であるディーノ村やら今住む魔の森カタポレンなど、ぱっと見ただけですぐに理解できる懐かしい用語がそこかしこにある。

 おそらく他にも馴染みの場所やら人やら、まだまだたくさんあることだろう。大きくなったら俺も冒険者になって、世界中を見回らなくちゃね!


 そして、喉に刺さった魚の小骨感満載だった【ハイロマ王国】。

 それが一体何なのか、すぐに思い出せなかったのも無理はない。ありゃサイサクスが運営する別のゲームの略称だ。

 ハイロマ王国の正体とは、俺自身は殆ど遊んだことのない女性向け恋愛シミュレーションゲーム、いわゆる乙女ゲー。

 その名も「ハイパーロマンス 燃え萌え恋来いウルトラズキュン☆」、通称「ハイロマ」もしくは「燃えズキュ」。


 ……ぐおおおお、その名を思い出すだけで何たる破壊力よ。頭の中で浮かんだだけでも布団の上をいくらでもゴロゴロと転げ回れるぞ!

 何ならダイエットにもいいんじゃないかな!体脂肪とともに精神力もゴリゴリ削られそうだからまッッッたく勧められんがな!!


 ……

 ………

 …………


 ふぅ。少し落ち着いてきた。


 さて、ここでいくつかの疑問が浮かび上がる。

 もともとブレイブクライムオンラインの住人で、アクシーディア公国生まれの俺と母レミが何故、その名を呼ぶのも躊躇われる別ゲームが舞台のハイロマ王国に居たのか。

 それはひとえに、俺の父グランが遠方のダンジョンで帰らぬ人となったことが原因らしい。


 孤児院育ちの天涯孤独同士だった両親。二人で新たな家庭を築いていこう、そう誓いあった仲だった。

 そしてレミは子を身籠る。後のライトである。

 だが、志半ばでグランは早世してしまった。


 冒険者として生きる者にとって、冒険中に大怪我したり死に至ることはもはや避けられないリスクであり、宿命と言ってもいい。

 冒険者本人のみならず、家族もそういうものであると覚悟はしている。

 とはいえ、元来天涯孤独だったレミは途方に暮れた。


 レミはグラン同様孤児故に頼れる親兄弟もなく、だがしかし片親でも親がいれば孤児院を頼ることはできない。

 もとより産み捨てるつもりは一切なく、愛する人の忘れ形見とともに生きていく決意は固かった。


 だが、お互い15歳で孤児院を出てすぐに同棲を始め、18歳で結婚した二人の主な収入源は、冒険者としてのグランの稼ぎのみ。

 特に手に職も持っていなかったレミは、村に唯一ある宿屋の手伝いくらいしかできなかった。


 近隣の街に移り住むにも、伝や頼れるあては一切ない。

 ならばいっそのこと大都市、アクシーディア公国首都ラグナロッツァに移住しようかとも考えた。

 だが、ディーノ村からラグナロッツァはかなり離れた遠い場所にある。馬車に乗っての移動でも一ヶ月以上かかるという。

 早馬とかならばまだ短縮されるのだろうが、身重のレミが早馬に乗るなど論外だ。馬車での移動とて一ヶ月もかかるとなると移住どころか移動することさえも厳しい。

 故に、ラグナロッツァへの移住も断念せざるを得なかった。


 このままでは、育児はおろかその手前の出産すらままならない。何とかやりくりして無事出産までは乗り越えられても、その後の生活をどうやっていくのか。

 どう考えても、早晩行き詰まる未来しか見えなかった。


 そこで、レミは考えた。

 アクシーディア公国の隣、ハイロマ王国は何かと女性に優しいお国柄と伝え聞いたことがある。宿屋の宿泊客や食堂を利用する冒険者達が、そんな噂や会話をしていたのをレミも聞いていたのだ。

 そういう国ならば、今いるここよりもまだ過ごしやすいのではないか―――と。


 お腹にいる子を無事生むため。そして、親子二人で生きていくため。レミは決心した。アクシーディア公国を去り、新天地ハイロマ王国に移ろう!と。

 もとより親兄弟のいない身、愛する夫グランのいない国には何の未練もなかった。

 そうと決まれば話は早い。レミは残された全財産の半分を費やし、隣国ハイロマ王国に移住した。


 無事ハイロマ王国に着き、移民の手続きをするとともに旅館の住み込み仕事を紹介してもらったようだ。

 身重の母が求めた新天地の新たなる職場、その名も【♡ラブラブ恋来い熱愛バキュン館♡】。旅館の名前ェ……

 ……うん、乙女ゲー特有感満載の名前はさて置き、母は出産直前まで精力的に働いたという。


 出産直後も、母は周囲が気遣って止めるのも聞かず、すぐに職場復帰した。俺が生まれたばかりの頃は子供用布団を小さな柵で囲い、俺の首が座ってからは背負い紐でずっと俺をおんぶしながら一日中働いていたようだ。

 周囲は心配したが、子供と一緒に住まわせてもらっているのだからこれくらい働くのは当然よ、と言いながらレミは微笑んだという。


 だが、そんな生活は長くは続かなかった。

 過労と心労が祟ったのか、俺が生後三ヶ月の頃にレミは突然倒れたのだ。

 その時の俺はたまたま宿屋のおかみさんに抱っこされていて事無きを得たが、レミは食堂の隅で倒れた際にテーブルの角に頭を強く打ちつけてしまった。


 よほど打ち所が悪かったのだろう。レミは昏睡状態に陥り、そのまま目を覚ますことなく倒れてから約一ヶ月後に帰らぬ人となったと聞く。


 たった一人の肉親である母が倒れた後、俺は宿屋のある街の孤児院も兼ねているという教会に預けられることになった。

 母親が生きているうちはまだ孤児ではないから、という理由で仮入所扱いだったが、母が亡くなった後は父母ともに死別という完全なる天涯孤独の身として、正式に孤児となった。

 そしてそこで世話になるうちに、俺を養子に迎えたいという人が現れた。

 その人は裕福な商家の主人で、夫婦円満ではあるが長年子宝に恵まれないまま、夫婦ともに四十歳を過ぎてしまったらしい。

 だからもう自分達の子を産むことは諦めて、代わりに跡取り息子として養子に迎えたいのだという。


 俺の養子話はトントン拍子に進み、あと三日後には正式に商家の養子に出されるというその時。

 レオニスが、ライトのいる教会を訪ねてきたのだった。

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