第274話 暑い、暑すぎる。

 太陽が天高く昇ってちょうど昼食の時間。


 アレンは切り取られた土地に戻って木の日陰に入った。


「うい……暑い」


 アレンの言葉通り、昼に差し掛かって辺りから気温がズンッと上昇して日向には立っていられないほどに暑くなっていた。


「これは暑すぎる。穴掘りなんてやってられんぞ……喉が渇いた」


 アレンは持っていた鞄から水筒を取り出すと、すぐに水を飲み始める。


「ん……ん……ふはぁー生き返る」


 勢いよく喉を鳴らしながら水を飲んで、一息ついたアレンは空を見上げた。すると、空から滑空してくるコニーの姿が……。


 コニーはアレンの前に降り立った。


「ひー暑すぎるわ」


「ご苦労さん」


 アレンは水筒の水を木のコップに注ぎいれると、コニーの前に置いた。すると、コニーは勢いよく水を飲み始める。


 コニーが一息ついたところでアレンはコニーに声をかける。


「どうだった?」


「ふぃーここから、北の方向……その一帯を飛び回って調べたけど、アレンが言っていた村や街なんかは何も無かったわよ。ただ見覚えのない魔物がちょろちょろ見かけたわ」


 アレンの問いかけにコニーは羽をサファっと広げて見せて、答えた。


「そうか……。見覚えのない魔物? どんなの?」


「えっと森に居る蜘蛛やゴキブリ、トカゲを大きくした……すーごーく気持ち悪い魔物とか。全身に針のような体毛を待ったリスのような魔物とか。変な鳥の魔物とか。居たわね」


「そうか。この熱帯地帯に適性を持つ魔物が居るみたいだな。聞いた限りだとトカゲと鳥は食えそうか……どこら辺にいたか覚えているか?」


 アレンは胸ポケットから朝に書いた簡易の地図を取り出して問いかけた。すると、コニーは首を傾げる。


「んー。この砂地目印になるモノがほとんど何もないから、どこに居たっていうのも説明しにくいわね。特に鳥の方は飛んでいたのを見かけただけだから」


「そうか……いや、よくやってくれた。それで今日はどうしようかな? もう暑くて辛いよね?」


「強がりを言いたいところだけど。この暑さはもう飛んでいられないわ」


「だよな。コニーにも無理してほしくはないな……おそらくコニーを無理させて、倒れたら俺達は詰むんだよ」


「ぴ、ぴ、私が頼りって訳ね?」


 コニーは嬉しそうに鳴きながら、ピョンピョンと小さくジャンプし始めた。


「うん、本当にそうだな。生きて帰ることが出来たら……願い事の件はもちろんやるし。コニーが食べたい果物を山ほど用意してやろう」


「ぴ、ぴ、ぴ、言ったわね。約束よ。あ、私、人間が作る青リンゴの蜂蜜漬けでお腹いっぱいにしたかったんだけど」


「あぁ、いいよ。約束だ。ただ今日のところは戻ってもらうか」


 コニーを元の場所に返したアレンは木に背中を預けて座った。そして、地図に視線を落としてブツブツと呟き始める。


「やはり周囲の捜索はコニーに任せるしかないな。しかし、北方向には村や街はなしか……このまま何も見つからなかったら、どうなってしまうのか。いや、この灼熱の砂漠で他に人がいることを期待する方が間違っているのだろうか? では、上空で見ることのできた北西に見えた海に向かうか。北東に見えた森へと向かうか。どちらかと言えば近い南にあった建物(?)に向ってみるか? その三つのどれかに向うよう検討した方がいいかな? んーどう進むにしろノヴァも呼べたら良いのだけど……コニーの言っていた魔物が食肉にできそうな奴だと良いんだが……。井戸を諦めて、ノヴァを呼び出すために食肉の確保に回った方がいいかな? んー井戸の穴はずいぶん深く掘ったつもりなんだけど……まだ水は出ないし。固い地盤に行き当たったのがな。困った。……明日までやって出なかったら、止めるか。疲れるし。てか、この暑さが疲労を倍くらいに加算させるんだよな。もう何か行動するのは朝方や夕方の涼しい時間帯に絞った方がいいかな?」


「そうですね。この暑さはきついです」


 アレンがしばらく口元に手を当ててブツブツと呟いていると、カトレアもその場に姿を現した。


 もちろん、先ほどアレンが斬撃を放ち、巻き起こした爆風でハリネズミのようなった髪型のままで……。


「あ、お帰り……プハハ、やっぱりその髪型最高だな」


「もう笑わないでください。馬鹿にして!」


「いやいや、馬鹿にしてないぞ。逆に褒めているんだぞ? こういう深刻な状況で笑うことは生存確率をあげるのだぞ? カトレア、ナイス笑いだ」


「それ褒められてもうれしくないです!」


「悪い。悪い。似合っているぞ?」


「似合っていないですから!」


「ハハ、冗談はこのくらいにして……切り取られた土地の中はどうだった?」


 アレンがカトレアに水筒を差し出して問いかけた。すると、カトレアは水筒を受け取ると日陰の中に入って座り込む。


「はぁーそうですね。兵士の持ち物をすべて回収し終えて小屋に運んでおきました」


「ありがたく使わせてもらおう」


「ですね。それから兵士の遺体の埋葬……と言っても埋めるだけですがすべて終わりました」


「お疲れ様。今日はもう休むか?」


「いえ、大丈夫です。気温がもう少し下がったら……今度は切り取られた土地内を見て回ろうと思います」


「そうか、無理するなよ。仲間の死は重たいもんだからな……俺も多くの仲間を見送っているからわかるよ」


「……そうですね。暑いですけど、小屋で寝てきますね」



 日が傾き出して、幾分か涼しくなってきていた。


 ここはアレンが井戸を掘りだした砂漠地。


 アレンは空中に居た。


 そして、アレンの真下にはすでに二十メートルほど掘られた深く大きな穴があった。


「【空突】……」


 赤を地面に対して突き立てるように構えたアレンは【空突】と口にする。


 すると赤の刀身が一瞬消えて……次の瞬間には掘られた穴へと突き出されていた。


 突き出された赤の刃先からは圧縮されて空気の斬撃が飛んだ。


 その斬撃は穴の底にまで達して……ズドンッと重い音を響かせて地面を深くえぐった。


 更にその衝撃は砂を巻き上げて砂塵となった。


 凄まじい斬撃だが……その斬撃を放った当人アレンは渋い表情を浮かべている。


「ぬー【風切】よりは砂塵が起こらずに深くまで斬撃が届いているようだが……まだまだだな。槍の技を剣で再現するのはなかなか難しい。もう少し練習が居るか……それとも、なんかアレンジを加えるか? 【空突】」


 アレンはブツブツと呟きながら、赤を先ほどと同じように構え直して……そこからは連続して突きを放ち続けた。


 ズドッドッドッドッドッドッドドッドッドッドッドッドッドッ!!




 この日、アレンが穴掘りを始めて五時間……日が暮れて、暗く夜になっていた。


 ここはアレンが井戸を掘りだした砂漠地。


 そこでは五時間前と同じようにアレンが放つ斬撃による地鳴りのような音が響かせ続けていた。


「食事にしないかと呼びに来たが……」


 そんな中で、松明を持ったカトレアが離れた場所から様子を窺っていた。


「いつまで続くのだろう? そもそも、ずっと地鳴りが聞こえていたけど……アレンの体力は無限なのか?」


 しばらくカトレアが待っていると、アレンがカトレアの近くに降り立った。


 大量の汗がポタポタと地面に落として濡らしたアレンは息を絶え絶えにして……その場に寝転がる。


「はぁ……はぁ……ぐあー疲れたぁ」


「お疲れ様です」


 カトレアはしゃがみこんでアレンに水筒を手渡した。


「あんがとう。ん、ん、ぷはー疲れたぁ。疲れたぁ」


「ずっと地鳴りが響いていました……疲れるでしょうね」


「ハハ、疲れたぁ……それでどうした?」


 カトレアは立ち上がって、アレンが掘っていた穴に近づく。そして、恐る恐ると言った感じで穴の中をのぞき込む。


「いえ、食事にしませんかと聞きにきたんですが……それよりも、ずいぶんと深くまで掘っているようですね。これ……落ちたら死にますね」


 カトレアの言葉通り、アレンが掘っていた穴は人が落ちたら死ぬ……深さ五十メートルほどに達していた。


「はぁ……はぁ……まだ水は出てないけどな」


「そうなんですか……」


「出ないね。ただ地面が少し湿り始めた気がするんだけど」


「本当ですか?」


「まぁ、それが地下水によるものか分からんけど……さて食事にするか」


 アレンはノソノソと立ち上がる。そして、腰に手を当てて星空を見上げた。


 それから、アレンとカトレアは小屋へと向かい、カトレアが作った料理を食べて……その日は就寝するのだった。

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