第194話 意外な人。

 ここはサンチェスト王国の王都ノースベルク。


 その街中にある建物の一室ではソファに座る金髪に金の瞳で二十台前後の男性。そして、執事服を着た男性と左目に眼帯をしている青髪の女性の二人がソファの後ろで佇んでいた。


 トントン……トン。


「ファシルです」


 扉が三度ノックされ、扉の向こうから声が聞こえてきた。


 ソファで座る男性がパチンと指を鳴らすと、執事服の男性が扉に近づき鍵を開けて、扉を開いた。


 そして、部屋の中にファシルと名乗った男性が入ってきた。


 そのファシルは以前サンチェスト王国の軍総司令ベロウス・ファン・バリウドスによってアレンの捜索を命じられていた将軍と同一人物であった。


「失礼します」


 ファシルは一礼すると、ソファに座る男性の前に跪く。すると、ソファで座る男性がへらへらとした笑みを浮かべて問いかける。


「やあ、ファシル将軍、元気そうで何より……急に呼び出して悪かったね。ラエール、紅茶を」


「かしこまりました」


 ソファに座る男性が頼むと、執事服の男性……ラエールが礼儀正しくぺこりと下げると部屋から出て行った。


 ラエールが外に出て行くのを見送るとソファに座る男性はファシルに声をかける。


「そっちのソファに座ったら?」


「は、失礼します」


「相変わらず固いなぁ。ファシル将軍」


「……王弟アルフォンス様も相変わらずですなぁ」


「ハハ、そりゃ私は私だからね。それで……単刀直入に聞くけど、アレン殿の捜索はうまく行っている?」


「アレン様の捜索は……難航しています。以前アルフォンス様から頂いた情報を元に捜索部隊と冒険者達をユーステルの森に放ちましたが、焚火跡や目印などは見つかるもののアレン様、そして動向していると言う冒険者すら見つけるに至っていません」


「だろうね」


 ファシルの報告を受けたアルフォンスがニヤリと笑って溢した。


 そのアルフォンスの様子を目にしたファシルは目を細め、問いかける。


「……アルフォンス様は何か情報を掴んでいらっしゃるので?」


「あぁ、と言っても未確認の情報なんだけど。バルべス帝国に居るお友達からの情報さ」


「バルべス帝国でございますか? アレン様がそこに?」


「いや、そう言うことじゃないよ。そのお友達の情報によるとバルべス帝国軍がとある小国に五万の軍隊を放ったそうだよ。ただ、その五万の軍隊はその小国と開戦してすぐに逃げ帰って来たそうだよ?」


「逃げ帰ってきた?」


「あぁ、バルべス帝国ではあまりの失態につき緘口令が言い渡されたみたいだけどね。ただお友達が集めた情報によるとね。一人の人間にバルべス帝国軍の五万が退けられたみたいだよ」


「一人の人間に五万の軍隊が……そんなこと」


「まぁ……その小国に強い人が居たと言うこともなくもないだろうけど……五万の軍隊を退けられる人間なんて世界に目を向けてもほとんどいない。もう私が何を言いたいか分かるよね?」


「アルフォンス様……その小国というのは?」


「クリスト王国と言う小国だよ。調査不足で我が国の地図には乗ってないけどね。地理的にはちょうどユーステルの森を抜けた先、バルべス帝国とベラールド王国のほぼ中間あたりにあるよ」


「急ぎ、部下を向かわせます」


「そうだね。まぁ、アレン殿の捜索は後でゆっくり進めてくれたらいい。アレン殿は潜入にも長けていたらしいし……どうせ簡単には見つかってくれないだろう。それよりも今は……軍内の根回しだね。あとどのくらいで終わりそう?」


「は、アルフォンス様のご助力で……数日のうちには」


「そうか、それは良かった。ただ、バレたら駄目だよ? 警戒が強まる。ことは慎重に進めなくてはいけないんだ」


「心得ています」


「ならいいよ。軍はより強力に立て直したいと思っているんだ」


「はい。その通りです」


「……まずは今の軍総司令ベロウスだ。力不足なのは一目瞭然だし。なにより、アレン殿を外に出してしまった元凶の一人だと言うことで責任を取って確実に死んでもらわないといけない」


 アルフォンスはヘラヘラした表情から、眼光鋭くして軍人であるファシルも息を飲むほどに威圧を放った。


 ただ、すぐに威圧をしまったアルフォンスはまたヘラヘラした表情に戻って再び口を開く。


「アレン殿の名誉を取り戻す。それは僕の友人……ホーテ・ファン・オベールが軍総司令の席に座ってくれる条件の一つでもあるかね」


「しかし、意外な人選でした。次の軍総司令にホーテ・ファン・オベールを据えようとは……いや、実力や戦歴を疑う余地もありません。私も彼ならば異論もありません。ただ彼は今や辺境伯でもある」


「ハハ……大変だったよ。三日三晩浴びるほどに酒を飲んでホーテを軍総司令になるように口説き落とすのは。辺境伯には代理を立ててもらうことで話をつけた」


「そ、そうでしたか」


「ホーテは三日後にここ王都ノースベルクへ着くそうだよ。出迎えてあげてね」


「はい。それはもちろん。……アルフォンス様はアレン様を軍総司令に据えるつもりであるのかと」


「最初は……アレン殿を見つけ次第、彼には軍総司令の座に座ってもらおう思っていたんだけど。彼は十分なほどに国へ尽くしてくれた。我々が先に彼のことを切り捨てておいて……国が危機的状況になったら戻ってこいなんて虫のいい話はないよね。まぁ……彼に戻る意思があるならば相応の席と報酬を用意するつもりだけどね」


「そうですな。正しいと思います。それで……あの」


「ん? どうした?」


「アルフォンス様が軍を立て直すとは言うことは」


「もちろん、私は立つよ。この王国のトップに。もう根回しを進めている。略奪王位になるがここまで国が傾いて……国民達の他国へ移住しようとする動きが止められていない以上は仕方ない。自分の家族のことは言いたくないが前国王も相当酷かった。しかし、現国王はそれ以上に酷い……というかガラード侯爵の傀儡となっている」


「そう……そうですね。しかし、ガラード侯爵が王国を陥れようと動いているとは……代々王家を支えていた名家だと言うのに」


「それは私にも分からないなぁ。現当主になって心境の変化があったのか。まぁ、人の考えなんて完全に理解することなんてできない……それをいつまで考えたって仕方ない。私が立つと同時に、王宮とガラード侯爵の屋敷、軍総司令ベロウスの屋敷を制圧せねばならない。その時はファシル将軍にも手伝ってもらうからね」


「は、わかっております」


「さて、ファシル将軍頑張ろう。国盗りだよ」


 アルフォンスはソファから立ち上がって、ファシルの前に手を出す。すると、表情を引き締めたファシルも立ち上がってアルフォンスの手を取る。


 アルフォンスとファシルの二人はその場で固く握手するのだった。




 ファシルがアルフォンスの部屋から出て行った後。


 ソファに座っていたアルフォンスがニヤリと笑みを溢した。


「これで、満足かな? ローリエ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る