第192話 人間からより進化した存在になる儀式。

「少なくとも私が知る頃は……ただ」


 言葉を切ったルシャナは唇を噛みしめた。その様子から何かあると感じたアレンは首を傾げて問いかける。


「気になることがあるのか?」


「現皇帝……つまり、私の兄が正体不明の軍勢で皇宮に攻め込んできた……私は命からがらジュネーヴ城から逃げ出したのだが。もしかしたら、それが魔族の……」


 アレンとルシャナの会話の途中であったが、そこまで黙って会話を聞いていたがライラが身を乗り出して声を荒げた。


「じゃ、じゃ、じゃ、じゃあ! 現皇帝自らが魔族復活に加担したと言うこと? そんな、前皇帝は何をしていたのよ?!」


「……前皇帝は危険思想を持つ兄を警戒して見張りをつけて軟禁していた」


「危険思想?」


「私も詳しく聞かされていないが。人間からより進化した存在になる儀式をしていたそうだ」


 アレンはルシャナが言った儀式と言う言葉に反応して、眉をピクンと跳ね上げる。そして、口元に手を当てて何やら考えてを巡らせた。


 人間からより進化した存在になる儀式?


 ムート婆ちゃんから聞いたことがないな。


 アレか? 大昔、魔族や悪魔に対する信仰が一時期流行ったことがあると言っていたが、そこでの文献が残ってしまっていた?


 それが魔族につながったのか?


 アレンが黙って考えを巡らしている中、ルシャナの兄に関する話はさらに続く。


「兄は、その儀式で大量の人間を殺めた。とある奴隷商人に大量の遺体を偶然見られて前皇帝が知るとことになった。そして軟禁。さらに兄を皇帝にしないため、当時まだ赤子で……さらに女である私を男と偽ってまで次代の皇帝とするとした」


「はぁ……前皇帝の決断は懸命だったのかもね。強いて落ち度を上げるなら、その現皇帝に情けをかけて殺せなかったことくらいかっていうのはさすがに酷かな」


 ライラの非情な物言いにルシャナとそれまで黙っていたローラすらも表情を強張らせた。


 彼女らの反応を気にすることなくライラは渋い表情を浮かべて腕を組んで続けた。


「それで貴女が他に現皇帝に関することで分かることは?」


「分かることはもうない」


 ライラの問いかけに、ルシャナは力なく俯き首を横に振った。


「そう、前皇帝が貴女と現皇帝をかかわらせないようにしていたのかもね。ただ、ここで一つ気になるのは軟禁されていたにも関わらず、ジュネーヴ城に攻め込んできた時に現皇帝が使った正体不明の軍勢かしら? 魔族がそんなことできたのかしら?」


 ライラがアレンに視線を向けて、問いかける。


 すると、黙っていたアレンは眉間にしわを寄せて口を開く。


「【屍石】を人間に埋め込んで骸人形を作ったか……すでに【屍石】が復活しているのだとしたら、厄介なことになっているやも知れん」


「骸人形ですって!」


 アレンの言葉にライラが深刻な表情で立ち上がった。ただ、すぐに座って両手で顔を覆ってブツブツと何やら小さく呟き出した。


「まさか……だとすると帝国のジュネーヴ城内に潜らせていた密使が連絡取れなくなったのは……殺されているならまだいいけど。もし、屍人形になっていたら厄介なことに。これは一度村に帰って一族に報告した方が良いかしら?」


「魔族に関する秘め事は……おそらく皇家が皇位を継ぐ際に知らされると言うモノのではないか? ライラさん……そして、アレン君……アレン殿はなぜ知っている?」


 ルシャナはライラとアレンに視線を向けて問いかけた。まだブツブツと独り言を呟いているライラに代わってアレンが問いに対して……他言無用であると前置きしたのち、自身が断切者、ライラが紡ぐ者であることを話したのだった。


「繰り返すが他言無用で頼む。今回秘密を明かしたのはルシャナが皇家の直系で、魔族が封印を解かれたと言う非常事態であるからだ」


 アレンはそう話を締めくくって、もうぬるくなってしまった紅茶の入ったティーカップを手に取った。


「そう……だったのね」


「それで最後に聞きたいことがある……ルシャナ姉さんはこれからどうするの?」


「わからない」


「では、俺の都合から話そうか。……誰かが……バルベス帝国に居る魔族を偶然、運良く討伐した場合に皇帝の座に座る者が居なくなってしまう可能性がある。それは困る。王族や皇族が居なくても国が回っていけるならば戦争を終わらせるために俺は真っ先にバルベス帝国の皇族を誘拐し監禁していただろう」


「そんな……」


 アレンの話を聞いていたルシャナは反射的に顔を上げてアレンへと視線を向けた。


「できないと思っていたのか? 俺は気配を偽り籠城中の城に忍び込んで、敵将を討ち取るのが得意だと言うのに……。一度、バルベス帝国の首都エミール、そしてジュネーヴ城は見に行ったことがある。確かにバルベス帝国のジュネーヴ城は忍び難い。ただ、籠城中で厳重な警戒態勢にある敵城に比べたら容易いだろう?」


「っ!」


 アレンが虚勢で言っている訳でないことをルシャナは感覚的に感じ取って……心の底から恐怖した。


 顔は青ざめたルシャナはドクンドクンと不規則に心臓が動きだして、苦しさを感じて胸に手を置いて小さく呟く。


「私はいや……バルベス帝国は……白鬼アレンをまだ過小評価していたと言うのか……バルベス帝国は白鬼の気まぐれと言う不安定なモノの上に成り立っていたとでも言うのか」

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