第33話 神斬。
鎧兵とアレン達の戦いは十分ほど膠着状態が続いていた。
鎧兵はアレンとノヴァに有効な攻撃がなく攻め手に欠けていた。
対してアレンとノヴァも鎧兵に有効な攻撃がなく攻め手に欠けているのは同じだが、更に鎧兵の性能を探りつつ戦闘を進めていたので攻めに出ることができていなかった。
今はアレンが鎧兵の間合いに入って、戦っていた。
鎧兵が左手に握った青い剣をアレンへとまっすぐ振り下したのだ。
「その攻撃パターンを待っていた【パワード】」
アレンは強化魔法の【パワード】を使用して、まっすぐ振り下された鎧兵の青い剣から逃げるのではなく、突っ込んでいった。
「……【一突き】はっ!」
【一突き】と呟いて……ナイフを鎧兵の左手の人差し指と中指の付け根へと突き刺す。
すると、鎧兵の左手が破壊されて、握られていた青い剣を落とした。
ただ鎧兵の懐に入り過ぎたアレンへと、鎧兵の右手に握られた赤い剣が迫っていた。
「ノヴァ!」
「わかっておるわ!」
鎧兵の赤い剣がアレンへ届く寸前のところで、ノヴァが鎧兵の右腕に体当たりして赤い剣はアレンから逸れて地面を砕き割った。
アレンはすぐさま鎧兵が落とした青い剣を拾い上げて、飛び退く。
「危ない。間一髪とはまさにこのこと」
「ほんとじゃ。吾輩に感謝するんじゃな」
「ほんと、感謝」
「それで、その剣は使いこなせそうか?」
ノヴァが一瞬、アレンの持っている青い剣へと視線を向けた。
青い剣は青く透明な結晶で作られていて、角度を変えると剣の中で青い炎が揺らめいて見える美しい剣であった。
ただ、青い剣の全長が一メートル五十センチであるのに対して、アレンの身長は一メートル五十六センチであった。
ほぼ身の丈の青い剣はアレンが持つには長すぎるのではと感じる剣だった。
「あぁ、大丈夫じゃない? 軽くてなかなかいい剣じゃないかな? 剣の長さもちょうどいいし」
「そうか? あからさまにお主の身長に対して長すぎる剣だと思うぞ? その剣、お主の身の丈と同じではないか?」
「いや、俺の方が全然、大きいし」
「大きいか? お前のもさもさの髪をグッと押さえつけたら、同じではないか?」
「な、何言っているんだ。髪をグッと押さえても俺の方が大きい。そうに決まっている……ちゃんと見てみろよ」
「どうかの? ……ん?」
「どうだ? やっぱり俺の方が断然大きいだろ?」
「そうじゃないの……あの鎧様子がおかしいかの?」
ノヴァの言う通り鎧兵の様子はおかしかった。先ほどまで烈火の如く攻め立ててきていた鎧兵が動きを止めていたのだ。
「壊れたのか?」
「そんなことはなかろう。お主が一番分かっとるじゃろう」
「いや、最初にあの鎧兵の首に突き刺したのが、実は致命傷になっていたりしないかな? ってのはさすがにないか、手応えほとんどなかったし」
動きを止めていた鎧兵が持っていた赤い剣が更に赤く輝きだしたのだ。
そして、次の瞬間、赤い剣の柄の辺りから炎がボワッと上がって刀身全体を被って……赤い剣は炎で包まれた火剣となったのだった。
鎧兵は赤い剣を両手持ちにして構えると、地面を強く蹴ってアレンとノヴァへと迫った。
「うわ……熱そう……っだな!」
アレンは持っていたナイフを鎧兵へ投擲した。
投擲されたナイフはヒュっと風を切る音を響かせて、鎧兵に向かって行く。
ただ、そのナイフは鎧兵の赤い剣によっていとも簡単に受けてしまい……更にナイフが燃えて赤く染まってドロリと溶けてしまった。
「アレは、本当にやばい奴だな」
「さすがにアレは……はぁぁぁぁぁあぁぁ【ブリザード】」
臨戦態勢のままに、白い毛を逆立てたノヴァは【ブリザード】と呟くと大きく口を開けて、白い冷気を吐き出す。
そして、その白い冷気は鎧兵の周囲を覆い包んで……鎧兵の動きは止まった。
「シルバには劣るが、なかなかの【ブリザード】だな」
「親父殿と比べるでない。そんなことより、そろそろ体は温まらんのか? 準備運動とか言ってられんぞ」
「そうだなぁ、もうちょっとなんだが……」
「ふ、このままでは、お前の弟子にカッコ悪いところばかり見せることになるぞ? それでも良いのか?」
「おっと、それは……ダサいな。ノヴァは少し離れていろ」
「わかった」
ノヴァは一回頷いて、アレンから離れて行く。
「ふぅ……」
「ふぅ……」
「ふぅ……」
居合の構えのように剣を構えたアレンは目を瞑って、ゆっくり呼吸を整える。
鎧兵は赤い剣からあふれ出る炎の勢いが高まり、ノヴァの【ブリザード】によって鎧兵の周りを被っていた氷が蒸発する。
そして、鎧兵は地面を蹴って、アレンへと向かっていく。
鎧兵の赤い剣がアレンの頭上に迫った瞬間……アレンは目を開けた。
「ふぅ……【神斬(かみきり)】」
アレンが【神斬】と呟くと、その場からアレンの姿はフッと消える。
そして次の瞬間鎧兵の後ろで、アレンは剣を振り抜いた体勢で現れた。
「やっぱりまだ体が温まっていなかったなぁ。痛たた……」
表情を歪めたアレンは青い剣を地面に突き刺し杖にして膝を付いた。
アレンの右腕と太ももから血がにじみ出て、服を血で染めていた。
鎧兵は背後にいたアレンを認識すると、赤い剣を掲げて振り下そうとした。
アレンへと鎧兵の赤い剣が届こうとした時だった。
鎧兵の胴体が横にズレて……真横に切り裂かれ、崩れるように倒れた。
「はぁー。この鎧、なかなか強かったな。イタタ」
アレンが痛みに表情を曇らせながら、青い剣を杖にしてゆっくり立ち上がる。
そして、鎧兵から離れるように歩き出した時、真っ二つになった鎧兵の上半身が動きだした。
鎧兵が動きを察知したアレンは、表情を強張らせて鎧兵へと剣を構えた。
「……っ」
「私が負ける時が来た……つまり、運命が動き出したと言うことか……証を持たぬ者……いや、力を持ちし者よ。この先の宝はお主のものである。私は……お主が善であり、次の英雄になってくれることを……祈ってここに眠ることにしよう」
鎧兵はそう言ってアレンへと手を伸ばした状態で停止したのだった。
カラン……。
鎧兵が付けていた黒い仮面がアレンの足元に転がってくる。アレンはその黒い仮面を拾い上げて首を傾げた。
「……何だったんだ? コイツは?」
「ふ、自分が振るった剣で、傷を負うなどカッコ悪くなったものだの。我が親父殿と戦った時はもっと凄かったではないか?」
「あぁ。ほんとだよ。最近、本当に運動不足だったからな。まぁ、ちょっとカッコ悪いが何にせよ……先に進めるな」
「うむ、楽しみであるな」
アレンとノヴァの視線は橋の先にあった扉へと向けられた。
ホランド達がアレンとノヴァに近づいてきた。
「アレンさん、簡単に治療するから。出血しているところを見せて」
一番にリンがアレンに近づいて、鞄から包帯や薬の入った瓶などを取り出した。
「おう、ありがとう」
「すごい戦いでした」
感動した様子のホランドがアレンに話しかける。
「あぁ、なかなか堪えた。それにしてもこいつは予想よりも強かった」
「この鎧兵は門番だったのでしょうか?」
「どうだろう。門番というか……やってきた者の力を試すために置いてあったように思えるんだが」
「? やってきた者の力を試す?」
「いや、分からんよ? 俺はそう感じたってだけで……」
アレンは鎧兵に視線を向けて黙った。
少しの間の後、話を聞いていたノックスがアレンに話しかけた。
「あのいいッスか?」
「ん? なんだ?」
「この鎧兵は解体するんッスか? さすがに俺では……難しいッスが」
「んーとりあえず、赤い剣とこの鎧兵の原動力となっている魔晶石を回収したら……放置かな? 直せたら面白そうだが。真っ二つにしちゃったし」
「分かったッス」
それからアレンの怪我を簡単に治療した後、アレン達は扉の向こうに進むのだった。
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