第4話 王命。



 火龍魔法兵団はバルベス帝国軍をロコッラの森の奥まで押し込んだ後、ロコッラの森近くで野営をしていた。


 火龍魔法兵団の野営地では木の骨組みにしっかりとした布を被し、住居可能な天幕と呼ばれているものがいくつも並んでいた。


 その天幕の中で野営地の中央にある天幕にアレンが入ってきた。


 天幕の中に入ったアレンは着ていた赤い鎧を外して軽装に着替え始める。


「はぁ……戦争なんてくだらない。いつになったら、この戦いの日々が終わるのか……」


 アレンが不意にため息交じりに呟いた。ただ、その呟きは誰もいない天幕に虚しく響いた。


「……いかんな。俺も歳かな? やはり疲れているようだ。今日は早めに寝るとしよう」


 少しの沈黙の後にアレンは頭をブルブルと横に振って思い直した。そして、急ぎ着替えだした。


 しばらくして、アレンが着替え終わった頃、見計らったように褐色の肌の女性が天幕の中に入ってきた。


 女性は癖のある金髪を長く伸ばし、髪を掻きあげるとフワッと甘い匂いが広がる。


 ふふっと笑うと色気あるが醸し出された。


「入るわよぉ」


「……ラーセット。入る前に入ると言って欲しいな」


「むぅ、なによぉ。せっかく報告しにきてやったのにぃ」


「はいはい。ありがとさん。それで……うぐ」


 褐色の肌の女性……ラーセットはスタスタとアレンに近づく。


 そして、アレンを抱きしめて、アレンの顔が彼女の大きな胸に押し付けられた。


「ふふ、団長は相変わらず食べたくなっちゃうくらいに可愛いわね」


「うぐぐぐ……ふはぁ、苦しいだろうが。それよりも早く報告を聞こう」


 アレンはラーセットの体を押して、胸に押し付けられていた顔を上げた。


 対してラーセットは少し詰まらなさそうに唇を尖らせる。


「もう、つれないわね。あの軍、逃げるのが早いんだもの報告するほどのことはないわよ。バルベス帝国が隠れたロコッラの森の中と周辺にちゃんとトラップを仕掛けといたわ」


「さすが、仕事が早いな。しかし……」


 アレンはラーセットの顔をジッと見つめる。そうしていると、ラーセットは頬をわずかに赤く染めた。


「も、もう、何よ」


「……だいぶ疲れているな。今日は早めに休んでくれ」


「ちぇ、うまく化粧で隠したつもりだけど。鈍感の団長にバレちゃうとわね」


「ここ数日戦い続きだからな。さすがのお前も疲れるよな」


「本当は余裕と言いたいところだけど……今日はそうね。疲れているわね」


 ラーセットは苦笑しつつ、再びアレンを抱き寄せた。


 その時、突然天幕の入り口が開いた。


「あー! ラーセット! 私の団長と何をやってるのかな!」


 天幕の入り口に立っていた赤色の髪の女性はアレンとラーセットが抱き合って話しているのを目にすると、怒りの表情を浮かべながらズカズカと入ってきた。


「あら、やあね。アリソンちゃん。団長は貴女のものじゃないでしょお?」


 赤色の髪の女性……アリソンは歌姫も顔負けなほどに可愛らしく、猫のような釣り目がチャームポイントの美少女だった。


「うるさいわ。おばさん!」


「……つるっぺたのクソガキがー」


 アリソンとラーセットは互いに睨み合う。


 二人の間には火花が散る。


 アリソンがアレンをラーセットから引きはがして右手を握る。


 対するラーセットもアレンを奪われまいとアレンの左手を握った。


 そして、アレンがアリソンとラーセットに引っ張り合いになった。


「団長は私の!」


「いいえ、団長は私と一緒に!」


「しゃー」


「ぐるるる」


 アリソンとラーセットは最終的には威嚇しながらアレンを引っ張り合っていた。その二人にされるがままだったアレンが大きくため息を吐く。


「はぁ、お前らなぁ。ここで争うな。疲れてんだろ?」


「えーけど……」


「子供相手に、私としたことが。そうね。今日は休ませてもらうわ」


 アリソンは不満げに呟く。対してラーセットはアレンの手を放すと、そのままアレンの天幕から出て行ってしまった。


 ラーセットを見送ったアレンはアリソンに視線をむける。そして、手を伸ばしてアリソンの頬に触れた。


 アレンに頬を触れられたアリソンは赤面して、上ずった声を上げる。


「な……何よ。急に」


「アリソン、さすがのお前も疲れている。今日は早めに休むんだな」


「大丈夫よ! なんたって私はラーセットとは違って若いんだから!」


「いや、若いからと言って無理はよくない」


「うぐ……わかった。わかったわよ」


「わかればいい。それで……どうだった? 今日の帝国軍は?」


「どうもないわよ。アイツ等、殿(しんがり)残してすぐに逃げたから、誘い込みの罠を疑って。岩のゴーレム達を動かして調べてみたけど、罠らしい罠はほとんどいなかった。ちなみに軽傷者が数人いたけど、もう治療済み」


「そうか……」


 アリソンの報告を聞いて、アレンは口元に手を置く。


 その時、天幕の入り口がガバッと大きく開いた。


「ハハ、何か気になることでもあるのかい? 団長?」


 天幕の入り口には長い青髪を後ろで結んでいるチャライ印象を受ける男性が居た。


「ホーテ、何か気付くことでもあったか?」


「何もないよ。ただ、俺が殿を突破した後、俺の矛が敵本陣に届かないほどに逃げ足が速かったよ」


「それはすごいな……?」


「ほんと早かったわね。けど魔法が使われた痕跡はなかったわよ」


 ホーテの言葉を聞いてアレンは首を傾げ、アリソンは肯定して頷いた。


「それにしても、アリソンちゃんは相変わらず可愛いね。どうだい? 今宵、俺の天幕で熱い夜を過ごしてみないか?」


「遠慮するわ」


「ハハ、相変わらず、つれないね」


 アリソンはホーテに対してフンッと顔を背けると、天幕から出て行ってしまった。ホーテもアリソンに付いて出ていった。


 アレンはホーテとアリソンを見送ると、準備されていたベッドに横になる。そして、上を見ながら呟いた。


「随分逃げ足の速い……逃げるなら攻めて来なければいいのに。いや……敵のこともだが……味方兵団内に疲労が溜まってきているのもどうにかしないとな」


 アレンは右手を額において、目を瞑って考えを巡らせる。


 そろそろ兵団を解散した方がいいのかも知れない。


 俺は平民出身で……しかも、エルフの血が半分交じっている。


 そのことが軍の上層部は気に召さないようで……兵団の運用資金もなかなか引き出せなく、彼らの働きに見合う対価を払えているか疑問である。いや、払えていないだろうな。


 副長の三人を含めて百人いる兵団員は、俺に付き従ってくれているが。


 俺の下にいるよりも離れた方が彼らはまっとうな評価を……よりいい環境で才能を生かせる場所があるのではないか?


 実際に将軍の地位に付ける実力者は副長を含めて兵団員に何人もいるのだ。


 アレンが考え事をしていると、天幕の外が騒がしくなった。


「ここは火龍魔法兵団団長アレン・シェパードの天幕で間違いないか!」


「……ん? 何だ?」


 外から聞こえてきた声に反応したアレンはぼやっとした様子でベッドの上で起き、天幕の入り口辺りに視線を向ける。


 すると、アレンの応答を待たずして、アレンが居た天幕の中へと金色の鎧をまとった騎士が三人ほど入ってきた。


 あの金色の鎧は……王族直属の近衛騎士?


 なんで、そんなお偉いさんがこんな国境近くの辺境に?


 アレンが金色の鎧をまとった騎士を見てそんなことを考えていると、その騎士達はアレンの目の前にまでやってくる。


「お前が火龍魔法兵団団長アレン・シェパードで間違いないな」


「……は!」


 アレンは素早くベッドから降る。そして、膝を付いて、頭を下げる。


「我々と共にきてもらおう」


「申し訳ありません。ただいま、我が兵団は帝国軍と交戦中に付き……団長の私がここから離れることが出来かねるのですが」


「そんなものは知らん! これは王命であるぞ!」


 三人居た騎士の内、手前に居た騎士がいくつもの判が押された指令書をアレンに突き出すように見せた。


「は……わかりました。ただ、部下に……」


「うるさい! 手を出せ!」


 アレンは騎士の一人に手を引っ張られると、手錠を嵌められてしまう。


 それから、馬車に揺られて四日で王国の東にあるベナデース壁へと連れて行かれたのだった。



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