第23話 私の覚悟
クロエ視点
「なっ、なななななぁぁぁ」
私はあまりの疲れから、レンさんの家に帰ってきてすぐに眠りに落ちてしまった。向こうの世界でもあそこまで異能力を多用する機会などそうそうないので不覚にも無防備に寝てしまった。上司がこの姿を見たらブチギレ案件だ。
だが私は自分のことなどどうでもよく、今目の前で広げられている光景に思わず見入ってしまった。
「zzz」
目の前ではこの家の主、レンさんがベッドで眠っていた。いや、この家の持ち主だしこの人がどこで寝ようと私が意見することはできないのだ。
自分はソファーを借りて寝ていたし、使わせてもらっているだけありがたい。
だが、それでも気になるのは彼の隣で寝ている少女のこと。
「むにゃぁ・・・」
(副長、何で男の隣で寝てるんすかー!?)「
向こうの世界では仕事に生きてきた異能兵団副団長。しかし今は、男の隣で気持ちよく眠っているただの少女にしか見えない。この光景を同僚たちに説明しても絶対信じてくれないだろう。
(やっぱ昨日は誤魔化してたけど、お二人はそういうご関係で・・・)
頭にいろいろな憶測と妄想がよぎってしまう。そういえば二人は異常に距離感が近い。レンさんはリブラ副長に心を許してるみたいだし、副長のあんな顔も初めて見た。もしかして自分の知らないところでいくつものフラグを立てて、最後の一線すらも・・・
(なっ、何考えてんすか私――!?)
クロエはリブラより実年齢が上だ。だがまだ学生気分が完全に抜けていない、バリバリの新人だった。彼女の見た目も精神年齢は日本における女子高生と大差ない。コイバナの気配があればすかさず参加するし、仲間や友達の恋模様にも興味津々。
だからこそ、自分が敬愛してやまない副団長に関するいかがわしい想像が脳内で飛び交って止まらなくなっていた。
「んあぁ、クロエさん起きてたの?」
「ギクッ」
思わず変な声を出してしまったが、どうやらレンさんが先に目を覚ましたらしい。あれだけの戦闘を繰り広げていたのに、今はケロッとして背筋を伸ばしている。もしかしたら回復能力も高いのかもしれない。
「お、おはようございますレンさん。それでその、どうして副長とご一緒に・・・」
「え、ああ。俺たち二人して消耗していたし、仕方ないから同じベッドで寝ようってリブラが・・・」
「副長からお誘いに!?」
「え、あ、ああ。まあ、そうだな」
この会話でクロエは確信する。
(この反応、何回か一緒に寝てんな)
少なくともこの男からは手慣れた感じがする。きっと私がこの世界を訪れるまでは、毎日のように同じベッドで寝ていたのかもしれない。
そしてあわよくばあんなことやこんなことを・・・
「どうしたんだクロエさん。顔が少し赤くなってるけど・・・あ、もしかして異能力の反動とか!」
「ハッ! い、いえ違います。違いますのでご安心を」
そう言って適当にごまかすも心臓の鼓動が収まらない。もしかしたらすでに一線を越えているかもしれない。そう考えるとさらに妄想の枝が広がっていくのだ。このままでは鼻血が出てしまう。
(ま、まさかリブラ副長に負けるなんて・・・トホホ)
自分とて一人の乙女だ。この仕事についてから出会いはめっきりなくなってしまったが、学生時代はあこがれの先輩とか、かっこいいと思った先生もいた。
しかし誰もが抜け駆けするように、気が付けば仲のいい友達と付き合っていた。
だからこそ男っ気のないリブラ副長にはその点で親近感がわいていたのだ。
それがどうだ。異世界に来てから副長にも春が訪れたらしい。自分の脳裏に完全敗北の文字が浮かぶ。
(ちくせう、めちゃくちゃ悔しい。)
当てつけだとはわかっているがリブラ副長に憎悪の念を送る。
届け、あたしの思い! ゴゴゴゴゴゴゴ・・・
「ん、んんっつ・・・」
「あれ、何かリブラが苦しんでるような?」
どうやら本当に憎しみは通じるらしい。そんなことを思いながら私はレンさんに問いかける。
「そういえば昨日、お二人は何かお話をされていたんですか?」
「え?」
「いや、二人で眠っているということは、多少なりとも何かを話していたはずですよね」
この二人がまじめな性格をしているのはよくわかった。昨日話していたのも十中八九オセロに関することだろうが、もし作戦などで進展があったら聞いておきたいと思っての質問だった。
オセロのことに関して、私は何も知らない。自分が異能兵団に所属したのはつい最近だ。ただ、副長が苦しんでいるのを私は何度も見かけていた。だから、少しでも力になってあげたいのだ。
「えっと、とりあえずオセロのことは俺に任せろって」
「あれ、レンさんが彼と戦うのですか?」
てっきりリブラ副長が最後までやり遂げるものだと思っていた。それほどまでの執念を持ち合わせているのは知っていたし、つい最近も戦ったと聞き及んでいた。
「最後はリブラに任せる。とにかく、クロエさんは主に魔物や影の相手をしてもらうことになるかな」
「はぁ、それくらいならいいですが」
それでも不安は残る。花咲と名乗る昨日の女性はこの戦いに参加しないと断言していた。つまり戦うのは私と副長、そしてレンさんの三人ということになる。
レンさんの異能力が強力な戦闘系のものだというのは昨日の時点で分かった。副長は代償を伴っており、自分も対魔物戦でどこまで役に立てるかわからない。
昨日は全員で背中を預けながら戦ったからまだしも、副長がまともに戦えない今、自分がすべての魔物を相手にしなければいけない可能性も十分にあり得る。
オセロがどれだけの魔物を飼っているのかはわからないが、その数次第では不可能かもしれない。
「とりあえず俺はオセロにかかりっきりになる。リブラと二人で魔物の相手をしてもらうわけだけど、さすがにきついよね?」
「・・・正直に言うと、そうですね」
この点に関して私は嘘をつかずにはっきりとそう言い切った。しかし、もぞもぞと布がこすれる音とともに副長が起き上がる音が聞こえた。
「大丈夫です、私も何とか戦えますので」
「副長?」
起き上がった副長は、昨日とは違い吹っ切れた顔をしていた。本当に昨日何があったのだろうか。
「オセロのことは、レンに任せることにしました。それでレン、二人からは?」
「多分だけど、どっちも無理っぽい」
二人というのは、この世界で異能力に目覚めている副長らの仲間だろう。貴重な戦力であることに変わりないが、どうやらどちらも不参加に落ち着いたようだ。
「葉島は、頑張って抜け出そうとしているみたいだけど」
「多分、無理でしょうね」
どうやら葉島さんという方は会社というところで一晩を明かすらしい。なんでも父親が会社の中にある施設を自慢したいのだとかなんとか。
「花咲は今夜、何かを決行しようとしている。そしてそれに合わせて俺たちも、オセロの打倒に動かなくちゃいけないみたいだ」
スケジュールをずらすことは不可能といっていいらしい。状況は絶望的。戦力も不安。だが、やるしかないみたいだ。
「わかりました。どうか私にお任せあれ! すべての魔物を引き付けて、コテンパンにして見せます」
「クロエさん・・・」
「クロエ・・・」
二人が目を見開いて私のことを見ている。ここらで私も役に立つのだと見せつけなければいけないだろう。新人の底力を見せてやる。
「だからレンさん、オセロの野郎をぶちのめしてくださいね」
レンさんは私の言葉に頷くとおもむろに立ち上がる。どうやらご飯の準備をしてくれるらしい。
腹が減っては何とやらだ。だから私は彼の作る食事を待ちながら副長とどうやって魔物をすべて相手にするか極限まで話し合うのだった。
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