幕間 がんばれ葉島さん

 ある日の休日。俺は葉島と一緒に駅近くのデパートに来ていた。


 今日は珍しく二人きりで、傍から見ればカップルに見えるのかもしれないがそんなことは気にしない。葉島も別に意識してはいないだろうし。




 さて、今回駅の方にまで来たのには理由がある。ここ最近で激減してしまった雑貨などを取りそろえるためだ。


 というのにも理由がある。ここ最近俺の家への出入りが著しく多い。リブラはともかく、最近は遊香先輩が俺の家に遊びに来るようになった。そしてそれに連動するように璃子も家を尋ねてくる機会が上昇した。おまけに何となくという理由で葉島も集合してしまう。




 学校はオンデマンド式の遠隔授業へと切り替わったため、ぶっちゃけ課題さえこなしていればサボってもバレない。先生たちも慣れないインターネットを使った授業に苦戦しているようだった。


 そんな中、なぜかみんなが俺の家に集まるようになってしまったのだ。これでは大集合である。


 ちなみに璃子と遊香先輩はもう一つ理由があった。




「ねえ蓮、これってどうすればいいわけ?」


「僕も・・・わかんないです」




 二人がにらめっこしていたのは自身のスマートフォンだ。遠隔授業に切り替わる際に学園は専用の特設サイトを設立した。


 IDとパスワードがあれば入ることができ、そこから配信されている授業を随時視聴していくのだ。そして指定された課題をファイル形式で提出する。


ただ、このサイトはできたばかりということもあり非常に使いにくい。俺でさえ仕組みを理解するのに時間がかかってしまった。


 そして使い方が最後まで分からなかった二人が俺に助けを求めてきたのだ。パソコンなどがあればよかったのだが、あいにく二人ともそのようなものは持っていなかった。


 だから授業の前に、なぜか俺が遠隔授業のやりかたの授業することになったのだ。




 そんなことをしているうちに俺の家に集まるのが常習化してしまった。そしてその結果、家のあらゆるものの消耗が激しいのだ。


 気づけば俺の家の冷蔵庫は知らない飲み物が入っているし、ティッシュやお菓子なども、心なしか減りが早い。


 極めつけは、なぜか俺が昼食を作ることになっていることだ。食費などはもらっているが、あの人数分を作るのにはさすがに苦労する。




 そして今日はここ数日で消耗してしまったものの買い出しに行くのだ。お手伝いとして葉島が同行してくれた。




「なんかごめんね、気づいたら私もあの空間に慣れちゃって」


「・・・慣れって怖いよな」




 実をいうと俺もあの時間に慣れかけていた。


 ちなみに現在は夏休みを目前に控えた休日の昼間だ。対面授業がなくなったおかげでこうして平日の昼間から歩き回ることができるのだ。ちょっとした背徳感を覚えるが、これもまたいいだろう。




「とりあえず、必要な物があったら買い揃えていこう」


「そだね。私も少しはお金を出すよ」




 本来であれば男らしく断る提案なのだが、実をいうと家を出る前に皆から少しずつお金を渡された。(お金のない)リブラは気まずそうに物陰に隠れていたが、家で留守番をしてくれるようだった。




 とりあえずこれで必要な物を買いそろえてくれとのことらしい。




(まったく、俺は召使いか)




 そんなことを思いながら黙って買い物を進めていく。


 みんなさすがに夕飯までには帰ってくれるのだが、この分じゃ夕飯も家で食べていくと言い出しかねない勢いなので、食品は多めに買っておいた。


 今はともかく、そういう意味では夏休みが怖い。どうかこれ以上皆が居座りませんように。




「あ、水嶋君。あれも必要なんじゃない?」




 俺がそんなことを考えていると、葉島は横にある商品を指さす。




「あれは、ワンピース?」


「そそ、リブラが着る用に」




 リブラはこの世界の衣服を最低限しかもっていない。大抵は自身の異能力で服を疑似的に着まわしているが、それ以外は俺が一度買ってあげた服くらいしかない。


 というか、あれは服というよりパジャマだ。




「そうだな・・・ついでに買ってってやるか」




 きっとリブラは喜ぶだろう。そう信じながらリブラのために服選び始める。


 最近のはなかなか凝ったデザインが多く、俺にはからっきしだったので葉島に手伝ってもらいながら購入するまでに結構時間がかかってしまった。


 すでに買い物を始めてから三時間が経過したころ、俺たちはようやくスーパーを出た。




「買いすぎちゃったね」


「そうだな。あんまりこういうのよくないんだけどな」


「あはは・・・」




 久しぶりにデパートに来ただけあって、いろいろな商品に目移りしてしまった俺たちは、気が付けばかごをいっぱいにしていた。今回俺は徒歩で来たため、荷物を手に持って歩かなければいけない。さすがに買いすぎてしまったと、そう後悔していた時だった。




「Excuse me. Please tell me the way to the station?(すいません。駅までの道を教えてもらえますか?)」




 俺たちが後ろを振り向くと、困った顔をした金髪のお姉さんがいた。見るからに観光客のようで、道に迷ってしまったらしい。




「えっと、その、えーっと・・・」




 隣を見ると、慌てたように葉島が口をつぐませていた。


 葉島の成績は悪くはないはずなので、これくらいの英語のリスニングとスピーキングは問題がないはずだ。


 しかし、俺たちも人間である。いきなり普段とは違う言語で話しかけられると、やはり慌ててしまうものだ。


 聞かれている内容と答えるべき内容は本来中学生程度であれば話せる内容だ。実際俺は聞き取れているし、たぶん葉島も何を話すべきなのかはわかっている。


 だが、本当にこんな機会が訪れる確率は低い。そして俺たちはその低確率にあたった。


 だから葉島の代わりに俺が受け答えをする。




「go straight there and finally turn right. From there, you can reach the station in about five minutes on foot(ここを真っすぐ行って突き当りを右に。そしてそこから五分ほど歩けば駅に着きますよ)」


「Really? Thank you cute boy(本当? ありがとね可愛い男の子君)」


「No problem (いえいえこちらこそ)」




 そう言いながら金髪のお姉さんは去っていった。よほどの方向音痴でなければ間違いなく駅に着くはずだ。何なら右に曲がってしまえばすぐに駅の先端が見える。


 それはそうと、もう少し上手に話せたかなと思ってしまう。実際に英語を話すのは久しぶりだったので、イントネーションや単語の使いまわしなどを少し間違えてしまったかもしれない。


 俺がそう反省していると、隣で葉島が目を見開いていた。




「水嶋君すごい・・・水嶋君って頭良かったっけ?」


「えーっと・・・まあ、ほどほどに?」




 実はあなたを抜いて全国一位です、だなんて口が裂けても言えない。




「まあ内容程度は中学生程度のものだったし、葉島もあのお姉さんが何を言っているかは聞き取れていただろ?」


「それはそうだけど、すぐには言葉にできないよ。それもあんな流暢なイントネーションで」




 そう言いながら葉島は俺のことをジト目で見てくる。どうやら疑いの目を向けられているようだ。




「そういえばこの前テスト受けた時なんだけど」


「うん?」




 何やら葉島は一人で喋りだす。心なしか声のトーンが少し低い。




「私、この前の考査で数学のテストで点を落としちゃってね。それでも他の教科はほとんどできてたし一位をとれたなって思ったんだけど、それでも一位は取れなかったんだよね」


「へ、へぇーそうなのか」


「そう。すごい人がいるもんだよね。きっとその人は全科目で満点を取ってるんだよ。じゃなきゃあの点数で追い抜かれるわけないもん」




 なぜか噂で聞いたのだが、その時の葉島の点数は900点満点中895点。点数からして一、二問を落としてしまったのだろう。確かにあの数学のテストはいつもより難しかった。きっと先生も気合を入れて作ったのだろう。ちなみにその時の俺の点数は900点。つまり満点だ。




 ・・・そうです、俺が一位です。




「もしかして、水嶋君?」


「さ、さすがに俺じゃないって。オレってそういうタイプじゃないし」


「・・・そっか。まあ私もその人に追いつけるようにがんばろっと」




 そんなことを言っているが、俺のことを信じていないのは明らかだった。


 俺も別に隠しているわけではないし、葉島になら話してもいいが妙に気恥しいのだ。


 だから俺はもうしばらく秘匿していることにする。




 ちなみにこのあと俺の家で葉島がみんなに勉強合宿をしようよと提案し、なんやかんやで俺の学力がばれてしまうのだが、地獄のような勉強会(水嶋塾)がもうすぐ繰り広げられることを今の俺はまだ知らない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る