第21話 何が為の力

 俺たちはできる限り早朝から行動しようという方針になった。


 朝なら人目は少ないし、夜と比べて隠れられる闇がない。それにガイアは夜を中心に活動しているように思える。


 俺がウィッチとスナイパーに襲われ、コマンダーと遭遇したのも夜だからだ。


 彼らと出会わないためにも夜はおとなしくしている方がいいと思った。




「おはよ、リブラ」




 俺が起きるころにはすでにリブラは起きている。この家に泊まりに来た時からそうだが、リブラは生活習慣が整いすぎている。おそらく異世界にいたころにはどんな状況にも対応することができるように体づくりをしたのだろう。




「おはようございますレン。今朝はお疲れですか?」




 リブラの指摘通り、俺は少し疲れていた。昨日は何とか繕っていたが、やはり俺の体には蓄積されたダメージが残っている。いくら異能力で治したといっても完全に治っているわけではなく、病み上がりそのものだ。


 葉島とも全力で戦ったことが決定的に尾を引いている。




「疲れてはいるけど、それは何とかするよ。それより葉島たちから何か連絡はあったか?」




 俺たちは昨日の夜から連絡を取り合っていた。遊香先輩もそこに加わっており、確か昨日は強度のように行動するかについて話していたのだ。




「メイからはなにも。きっとみんなも疲れているのですよ」




 リブラの言うことはもっともだ。葉島は俺と戦い遊香先輩もこの前限界まで追い詰められた。そして璃子は運動音痴にもかかわらず俺たちの力になるためにわざわざ森の中までついてきてもらっていた。疲れていない方がおかしい。




「ひとまず今日の行動は午後からということになりそうですね」


「ああ、俺もできればそうしてもらいたい」




 やはりここは休むことにしよう。そう決めた俺はおもむろに立ち上がり、朝食を作ることにする。確かヨーグルトが余っていたはずだ。




「リブラは何が食べたい?」


「私は何でも。レンが作るものは何でもおいしいので」




 まずはご飯でも食べて体を休めることから始めようか。






   ※






 そんなこんなで時間が過ぎて、気づけばお昼前になっていた。休ませてもらえたおかげで疲労感もだいぶ薄れてきた。そして葉島たちと再び連絡をしてみると、すぐにメッセージが返ってくる。


 どうやら葉島も疲れが抜けきっていないらしく、もう少しだけ休ませてから向かわせてほしいとのことだった。




「とりあえず今日も璃子の家に集合だな」




 可能なら璃子の家で休ませてもらおう。


 そう思っていたところで俺のスマホにメッセージが届く。名前を見てみると遊香先輩からだった。




『ごめんね、少し行くところがあるから今日はちょっと遅れちゃうや。とりあえず終わったらすぐに行くから、できれば探さないでほしいな』


「なっ!?」




 どうやら先輩はあんなことがあったにもかかわらず一人で行動しようとしているみたいだ。


すぐに連絡を取ろうとメッセージを送るが、一向に既読がつかないのでさすがに焦る。


俺は慌てて出かける準備をする。




「どうしたのですかレン?」


「ごめん、ちょっと遊香先輩のところに行ってくる。何もなかったらすぐにみんなと合流するから」




 俺はリブラにそう告げて家を出る。向かうのは先輩の家がある駅のほうへとだ。できれば先輩が家を出る前に追いつきたいがさすがに無理があるだろう。


 案の定、先輩の家を訪れても、すでに家を出た後だったらしく人の気配がなかった。




「ああもうっ、危険だって言ったのに」




 俺は少しずつ焦りを増加させてしまう。




 もし先輩が今ガイアに襲われてしまったら?




 それが現実のものとなってしまえば守るどころか駆けつけることができない。


 それに昨日の先輩の顔だ。あの顔が余計に俺の不安を駆り立てる。今、先輩を一人にしたくない。




「なにか、先輩の行方を知る方法はないのか?」




 俺は名探偵でもなければ犬でもない。痕跡を探したり推理をしたりすることなどできるはずもないのだ。


 だが諦めるわけにはいかない。




「こんな時・・・」




 リブラだったら、俺の相棒だったらどうする?


 諦める? そんなわけはない。きっと最後まで可能性を模索するはずだ。


 空を飛んで探したり、あらゆるものを見逃さない。




 葉島だったら、俺の友達だったらどうする?


 きっと葉島なら、町中端から端まで歩き回って飛び回り、先輩の痕跡を探すだろう。


 あるいは、先輩の電話に迷惑メールと思われるほどの連絡を入れるだろう。




 璃子なら、俺の幼馴染ならどうする?


 その地元にはびこる伝手で、先輩の情報を集めようとするだろう。もしかしたら色々な人を動員して一斉捜索などもしてくれるかもしれない。




 あの少女たちだったら手に余るくらい、いろいろな手段があるだろう。だが俺の異能力では・・・




「いや、諦めるのはまだ早い」




 俺の異能力『同調』の力はただの身体強化というわけではない。理想の自分を一時的に宿すことができる力。


 きっとこの状況を打開できる力だってあるはずなのだ。




『異能力とは応用が利くのですよ』




 昔リブラが言っていた。異能力は使い方を工夫すれば多種多様なことがデイル。結局は発想力が問われるのだ。


だが、俺の陳腐な想像力では有効な使い方が何も思い浮かばない。結局俺の力ごときでは何もできず・・・






(コネクトしなさい)






 その時、俺の心の中で誰かが呼び掛けている気がした。まるで俺が間違った異能力の使い方をしているといわんばかりに、俺の心に呼びかける。




「『同調』はまだ先がある?」




 俺は今まで自分に都合のいい力を宿すことしか考えていなかった。つまり体そのものの変化だ。特に覚醒してからは、その方向にしか異能力を使っていなかった。


 『インストール』とは、その変化を自分の体に受信するための魔法の言葉。そもそも俺はどこからそれを受信しているのだろう。


 きっとそこに鍵があるはずだ。




「なら一体、何とコネクトすればいい?」




 考える。今の俺には何が必要だ。




 大切な人を守る力?


 敵を倒すための暴力?


 自分の願望をかなえるための野望?




 違う。今の俺に必要なのは未来を切り開く力だ。




最高の未来へみんなと一緒に行くために、あらゆるものを凌駕して、自身の壁すら打ち破ろう。




『同調』




 俺は今まで異能力を使うとき、自分の姿しか見ていなかった。理想の自分しか思い描けていなかったのだ。


 周りを見る余裕がなかったと言われればそれまでだが、俺はそのせいで自分の手そのもので壁を作ってしまう。そして自分で作った壁を壊すことしか考えていなかった。


 俺の目の前にはいつも大きな壁がある。だが別に一人で壊す必要はないのだ。




 みんなで一緒に、その壁を乗り越えていけばいい。




『・・・オーバーフロー』




 その言葉を紡いだ瞬間、世界が変わった。


 否、俺がその力を使えるだけの域にまだ達していなかったのだろう。


 視界は揺れ、景色は色褪せ、周りの音すら小さくなっていく。


 そして強烈な吐き気と頭痛が俺の頭をガンガン揺らして掻き回す。




「うぐっ・・・『イン・・・ストール』」




 俺がコネクトするのは自分自身の理想ではなく、幻想でもない。世界そのものだ。




 誰も答えを知らないなら、すべてをつかさどる世界そのものに接続し、答えを聞けばいい。




 だが結果からするとそれは中途半端なものだった。その力を使うのに俺が未熟すぎたのだ。


 接続は途中で断線し、世界からはじかれてしまう。




意識が現実に戻った俺は、知恵熱を出して膝から崩れ落ちてしまう。正直これまで経験した中で、これほど負荷がかかったことはないだろう。


頭の中がぐちゃぐちゃで、今すぐに洗ってしまいたい。




「・・・でもっ・・・」




 知りたいことは知れた。なぜそんなところへ行ったのかはわからないが、遊香先輩がどこへ歩いて行ったのか、何を求めて歩いたのか、それを見ることができた。




 俺はよろめきながらも立ち上がり、遊香先輩の足跡をたどりながら、たどたどしく歩いていく。




 俺は、自分がどうしてここまでするのかわからない。でも、俺が思い描く理想のハッピーエンドには遊香先輩もいてほしいのだ。




 もし今遊香先輩のところへ行かなければ、二度と先輩と会えなくなってしまう気がするのだ。




 俺はガタンゴトンと揺れる電車の揺れにふらつき、よろめき、転びそうになりながら先輩のもとへと急ぐのだった。


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