第10話

 すっと静まる催事場。

 全員の視線がアタシに集まる。


「いま、何と言ったのかね?」

「耳まで遠いのかよ、肥えすぎて詰まってんじゃねぇのか? アタシが行ってやってもいいって言ったんだ。ただし、前金だ。たんまり用意しな」


 そう言って、できるだけいい笑顔をくれてやる。

 周囲からはひそひそとした声や、嘲笑が漏れ聞こえる。

 まぁ、聖女候補が金の話を出せばこうもなるのは目に見えていたが。


「候補セイラ。これは教皇様の聖なる言葉であり、世俗の──……」

「じゃあ、好きにしな。泥と血にまみれた戦場で魔物モンスターの襲撃におびえながら、精一杯笑顔でもふりまいてくるといいさ」


 バカが。

 気を遣って助け舟を出してやったのに、体面を気にして棒に振りやがった。

 その肥えた腹は飾りか? 生臭坊主め。

 これならエルムスの方がまだ金の使い方を知っている。


「仕事にならないんじゃ仕方ないね。んじゃ、アタシは失礼するよ」

「ま、待て!」

「アタシに命令すんじゃないよ。こんな益体もない話、してられっか」


 留めようとする大司教に、ひらひらと手を振ってみせて席を立つ。


「いくらだ」


 扉に向かうアタシの背後に、低い声がかけられる。

 夜の街ならさぞ映えるだろう、いい声だ。


「なんだい、伯爵様。アンタが払うってのかい?」

「そう聞こえなかったかね?」


 交渉をわきまえた男だ。

 悪くない。


「娘の安全にいくら出せるかによるね。はした金ならアタシは降りるよ?」

「さてな、もしかすると他の候補になるかもしれん。無駄に金貨を積み上げる気はない」

「そうかい。じゃあ、うまいこと押し付けることだね」


 これを聞いた他の聖女候補者が揃って顔を青ざめさせ、その後見人達が我に返ったように口を開く。

 どいつもこいつも、文字通り現金なことだ。

 魔王の復活と戦いがもう始まっているのに、自分の候補者を聖女に仕立てる事だけが重要ってか?

 やれやれ……こんな連中の立てた候補が、本当に世界を救うのかね?

 まあ、アタシとしては金さえもらえりゃ何でもいいんだけどさ。


「別に金の出所は気にしないさ。誰が払ってくれたっていい。ただ、アタシが喜んで前線に出向くだけのお気持ちを見せてほしいね」

「い、いくら欲しいんだ!」


 声を上げた後見人の一人に、口角を釣り上げてやる。


「いくら出せるんだい? ま……アタシが断ったら、誰かが前線行きになるだけの話さ」

「それがお前の可能性だってあるだろう?」


 伯爵の言に、首を振って応える。


「馬鹿言っちゃいけないよ。アタシは仕事でここに来てんだ。アンタらと違って今すぐここから逃げたって、失うものなんて何もないんだよ」


 後見人たちの顔が、ギクリとしたものになる。


「タダ乗りはさせないよ。押し付けんなら金を払いな」


 結局、『聖なるお仕事』の報せの場とやらは、アタシとの金額交渉に早変わりし……五名の候補者は、それぞれ『仕事に見合う報酬』をひねり出してくれた。

 うまく誘導してくれた伯爵殿には感謝しないといけないね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る