第83話


 大して色彩の変わらない荒野をひたすらに進む四人。


 まばらに生えていた植物も少なくなり、ついには辺りは乾いた砂と岩ばかりの風景へと変貌する。ずっとくすんだ景色ばかり眺めていると、瞳にそのくすんだ色が焼き付いてしまいそうだと錯覚する想次郎。


 四人は時折会話と溜息を挟みながら、休むことなく前進する。四人分の砂を踏む足音の他は、風が岩場を縫う音だけが聞こえていた。


 想次郎は、このまま何事もなく終わるのではないかと、何の根拠もなしに思い始めてしまっていた。当然三方向へ分かれたうちのこの一方でドラゴンに遭遇するという保証はない。


 無論想次郎が自身の状況を忘れたわけではないが、どうしても良からぬ期待を持ってしまっていた。それは根っからの怖がりである彼の言わば反射的なものなので、どうすることもできなかった。


 退屈そうにあくびをするナツメと、苛立ちが表に出始めるシナリス、相変わらず仮面で表情の読めないエルミナ、安堵と緊張、意のある所が目的とは真反対にあるという罪悪感が入り混じった複雑な表情を浮かべる想次郎。戦闘の役割分担は叶わなかったものの、それぞれがそれぞれ、全く異なる様相で歩を進めていた。


「ったくよ、何匹かいるって話だが、このまま一匹も遭遇しないなんてやめてくれよ」


 シナリスは耐え切れず苛立ちの言葉を吐き出す。


 想次郎の中でせめぎ合っていた安堵感と緊張感。単調な移動の中で何事もない安堵感の方が大きくなり始めていた頃である。


「あ、あれ……」


 それに最初に気付いたのは視力に優れるナツメだった。一向は立ち止まり、揃ってナツメが指差す方を確認する。


「ん?」


 想次郎はナツメの指の先に何かがいるのを確認した。


「あれは……ひと……?」


 遠くのその〝何か〟は左右へふらふらと不自然に揺れながら四人の元へゆっくりと近づいて来る。挙動からしてもおよそ人のものとは思えない想次郎だったが、近付くにつれそのシルエットが明瞭としてくると、それが人であることは確信に変わった。


 動きが覚束ないのはきっと怪我をしているからだと、想次郎はその人影の元へ駆け出す。


「大丈夫ですか!?」


「ちっ! 面倒な……」


 シナリスは真っ先に飛び出した想次郎を見て舌打ちをした。しかし残された三人も想次郎の後を追うように謎の人影の元へ駆けて行く。


「た……すけ……」


 その人影の正体は一人の壮年の男だった。折れた剣を握ったまま体中が傷だらけで服の至る箇所は破け、血が滲んでいた。特に男が押さえている脇腹の出血が酷かった。


 想次郎が辿り着く前に男は力尽き、その場にうつ伏せのまま倒れ込んでしまう。


「しっかりして! これ飲んでください!」


 想次郎は男を仰向けにし、片手で上体を起こすと、革のポーチから回復薬を一粒取り出して飲ませた。


 そのまま見守っていると、ひゅーひゅーと細い呼吸を繰り返していた男の呼吸が安定し、脇腹からの出血も止まる。


「すまない……」


 男は虚ろな眼差しで想次郎を見ると、かろうじて礼を述べた。それを聞いてひとまずは安堵する想次郎。


「お前たちも……逃げた方がいい……」


 男は最後にそれだけ言い残すと気を失ってしまった。


 想次郎はそっと男を地面に寝かせると、男が歩いてきた先を眺める。


 低い視線から見える砂の地面。遠くの方にぽつりぽつりと何かがまばらに落ちているのが想次郎には分かった。大きさから言って岩の類ではない。


「……? あれは……」


 想次郎が立ち上がるとそれを合図に一同は歩を進める。すっかり薄まっていた想次郎の中の緊張感が一斉に顔を出し、彼の身体を重く包み込んでいた。


 距離が縮まるにつれて地面に落ちているモノの形状が徐々に判然としてくる。


「な……!?」


 辿り着く前にその正体がわかった想次郎は思わず足を止めた。


 無数に横たわるそれらは無残にも身体を引き裂かれた人間だった。想次郎の位置から見えるだけでも5~6人分はある。完全に身体が千切られてしまっている者もいる為、正確な人数はわからなかった。鎧を纏った者、ローブ姿の者、女性らしき亡骸も確認できる。


 あまりの光景に慄然とし、想次郎は思わず口元を抑えながら視線を真下へと背ける。


「大丈夫ですか?」


 彼の様子を見たエルミナがそう声を掛ける。


「ええ……」


 想次郎は表情を青白くしながら何とか応えた。


「キタキタ! 当たりクジを引いたぜ! メガネ!」


 想次郎の有様とは対照的に、シナリスは歓喜の声を上げた。その凄惨な光景を前にして、それ以上に凄惨な笑みを見せるシナリス。


「ま、まだ近くにいるってこと……?」


 腰を落とし、低い姿勢で戦々恐々としながら辺りを見回す想次郎。手にはこっそり〝不屈の指輪〟を握り込んでいた。


「どうする……。一旦四方に分かれて探るか?」


 シナリスは片手を剣の柄に添えたまま、視線だけを想次郎へ向ける。先程までの喜悦の色を潜ませ、すっかり臨戦態勢だった。


「で、でも……」


 恐怖心からなるべく皆と離れたくない想次郎は二の足を踏む。


「いや、どうやらその必要はないみたいだ」


 しかし、一同が結論を出す前に、ナツメが空を見上げながら徐に呟いた。






------------------フレーバーテキスト紹介------------------

【剣技】

C2:斬光破

対象一体へ聖属性を付与した斬撃中ダメージを与える。さらに攻撃範囲拡大効果。

剣を振う聖職者は自身の扱う剣に込められた聖なる力をより高く保つ為、決められた日にその刀身を磨き、刃の表面には神聖文字を刻んだという。それは力そのものを高めるというよりは、彼らの信仰心をより強固なものへと補強する儀式の意味合いが強かった。

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