第76話
ナツメはテーブルに注文したものが運ばれて来るなり、貪るように肉に食らい付き、酒を流し込んだ。
「うんま! うんまー! #$%&#$%&#$%&#$%&……」
「はは、本当に美味しそうに食べるね……。全く何言ってるかわかんないけど」
そう言いながら想次郎も肉を一口齧る。飲み物は酒しか置いていないようだったので、想次郎は結局ただの水を注文した。
「おかわりー!」
ものの数秒で皿の肉とグラスを空にすると、追加の注文をするナツメ。
「えっと……ナツメ?」
いくらお礼と言っても際限なく奢れる余裕なんてない。想次郎は果たして支払いがいか程になってしまうのか憂慮し、ナツメに視線で訴える。
「ん? 金か?」
ナツメは事情を察したようだった。
「金なら安心しろ。今日はあたしが出す」
そう言うとナツメは胸元から薄汚れた布袋を取りだす。
じゃらじゃらと音を立てるそれはパンパンに膨れており、ナツメが口を開いて見せると、中は硬貨が詰まっていた。その殆どが銅貨のようであったが、それでもこれだけの量となると、それなりの額になることが予想された。
「想次郎のお陰でこうして上手い酒が飲めたからな。金は任せろ。まあ、持ってても街に入れないわたしには本来使い道のなかったもんだしな」
そう言ってナツメはグラスを煽ると、ぺろりと唇をひと舐めし、誇らしげにその豊満な胸を張った。
「でも、どうしてこんなに?」
ナツメの実力ならばこの界隈の魔物狩りは容易いだろう。だが、せっかく狩ったところで街で換金できなければ金にはならない。想次郎は不思議に思い尋ねる。
「んー? これはな、あたしを襲ってきたアホな人間共から頂いたんだ。力量のわからない馬鹿に限って金持ってねーけど、塵も積もれば何とやらってね!」
「へ、へぇー……」
流石は初見殺しのレアエンカウントモンスター。想次郎は改めてスプーキーキャットという魔物の恐ろしさを思い知った。
「ナツメはさ……」
ある程度満足したのか、ようやく出だしの勢いが緩まった頃、想次郎は徐に話し掛ける。
「あん?」
「ナツメは、アンデッドになって、その…………悩んだりしてる?」
エルミナと同じアンデッドでありながらエルミナと違って常時天真爛漫な彼女の様子に、想次郎がふと思ったことであった。
「もしかしてすっごく失礼なこと聞いてる?」
だが事情を知らないナツメは少々辛辣な意味に捉えてしまったのか、怪訝そうな表情で想次郎の顔をじっと見つめた。
「い、いや、別に、何も考えずに生きていそうとかそんな風には……いてっ!」
さらに墓穴を掘り進める想次郎の額にナツメはデコピンをお見舞いした。
「……死んでるんですけど。アンデッドだからね」
「ははは、アンデッドジョーク……っていうか、死んでるのは事実か……」
「あたしだってな、色々考えてるよ。今日は何食べよーとか、明日は何食べよーとか。あとはどうやって食べよーとか。どうやってって言っても、生で食べるか火で焼くかくらいだけどな」
「そ、そうなんだ……」
下手にナツメの機嫌を損ねないよう、突っ込まずにおく想次郎。
「うん! だから、こうやってちゃんと料理されたものを食べるのは久々で!」
自身の言葉で再び腹を空かせたのか、ナツメは手に持っていた食べかけの肉に食らい付いた。
「ま、それもこれも想次郎のお陰だから一応感謝しとくよ!」
「そんな、僕の方こそ、色々感謝してるよ」
「この辺りの人間って嫌な奴しかいないって思ってたけど、そうじゃないってわかったよ。想次郎みたいな人間もいるしな!」
「まあ、僕はこの世界では少し特別かもね………………え?」
言葉がいまいち理解できず首を傾げるナツメを尻目に、そろそろお開きにしようと想次郎が店員を見回していると、突如何者かが目の前に現れ、彼の視界を塞いだ。
「よお、探したぜぇ」
至近距離過ぎて相手の正体がわからなかった想次郎だが、その声で察しが付いた。それはこの世界で想次郎がもう二度と会いたくない男の声であった。
声の主、シナリスはゆっくりと一歩下がる。すると、まだ傷の癒えきらぬ包帯の巻かれたシナリスの全身が想次郎の視界に収まった。
わかりきっていながらも、頭のどこかで別人であることを願っていた想次郎の淡い想いは、無情にも打ち砕かれた。
------------------フレーバーテキスト紹介------------------
【魔法】
水属性C2:メロウルム
装備武器に一定時間、水属性をエンチャントする。
武器表面に薄く張られた水の膜は、それ自体が絶え間なく流れる水流の刃を形成し、元の武器の質に関係なく、鋭い切れ味を見せる。また魔法で生成された純度の高い水は電気抵抗が高く、金属製の武器であっても水を張ることで雷属性の魔法をある程度は防ぐことができる。
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