第74話
――――血のような深い赤……。
「…………」
魔物狩りの合間の休憩中。想次郎はぼんやりとした眼差しで指輪を空にかざす。
指輪の宝石は日の光を透かしてゆらゆらと赤く煌めいている。
その指輪は先日のシナリスとの一戦中、ゲームにおける限定アイテムの〝女神の贈り物〟が変化したものだ。
〝不屈の指輪〟。効果は一定時間状態異常〝恐怖〟を防ぐというもの。他の変化候補と比べるとあまり有用性のないものだ。恐らくは序盤の隠しステージ、EXシナリオである廃墓所地下攻略の為に用意されたものだろうと想次郎は当たりを付ける。
序盤のこの界隈で恐怖状態を付与できるスキルを持つ魔物は、廃墓所地下に出現するバンシーとエリアボスであるオブソリートリッチだけだからだ。
それ以外に使い道はなく、ゲーム内であれば間違いなくほとんどのプレイヤーが選択しないであろうアイテム。
しかし、それはあくまでもゲームでの話。想次郎はこの指輪のお陰であの窮地を切り抜けられた。
「まさかこんなアイテムにあれ程の効果があるとは……」
想次郎は空にかざした指輪の角度を微妙に変えたりして、日の光を弄ぶ。
このアイテムを使えば、それこそ今狩っているような魔物よりも遥かに強い魔物を狩ることができるかもしれない。
「でもな……」
期待がある反面、想次郎は指輪の力を使うことに躊躇いがあった。だが彼に勝負の場でズルをしたくないといったような騎士道精神があるわけではない。仮にそれが卑怯な手だったとしても、今は手段を選んでいるような状況ではない。生活が掛かっている以上、使えるものは何でも使うべきだ。
それにそもそもその指輪は能力を上げるのではなく、ただ単に恐怖を取り去るものだ。ならば先のシナリスとの一戦で見せた想次郎の動き自体は、彼自身の本来の能力である。
こと想次郎という少年においては、この世界にいるだけでパッシブスキル〝オート恐怖〟が常時発動しているようなものなのだから。
だが、想次郎が躊躇う理由、それもまた別の恐怖によるものだった。
指輪を使用した時の記憶ははっきりと覚えている。想次郎ではなく別の人格が乗り移ったわけでも、もう一人の自分が覚醒したわけでもない。
ただ覚えていながらも今考えても想次郎は不思議な感覚だった。
自分でありながら自分でない身体を動かしている感覚。筆舌に尽くし難い、奇妙な感覚。しいて言い表すならば、想次郎があの時、何気なく口にした言葉が一番しっくりきた。
『これはゲームだ』。
そう、例の感覚は現実世界でコントローラーを操作し、ゲーム内のプレイヤーを操っているあの感覚に近いと想次郎は思った。自分でありながら自分ではない。人が死のうと自分が死のうと何とも思わない。当然だ、ゲームの世界は現実世界とは全く別、偽りの世界なのだから。
しかし〝不屈の指輪〟の効力がない今、想次郎はそれが酷く恐ろしいと感じている。
次に指輪を使用した時、使用しなければならない局面になった時、恐怖を忘れた時、恐怖を忘れなければならなくなった時、果たして自分は無事でいられるだろうか。
恐怖を忘れることが怖い。恐怖を忘れさせるこの指輪が……。
「はは……」
恐怖を取り去る指輪に恐怖を感じるだなんて、何て皮肉だと想次郎は自嘲気味に笑った。
「何をニヤついているんです? 気色悪い」
傍らのエルミナが想次郎の様子に気付き、怪しいものを見る目を向ける。
「な、何でもありません! はは……」
想次郎はそう言って誤魔化し、指輪をポーチのなるべく奥へと押し込んだ。
「いやらしい妄想は程々にしてください」
エルミナは両手で自身の身体を隠すように覆った。
「だから、違いますって!」
------------------フレーバーテキスト紹介------------------
【魔法】
聖属性C2:エラミナル
対象の生命力を最大値の1/4数値分回復する。
その聖なる魔力は他の魔法属性にはない温かさを帯びている。その魔力は包まれた者の傷を癒すばかりでなく、苦難へと立ち向かう活力を漲らせる。再び立ち上がるには肉体の回復だけでなく、同時に精神の癒しも必要なのだ。
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