第54話
「ほら! 早く抜かねーと、そのまま死んじまうぞっ!」
想次郎がいくら必死で考えを巡らせようとも、目の前の相手は親切に待ってはくれない。シナリスは地面を蹴って機先を制すると言わんばかりに想次郎に急接近すると、今度は剣を縦方向に振り上げる。
「ま、まって! 僕はっ!」
「うるせー!」
想次郎は殆ど反射的に双剣を手にし、刃を交差させる形で長剣の一撃を受ける。
終始酷く怯えた様子にも関わらず三度目の攻撃も防いでみせたことにより、両目を見開き僅かに当惑を露わにするシナリス。
しかしすぐさま、両手を塞がれてがら空きとなった想次郎の腹目掛け、蹴りを繰り出した。蹴りが飛んでくるとわかった想次郎は両の刃で挟んだ相手の剣を横にいなし、そのままの勢いで身体を半身に逸らすことで躱す。
対するシナリス、蹴りを躱され態勢を崩したものの片足で何とか踏み止まり、片手を剣の柄から離すことで間合いを伸ばすと、そのまま振り向きざまに遠心力任せの一撃を放つ。
が、想次郎はすれすれの所で上体を逸らし、またも躱してみせる。
体制を立て直したシナリスは、諸手に持ち変えた剣を今度は想次郎の頭上から斜めに切りつける。重心が追い付かず、躱し切れないと悟った想次郎は顔の横で両の剣を構え、その渾身の斬撃をも受けきった。
顔の間近で受けた刃同士がぶつかり、鈍い金属音が想次郎の片耳で鳴り響く。
「はっ!」
シナリスは満足そうな笑い声を上げると攻撃を止めて剣を引き、ゆっくりと後退して一度想次郎と距離を取る。
想次郎は最後に剣を受けた構えのまま、荒い呼吸を続けながら動けずにいた。
直後、想次郎とシナリスの攻防に息を飲んで見入ってしまっていた観客たちが、思い出したかのように声を荒げ、会場内を怒声で埋め尽くす。
当人の心理状態とは裏腹に、明らかに弱そうな少年が見せる俊敏な動き、決闘場の真剣師たちの輿望を担うシナリスとの目にも止まらぬせめぎ合いに、観客たちはすっかり熱が入ってしまっていた。
想次郎はようやく攻撃を受けた時の構えを解く。
耳の奥では未だ金属音の残響が鳴っている。相変わらずの吐き気は収まらない。汗が出ているにも関わらず、身体中が微かに寒気を感じていた。温度のない何かが体中の血管を巡る嫌な感覚が絶え間なく続く。
「はっ…………」
シナリスは想次郎の様子を眺めながら再び笑い声を上げる。
「ははははははははっ!」
狂ったように笑い続けるシナリス。
「いいねぇ! お前!」
「もうこれで……」
「気が変わったわ」
「え?」
一瞬何を言われたかわからなくなる想次郎。
「気が変わった。お前と本気でやり合いたくなった」
「え? あ……、え?」
「今回の分け前がなくなるのはいてーが。俺をその気にさせたお前が悪い。ちょっと付き合えや」
(どういうこと……?)
はっきりと言葉を聞いた筈の想次郎は、しかし未だシナリスの言葉を受け入れられずにいる。
(本気で戦うって……こと?)
想次郎は信じたくなかった。
(八百長なんかじゃなく……、フリなんかじゃなく……、本当の殺し合いをしろって……こと?)
想次郎は理解ができなかった。何故こうなった。
想次郎は頭で先程のシナリスの言葉を反芻する。「俺をその気にさせたお前が悪い」。
お前が悪い。お前が悪い。お前が――。
「僕が……悪いの……?」
その弱々しい涙交じりの声は酷く震えていて、誰の耳にも届かない。
「僕が悪いの? 僕が……? 僕が何をしたって言うの?」
そう口に出しつつも、想次郎は自覚していた。欲をかいてあのような怪しい話に乗らなければ。エルミナの忠告を潔く聞いていれば。全ては自身の所為だと。
しかし事ここに至ってはどうしようもない。それ以上に相手は待ってはくれない。
「おらぁっ!」
「うわぁ!」
無情にも再開されるシナリスの攻撃。頭上から襲い来る縦振りを想次郎は横方向へ飛び退き、躱す。しかし、勢い余って肩から地面に倒れ込む。
「何をわけわかんねーこと言ってんだ。おら、掛かってこい」
すぐに膝を付いて起き上がるが、震えは止まらない。視界が揺れる。意識を保とうと噛みしめると乾いた砂の味がした。
想次郎は揺れる視界の中で妄想していた。
平凡な高校生がある日突然異世界転移して、何かをキッカケに覚醒し無双するような話。
おきまりのテンプレ展開。
もしあれがテンプレなら覚醒するタイミングは今この瞬間をおいて他にない。そう信じて。
「だってテンプレだよ?
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【魔法】
風属性C3:ファルテ
対象一体へ風属性大ダメージを与える。
妖精族エルフの里に伝わるとされる魔導書に記される秘伝の魔法。極限まで圧縮された風属性を帯びた魔力は真空の刃となり対象を切り裂く。その高速かつ不可視の刃を避ける手立てはない。
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