第79話:ザカールとミラベル
「あれで生きてるってんですか……」
団長室で業務をこなすブランダークから報告を聞いたトランは、半ば絶句してつぶやいた。
ブランダークはちらとトランを一瞥し、すぐに視線を手元の書類に落とし言う。
「だから困っているのです。……賢王ですら、ついに倒し切ることができなかった怪物。それがザカールなのですから」
上司となっても、ブランダークはあいも変わらず丁寧な口調と態度を崩さない。
ああ、本当に彼はこういう人なのか、と小さな敬意を抱いたのは、もう随分前の話に思えてしまう。
ブランダークと最初に会ったのは、妻と結婚するずっと前、二人だけで冒険者になろうと故郷の村から飛び出してすぐだったと記憶している。
トランは、決して裕福な家の出では無い。
だが、妻は違った。
村の地主の、愛娘なのだ。
裕福な暮らしは、約束されていたようなものだ。
だのに、トランはそんな彼女を冒険者などという――夢しか無い仕事に引っ張り出してしまった。
トランは後悔しているのだ。
彼女の幸せを、奪ってしまったかもしれない――。
だが、全てがそうかと思えば嘘になる。
親が決めた、結婚相手。評判は決して良いわけではなかった。貴族でこそ無いものの、多少の富と権力を得たドラ息子。
よくある話だ。お前の気にすることではない。
そう必死に言い聞かせ、逃げるようにして村から出る言い訳として、冒険者になるなどと御大層な夢を掲げたのだ。そして情けなくも最後にひと目会いたいと、言葉を交わしたいと甘い考えを起こしてしまった。
別れの際に彼女が儚げに微笑み、
「さよなら、トラン」
と言った時、トランは彼女の腕を掴み、言ってしまったのだ。
「一緒に、行こう」
と。
心から喉を通し出てしまった言葉は飲み込めず、トランはどうして良いかもわからず強引に彼女を抱き寄せてしまったのだ。
そうして、二人で逃げるように村を出、[城塞都市グランリヴァル]の冒険者ギルドにやってきて――。
同じ日に、ブランダークも冒険者になったのだ。
それが縁で、トランたちはパーティを組むようになった。
ブランダークのような壮年の男性が新米冒険者になるというのは基本的に良い目では見られない。
だが、不思議な高貴さのようなものがあり、トランは彼の素性の詮索こそしないものの、ブランダークの人となりを信じたのだ。
それがまさか、元神殿騎士の団長であり、王家の剣術指南役すらもやっていたのだから、世の中はわからないものだ。
ふと、トランは団長室の窓から彼方に見える、白亜の塔に視線をやる。
それに気づいたのかはわからないが、ブランダークが言った。
「ミラ殿は――ああいや、ミラベル姫は友人に恵まれたようですなぁ」
「ええ、本当に。……テモベンテ家のお嬢さん、相性悪そうな気がしてましたけど……」
「ん……? ああ、トラン殿は――そうか、そういえばそうですなぁ」
「――?」
トランは思わず首を傾げる。
ブランダークは懐かしげに言った。
「似ているのですよ、カルベローナ嬢は。ミラベル姫の……孤児院の義姉君、ジョット・スプリガン殿と」
と。
※
灰色の空の下、同時に〝雷槍〟が撃ち放たれた。
が、〝雷槍〟は互いの[霊体]をすり抜け、四散するだけだ。
対峙するザカールが笑った。
『[霊体化]は完璧なようだ。だが――それで私を完全に滅ぼすことはできない。互いに干渉できぬこの状態で、お前はどうやって私を殺そうと言うのだ?』
「な、に――」
うかつだった、この可能性に思い当たるべきだった。必死に状況を確認しながら、ミラはじわりと後ずさる。
今すぐ[霊体化]を解けば、逃げることは可能だ。
だが、カルベローナはどうなる。
彼女の[精霊化]は、どこまで完全なのだ――。
わずかでも自身の[魂]との繋がりが残っていれば、そこからカルベローナの[魂]を焼くことすらも可能なのだ。
ミラはもう一度心の中で、(迂闊だった、本当に――!)と己の不手際を呪った。
ザカールが、両手にバチンと〝雷槍〟を煌めかせ、続ける。
『どうした? [古き翼の王]の[司祭]よ。私の居場所を突き止め、こうして――』
だが、ザカールはふと何かに気づき、言う。
『ああ――二人いるのか。だが、大した魔力では無いな。驚異にもならん』
ぞわり、ぞわりと悪寒が強くなる。
カルベローナだけは守らなければならない。
この状況、カルベローナも見て聞いているはずだ。
だが、胸の内にあるカルベローナの[精霊]から漏れてくる感情は、恐怖と、それ以上に大きな強い意志だ。
ミラは心の中で、『馬鹿野郎、逃げることを考えなさいよ!』と怒鳴るも、カルベローナの感情は変わらない。
また、ザカールの様子が変わった。
彼はそのまま首を傾げ、言う。
『待て。おまえたちは――』
ミラはゆっくりと後ずさり、あるはずも無い隙を懸命に探す。
だが、先にザカールが緊張を解いた。
彼はそのまま深くため息を付き、背を向ける。
『事故か、偶然か――覚悟も無くやって来たというわけか……』
そのままザカールは大地に手をかざす。
すぐに大地からスルスルといくつもの絡み合った蔦が伸び、編み物のようにそれは合わさり、蔦で作られた背もたれと肘掛け付きの椅子となる。
ザカールは蔦の椅子に腰を下ろし足を組むと、落胆した様子で言った。
『ビアレスの子らは、そこまで堕落したか――。ヤツは私の肉体を滅ぼした後、すぐに魂を封じにここにやってきたのだぞ? だと言うのに……』
逃げるのなら、今か――。
『無駄だ、ビアレスの血統。お前と私は既に、魂で繋がっている。お前の考えは手にとるようにわかる』
一瞬、ミラはびくりと肩を震わせた。
そんな馬鹿なことが――。
また後ずさり、懸命に逃げ道を探し、同時に胸の内のカルベローナの蛮勇に充てられたミラは思わず吐き捨てた。
「嘘つけ、馬鹿が」
『……ほう』
と、ザカールの仮面の奥の瞳がわずかに細まった気がした。
ミラは続ける。
「心が読めるなら、最初から勘違いなんてしなかった。――何が手に取るようにわかるだ、嘘つきめ。――お前、思っていたほど大したことは無いな?」
これは、ミラの強がりである。
くだらない挑発をしてしまったという後悔が先に来たが、咄嗟に思っていたことを口にしてからわかるものだってある。
そうだ、たしかにザカールはミラがここに来た理由を盛大に読み違えたのだ。
それは、事実のはずだ。
ザカールが、仮面の奥でかすかに笑ったような気がした。
ザカールは蔦の椅子の肘掛けに腕を預け、わずかに嬉しそうな声色で言った。
『賢い者は好きだ。――ああそうだ、その通りだ。この繋がりは、どちらかが一方的にできるものでは無い。私がお前の考えを読めるのなら、お前は私の考えを読むことができる。そしてできないのならば、私も同じだ』
「……付き合っていられるかッ」
短く吐き捨て、ミラは胸に手を充てカルベローナの[精霊化]の状況を確認していく。
『まあ待て。お前の内側にいるもう一人の[精霊化]。――ブレているのでは無いか?』
惑わされるな、ザカールはそういう相手だ。嘘で塗り固め、相手を惑わす。
『不安だな? 今、お前の[霊体化]を解除した結果、内側のもう一人が取り残されてしまうのでは無いかと。ああ――そうか、魔力の揺らめきを感じる。お前がそのもう一人を連れてきたのは良いが、完全な意志の疎通はできていないのだな? わかるぞ、[精霊化]を覚えたばかりで、禄に練習もせずに、来てしまった。そしてお前は逃げたい、もう一人は――さて、私を倒すか、あるいは少しでも情報を引き出そうとしているのか……ともかく、意見が割れている』
ばくん、ばくんと心臓の鼓動だけが大きく聞こえる。
カルベローナの[精霊化]の確認には時間がかかるのは、事実だ。
完全にできているかどうかを確認するということは、何度も何度も、異常が無いことを確認しなくてはならないということだ。
彼女に限っては、万が一があってはならないのだ。
それは即ち、ザカールの元に置き去りにしてしまうということ――。
しかし、と思う。
胸の内側のカルベローナは、まだ熱い意志を滾らせている。
一瞬カルベローナの記憶が流れ込むと、そこに血まみれの長男の姿を見、ミラは息を呑む。
『不安だろう、恐ろしいだろう。だが、私は知識の探求者ザカール。お前が私の知らぬ知識を差し出すというのなら、私もさしだそう。一問一答だ。お前の望む知識を、私は持っている』
カルベローナの思いが溢れそうになると、ミラはぎゅっと胸を強く抑え思う。
駄目だ、カルベローナ。それではザカールの思うツボだ。
――兄の意識が、まだ戻っていない。
だけど、カル……。
――エミリーの家族を殺したのが、誰なのか……! ザカールで無いのなら、敵は! 内側にいる……!
バチン、と何かが爆ぜた。
はっとし見やると、空の色が灰色から漆黒へと変わり、かすかに吹いていた奇妙な風が完全に静止する。
ミラはしまったとばかりに呻いた。
「〝次元凍結〟――!」
無詠唱で空間に鍵をかけられたのだ。
無論、[霊体化]が完全ならば驚異にならない。
ただこの魔力の上辺で作った[霊体]を捨てて戻れば良いだけなのだから。
しかし――。
ザカールが笑った。
『座りたまえ、ミラベル・グランドリオ。それとも試してみるか? もう一人を捨てて』
見れば、ミラのすぐとなりにも、ザカールと同じように蔦が生え、やがて背もたれと肘掛けがついた蔦の椅子となっていた。
「……お前が、無事に返すという保証は無い」
敵だろうが、お前は――。
苛立ちを込めて言うと、ザカールはまた楽しげに笑った。
『いいや、ある。――グランドリオ、この世で最も価値のあるものはなんだと思う?』
「答えてやる道理は無いと言った。お前は――」
『誤解があるようだ。私は、無駄な人死は出さない主義だ』
「顔も見せない相手が良く言う。お前が手引したハイエルフ、イカれた教団、どれだけの被害が――」
するりと、ザカールは仮面を脱ぎ去った。
どこか神経質そうな、しかし強い意志を感じさせる青い瞳がミラをまっすぐに見据えている。
思わず息を呑む。
これが、敵――。
かすかに薄くなった頭髪はほぼ白髪となっており、その老いた顔にはいくつもの傷跡が刻まれていた。
その老人、ザカールは薄く笑って言った。
「私は、ただ知識を追い求めているだけだ。私の知らない、想像もできない知識を――。座りたまえ、グランドリオ嬢」
一瞬、ミラは迷った。ザカールの言うことは――ザカールは、まやかしの魔人だと歴史にも記されている。何が嘘か、本当なのかが、全くわからないのだ。
真実に嘘を織り交ぜてくる相手なのだ。
だが、ザカールがひたすらに知識を追い求めているというのが事実だとも、ビアレスらが残した書物に記されているのだ。
ただ貪欲に、集め続けていると。
一度ミラは蔦の椅子に視線を落とし、ふと思い出す。
それは、義姉の言葉だった。
――なんだか良くわかんねぇ時はなミラ。とりあえず虚勢をはれ! のまれんじゃあねえぞぉミラよぉ! そんで考え続けろ! 活路はあんだろ! たぶんな!
がさつで、優しくて、乱暴で、芯があって、真っ直ぐな、ミラの大切な人。憧れの人。生き方を教えてくれた人――。
どくん、と心臓の鼓動が強く鼓動し、ミラは前を向き、べっとツバを吐き言った。
「座らねえって最初に言ったろうが! 頭イカれてんのかテメェはよぉ!」
そう言った声は、震えていた。汗がじとりとにじむ手でぎゅっと拳を作り、ミラは一気にまくしたてる。
「テメェがあのわけわかんねぇバケモン召喚したせいでどんだけ被害出たと思ってんだ!? あぁ!? それで、テメェはなんだ、無駄な人死はしないだぁ!? だから信用されねぇんだよカスが!」
だが、ザカールはどこか嬉しそうに口元を緩め、ゆったりと蔦の椅子に背を預け、言った。
「ビアレスのようなことを言う。――ヤツもそうだった」
その口ぶりにミラは苛立ち、続ける。
「テメェいくつだ? なぁ、爺さんよ? テメェ今年でいくつになんだ? 千は越えてんだろ? よくもまぁ馬鹿みてえにビアレスビアレスと固執してくれてるよなぁ? イカれてんのか? それともただの餓鬼か?」
「今年で二千歳ほどになる。――だが、お前の言うことも最もだ」
「あぁ――?」
ザカールはおもむろに次元魔法を使い、一振りの杖を取り出した。
そのままザカールは杖をミラの足元に投げ、言った。
「まずは、こちらが誠意を見せなければなるまい」
それは、[八つ星の杖]と呼ばれる、全属性を宿す宝具だった。
[魔術師ギルド]も、[冒険者ギルド]も長年をかけて追い求めている最古に秘宝の一つ。
豪邸どころか地方ならば街一つ買えるほどの値段がついている、古代の遺物が、こんなところに――。
しかし、ミラは言った。
「馬鹿か? 罠だろうが」
「その杖に、細工を施すことが不可能なのは知っていよう」
「昔はな? で、千年間引きこもってたカスのてめぇはどうなんだ? その間にできるようになってるかもしれねえだろうが。マジで馬鹿か? ああ?」
「ならば、贈り物としてお前の好きにすれば良い。アークメイジの元で調べさせようと、封印しようとな」
「いらねえっつったろうが。話聞いてんのか? ボケてんのか?」
「だが、疑うのは最もだ。とは言え――困ったな。ビアレスのやつも、結局そうだった……。最後まで私の同志にはなってくれなかった」
ザカールはふむと顎に手を当て、語りだす。
「私はな、グランドリオ嬢。知恵の――あるいは[ビューティーメモリー]と呼ばれている[ビアレスの遺産]を探している」
ミラは舌打ちをして、もう一度ベッとツバを吐き出した。
「てめぇ話聞いてねえな? つーか知らねえよそんなもん。ビアレスが本当に関係してるのかもわからねえもんを、決めつけて、頭イカれてんのか?」
「関係しているとも。千年前には無かったものだ。私が封印されていた間に、ヤツが何かを隠した。ヴァレスの言うことは――ふふ、そうだな。正しい。私はビアレスの作ったこの世界に、興味がある。……私がこの手で成し遂げなければ、もう無理だと思っていた。だがそうでは無かったのだ。あの――友人すらも使い捨てる冷徹な男が、成し遂げたのだ。だからこそ、今私は我が宿敵の残した[遺産]が何なのかを知りたい。――ああそうだ、私が最後に死んだ時の話をしようか? どうやって殺されたのか、未だにわからないほど見事な手際だった。まさか、ベルヴィンほどの才を捨て駒にしてみせるとは……」
「ベル――?」
彼の名は、正直あまり聞かない。
逸話が残されていないのだ。
ドラゴンの討伐数も、ガラバの千超えから大きく引き離されて五百程度。
――ザカールは、何かを知っている。
現代に伝わっていない、何かを。
あるいは興味を誘うためのブラフか。
ミラは湧き上がった疑念と知識欲を抑え込み、ただ聞くべきことを聞くに務める。
「……[遺産]を知って、何がしてえ」
「――別に、何も。ああいや、あえて言うならば……そうだな、その[遺産]を世界中に広めたい」
「……わけがわかんねぇ。何なんだテメェは――」
「ただ知識を求めてると言ったはずだ。――良いか、グランドリオ嬢。ビアレスの血統。知識とは、全ての人々が知っているからこそ意味がある。未知が知れ渡り、常識になった時、新しい発見の始まりとなるのだ。それを繰り返すことで、技術は進んでいく。ビアレスは、私の知らない知識を世界に広め、私に打ち勝ったのだ」
「だから! 何がしてえんだよ……!」
「何も、と最初に言ったはずだ。私はその先を見たいだけだ。導くのは、もはや私でなくとも良い」
「それを、どう信用しろってんだ……」
「私の目標のためには、大勢の人の知識と知恵が必要ということだ。それをむざむざ、この私が奪うと思うか?」
「……ああ、思うね」
「ほう」
「さっきからテメェは、人がどうとかこうとか、ご丁寧に御高説タレてなぁ……。で、なんだ? 結局人を数でしか判断してねえじゃねえか」
それが、ザカールの本質だった。
なるほど、たしかにザカールは人と言う種に敬意を払っているのかもしれない。だがそれは、ミラがカルベローナを想うような、義姉を想うような、誰かに対する敬意では無いのだ。
全てが、他人事なのだ。
彼が愛し、敬意を払っているのは、あくまでも人と言う種族でしかないのだ。
全を愛し、個を蔑ろにしているのだ。
ザカールがにたりと口元を歪めると、「ああ、そうだな」と低く述べ、ゆっくりと仮面をつけ直す。
そして、ザカールは言った。
『数さえ揃っていれば、それで良い』
「……くっだらねぇ」
短く吐き捨てると、ザカールは笑う。
『だが、お前もそうなる』
「ああ?」
ザカールは静かに、まるで幼子に言い聞かせるような口調で言う。
『お前もまた、私と同じく、これから永遠の時を生きるのだ。その覚悟は、できていないようだが』
ミラは、一瞬言葉をつまらせる。
だが、すぐに友人たちの顔が思い浮かぶと、ミラは真っ直ぐにザカールを見据え言った。
「テメェのようにはならねえ」
しかし、ザカールも言う。
『なるとも』
ミラは舌打ちをして、
「本当にムカつくやろうだ」
と吐き捨てた。
だが、なおもザカールは言う。
『想像力が無い。お前は今、友人の、仲間の顔を思い浮かべたな?――いや、それは別に良い。私もそうだった。だがな、グランドリオ。永遠の時を生きるとはどういうことなのか、理解していないようだ』
ザカールはゆったりと呼吸し、言った。
『お前の言う素晴らしい友人など、百年も経てば誰も残っていない』
それは、定命とそうでないものの現実である。
しかし、とミラは思う。
そんな問題は、エルフと人の関係でとうにわかっていることなのだ。
それを今更言われたところで――。
『想像しろと言った。――お前の友人は、さぞ良き友なのだろう。それは別に良い。お前がそう思うのなら、そこに異論はない。だが、やがてその友人は、子を成すだろう。……その子も、良き子であるとこまでは認めよう。お前が、その子をあやすこともあるだろう。家族のようにも接するだろう。だが、更にその次の子は? そしてその次は、どうなる。全ての血統が、良き者であると断言できるのか?』
その言葉は、ミラを惑わせた。
「何が、言いたい……」
と呻いた言葉は、かすかに震えていたかもしれない。
――なぜ?
自問しても、答えは見つからない。
ただ何かを、恐れている。
ザカールは続ける。
『不思議なものだ。孫、ひ孫と離れても、面影はあるのだ。どうしても、友の姿を重ねてしまう。その子が赤子であった頃を、思い出してしまう。想像してしまう』
それは、どこか寂しげで、そして懐かしむような口調だ。
騙されるな、惑わされるな。
ミラはそう自分に言い聞かせても、その続きを待ってしまった。
ザカールが言う。
『友の、どこかの血筋の面影を持つ誰かが、私利私欲で弱者を貪ろうとした時、お前はどうする?』
どくん、と心臓の跳ね上がった気がした。
ザカールは少しばかり真剣な声色になって、もう一度問う。
『赤子の頃から知っている子が、やがて大人になり、邪に染まった時、お前は友の面影を持つ者を、殺せるのか?』
ミラは、何も言えなかった。
カルベローナの、遠い子孫。もしも――。
想像もしたくない。
それでも、いつか来るかもしれない未来。
ザカールは、言う。
『私は、殺せなかった。――もう随分と昔のことだ。結局あの子は、より多くの人々を殺し、最後は討たれ、死んだ。私が殺していれば、その後の被害は無かったものだ。殺された者たちの中に、別の友人の血筋もいた』
ザカールはそのまま、ミラに手を差し伸べる。
『無限の時を生きるとは、そういうことだ。――お前はそこにいるべきでは無い。私と来い。お前には、力がある』
「敵だろうが……」
だが、それはミラの言葉では無いのだ。義姉ならばこういうだろうという言葉を謎っているだけだ。
ならば、ミラは――。
ふと、ザカールは差し伸べていた手を戻し、仮面の奥で笑った。
『答えは急がない。時は、無限にあるのだからな。それに――』
ザカールは一度言葉を区切り、頬杖を突く。
『[精霊化]の確認も、終わったようだ』
それは、意識の外の言葉であった。
ミラは思わず固まり言葉を失うと、ザカールが続ける。
『私がどれだけビアレスと戦ってきたと思っている。お前のやり方は、熟知している』
「……亡霊が」
『二千年も生きていれば、こうもなる』
「そうかい」
『では、最後に贈り物だ。私の殺し方を、教えてやろう』
「何……?」
『贈り物だと言った。嘘偽りは無い』
「それを、あたしが信じると思うのか?」
『いいや、思わない。だが縋るだろう』
その言いぐさはミラを苛立たせる。
「わかったような口を聞きやがって」
『[司祭]の殺し方は知っているな? ビアレスは書き残しているはずだ』
それは、知っている。
正確には殺せないのだ。
[司祭]とドラゴン両方の魂を奪い、我が者とすることで擬似的に殺すということができるだけだ。
魂の上書き。
それだけが、唯一[司祭]を倒す方法なのだ。
『だが、同じドラゴンと契約した[司祭]同士は少し違う。私と、[古き翼の王]と、お前。だれか一人でも生きていれば、全員が不滅なのだ。だが、魂の根底の繋がりがある。……わかるな?』
「あたしがお前を殺せば、殺せる」
空が、少しずつ砕けていく。
ザカールの体が揺らぐと景色が消失していく。
『そうだ、お前が我が魂を殺し奪う、それが唯一の――』
「それで、あたしの内側から体を奪い取ろうって算段だろう?」
言うと、ザカールは笑った。
『それでこそ、ビアレスの血統だ』
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