第21話:乱戦
高速で飛来する物体がある。
直ぐ様状況を把握したメスタは、みるみるうちに距離が狭まる人影目掛け、内なる炎を燃やし、〝火・障壁〟の意味を込めた[息]撃ち放つ。
だが、人影からほぼ同時に放たれた冷気の竜巻で相殺されてしまう。
そのままその人影は着地と同時に体から巨大な衝撃波を放ち、メスタらを周囲の兵隊もろとも弾き飛ばす。
人影が言った。
『忌々しい竜人の小娘。お前の[息]は真似事に過ぎない』
「――リジェットか……!」
『すぐにお前も我がものとなる』
「何故――」
特別親しかったわけではない。だが彼の達成した依頼は数知れず、多くの冒険者たちから尊敬を集めていた。
貴族たちからの評判も良かったと聞いている。
それが、何故――。
同時に、微かな違和感を覚える。
それは、呼吸だろうか。言葉の節々にある息遣いなのだろうか。
これは、何だ――?
だが、メスタが問うよりも早く、風のように現れたリディルが長剣を振りかぶり、リジェットの背後から斬りかかった。
『――剣聖の娘! お前に、[ガラバ]ほどの力量が果たしてあるかな?』
――ガラバ。
千年前の英雄。[暁の勇者]たちに付き従った[暁の盾]の一人。[初代剣聖ガラバ]。
じわり、じわりと何かが……違和感が、形になっていく。
リジェットは再び先ほどと同じように一切の事前動作無く体から衝撃波を放つと、リディルの華奢な体が弾き飛ばされる。
だが、リディルはくるりと宙返りをし体制を立て直すと、再び大地を蹴りリジェットに迫る。
もはや、言葉を交わす段階は過ぎているのだ。
メスタはぎりと奥歯を噛み締め、両手剣を抜き去り、リジェット目掛け一気に駆ける。
リジェットはちらと背後のリディルを見、嘲笑った。
『やるな、剣聖の娘。だが、お前の剣技は良く知っている』
メスタが振り下ろした大剣を、リジェットは左手に持った杖を使って軽くいなし、そのままメスタの胴を蹴り飛ばす。
ごふ、とメスタの肺から空気が漏れ、高品質な魔獣革で作られた革鎧がきしむ。
そのままメスタは地面に叩きつけられるも、同時にバシンと手のひらを大地につけ、地続きで冷気の魔法をリジェットの足元向けて撃ち放つ。
リジェットは右手の火炎魔法でメスタの冷気魔法を防ぎつつリディルに向き直り、叫んだ。
『〝リディル・ゲイルムンド・ウィル・ディネイト〟!』
リディルの剣が届くよりも早く、リジェットから放たれた[言葉]が雷鳴となって響き渡る。
リディルの剣がびたりと動きを止める。。
メスタの背筋に、ぞわりと得体の知れないと悪寒が走った。
――私は知っている。
いや、恐らく世界中の人々が、誰もが一度は耳にしたことのある、この世で最も恐ろしく凶悪な[言葉]。
[暁の勇者]の物語に幾度となく登場する、最も邪悪で恐ろしい[古き翼の王]の――。
対象の名と、呪文から組み合わされる、[支配の言葉]。
ウィル・ディネイト。その言葉の意味するところまではわからないが、それこそが、[古き翼の王]が暗黒の支配者として世に君臨し続けた根源である。
歴史書に記されながらも、千年もの間誰一人として再現することのできなかったそれが、今、友人のリディルに――。
リディルの瞳が、ゆっくりとメスタに向けられる。
彼女はにい、と口元を歪め、笑った。
『〝メスタ・ブラウン・ウィル・ディネイト〟!』
身構える間もなくリジェットから雷鳴と共に放たれた[言葉]であったが……。
リジェットはため息を付き、首を降る。
『お前もか――。殺せ』
リジェットが興味を失い背を向けると、リディルが笑って答えた。
「はぁい。殺しまぁす」
※
投擲された無数の岩石が、黒竜に向けて降り注ぐ。
黒竜は内心で焦りを覚えていた。
これは、不味い。
とても不味いのだ。
ドラゴンの一体ならば、相手にならないことは先程はっきりとわかった。
だが、常に黒竜の上空で距離を取り続ける七匹は連携が取れており、黒竜の[息]に応じて同時に攻撃をしてくるのだ。
多勢に無勢とはよく言ったものであるが、それに加えて更に下方からの攻撃である。
――これでは……。
今、黒竜は十字砲火を浴びせられているのだ。
咄嗟に翼を羽ばたかせ、岩石と岩石の合間を縫うようにして回避していく。
ふと、投擲された岩石の一つに、一人の剣士が取り付いているのを目の端で捉えた黒竜は、一瞬固まった。
――あれは……。
その剣士が跳躍し、剣を抜き去り黒竜に斬りかかる。
首の後ろのミラが咄嗟に雷の壁を作り剣士を弾き飛ばし、驚愕して言った。
「――トラン……? トランが何でここにいるんです!? トランでしょう!?」
その剣士――トランは、上空から降下してきた一匹のドラゴンの背に着地すると、再び黒竜に狙いを定めた。
既に、下方で岩石を構えるゴーレムは百を超える大群と化している。
そのゴーレムに混ざり、友人のブロブを始めとする冒険者、正規の鎧を着込んだ騎士や兵士、ブランダークらの姿を確認した黒竜は、四方からの火球と岩石の雨をかろうじて回避しきり、声を荒げた。
「既に[支配の言葉]を受けているように見える! ミ、ミラ君、どうすれば良い!」
対処法はあるのか、回復方法はあるのか、それはこの世界の歴史である。黒竜には無い知識である。
だが、考えるよりも先に眼下のブロブが巨大な岩石を黒竜に向け放り投げる。
黒竜は反撃するわけにも行かず、かと言って上空に逃げようにも巧みな連携を維持するドラゴンたちに抑えられてしまっている。
黒竜は雷鳴と共に上空から放たれた火球の一斉射に向け、再び〝力場・障壁・無効化〟の[息]を撃ち放つ。
だが、そこから反撃に移るよりも先に下方からの岩石に対処しなければならず、防戦一方だ。
ミラが雷の矢を雨のように放ち、弾幕としながら声を荒げる。
「無理ですよ! [支配の言葉]は、意識の根っこを入れ替える[言葉]なんです! その主を、倒さない限り――」
「キミには効かなかった、何故だ!? そこに活路は無いのか!?」
叫びながら、[息]で加速し急降下と急上昇を繰り返す。
ミラが、ぎゅっと唇を噛み言った。
「わたし、は……」
眼下のゴーレムが五体がかりで巨大な岩を持ち上げる。
その岩にブロブが乗っているのを見た黒竜は、
「マ、マジか、ブロブ君……」
と戦慄した。
再び上空から六つの火球が降り注ぐのと、大量の岩石と同時にブロブが乗った岩石が黒竜に向けて放たれるのは同時であった。
黒竜が火球に向けブレスの障壁を張ると、二段ロケットの容量で岩石から跳躍したブロブが、その巨腕に持つ大きなメイスを黒竜の胴体目掛けて思い切り振り回す。
黒竜は咄嗟に〝強化・硬質化〟を発動させ、同時にミラが魔法で障壁を張るも、巨人族のブロブの持つ圧倒的な質量に打ち砕かれ、そのまま黒竜の体は殴り飛ばされた。
どぉん、と鈍い衝撃が甲殻を貫通して黒竜の体の内部にまで響き渡る。
黒竜はきりもみするように高度を落としながらもなんとか体勢を立て直し、上空から追撃するように降り注ぐ火球の雨の隙間を縫いながら、ミラが首の後ろにちゃんとしがみついてることを確認し、言った。
「くおお……め、めっちゃ痛かった……。ブロブ君強いな……! だが、距離は取れた!」
首の後ろのミラが、ぜえ、と荒い息を吐ききり続く。
「だけど、ここで引いたらこの数が皆に襲いかかります……! そうなったら、沢山の人が――!」
上空を旋回する六匹のドラゴンが、黒竜を逃すまいと追いすがる。
黒竜は、ここが分水嶺だろうと自覚していた。
もはや、避けられないのだと。逃げられないのだと。
ゴーレムたちが再び投石の準備に入る。
黒竜は上空のドラゴンたちを睨みつけ、決意を込める。
「もはや、同族とは思わん……! その可能性も捨てた!」
「ど、どうするんです!?」
「ミラ君には防御魔法を任せる!――確実に仕留めさせてもらう……!」
「え、ええ!?」
ミラが驚愕して声を荒げる。
「だ、だってわたし、防御って言ったってあんなたくさんの――」
「アークメイジの愛弟子だと聞いた! 後は任せる!」
黒竜は力強く羽ばたき、上空のドラゴンに向け加速する。
「ああ、もう! 知りませんよ! か、完全詠唱で行きますから!」
上空のドラゴンの口元から爆炎が漏れると、黒竜は、ドラゴン種との和解の道を捨て、低く呻く。
「――殺る!」
黒竜は今から、明確な意思をもって――自分の判断で、自分の意志で、殺すのだ。
恐怖を、決意で無理やり塗りつぶす。
覚悟が決まれば、概念は強固になり、黒竜の破壊の意思はそのまま力となる。
ミラが杖を両手に持ち、祈る。
「『原初よ! 闇から生まれし命が瞬く、その以前からある大いなるもの!
我は子、我は礎、我は原初の信徒である! 我が名を原初に捧げる!』」
景色を歪めるほどの圧倒的な魔力が、ミラの元に収束していく。やがてその魔力が黒竜すらも覆い隠し、青白い輝きを放ち始める。
黒竜ですら戦慄するほどの、圧倒的な何か。
同時に、下方のゴーレムから百を超える岩石が投げ放たれると、七匹の上空のドラゴンが同時に放った巨大な火球が矢となって黒竜に襲いかかった。
「『我が名、ミラベル・グランドリオ! 我は今、遠く原初の虚無となる!』」
黒竜の心の内を、明確な敵意で塗り固めていく。
自身が思う最も恐ろしく凶悪な攻撃をイメージしそれが溢れ出、翼の先から尻尾までが青白い閃光を放つと、黒竜はドラゴンに向け叫んだ。
「〝殺す・粘着・拡散・収束・
黒竜の口元から赤黒い輝きが矢のようにして撃ち放たれると、同時にミラが叫んだ。
「〝
黒竜とミラを中心にして、次元が分かたれる。
それは、音や光すらも届かない、次元の境界線である。
上空のドラゴンたちが収束させ放った巨大な火球を、黒竜の赤黒い矢が撃ち貫くと、火球は拡散し炎の雨となって降り注ぐ。
黒竜の赤黒い矢はそのままドラゴン目掛け加速し、回避しようとしたドラゴンの直前で爆散し、それは赤黒い嵐となって一帯のドラゴンたちに襲いかかった。
やがて一匹のドラゴンに赤黒い光の粒がベタベタと張り付いていくと、それは毒のように侵食し、広がり、ドラゴンの体を覆い潰すとそのままドラゴンは絶命し、墜落していく。
同じように赤黒い死の粒が一体、更にもう一体のドラゴンを屠っていく。
同時に降り注いだ炎の雨と投げつけられた岩石は、ミラと黒竜にぶつかる直前でぐらりとねじ曲がり、まるでそこに最初から誰もいないかのようにして黒竜たちの体をするりと透過し、地面に落ちていく。
ついに六匹目のドラゴンが力尽きると、迫る最後の一匹を見据え黒竜は力強く羽ばたき加速する。
「トラン君! かわいそうだが、少し痛い目を見てもらう!」
ブレスでは加減の仕方がわからない。黒竜は自らに再び〝頑強・硬質化〟を身にまとい、
「ど、どうするんですか!」
と叫ぶミラを無視してトランを背に乗せたドラゴンに体当たりを仕掛けた。
そのままトランは衝撃で弾き飛ばされると、攻撃に移ろうとしていたブロブとブランダークが地表すれすれのところでトランを慌てて抱きかかえる。
そのまま黒竜は残った最後のドラゴン目掛け、〝弱体・束縛・拘束〟のブレスを撃ち放つ。
みるみるうちに飛ぶ力を失い地面に叩きつけられたドラゴンを援護するように冒険者たちが前へ出るのを見た黒竜は、ようやく[支配の言葉]の対策を見出していた。
「概念を書き換えるだけなら、仲間意識はそのままのはずだ……! トラン君、怪我をしていたのなら手当してもらえよ――!」
冒険者たちは皆仲間意識が強い。
特に、同じ拠点で長らく活動を続けていたトランやブロブならばなおのことである。
故に、洗脳されていても彼らは仲間を見捨てない。
であれば、戦争でスナイパー使った、あえて殺さずに負傷させ仲間をおびき寄せる戦い方が通用するのだ。
「足場を崩させてもらう!」
黒竜は大地に向け、〝力場・破壊〟の[息]を連続して撃ち放った。
あっという間に大地は砕かれ岩山と化し、これでだいぶ時間は稼げるはずだと黒竜は野営地を目指した。
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