3月3日のクーデター

岡本紗矢子

ゴンとフータ

「ねぇ、ゴン。本当に行くの?」

「当然だ」

 暗闇の中、ゴン――と呼ばれた黒猫は、一番下の段に慎重に前足をかけた。相棒猫、茶トラのフータが、不安そうに後ろを振り返る。

「誰か来たらどうする?」

「何だよ、急にびくびくすんなよ」

 彼らの前には赤い布に覆われた階段みたいなものがあった。段のそれぞれに、猫には何だかよく分からない、ごちゃごちゃしたものが並べられている。そろっと最下段に上がったゴンは、次の段を攻略しようとして、ふさのついた黒い箱やら座卓みたいな平たい台やらをごろごろと落っことしてしまった。

「うわ、やっちゃった」

「知るか。さあ、どんどんいくぞ」

「ゴンが慎重なのって最初だけだね」

 呆れたように言いながら、そのくせフータは、ゴンがモノを落として作ったスペースにちゃっかり上がってくる。

 下から三段目に上がったゴンは、最上段を見上げて背筋を伸ばした。そこには手鞠のような丸い光に照らされて、金色の壁と小さな花――そして豪奢な衣をまとった人形が、威厳たっぷりに鎮座していた。

「ふん、偉そうなツラだよな、あいつら。名前もご立派だ、ダイリビナ」

「へー、外国の人みたいな名前だねぇ」

「だがフータ、ダイリビナは俺たちの敵だ。俺は、あいつらを引きずり下ろす。そのつもりできたんだ」

「え、そんなこと考えてたの? 何で?」

「何でって」

 ゴンはきゅっと目を細めた。

「フータ、知らないのか。3月3日はひな祭りにあらず――猫の日だ!」

「みゃっ?」

 高らかなゴンの宣言は、ぴんとこなかったらしい。フータはきょとんと首を傾げた。

「猫の日なら2月22日じゃ?」

「そうだ、222でにゃんにゃんにゃん、それも正しい。だがフータ、その法則で3月3日を読みかえたらどうなる」

「あー……『みゃんみゃん』だあ!」

 大発見に思わず喉を鳴らすフータ。ゴンは得意げに胸を張る。

「わかったろ。猫はみゃんみゃんとも鳴く――いやむしろ、みゃんみゃんこそが正当なる猫の声! だから、3月3日は、猫の日だ!」

「そっかー。なるほどー」

「だから――」

 ゴンは後ろ足に力を込めた。そして――強く踏み切った。

 淡いぼんぼりの光に、大きく跳躍し舞い上がったゴンの輪郭が浮かび上がる。

 残りの段を一気に越え、最上段の上空から、ゴンはダイリビナの頭頂部を捕捉した。


 そう、これは、ひな壇にあらず。今よりここは、猫壇になる――!


**


 どんがらがっしゃんという派手な音を聞いてすっとんできた飼い主は、三人官女を巻き添えに転がり落ちていくお殿様とお姫様、そして代わって最上段に鎮座する二匹の猫を見て固まった。

 クーデター成功――と、思ったのかどうか。並んで座る猫らの瞳は、それは誇らしげに輝いていたと、のちに飼い主は語っている。

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