夕刊紙の日


 ~ 二月二十五日(木) 夕刊紙の日 ~

 ※喧嘩けんかのそばづえ

  意味:関係ねえのにとばっちり




 古新聞

  新しいやら

   古いやら



 現在は普通じゃない昔の常識。

 それをこいつは、気にせず押しつける。


「なんだ、持ってきたのは十人しかいないのか?」

「今どき新聞取ってる家なんてすくねえって」


 俺の突っ込みに、やれやれと首を振った先生だが。

 それでもこの結果は想定の範囲内だったようだ。


「若い先生二人からも指摘されたが、そういうものなのだな。ここに持ってきているから、各自三枚ずつ取っていけ」


 先生の言葉を聞いて。

 すぐに席を立ったのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 腰まで伸びた飴色のストレート髪を翻して。

 俺の分も取ってくると優しい言葉をかけておいて。


 一枚半しか持ってこないってどういうつもり?


「三枚ずつ、六枚取ってこないでどうする」

「あ……。三ページと勘違いした……」

「そんな器用な真似できるわけあるかい」


 どうやって二人で分けるつもりだったんだよ。

 うすーく半分に割くつもりだったのか?


「あ、あと四枚取ってくる……」


 時に天才。

 時にバカ。


 その、バカの方が今日は絶好調なようだが。


 それでも惚れたひいき目なんだろうか。


 可愛く感じてしまうから恐ろしい。


「……あ。これなら英訳できそう」

「未だにあるんだな、四コマ漫画って」


 どこかの記事を一つ、英訳しろという課題に。

 搦手からめてから攻め込む気満々な秋乃のために。


 俺は二つの記事を選んで。

 英訳し始めたんだが……。


 おお。

 久しぶりに思い付いた。



 ここのところサボったからな。

 不意打ちになって、いいかもしれん。


 さあ、このネタを食らって。


 可愛く笑いやがれ!


「……秋乃」

「ん?」


 たった数文字のセリフを。

 必死に英訳してた秋乃が振り向いた先には。


 新聞で作った兜をかぶった俺のどや顔と。


 そんな兜の前立まえだての部分に貼り付けられた。



 折り紙で折ったクワガタ。



 カブトなのにクワガタとはこれいかに。

 そんなネタを理解するのにずいぶん時間がかかったようだが。


 ようやく意味が分かって、手をぽんと打つと。

 わたわたと鞄から折り紙を出して新聞を丸めていやいやいや。


「笑えっての」


 そしてあっという間に新聞でボディーを作り。

 折り紙でひれや目を付け足して、見事なサンマを完成させると。


 俺に向けてそいつを振って。

 兜ごと、頭をぽふん。


「いてえな。サンマ、秋の刀の魚だから?」

「秋乃の刀の魚……」

「いまいちだな。今日のは俺の方がおもしれえだろ」

「まだ分からない。いざ、尋常に勝負」


 そして大真面目な顔でサンマを正眼に構えたりするもんだから。


 危うく大笑いしそうになっちまった。


「まともに勝負なんかできるか。お前なんかこうだ」


 俺は急いで新聞を切って丸めて柵を作り。

 そこに火縄銃を三丁並べて足軽を退治する準備をしていたんだが。



 パンッ!!!!!



「どわっ!?」


 そんな間に、秋乃が作った紙でっぽうの風圧と音で。


 俺の陣と総大将を。

 まとめて床に転げ落とした。


「すげえ音! 耳、きーんなっとる!」

「ご、ごめんなさい……。信じられないほど大きな音が出た……」


 そうだ、忘れてた。

 新聞紙で作ると。

 めちゃくちゃでかい音が鳴るんだよな、紙でっぽう。


「おい、保坂」

「まったくお前は! 授業中だってこと分かってねえ!」

「おい! 保坂!」

「大体お前はいつもいつも!」

「立哉君……。先生が怒ってる……」

「え!? 聞こえねえんだよ! まだキーンってなってっから!」

「保坂!!!」

「…………名前呼んだのか? すまんがもっと大きな声で頼む」


 ほんとは。

 最初っから聞こえてる。


 でも、今以上にでかい声なんか出したら。

 先生が、他の先生に叱られるに決まってる。


 俺は聞こえないふりのまま。

 真っ赤な顔して震える先生を一瞥した後。


 平然と椅子に座りなおして。

 英訳の課題を再開した。



 ふっふっふ。


 完全勝利!



 負けを悟った先生は。

 大人しく教卓に戻って。


 新聞を一枚取ると。

 なにやら折り始めたんだが。


 負け惜しみに何をするのかと思っていたら。

 新聞で出来た軍配を。

 俺に向かって振りかざした。


「…………全軍、一斉発射用意」


 そんな号令に。

 一人残らず乗っかるお調子者ぞろいのクラスメイトたち。


 全員が紙でっぽうを構えた瞬間。

 先生は、軍配を振り下ろす。


「撃て!」



 バンッ! ババンッ! バン!

 バババン! バン! ババンッ!


「うるせえ!!!」


 ババンッ! バンッ! ババン!

 バババン! バン! ババンッ!



 なにやってんだ!

 両隣のクラスの騒めきが聞こえてくるレベルの暴挙!


 こんなことしてどう責任とるつもりだ?


 ……いや?

 そうか!


 この騒ぎを全部俺のせいにする気だな!?



「待て、鉄砲隊! 火縄銃をこっちに向けるな! 今すぐ廊下に出るから!」


 俺は急いで新聞製の白旗を作って。

 それを振りかざしながら席を立ったんだが。



 バンッ! ババンッ! バン!

 バババン! バン! ババンッ!



 こいつらお構いなしに。

 俺に銃口を向けやがる。


「立哉君!」

「おお、秋乃! なにかこの状況をひっくり返すアイデアが?」


 銃弾を避けながら駆け出そうとした俺に。

 秋乃が手渡してきたもの。


 それは。



 新聞で折った。

 巨大なカメラ。



「うはははははははははははは!!! 戦国を駆ける戦場のカメラマン!」

「め、目指せピューリッツァー賞」

「今は何時代なんだよ!!!」


 試しに、両端を引っ張ってみると。

 折り紙製同様、継ぎ目がぱかっと開いて。



 カシャカシャカシャカシャカシャ!



 中に入ってた携帯から連写音。


「うはははははははははははは!!! よくできてる!」

「こいつ、報道魂気取ってやがるぞ!?」

「捕まえて捕虜にしろ!」


 そして俺は。

 クラスの皆に追い掛け回されて。


 秋乃のカメラに凶行の一部始終を収めながら学校狭しと逃げたんだが。


 無下にも屋上で捕まって。

 データを全部削除されちまった。


「…………しょうがないから、文字にして新聞に投稿する?」

「だから、何時代なんだよ」


 そして俺は、掲揚ポールに張り付けにされたまま。

 もはや何きっかけで敵対したのかもわからなくなった連中から新聞製の槍で突かれ続けた。



 カシャッ



「…………消せよ、それ」

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