第23話
二十五、
「サラ殿におかれましては、ご機嫌麗しゅうーー」
麗人の貴公子は、物騒な
前に出ようとするサラを、ラムルは制した。
「お初に御目かかりまする。
のんびり、とでも形容したくなる口ぶりで、ラムルは
「そこまでです」
柔らかいが
「それ以上近づかれますと……」
「ご老人をお放しくださいませ!」
サラが叫んだ。彼女の肩を掴んだまま、ラムルが静かに訊いた。
「我々のあとを付いて来られたのですか?」
アガムがにやりと笑う。
「実は、サラ殿が御史台を飛びだして、お二人であの坊主頭のところに逃げ込まれたあたりからでして」
「そんなところから……」
ぞっとして、頚筋の毛がそそけ立った。アガムは、城内と
「黒獅子候ーーライゴオル様の命で、太守弑逆事件を追っているのですね」
「ええ、そうです」
ラムルの質問に、少年はあっさりと答えた。
「遺憾ながら、父上はいま大変追い詰められていましてね。〈サラ殿のお父上とハーリム医師を
「違うのでございますか」
サラがあえて挑発的に言い放った。
「さてーー」
少年は唇の端を、わずかに吊り上げた。
「
〈
「その方を放してください。関係ないでしょ!」
サラが重ねて懇願する。
「そういうわけにも参りませんなあ」
アガムは可憐に小首を傾げた。
「どうして……」
「だって、こうでもせずば遊んでもらえませんからね」
「なーー何?」
サラが理解不能という声を出す。が、ラムルはむしろピンとくるものがあった。
「無駄だ、サラ。この方は……事件のためにここに来たのではないんだよ。おそらくは……サラと決着をつけるためだ」
ラムルの言葉にアガムはたちまち破顔した。話が早いと
「立ち会っていただけますね。むろん真剣勝負ですよ」
無邪気そうな言いぶりだが中身は剣呑だ。今度は総身がそそけ立つ。
「いかん! 真剣ですと?
「お願いラムル。剣を頂戴。アガム様ーーいざ、尋常に勝負」
*
斬り合いは唐突に始まった。
するすると地を這う
これもかわしたサラは、横面を放った。アガムが受ける。切り返してもう一撃。かわすアガム。
二人はとも間合いを広げ、ぴたりと静止した。
「ずっと退屈だったんですよ」
油断なく構えながらアガムは
「
リオ老の
少年は独り言のように続けた。
「楽しかったのは、
少年の視線が、サラにひたと据えられた。
「また、お楽しみの時間です」
(冗談じゃないぞ)
ラムルは胸の中で吐きすてる。怒りがわいてきた。
二人とも、すぐには動かなかった。
アガムの剣先は拍子をとるように小刻みに揺れている。そこから無言の圧力が、ひたひたとさざ波のようにサラに打ち寄せていくようだった。
対するサラは微動だにしない。
今度も先に動いたのは、アガムのほうだった。構えをじりじりと変じると、半身になりながら刃を寝かせるようにする。
閃光は立て続けに二度、
だがーー弾かれたように吹っ飛ばされたのは、アガムのほうだった。サラは、二撃目をかわしざま身体を捻って横なぎの一撃を放ったのだ。
恐るべき速さの刺突は、通常
サラは膝を落として、その場にしゃがみこんだ。
「サラ!」
ラムルは思わず駆けよった。サラは肩で息をしていた。冷や汗で、髪が額に貼りついている。尋常でない緊張感であったのだ。
助け起こそうとしたラムルの手を借りずに立ち上がったサラは、少年の
「ーーアガム様」
少年は生きていた。サラは咄嗟に剣を返して、刃のない部分で少年のこめかみを打ち据えていたのだ。
うめき声が漏れた。びくり、と身体が動き、少年が震えはじめた。
警戒しながら、ラムルも近づく。
呻きと聞こえたのは、少年の含み笑いだった。苦痛に歪んだ赤い顔のまま、少年は
「ーーアガム様」
サラがもう一度声をかける。少年はようやく痙攣をおさめると、
「参りました」
サラを見上げ、少年は歯切れよくいった。
「完敗ですよ。あれを返されてはね」
そういってアガムは笑った。初めて見せる、少年らしい
「アガム様」
ラムルは少年に向かって跪き、礼をした。
「我らは、ガイウス様殺しの下手人を追っています。ですがおそらくそれは太守弑逆事件ともつながっている」
アガムがラムルを見つめ返した。
「あるいは我らは貴方の御父上と敵対するやもしれませぬ。そんな我らが申すのも異なことですが」
「……」
「
サラがこちらに訝しげな眼差しを送ってきたのはわかっていたが、ラムルは前言を撤回するつもりはなかった。
少年は意外そうな顔で、ラムルとサラを交互に見やった。が、やがてラムルの差しだした手を握りかえし、アガムは立ち上がった。
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