30 家族旅行二日目、そしてかくれんぼ二日目
ウサウサピョンピョンウサピョンピョンッ――
――旅館の目覚まし時計が鳴った音だ。この時間に起きるようにお父さんが設定したものだ。
目覚まし時計を見るとウサギのキャラクターが足踏みしている。うるさすぎ。
僕も両親と同じ時間に目を覚ましたわけだ。
寝ている時は苦しかったけど目が覚めたらあら不思議。体はすこぶる元気。
金縛り霊の力って本当にすごいな。毎回驚かせられるよ。
顔に残ってる柔らかい感触も思い出すだけで気持ちよくなる。本当なんだったんだろう?
カナちゃんとレイナちゃんにも教えてやってもらおうかな。
お母さんは腰を動かし腕を伸ばしてストレッチを始めた。
そしてお父さんはカーテンを開けて太陽の光を全身に浴びている。
「よしウサギ。朝食だ。朝食が終わったら今日は
兎園ってなんだ? 聞いた事ないぞ。
「なんだそんなボケーっとした顔して。もしかして兎園知らないのか?」
「うん。初耳」
「兎園ってのはウサギだけがいる動物園の事だ!」
ああ、名前の通りそのまんまなのね。ウサギの動物園って兎村に必要か?
野生のウサギだけで十分だと思うんだけど……
「ウサギちゃんは兎園初めてよね〜。楽しみね〜」
「あはは、た、楽しみだな……」
お母さんの優しい声を聞いてついつい嘘をついてしまった。本当は楽しみじゃない。
動物園ならまだしもウサギしかいないウサギだけの動物園だ。
そりゃお父さんとお母さんは楽しみかもしれないけど僕はそうでもないぞ。
僕たち家族は朝食を済ませてから兎園へと向かった。
家族旅行2日目はウサギだけの動物園――兎園だ。
ウサギの着ぐるみを着たマスコットキャラクターが何匹も出迎えてくれた。
そのキャラクターはショーやパレードなどをしていた。
動物園というかテーマパークって感じだ。アトラクションもいくつかあって思いの外楽しい。
もちろん兎園にいるウサギ達も見たけど野生のウサギとほとんど変わらない。
違いがあるとすれば少しお上品に見えるところくらいかな。
選ばれたウサギだけが兎園のウサギになるみたいな妄想しちゃったけど本当にそんな感じがする。
あとは服を着ているウサギとかショーで芸を披露するウサギもいた。
そんな感じで満喫した2日目を兎園で過ごした。
そして僕は今、露天風呂に入りながら兎園での出来事を振り返っていたところだ。
「さて、僕の2日目は兎園じゃない。ここからだ……」
ついつい独り言を溢してしまったが、露天風呂には野生のウサギしかいない。なので聞かれても問題ないだろう。
そのまま露天風呂を出て旅館で用意された部屋着に着替えた。
就寝時間までまだある。今夜のかくれんぼの下見をしておこう。
昨日は情けない姿を見せてしまったから、今日はかっこいいところを見せたい。
とりあえず旅館の全体図は頭の中に叩き込んだから、あとはあの3姉妹が隠れそうなところだよな……。
候補はいくつかある。それを今夜のかくれんぼで探しに行くだけだ。
兎園での疲れが就寝時間が近い事を知らせる。
そろそろ部屋に戻らないと……。
部屋に戻ると両親は疲れ切っていて眠っていた。
無理もない。もうすぐ60歳だもんな。それにしてもはしゃいでたな。
話し相手がいないので僕も静かに布団の中に潜るとしよう。
朝は金縛り霊のおかげで元気だったけど、兎園で遊んだおかげで疲労がかなり蓄積された。
ぐっすり眠れそうな気がする。金縛りにかかるまでは何も気にせずに寝よう……。
意識が暗い暗い闇の中へと吸い込まれるように消えていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
僕の意識が覚醒したのとほぼ同時に体が重く感じた。
重いというよりも拘束されて動けない感じだ。
いつもの金縛りの感じじゃない。何かがおかしい。目を開けて確認せねばな。
あ、そういう事か……。
「ウサギさんおはようございます」
「おにーさん! おはよー!」
「お兄さんおはよう」
金縛り霊3姉妹が僕の体に抱きついている。3姉妹で僕の疲労の奪い合いをしてる。
「だから姉貴、くっつきすぎだって」
「これくらいいいじゃないの」
「ダメだ。あたしのだ!」
これ以上は喧嘩になりそうなので、早いうちにかくれんぼの続きをしないと……。
「あの……疲労は終わった後にたくさんとってもらえればいいからさ、昨日のかくれんぼの続きを早くやろう……」
「お、今日は乗り気だな」
「あはは、昨日は情けない姿を見せちゃったからね」
なんだかヒナの様子が少し違う気がする。
なんて言えばいいんだろう。僕に少しだけ心を許したような感じかな?
眉間にシワを寄せて睨んでいた顔がなくなってる。可愛らしい女の子の表情って感じだ。
「もう少し栄養をいただきたかったのだけれど、仕方がないわね。始めましょうか」
長女のハナちゃんが残念そうな表情で立ち上がった。
ハナちゃんが立ち上がったのを見て他の二人も立ち上がる。
「きょーはフナがおにーさんを案内するー」
「ダメだ。昨日に引き続きあたしがついていく」
「それはずるいんじゃないかしら? 今度は長女の私が……」
また言い合ってる。なんか僕の奪い合いで悪い気はしないな。でもこれじゃ永遠と決まらなそうだ。
「ウサギさんは誰を同行したいのですか?」
豊満な胸を強調しながらハナちゃんが寄ってきた。他の姉妹にはないハナちゃんだけの武器だ。
ああ、そんなに誘惑しないでくれ。ハナちゃんと一緒に行きたくなっちゃう……。
でもダメだ。ここは公平に行かないと姉妹喧嘩が勃発してしまう……。
「ジャンケンで決めようよ。勝った人が今日一緒に着いてきて」
話合いじゃ絶対に解決しなそうなのでジャンケンで決着をつけさせよう。
「よっしゃいいぜ。ジャンケンだな」
「いいわよ。望むところ」
「フナ、ジャンケンまけないぞー」
よかった。ジャンケンで解決できるのが一番平和的だ。
このまま3姉妹はジャンケンを始めた。
ただ面白いことに3姉妹のジャンケンはなかなか決まらない。
3人同時に同じ手を出したと思ったら今度は全員違う手を出している。
姉妹だもんな。これは見てて面白い。面白いんだけど早く決着をつけてほしい。
そしてついに決着がついた。
「よっしゃーあたしの勝ちだな。お兄さん。今日もよろしくな」
昨日に引き続きヒナが僕の同行者になった。嫌がっていたはずのヒナだけど今日はすごく嬉しそうだ。
どんな心変わりだ。ヒナに一体何があったんだ。
「えーフナがやりたかったー」
「しょうがないわ。私たちは先に隠れてるわねー。今日こそはちゃんと探してね」
ハナちゃんとフナちゃんはそのまま部屋を出て隠れに行った。
フナちゃんは膨れっ面で不機嫌そうだった。次はフナちゃんを選ぶようにしよう。かわいそうだ。
ハナちゃんはやっぱり寂しげな表情がチラッと現れる。昨日も同じような表情をしてた。なんなんだろうか……。
「お兄さん。何考え事してんだ? そろそろ行くぞ」
「それじゃあ隠れそうなところを探しにって……ヒナくっつきすぎじゃない?」
一人で進んでいた昨日とは違いヒナは僕の腕を掴んで離さない。本当にどうしちゃったんだ。
「お、お兄さんが臆病者で泣き虫だからと思って掴んであげてるだけだ。別に深い意味はない。だからそんなにジロジロ見るな。早く行くぞ」
「はいはい。行こうか」
ははーん。今日のヒナはツンデレのデレが全面的に出ちゃってるのか。
もしくは甘えん坊キャラにシフトチェンジしたとか?
ああ、金縛り霊って全員可愛いんだな……。いや、訂正。オカマのユウナさん以外全員可愛い。
こんなにべったりくっつかれると緊張しちゃう。
でもそのおかげでお化け屋敷のような旅館の恐怖が少し和らいでいる気がする。
すごいありがたい。ありがたいのだけれど、とても歩きづらい……。
「お兄さん。もっとゆっくり歩いて」
昨日は遅いとか言ってなかったっけ? ゆっくり歩けって本当に別人みたいだ。
「いや、2人を早く探さないと、できれば今日中にでも見つけたい。って何してんの?」
探すのに集中していて気付かなかったけど、僕の腕に顔をめちゃくちゃすりすりしてる。
いや、なにこれ、ベタベタしすぎじゃない?
昨日までのクールでかっこいい感じはどこにいったんだよ。
「えへえへへ」
何かすごい嬉しそう。暗くて表情まではよく見えないけど絶対喜んでる。
「おっと。すまない。声が出た。忘れてくれ。先に進もう」
「う、うん」
おっ、クールな感じに戻った。
「えへ、えへへ」
いやいや、まだ声漏れちゃってるよ。1秒前に言った事と行動が全然合ってない。
なんなんだ? 情緒不安定か? 二重人格か?
もう気にしてる時間がもったいない気がしてきた。ヒナの行動は気にせず先に進もう……。
そのまま甘えるヒナを気にせず、あらかじめ下見しておいた姉妹が隠れそうな場所を見て回った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
隠れていそうな場所もそれ以外も結構探したんだけど、それでもハナちゃんとフナちゃんを見つけることはできなかった。
そこで僕は疑問が浮かんだ。
「あの、ヒナ。いくつか質問してもいい?」
「ああ、いいぞ。お兄ちゃ……お兄さん」
今、完全にお兄ちゃんって言いそうになったな。言い間違えたんだろな。聞かなかった事にしてあげよう。
そんなことよりも質問だった。
「2人が隠れてる場所って昨日と同じところ?」
「昨日と同じだ。変わってないぞ」
なるほど。隠れてる場所自体は変わってないのか。
「2人とも同じ場所に隠れてるんだっけ?」
「ああ、お兄さんの言った通り2人は同じ場所にいる」
「それってヒナが僕との同行を他の姉妹と交代しても同じってこと?」
「その通りだ。お兄ちゃん」
あ、最後はっきりとお兄ちゃんって言ったぞ。ちょっと照れてるし。可愛い。なんだろうツンデレの良さが分かった気がする。ってそんなことよりも色々情報が聞けたぞ。
このかくれんぼについて少し整理してみよう。
僕はなぜか金縛り霊3姉妹とかくれんぼする事になった。家族旅行中の4泊5日のうちに全員を見つけるのが僕の勝利条件だ。
ただし探せる時間は金縛りにかけられている2時から5時までの3時間もある。いや、3時間しかない。
隠れられる範囲はこのお化け屋敷みたいな旅館の敷地内。敷地内ってことだから庭園や露天風呂の外も含むってことになる。
それで隠れる場所は毎回同じで3姉妹全員がそこに隠れる。同行者は一人つく事になってるみたいだから実際には2人が隠れてるってことになるな。
隠れる場所が同じで姉妹はそこから動かない。なら最終日までに敷地内全てを探せば必ず見つかるはずだ。
2階建ての旅館で隠れられそうなところはほとんど見ることができた。あとはどこに隠れている?
まだ見てないのは受付の中とかだな。客が入っちゃいけないところだ。まさかそんなところに隠れたりしないよな……。でも探してないところといえばそういうところしかないもんな。受付とか流石に入ってもいいのだろうか?
「あの〜、もう一個質問! 受付とかって入っても大丈夫なの?」
「時間だ」
「へ?」
予期せぬ返事に腑抜けた声が出てしまった。
時間切れということはもう5時だ。3時間しっかり探すことができたから良かったけど、結局見つけられなかったんだ。意味がないではないか。
「もう……終わりか……部屋に……」
ああ、またこの感覚だ。意識が
床が冷たい。けどなんだろう気を失いかけてるのに耳元がうるさくて全然気絶しない……。
「えへえへへへうふっ。あぁお兄ちゃん。お兄ちゃん」
ああ、うるさい正体はヒナか……ってヒナさん、どうしちゃったの。すごい襲われそうなんですけど。というか怖い。
「ヒ……ナ……」
ダメだ。うまく喋れない。
「ハァハァ……お兄ちゃん。大丈夫だよ。あたしが優しくしてあげる……ハァハァ」
ひぃ、本当にどうしちゃったんだ。というよりもなんていやらしい声を出すんだ。ヒナの息もどんどん荒くなってるし。僕なにされちゃうわけ? 優しくしてあげるってなにするの?
「ちょっとヒナちゃんダメよ。独り占めはよくないわ」
「そーだ、そーだ! 部屋にもどそー!」
ああ、良かった。ハナちゃんとフナちゃんが来てくれたみたいだ。助かった。
「ひ、独り占めなんてするわけがないだろ」
「顔赤いわよ」
「ギクッ」
ああ、見たかった。ヒナの顔が赤くなるところを。どんな照れ顔なんだろうか。気になる。こんな時に限ってどうして僕は倒れてるんだ。
あれ? 足を掴まれてる感覚だ。もしかして……
「それじゃ早く部屋まで運ぞ」
「そうね。あのすごい栄養早く欲しいわ」
また足を持って運ばれるのね……。普通に持ち上げて運んでほしい。引きずらないで……。
「うぅぐ……うぅ」
きつい。まだ背中痛い……。足も引っ張られて痛い……。
「とーうちゃくー」
フナちゃんの明るい元気な声と同時にふかふかの布団の上に投げ出された。
「もっと……丁寧に……」
「大丈夫よ。痛いところ全部吸い取ってあげるわ」
「そういう……もん、だい……」
だからと言ってこんな運ばれからは却下だ。
「ところでヒナちゃん。ウサギさんの案内中に疲労バンバン吸ってたわよね」
「な、何言ってるんだ、姉貴……ほんの少し……す、少しだけだぞ。少しだけ……」
そうか。必要以上に顔を擦り付けたり腕を掴んで離さなかったのは僕の疲労を吸っていたのか。だからクールだったヒナはあんな感じになったって事ね。なるほど。
「ずるーい! 明日はフナがおにーさんの案内するー」
「じゃあ私は最終日にしましょう。いいわねヒナちゃん」
「うぅ、2回も同行できたから何も言えない……」
明日と明後日のパートナーが勝手に決まった。でも良かった。これで全員と一緒に行動ができるって事だ。それより早く疲労を吸ってくれ。
もう苦しくて苦しくて息が詰まりそうだ。意識がギリギリ残ってるこの感じはなんなんだよ……
「お兄ちゃん」
うお、またヒナがお兄ちゃんて呼んでる。そして抱きしめ方が強い。なんかめちゃくちゃ疲労が吸われてる気がする。すごい感じる。
「フナもーフナもー」
「うぐぇっ」
フナちゃんはまた僕の腹に乗ってきたな。視界がぼやけて見えないからいきなり飛び乗るのだけはやめてほしい。
「それじゃ私も」
「うぅ……ぅぅ」
く、苦しい。昨日と同じだ。なんだ。この顔の上に乗った柔らかくて冷たいものは……。
やっぱりおっぱいか。おっぱいなのか……。おっぱいだとしたらどんな体勢でハナちゃんは寝てるんだよ。
「「「…………ホヘーホヘー…………ホヘーホヘー」」」
3姉妹の寝息のハーモニーって事は寝たってことか……。なんか心地いいな。
ああ、寝息を聞いてたらだんだん意識が……。
僕の意識は暗い暗い闇の中へと消えていった。そして2日目のかくれんぼが終了した。
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