第90話 サラの帰還
クソウはずっと俺を見つめている。
俺もクソウを見て言葉を出す。
「う~ん・・よくわかりませんね、政治は。 ですが、既に起こってしまったことですし、中国が何とかするしかないでしょうね」
俺の言葉にクソウが本気で呆れていた。
「君ねぇ・・」
「クソウさん、それよりももっと大変なことがありました」
俺の言葉にクソウがギロッとこちらを見る。
「えっと・・中国の奥の方ですが、何か妙に人が亡くなったような感覚があったのです。 我々のようなタイプとは違う何かが動いたとしか思えません」
「人が亡くなった・・なんでそんなことがわかるのかね?」
クソウが聞く。
「えぇ、そういったことを感じることができるとしか言いようがありませんが、確実に起こったことです」
俺も理由は説明できない。
レベルがある程度出来上がるとわかるようになるとしか言えない。
クソウが少し面倒くさそうに聞く。
「で、どのくらいの規模の人間が亡くなったと感じたのかね?」
「はい、確実な数字はわかりませんが、100か200程度の人だと思われます」
俺の回答にクソウがため息をついた。
「はぁ・・たった・・といえば語弊があるな。 それなら中国軍の死者の方が数十倍、いや数百倍はいるだろう」
「えぇ、それはそうなのですが、何と言うか・・普通の人というか、狩られたようなというか・・」
俺も曖昧にしか答えられない。
「まぁいいだろう。 佐藤君、しばらくは自由にしててくれたまえ。 ご苦労だった」
クソウはそういうとソファ立ち上がる。
俺のところに山本がやってきた。
軽く俺に微笑むと話し出す。
「佐藤君、君の働いていた会社だが、我々の方で退職手続きはしておいたよ。 君の身分はフリーランスというか、クソウ閣下の秘書官付とでもしておいてもらうとありがたい」
山本が軽く告げるとクソウのところへ行く。
どうやら中国の関係についていろいろと会話を始めたようだ。
俺もスッと席を立って部屋を後にする。
クソウたちは俺の退出に気づいていないだろう。
・・・
何て言うのかな・・結構簡単に物事が運ばれるんだなと、俺は思った。
国という大きな組織の思惑で、一般市民には大きな出来事と思われていることがサクッと決まってしまう。
そういえば、祝日なんかも平気で移動するしな。
その日に意味があるのだろうと、俺が勝手に大事に思っていても関係ないようだ。
退職やら秘書官付やら、俺にとっては結構大きなイベントのように思うが、クソウたちにはどうでもいいのだろう。
複雑な気持ちだが今は考えるまい。
俺はそのままケンとリカのところへ向かう。
◇
<サラ>
サラはグァムの基地に戻ってきていた。
行った道を折り返してきた感じだ。
海の上でも平気で走れる。
また帰り道は中国軍に注意をしなくてよかった。
テンジンがかなりのダメージを与えたからだ。
グァム基地施設内の指揮官室の前まで来る。
時間は19時頃だろう。
ドアをノックして中へ入る。
コンコン・・
「サラです。 ただいま戻りました。 入ります」
サラはドアを開けて一歩足を踏み入れた。
入った瞬間にわかる。
重い雰囲気だ。
司令官が机に両肘をつき手を結んでいる。
その手を顔の前に置いてサラの入って来るのを見つめていた。
サラは入り口で軽く会釈をする。
「司令官・・ただいま帰還しました」
サラはそう報告をすると、その場で立ったまま待つ。
司令官はジッとサラを見つめたまま動かない。
ゆっくりと頭を左右に動かすとため息は吐く。
「ふぅ・・サラさん、中国で何があったのかね?」
司令官は無事に戻ってきたことに対する労いの言葉もなく、サラに問いただす。
「は?」
サラの予想していなかった質問だった。
転移者はどういった人物なのかと聞かれると思っていた。
「あ、はい・・中国では、帰還者がバッキンダック主席を倒しました」
サラは一応事実を伝える。
そしてゆっくりと司令官に近づいて行く。
サラの言葉を聞き司令官はゆっくりと下を向いた。
・・・
しばらくして頭を重そうに持ち上げると、サラを見つめる。
「サラさん、帰還者を調べるように指示した私の言葉を覚えているかね?」
「はい、もちろんです」
・・・
「ふぅ・・サラさん、こちらの情報によれば、何でも中国軍を撃破していったそうじゃないか」
サラは司令官の言葉に思わず反論する。
「そ、それはテンジンが勝手にやったことで、私は何もしておりません」
サラの言葉を聞き、司令官は首を横に振る。
「サラさん・・その帰還者だが、その者と一緒に行動したのだろう? ならば同じことだ」
「お言葉ですが司令官、私は本当に何もしていないのです。 中国軍の攻撃をテンジンが勝手に振り払っていただけです」
サラは必死に弁明を試みていた。
「サラさん・・わかっていないようだね。 私が言っているのは、そのテンジンだったかね? 帰還者によって中国軍が壊滅的な状況になったということだ。 君がやったのかどうかは問題ではない。 その場で居ればそれだけで容疑が出来上がってしまう。 物理的な事実を言っているのだ」
司令官は続ける。
「まさかこんなことなるとは思ってもみなかったよ。 これは戦争だよ。 それも一方的な・・国際社会から我々にどんな非難が浴びせられるか・・いや、それどころじゃない。 帰還者という人物がどれほど危険で・・はぁ・・軍事バランスを完全に崩してくれたよ・・」
司令官はサラに語っているようでもあり、つぶやいているようでもあった。
頭を抱えて苦しんでいる。
「し、司令官・・」
司令官は下を向いたままサラに言う。
「サラさん・・君の任務は終わりだ。 ご苦労だった」
司令官はそれだけを言うと、下を向いたままブツブツとつぶやいている。
「し、失礼します」
サラはそう告げると部屋を出る。
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