第5話 欲しい人気!出るか100倍か〇は〇波!
ここはとあるヒーロー事務所。中には、事務所に所属するヒーローとそのヒーローをサポートする事務員がいた。
「……はぁ」
ソファーに座る村田が、週間ヒーローマガジンを読んでため息をつく。
「また始まったか」と思いながら事務員の田中は、雇用主であるシャイニング村田こと、村田に声を掛けた。
「どうしたんですか?」
「これ、見てよ」
村田が手渡してきたヒーローマガジンに目を向ける。今週は『恋人にしたいヒーローランキング』が掲載されていた。
村田の名前は、番外編の『このヒーローと付き合うのは無理ランキング』の一位に載っていた。
そこには一位となった理由も書いてあった。
全身タイツがちょっと気持ち悪い。フルフェイスヘルメットがごつすぎる。不審者っぽい。経済力なさそう(コスチュームが安そうだから)。戦い方がちょっと無理。などなどが主要な意見として挙げられていた。
横を見ると村田は肩を落として落ち込んでいた。
「このコスチュームかっこいいのになぁ……」
「それはない」と田中は思った。コスチュームに関しては昔から田中も変えた方がいいと思っていたのだ。
だが、このコスチュームは村田がヒーローを始めた頃のお金が無いときに、スーパーマンや戦隊ヒーローのコスチュームを真似して自分で作ったものだと聞いた。
目を輝かせてコスチュームに対する思いを語る村田に、田中はコスチュームを変えようとは言えなかったのだ。
だが、これはチャンス。ここで提案すれば村田のコスチュームを変えることができると田中は思った。
「世間でもこういう意見が出ているわけですし、コスチュームを変えてみませんか?村田さんの活躍のおかげでお金もかなり貯まっていますし、ここらで新しいシャイニング村田に生まれ変わりましょうよ!」
「う~ん。でもなぁ……」
迷っている村田に田中は更に畳みかける。
「今年のヒーロー人気ランキングも最下位になっていいんですか!?」
田中の言葉が村田に突き刺さった。
「今回のランキングは行ってしまえば異性の中での人気ランキングの様なものです。幸い、年末のヒーローフェスティバルまであと半年も残っています。村田さん、言っていたじゃないですか。一度はヒーローフェスの目玉でもある人気ヒーロー賞の授賞式に参加してみたいって……。あの頃の気持ちをもう忘れちまったんですか!?」
田中の心の奥底からの叫びは村田の胸を打った。
「いつからだろうな……人気ヒーローになることを諦めたのは」
静かに村田が立ち上がる。
「いつからだろうな……怪人を倒せればいいと自分に言い聞かせ始めたのは」
村田の目に光が宿っていく。それは彼がヒーローを始めた頃の希望に満ちた目だった。
「違う。ヒーローの仕事は怪人を退け、人々に希望をもたらすことだ。人々に寄り添い、人々が頼りにできる存在になることが大事なんだ。田中さん、僕は変わりたい。力を貸してくれるかい?」
そう言って田中に手を伸ばす村田の姿は、輝いて見えた。
***
村田の大きな決意から一週間後、シャイニング村田ヒーロー事務所には珍しく訪問者がいた。
「こんにちは。私は全日本ヒーロー協会サポート課の佐々江と申します」
佐々江と名乗った女性はショートボブの黒髪に眼鏡をかけた美人だった。凛とした佇まいにビビっている村田は名刺を受け取った後に恐る恐る自分の名刺を差し出した。
「あ、シャイニング村田です。よろしくお願いします」
「お若いんですね……」
佐々江は目の前のおどおどした少年がシャイニング村田であることに驚いた。
「はは……よく言われます。あ、良かったらそこのソファーにどうぞ」
「ありがとうございます」
佐々江がソファーに座ると、すぐに田中がやってきてお茶と和菓子を佐々江の前に置いた。
「では、早速本題に入りましょう。今回はコスチュームを新調したいということでしたね」
「はい」
「本来、ヒーローのコスチュームは企業などがスポンサーとなって製作することが多いです。ですが、村田さんにはスポンサーがいないということでしたので、我々が製作させていただきたいと思います。ですので、製作するコスチュームに応じて金額を支払っていただきますがよろしいでしょうか?」
佐々江さんの言葉に村田は頷く。
ヒーローとは人気の職業である。そのため、多くのヒーローは企業にスポンサーとなってもらうことで、企業を宣伝する代わりにヒーロー活動を全面的にサポートしてもらうのだ。
それによって、戦闘で損傷したコスチュームを無償で直してもらったり、怪我した場合も企業が全面的に治療費を負担してもらうことが出来る。
だが、村田の様に人気の無いヒーローにスポンサーがいるはずもない。基本的に、スポンサーのいないヒーローは活動を続けるうちに金銭面で限界が来て半年もしないうちに廃業になる。
だが、村田は怪人討伐数が多く全日本ヒーロー協会から貰える怪人討伐報酬によりヒーロー活動を続けていくことができていた。
ちなみに、先日シャイニング村田と共闘した魔法少女などは正体を知られてはいけなかったり、彼女ら独自の力で変身し戦うことなどからスポンサーなどは基本的につくことは無かった。
「では、先ずはこちらをご覧ください」
そう言って佐々江さんが差し出したのはヒーローコスチュームカタログであった。
カタログの中には様々なコスチュームが載っていた。
「コスチュームには大きく分けて3つの部分があります。下地、装甲、装飾品です。現在の村田さんのコスチュームで言えば、タイツが下地、フルフェイスヘルメットが装甲、マントが装飾品に当たります。コスチューム製作は村田さんの要望を聞いていきながら、これら3つの部分を決めていくという形で進めさせていただきます。では、まずは村田さんがコスチュームに求める機能を教えてください」
「えっと、とりあえずかっこいい見た目のものがいいです。後、今のコスチュームをベースにできたらいいなと思っているんですけど……」
村田は赤面した。佐々江さんの説明に対して、自分の発言は何と幼稚なのだろうか。
しかし、佐々江はサポート課の次期エースと言われる若手の実力派だった。村田の発言から、村田が人気が無いことを気にしていると予測しすぐに頭の中で村田のコスチュームのイメージ図を作り上げ、それを紙に描いて行く。
「では、こちらはどうでしょうか?」
佐々江が村田に見せたコスチュームはシンプルでありながらかっこいいものであった。
白と黄色と黒の3色を使った全身タイツのコスチューム。上半身には稲妻のような紋様が入っていた。フルフェイスヘルメットではなく、アイマスクに変わっているという変更点はあったものの、マントも付いており、ほとんど村田の要望通りと言っていいものがそこにあった。
「凄い……!これですよ!村田さん!これにしましょう!これなら人気も絶対に出てきますよ!!」
村田の横で一緒に話を聞いていた田中が歓喜の声を上げる。だが、村田は満足していなかった。
「その……地味じゃないですか?」
田中は言葉を失った。
このコスチュームを上回るほど地味なコスチュームを今まで身に付けていたお前が何を偉そうに、と声を張り上げて言いたかった。
「と言いますと?」
しかし、佐々江が何も言わなかったため田中も何も言わないことにした。
「僕も個人的に調べたんですけど、人気のヒーローって翼が付いてたり、角とかギザギザが入ってたりして派手じゃないですか。このコスチュームにも稲妻のような紋様はあるけど、装飾品が少ないと思うんですよね」
村田の言葉に佐々江は険しい顔つきとなった。
田中はしまったと思った。
村田が陥っているのはコスチューム選び初心者によくある現象である。人気ヒーローの中には村田の言うように派手なコスチュームの者がいる。だが、シンプルなコスチュームの者も数多くいるのだ。
しかし、派手なコスチュームはより強く印象に残る。そのため、本来であれば多数派とは言えない派手なコスチュームを村田は多数派だと思い込み、人気ヒーローなら派手なコスチュームという勘違いをしてしまったのだ。
「村田さん。それは――「確かに、その通りですね」
田中の言葉を遮ったのは佐々江であった。
この時、佐々江はある悩みを抱えていた。それは作るコスチュームが地味だということだった。
佐々江は優秀だった。これまでに担当したコスチューム製作では見事にそれぞれのヒーローの戦闘を完璧に補助する性能をもったものを作ってきた。
更に、デザインに関しても無駄を無くしつつかっこよく、可愛くなるようにしてきた。実際に、それはヒーローたちの間では好評で会った。
しかし、彼女を嫉妬する同僚たちは彼女の作るコスチュームを地味だと言った。
そのことを彼女は気にしていたのだ。
「確かに、私のコスチュームは地味だったかもしれません。では、こちらのものはどうでしょうか?」
そう言って、佐々江が差し出したコスチュームは派手だった。信じられないくらい派手だった。
佐々江自身もちょっとやりすぎじゃないかと不安になるほど派手だった。
上半身は✖を描くように裸の上にベルトを巻き付けただけ、下半身はタイツ。更に肩回りには謎の車輪の様なものが付き、肩と膝と肘には棘の突いた装飾品が付いていた。
これだけでもやめてくれと叫びたかったが、背中には翼が付き、頭には角が付いていた。
「何ですかこれは……!」
村田は震えていた。
それを見て、田中は安堵した。流石の村田でもこれはふざけてると思ったのだと。
しかし、現実は非情である。
「めちゃくちゃいいじゃないですか!!」
田中の目から光が消えた。
だが、依頼者である村田に褒められたことで自信の無かった佐々江に自信が宿った。
もう怖いものはないとばかりに二人はヒートアップしていく。
「でも、この翼をドラゴンの翼にした方がいいと思います!ほら、子供ってドラゴン好きだから子供人気も上がると思うんですよね!」
やめろ。ドラゴンが好きなのは小学生男子と中2男子くらいだ。
寧ろ、女性人気は下がるぞ。
「なら、いっそのこと頭もドラゴンのマスクにするのはどうでしょうか?これなら村田さんのおっしゃっていたフルフェイスヘルメットに近づきますよ!」
やめろ。怪人に勘違いされるぞ。
後、似たようなヒーローがいるから!キャラ被るから!!
田中が思い浮かべているのは「タイガーマン」である。トラの顔の彼はトラのような超人パワーを使って戦う人気ヒーローの一人だ。
その見た目から初めは忌避されていたが、その優しさと得たお金を孤児院に寄付していたという事実から一気に人気ヒーローとなった。
田中の願いは届くことが無く、コスチューム製作の話し合いは終わった。終わってしまった。
満足そうに事務所を出て行く佐々江、コスチュームが届くのが楽しみなのか鼻歌まで歌っている村田。
それを見て田中は思った。
「もう、この事務所やめようかな……」
後日、正気に戻った佐々江から本当にこのコスチュームでいいのかという確認の電話が入ったが、一人夢から覚めない村田は「はい!よろしくお願いします!!」と元気よく返事をした。
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