第二十八話 元最強戦士自省する
いつもと変わらない昼下がり。
ジェイクは適当な台に座るとカードを差し込む。ジャラジャラと出てくる銀色の玉が皿に満たされるのを待たずにバーを少し回した。
弾き出される銀玉は、ピンの森を抜けると最下段穴へと吸い込まれていく。中央のチャッカー部分に入ればルーレットが回り、絵柄が揃えば報酬が出ると言うタイプの物。
しかし、チャッカー部に玉が入ることはなくみるみる内に持ち球は減って行き、10分もしない内に無くなってしまった。
ジェイクは舌打ちすると煙草にを食えわえて火を点ける。
目の前にあるビール瓶の中身はもうすっからかん。
無精髭の生えた顎を擦るとジェイクは立ち上がり店を出て行った。
そんな日々を三日ほど続けていた。
辞めてやると言って校長室を飛び出してから一度も学園には行っていない。正式に退職する手続きはしていない為に無断欠勤だ。まあ今となってはどうでもいいことであった。
これからどうするべきか、特にやりたいことなんてない。
人生の目標と言うような歳でもない。
そう思うと、若い頃はなにがやりたかったのだろうか。今思えば若い頃には、夢や目標と呼べるものがあったかどうかすらあやふやだった。
それくらいに日々を必死で生き抜いてきた。
30年以上も昔の話である。
当時は、数年後の自分達の未来なんてものを想像する、そんな余裕のある人間なんていなかった。
魔王軍の進行で人間達は死と隣り合わせの過酷な生活を強いられていた。
希望なんて物を抱く者は誰一人いなかった。
王国は最早死に体であった。
それくらいに魔王軍は強大で、その攻撃は苛烈な物だったのだ。
30年以上も前の話である。しかし、たった30年でもあった。
当時も変わらず昼間から酒を飲んでふらふらとしている大人は居た。
ジェイクはそんな奴らのことを心底軽蔑し見下していた。
大人は当てにはならない。役には立たない。ただ魔王軍の進行を、指を咥えてみているだけ。蹂躙され、奪われ、殺されるのを待つだけの日々。
ならば、自分が立ち上がらなければならない。大人達がなにもできないと言うのならば、自分と仲間達で……。
ジェイクは今になって気が付く。
あの時、昼間から酒を煽り現実逃避していた大人達が、なぜなにもしようとしなかったのかを。あんな大人にはならないと思っていたのに、だから戦うと決めた、だからこの世界を救うと誓ったのに。
今の自分の姿はあの時の大人達となにも変わらない。
いや違う。
当時の大人たちは戦ったのだ。戦い疲れ果てボロボロになった果てに、あんな姿になったのだろう。
当時の過酷な日々に比べれば、今の生活なんてぬるま湯そのものだ。
普通に生活していれば生命の危険を感じることなんてまずない。
奪われ、蹂躙され、殺される。そんな生活とは無縁の世の中だ。
それどころか、望めば、努力すれば、大抵の物は手に入るし、大抵の夢は叶う。
金持ちになりたい、有名人になりたい、あれをやりたい、これが欲しい。
自分の欲望を満たす為に、それ相応の努力をすれば叶うのだ。
自分はいつからこんな風になってしまったのだろうか。
戦争が終わってから無気力状態になり、なにも手につかなくなったという兵士が居るという話は知っていた。
病名は忘れたが、どうやら一種の精神疾患だというのは聞いたことがある。
自分がそれに該当するのかどうかはわからないが、戦後なにもしてこなかったわけではない。就職だってした。
そもそも、こんな風になってしまったのは、戦争が終わってからだったのか。
もっと前から自分は、なにかこう心にすっぽり穴が開いたような、そんな無気力な気持ちになっていたのではないか。
わかっていた。
本当はずっと前から知っていた。
ただそれを認めるのが嫌だった。
俺は最強の戦士だというプライドがあった。
騎獣王ケモンファルガーのパワーに対抗する為に支援魔法をしてくれたのは誰なのか。
呪術死霊メイクローノスの呪いを打ち破る勇気を与えてくれたのは誰なのか。
怪魔獣キメイラスを前に、もう駄目だと思いながらも立ち上がる力が湧きあがってきたのはなぜなのか。
わかっていた。わかっていた。わかっていた。
ただ認めてほしかったのだ。他の誰が何と言おうとも、あの二人だけには自分の力を認めてほしかった。
なぜ言えなかったのか。あの時、自分は奢っていたと、己の力だけで魔王軍幹部を打ち負かすことができたと勘違いしていたすまなかったと、なぜ言わなかったのか。
あの時、自分が感謝をしていれば、皆、自分に対しても同じようにしてくれたのではないか。
つまらないプライドと意地が、全てを壊してしまった。
そうだ、あの時から。ラルフのパーティーを飛び出して行ったあの時から自分はもう抜け殻だったんだ。
その後も、他にやることがなかったからただ戦場に身を投じていただけ。
そこから先は、自分達の未来は自分達で切り拓くなんて思いはなかったのだ。
ジェイクは、やっと自分の本心に気が付いたことに、自嘲気味に笑った。
そして、ミランダの言葉を思い出す。
―― ジェイクならきっと力になってくれると、ジェイクは私達が困っている時には必ず助けてくれるヒーローだったからって ――
「今更そんなこと言われたってよ。俺は、こんなんになっちまったぜ、エレオノール……」
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