第二十六話 元最強戦士なにも学ばず

 洗面所の鏡を覗き込むと、左瞼が腫れ上がり青たんができていた。

 カイルのことをボコボコにしてやるつもりだったが、若さと勢いに押されてしまった。

 最終的にジェイクがノックダウンを奪うものの、止めに入ったミランダの竹刀で顔面を殴り飛ばされてダブルノックアウト。ジェイクとカイルの勝負は引き分けに終わった。


 青春ドラマ顔負けの殴り合いをしたものの、目覚めた二人は握手を交わすこともなかった。

 ミランダが家まで送ると言ったが、カイルは「大丈夫だ……」と言い残して去っていった。


 ジェイクは、翌日になっても顔の腫れと痛みが引かないので休もうと思っていると、魔導フォンに着信が入る。

 顔を拭ったタオルを洗濯籠に投げ入れると携帯を手に取る。ミランダからであった。


「もしもし」

『おはようございますローレンスさん、具合はどうですか?』

「最悪だよ、肥溜めに落ちたブルドックみたいな面になってる」

『どういう顔ですか? とにかく、今日はちゃんと出勤してくださいね。事の顛末を校長先生に報告しないといけないんですから』


 先手を打たれてしまったことにジェイクは苦い顔をしながら、仕方なく返事をした。

 朝食をとる気にはならなかったので、煙草に火を点けると昨晩淹れたままのコーヒーカップに口を付けた。


 学校に着く頃には痛みも少し和らいでいた。

 ジェイクの顔を見ると、登校中の生徒達は驚いた顔をしてひそひそと話しながら足早に離れて行く。

 こんな顔面では仕方ないと思うものの、ジェイクはちっぽり切なくなった。

 校長室へ行くと、既にラルフとミランダの姿があった。

 そしてもう一人……。


「なんでお前が居るんだ、イエーガー」


 エイロット・イエーガー。

 ジェイクのことを嵌めた、麻薬取締りの刑事。

 マフィアや麻薬の売人と繋がりのある汚職警官かと思っていたのだが、それが全て誤解であった知ったのは、最初に逮捕された時。

 その時、カイルの取り調べをし、父親に囮の話を持ちかけたのがエイロットであった。


「どうもどうも、いやぁ、昨日はお疲れ様でした」

「俺はなにもやってねえけどな」

「いやいやぁ、そんな傷を負うくらいのご活躍だったじゃないですか。ひぃひぃひひっ」


 どこから声を出しているのか。会う度に気味の悪さが増してくる蛇目の男に、ジェイクは顔を顰める。


「まあ、なにはともあれ。先生方のご協力のおかげで、エリック・ソロを逮捕することができましたぁ。流石に目に余る行動だったらしくて、ソロファミリーも口出しはしてきませんでしたし。いやぁ、本当によかった」

「あんな取引は、もう二度とごめんこうむりたいものです」


 険しい顔をしてエイロットを睨み付けるラルフ。同じ様に睨みつけられてジェイクは首を傾げた。


「ジェイク・ローレンスさん。あなたにも感謝を、我々の代わりに色々とお手を煩わせました」

「ちっ……おまえ、いつか絶対に痛いしっぺ返しに遭うぞ」

「こんな商売です。覚悟はできてますよ。それでも私は犯罪を許しません。特に、薬物だけは……絶対に……」


 そう言い残して頭を下げると、エイロットは校長室を出て行った。


「何しに来たんだあいつ?」

「一応、報告に来たんだ、約束だったからね。こんな事になってしまったが、エリックは私の学園の生徒だ。逮捕されたらそれでお仕舞というわけにはいかない。教育者として、最後まで彼の面倒を私は見るつもりだ。それが社会人としての責任と言うものなんだよジェイク」


 偉そうに言ってくるラルフにムっとするものの、食って掛かる気にもならなかったのでジェイクは流した。


 エリックの少年鑑別所行は間違いないだろう、その前に潰された右手の治療が先になるだろうが。

 そしてマルクであるが、かなりの失血量ではあったが、ミランダの治癒魔法とその後の処置でなんとか一命は取り留めた。

 退学届けに関しては、そもそもラルフは受け入れるつもりもなかったので、回復次第復学させるつもりらしい。


 ラルフは大きく溜息を吐くとジェイクのことを見据えて話し始める。


「きみの処遇なんだが、三か月間給料1割カットで手を打つことにした」

「は? どういうことだ? なぜ俺が給料を下げられないといけない?」

「きみの所為とは言わないが、きみが考えなしに暴れ回った所為で、様々な問題を裏で処理するのにどれだけ私が苦労したと思ってるんだ!」

「冗談じゃねえ! こっちは一歩間違えば、魔導銃で木端微塵にされててもおかしくなかったんだぞ! 身体を張った分のボーナスを支払うのが筋だろ!」


 遂に怒りが爆発し、ラルフに食って掛かるジェイク。気がつくと、椅子に腰掛けていたラルフも立ち上がり、二人は胸倉を掴み合う。


「馬鹿も休み休み言え、本当であれば解雇にしてやってもいいくらいだ」

「上等だ。命を張った従業員に、手当も払わねえような仕事、こっちからやめてやる」


 その言葉にミランダが驚きの声をあげる。


「ローレンスさん」

「世話になったなミランダ」

「待ってくださいローレンスさんっ!」


 引き留めるミランダの言葉を聞かずに、ジェイクは部屋を出て行くのであった。

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