第30話 再会と排除、そして再会
「リリアーヌ、お前はいつから国王を目指してたんだ? あぁ?」
「国王、ですか……?」
わたしがいつ、国王を目指したというのでしょう。突拍子もない言葉に首を傾げると、ピエリックお兄様はとても嫌そうに顔を歪めます。
「とぼけようったって無駄だぜ? まぁ、今から俺が殺してやるんだから、関係ないがな。……あぁ、どこかで見た顔だと思ったら、アンソリューんとこの元長男じゃねぇか。ハッ、出来損ない同士、お似合いなこって」
「ピエリックお兄様。フレッド君は、出来損ないではありませんよ」
しかし、彼は肩を竦めただけでした。視界の端で、おじいさん――館長さんが困ったように右往左往しているのが見えます。
「一旦、外へ出ましょうか」
そう言うと、ピエリックお兄様はちらと周りに目をやり、渋々といった様子で頷きました。恐らく、ここでは存分に暴れることができないと考えたのでしょう。わたしとしても、その方が助かります。
「館長さん」
「……はい」
「申し遅れました。わたしは、リリアーヌ・ドゥ・サルク・エステリーチェ。この国の第三王女です」
「……」
恐ろしいものを見るかのような目をこちらに向ける館長さんに、わたしはにこりと微笑みました。……本当はあまり気にして欲しくないのですけれど、こればかりは仕方ありません。
「俺はただのフレッドだ。勘当されてるからな」
館長さんを安心させるためか、フレッド君はひらひらと手を振ります。それは軽い口調ではありましたが、わたしはその顔が緊張で強張っていることに気がつきました。……本当に、困ったことになりましたね。
ピエリックお兄様は、とても乱暴な性格なのです。そして自分が国王になると宣言していて、何かと第一王子――セレスタンお兄様と争っています。
わたしが国王を目指していると勘違いしている今、その牙はこちらにも向くでしょう。……いえ、もう既に、向けられているのです。資料館の外に出る、それまでに方針を決めなくてはいけません。
フレッド君だけでも守るためにできる一番簡単なことは、今ここで、旅を終わらせることです。そうすれば、フレッド君は同行者でも何でもない、無関係な人となります。ピエリックお兄様が排除したいのはわたしだけでしょうから、フレッド君が逃げたとしても、それを見逃してくれるでしょう。けれども。
……あまりに酷い話ですね。
それは、フレッド君の覚悟を踏みにじる行為です。
わたしにはこれ以上、彼に対して不誠実をはたらくことなどできません。……できるわけ、ないではありませんか。
「フレッド君」
声を掛けると、彼の肩がぴくりと揺れました。怖がらせたくなどないのに、そう思わせてしまうことを今までしてきたのだと思うと、悲しくなります。少しでも柔らかい口調になるように、笑顔を作りました。
「まだ、旅は終わっていません。……ですから、フレッド君。一緒に、ついて来てくれますか?」
「……あぁ。勿論だ」
一瞬目を丸くして、それから安心したように、ふっと笑います。フレッド君のその笑顔に、差し出された手に、心がじわりと温かくなりました。
資料館を出た瞬間に襲われることも考えましたが、ピエリックお兄様は闘技場で戦うことを選んだようです。恐らく、ピエリックお兄様の相手をフレッド君が、護衛の相手をわたしがすることになるでしょう。
アントゥラスの名は、騎士団長を多く輩出してきた家の血が流れている証です。性格はともかく、彼の剣技の腕は本物なのです。大人と互角以上に戦えるフレッド君でも、普通に戦って勝つことは難しいと、わたしは判断しています。フレッド君もそれをわかっているはずです。その上で、必死に策を練っているのでしょう。
一方、わたしの方はどうでしょうか。正直、護衛達の実力は全くわかりませんが、そこに関してはあまり気にしていませんでした。王族の護衛など、生半可な相手ではないことは確実でしょうけれど、それで尻込みしてしまうわけにはいきませんから。
それよりも重要なのは、今いる、この街の状況です。
“気”が薄い状況下で戦う可能性があるなんて、考えてもいませんでした。最初から立って魔法を使うつもりはないので、身体のバランスのことはどうでも良いのです。けれども、魔力の元となる、という意味では……。
「……」
そっとお腹をさすりました。そこには、魔力回復効率を上げる魔法陣が描かれています。あれから何度も改良を重ねた魔法陣に、今は期待するしかありませんね。
闘技場の中に入れば、ピエリックお兄様は問答無用で襲い掛かってくるでしょう。わたしは彼らの命を奪いたくありませんが、あちらはそのつもりで向かってくるはずです。
……それでも、最後まで。わたしは守りたいものを守るのだと、自分に言い聞かせました。
そして、その時は来ました。
用意していた結界を張り、風魔法で中心まで飛び立ちます。フレッド君の手を離す瞬間、彼が「ご武運を」と呟いたのが聞こえて、わたしは力強く頷きました。
もう何度も経験している、着地失敗の衝撃。それを無視して転がり、次の魔法を発動させます。
卑怯な戦い方であるという自覚はありますが、少しでも侮られているうちに、決着をつける必要があるのです。まだ、寝そべったまま杖も出していないわたしが、強い魔法を使えるとは考えていないでしょう。結界を破ろうとしているところに魔力を叩きつけ、その魂に干渉します。
「少しの間、眠ってくれませんか?」
……ピエリックお兄様にも効かないものかと期待しましたが、さすがに護衛達はそちらの守りを優先していたようです。彼は少しも動きを乱すことなく、フレッド君と剣を交えています。
護衛達自身の守りも強いですが、まずはこちらを崩すことに注力しましょうか。
単一の属性だけではそれなりに防御されてしまうことがわかったので、先程の魔法陣の内部に光属性の魔法陣をを重ねてみます。図書館で覚えたばかりの構造です。
「えっ?」
その瞬間、自分の魔力が意図しない動きをし始めたことに気がつきました。闇属性の魔力と、光属性の魔力が混ざり合って……反復、しているのでしょうか?
魔法の発動に使った魔力は普通、“気”に戻るのです。けれどもこの状況は、発動した魔法が互いの魔力として供給し合っているように感じられました。魔法は魔法として、発動しているのに、です。
これは、幸運かもしれません。後は方向性を決めてやるだけで、魔法が延々と発動し続けるのですから。
そう気づいた瞬間、似たような魔法陣をいくつも組みます。
「ごめんなさい。……わたしはやはり、あなた方の命を奪うことができませんので」
同時に魔法を発動させた瞬間、護衛達が呻き声を上げながら倒れました。
きっと、命を奪われた方が彼らにとっては楽だったでしょう。それくらい、えげつないことをしてしまいました。
痛覚の拡張、幻覚、従属の強要など、多方面から魂に干渉する魔法。それを、魔力供給が一度で済むのを良いことに、大量の魔力で発動させたのです。
……あれに耐えられたら、さすがに自信を失くしてしまったかもしれません。
ともかく、護衛を倒すことには成功したのです。目を覚ましても大丈夫なように、全属性を含む拘束用の魔法を使います。
それからしっかりと身体を起こして、フレッド君の方を確認します。
思った通り、フレッド君が劣勢のようです。それでも、ピエリックお兄様は攻めきれていないように見えます。その理由に気がついて、わたしはふふ、と笑みを零してしまいました。
ピエリックお兄様はフレッド君の体質のことを知っているので、最初から魔法そのもので攻撃することはないだろうと予想していました。その代わり、魔法で生み出した物理的な攻撃を仕掛けてくるだろう、ということも。
フレッド君が勝つためには、それにどう対処するかが重要になるのですけれど……。
「フレッド君、いつの間にそんな戦い方を……?」
彼を支援すべく魔法陣を描きながら、その戦いぶりを見つめます。
右手にはいつも使っている剣が、そして左手には、魔力金属のナイフが握られていました。そしてそのナイフで、魔法陣が描かれる度に切り裂いているのです。その動きは驚くほどに器用で、ピエリックお兄様も苛ついているようでした。
それでもフレッド君が劣勢なのですから、本当に、彼の強さがよくわかります。
「あぁ! まどろっこしい!」
と、不意に怒鳴り声が聞こえて、ピエリックお兄様の魔力が膨れ上がるのを感じました。咄嗟にお腹に描いていた魔法陣を発動させ、その魔力を受け入れます。
……そう、これ、“気”だけでなく、魔力も吸収できるように改良したのです。やりすぎると、少し気持ち悪くなってしまうのですけれど。
しかし、ほっとしたのも束の間、辺りにジリジリと殺気が満ちました。それは言うまでも無くピエリックお兄様のもので、あまりの迫力に、フレッド君でさえ一瞬動きが止まります。その隙を、見逃すような人ではありません。
「フレッド君っ!」
叫ぶような制止も空しく、血しぶきが上がります。
何とか身体を捻り、致命傷は逃れたのでしょう。けれども、ぐっと耐えるように身体に力が入りますが、これ以上動けないのは明らかです。
即座に新しい結界を張りました。フレッド君を守るためのものではなく、わたしとピエリックお兄様を囲むものです。
互いに真正面から、目を合わせます。
「……お前は、魔力を暴走させるだけの危険物だ」
吐き出された怒りは、先程よりずっと静かで、冷たくて、深いものでした。
そしてそれは、わたしに納得と、更なる後悔を与えます。……ピエリックお兄様がわたしを排除したがるのは、やはり、そういうことなのですね。
それは、国王になるのに邪魔だから、という理由だけではありません。それよりもずっと、わたしにだって理解できる、深い悲しみなのです。
「わたしは……今のわたしは、違います」
「あぁ? それであいつが、戻ってくるとでも言うのか?」
「……それも、違います」
このことについて、わたしが何を言っても、ピエリックお兄様には届かないでしょう。けれども、わたしはもう……!
「消えろよ、忌み子」
わたしの魔法と、ピエリックお兄様の魔法が、拮抗します。
彼はこちらに隙があれば、すぐに切り込んでくるでしょう。それを避けるような身体能力は、わたしにはありません。とにかく隙を作らないよう、魔法に集中しました。
――その時。
空から高濃度の魔力を感じ、次の瞬間にはそれが落ちてきました。すべての結界が壊れ、ぐわんと揺れかけた感覚を慌てて持ち直します。それからすぐに、ピエリックお兄様に意識を向けました。
「うぐっ」
しかし彼は、この魔力に耐えられなかったようです。勿論、その瞬間に拘束します。
魔力の塊が降って来た方を見上げると、かなり高いところで、一匹の魔獣が旋回していました。こちらに気づいたのか、すぐに下降してきます。
その姿がはっきり見えるようになると、その意外さに、唖然としました。この魔獣を使役しているのは……。
「リリアーヌ! 無事だろうか!?」
「せ、セレスタンお兄様!?」
魔獣から降り立ったのは、何故か忌み子を背負っている、次期国王の最有力候補。セレスタン・シャ・ウォルメッツ・エステリーチェ第一王子でした。
彼はざっと辺りを見回して、フレッド君の元へ駆け寄り、腰に下げた袋から何かを取り出して飲ませてから、止血を行います。
それからさっとこちらに向き直り、歩み寄って来ました。優雅な仕草で抱き抱えられたわたしは、思わず「ひゃっ」と声を上げてしまいます。
「どうしてこちらに?」
「元々用があったのさ。そうしたら、ピエリックがいるという情報は飛んでくるし、そこに何やら覚えのある魔力を感じるだろう? 本当に、慌てて来たんだ」
「……凄く、助かりました。ありがとうございます」
「お礼はこの子に言ってくれ。私は飛んで来ただけだからな」
そう言って、セレスタンお兄様は、背中でぐったりしている男の子を見遣ります。「ルクさ」と、彼は簡単にその忌み子を紹介しました。
「セレスタンお兄様、ルク君。本当に、ありがとうございます」
「……」
「あぁ」
ルク君は小さく頷き、目を閉じました。
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